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27-2、再び長い夜の時間に身体を休めた。

 耳を動かし、尻尾で方向を定めてはアイリスのおかげで難なく大空団に合流する。

 アイリスはいつも通り。荊井も既に泣き止み不機嫌の変わらない態度だった。そして、肉の獲得を喜ぶ大空団の面々。


「すごいです! ソラさんが狩りを?」

「俺は何もしていない。荊井が仕留めた」

「荊井さんさすがです。信じてました」

「先に違う人に確認したよね。…………私は、別に、偶然で」

「すごかったよぉ! イズ美は射れば必ず命中する百発百中だったの」

「いや、射たのはたったの二射だけだけどね」

「まぁ、それでこの成果! すごいです!」

「…………」


 …………。


 何が本当で何が嘘で、何が真実なのか。ただ喜んでいる光景のすべてが事実であるのに、見えてない事実が見えた時、この瞬間だけ見えた景色。


「……気持ち悪い」


 一人離れて眺めていた九条だけは目を細めていた。

 そんな荊井を中心に歓喜で盛り上がっている中でアイリスが俺に近づき腕を掴み、その様子に察して屈むと耳元で囁いた。


「ソラ、イズ美を守って」


 ……守る?


 アイリスが目配せを頷く。


「それは必要な事なのか?」

「これは『約束じゃない』から。だからソラが必要かを決めて。それができるのは年長者のソラだけだから」


 アイリスの瞳を見る。そこから見えた俺自身の顔を見てわかっていた言葉に頷く。


「わかった」


 アイリスはニコっとして姫夜のところへ走り出し、会話に加わっていた。

 肉を持ち帰った事でその日の旅路はそこでやめる決断を姫夜がして、十人が集まって作業しても余裕ある場への移動を優先した。

 才加とイヨ、アイリスは山菜採りに。残った者たちは肉の下ごしらえと保存に分け、道具を工夫して料理に手間をかける。

 荊井イズ美は料理が得意だったらしい。彼女の手伝いを俺と九条が任せられ、下ごしらえをした肉を使って焼く作業を男二人に任せる。意外にも、男たちは料理ができたらしく、山菜採りから戻ってきた山菜の調理を今あるだけの道具を駆使して荊井がつくり、火加減を男二人が駆使して料理を完成させていった。

 鍋もまな板もない状況で有るものは使い、無いものは簡単に作ったりして代用するその手際のよさは、ただ料理ができるだけではこなせるものではなく、砦に捕まるまでの多くの苦労や砦で捕まっていた時に得た道具の工夫が伺える。


 こうしてできた料理は、山の旅路からでは食べられない新鮮な料理と温かくふんだんに肉を使った汁物類。


 集まって食べ始めればこれで料理に見合う飲み物さえあれば宴としては申し分ないものであった。

 円満とも思える和気あいあいとした空気は味に舌鼓をうつ九条も例外ではなく、満足に旅の疲れの積み重なりもあってか姫夜たちは早々に眠りにつき、その日の見張りについてはイヨとヒミコとも話して今回は俺とイヨが交代で行う事となった。


……

…………

………………


 奇妙な身体の気だるさ。目を閉じているとそのまま横になって眠ってしまいそうな感覚。その原因は間違いなく旅の疲れと料理によって満たされた腹と余韻として残る肉汁や汁物の後味の感覚。


 …………眠い。


 身体は疲れてそう言っているのに、意識は冴えていて眠れない苛立ちに似た感覚。

 剣の柄に手をつける。それだけで張り詰める本能的な緊張感が匂いによって近づく魔のモノの気配に集中させて心を落ち着かせていく。


 魔のモノは複数の気配はあったが、こちらを警戒するだけなのか動きはない。

 薄目で見渡せば火はいつものように三か所に分けてつけられおり、まだ薪を足す必要はない。大空団の皆についてもそれぞれが衣類を敷物にして横になるか座った状態で眠っていた。

 その様子を確認してから再び目を閉じて警戒に集中する。そんな静けさから突如として感じる不穏なざわめき。


 一歩、また一歩と足音を忍ばせながらも近づき、それは焚き火を遮るように目を閉じた俺の前で立ち止まった。


 ………………殺気に変わった。


 目を閉じてでもわかる暗がりの変化。目の前の存在が動き出した事に気づき、襲い掛かる意思を示したところで相手からの振り下ろされた一撃を避け、剣を抜いて見た姿。

 暗がりで顔も表情も見えなかったが、気配と影からわかる荊井の姿だった。小刀で刺そうとする追撃をさらにかわして、態勢を整える。それでも尚も近づき刺そうと駆け寄る荊井を斬ろうと身構えるが。


『ソラ、イズ美を守って』


 コンマ一秒にも満たない一瞬の迷い。その直後に感じた寒気と手の湿り。

 すぐさま剣を手放し荊井の片腕を掴みながらかわして回り込み、背後をとってから地面に倒して押し着ける。荊井が顔面を地面に打ち付け怯んだ隙に、もう一方の腕を掴み、力を込めて押さえつける。


「痛い! い……っ!」


 強く圧迫しすぎた事で息が上手くできていない様子。まずは握りが弱くなった小刀を奪うと手が届かないところへ放り投げ、片腕だけ掴んで押さえつける。

 腕が外れる覚悟で暴れる事もできる事もできる本来ならしない押さえつけ方。ただ、荊井は沈黙し、手だけでなく身体もぐったりとしたまま動かない。


「…………」


 抵抗しなければ殺されないと思っているのか?


 その様子に傍にあった剣を拾う。


「な、何をする気?」


 震える声に対して答える。


「殺すだけだ。安心しろ」


 口をかけてまじまじと俺を見ていたが、剣を振りあげると、荊井は暴れ出して手のひらが俺の方へ向けて呟いた。直後、嫌な予感に手を離して横に逃げるように転がると、先ほどまでいた場所に水の投げ槍のようにも見えた魔法が放たれた。

 すぐさま起き上がって体勢を立て直し、更に距離をとって剣を構える。が。


「なんでよ!」


 荊井は仰向けでそう叫ぶと泣き出した。

 その声によって目覚めた者、途中から寝たふりをして様子を見ていた者。その中から、姫夜と才加が最初に荊井のもとへ近づき、姫夜はしゃがみ込むんでそっと荊井に触れようとする。


「なにかあったのですか?」

「触らないで!」


 手をはらうと、俺を指さし睨む。


「私はこの男に襲われたの! 一方的に暴行を受けたの! 私、殺されそうになったのよ」


 荊井は地面に顔を打った場所を見せようとしているようだった。姫夜は見えているのかいないのか。

 うんうんと頷き立ち上がると二、三歩ほど歩き、剣の間合いにギリギリ届かない俺と荊井の中間で立ち止まった。


「事実ですか?」


 荊井にした行動を考える。最初こそ俺は襲い掛かられたが、避けた後は腕を掴んで地面に押しつけ、剣で斬ろうともした。

 荊井の言い分を的確に説明した嘘のない事実に変わりない。


「たしかに事実だ」


 ただ答えただけなのに姫夜は大きなため息をついた。


「ソラ様が事実というのなら説明はきっと事実なのでしょう。ですが私がソラ様に事実かと尋ねたのはソラ様から見えた事実を知りたいからです。

 これは私の憶測ですが、ソラさんの行動、地面に落ちた小刀。そして荊井さんの言動を総合して、荊井さんがこの小刀でソラさんを刺そうとし、それをソラさんは剣で斬る事もできたのでしょうがそれをせずにまずは捕えようとした。ですが、それだけではおさまらない事情が発生したので殺そうとして、荊井さんが水の魔法で身を守ろうとした。

 といったところでしょうか」


「…………」

「…………」


 俺と荊井は顔を見合わせる。目で意見が一致した気がした。

 そして、同時に再び姫夜を見た。


「これが私の憶測です」

「な、憶測でそこまでわかるわけないじゃない!」

「語るに落ちたとはこの事ですね」

「うぐっ。ち、違うから」

「間違っているならその返事は不自然ですよ」

「それは、ただ今も動揺していて……」

「荊井イズ美さん、まだ理解していないのですね」

「…………え?」


 荊井は何を言っているのかわからないと言いたげに姫夜を見ていた。


「ここは私たちが居た優しく守ってくれる国ではないのです。法律からも、学校からも、両親からも守られる事も無い。今、大空団があって、私が団長をして荊井さんは団員。それだけなのです」

「……何が言いたいのよ」

「私たちは生き延びるために自ら考えなければなりません。そして、生き残るために行動して、力を持つ必要があるのです」

「私は女なの、弱者を蔑ろにしていいはずがないでしょ!」

「中竹境くん、小梅内くんはすぐ理解してくださったのですが残念です。この世界では男か女かは関係ない。強いか弱いかが重要なのです」

「ふざけんな!」


 その言葉と共に片方の手を姫夜に向けた瞬間だった。

 やり取りの隙に近づいていた才加が刀でその手を斬った。そう思えるほど早い動きだったが、荊井は悲鳴をあげて腕を抑えていたし、その腕は手と繋がっていた。峰打ちだった。

 才加は続けて姫夜を下ながら庇いつつ荊井から距離をとった。


「才加、ありがとう」


 姫夜は才加に微笑むとすぐに表情を戻して荊井を見た。


「わ、私をどうするつもり? こ、殺す気なの?」

「殺す気なら既にしています」


 そう言うと大丈夫だからと才加にほほ笑むと折れた腕を抑えて睨む荊井に無防備に近づく。

 そして耳元で何かをしばし囁いた。


「…………ぇ?」


 痛みも忘れて驚いていたらしい荊井は姫夜を見て、俺を見て、九条を見た。

 そして言葉を確かめるように再び姫夜を見た。その反応に答えるように姫夜は頷く。


「荊井イズ美さん。今の貴女には選択肢があります。私の下で大空団の一員として動くか、ここで私たちと行動を別にするのか」

「残るなんて選択肢、……あるの?」

「罪の本質は自身の後悔に対する罰です。私は前の世界であったような偽善者による正義感という私刑に興味ありません。私が知りたいのは荊井イズ美としての意思です。

 それが本物であろうと見せかけであろうと構いません。過去ではなく未来を見て、今、この場で団長として選択肢を与えて意思を確認している。それが団長として、そして聖宮姫夜としての問いであり、私からお伝えしている答えです」


 荊井はしばし動揺した様子で周囲を見渡し、再び俯き何かと葛藤していた。

 そして、大きく息を吐き、その手から力が抜けて項垂れた。


「残ります」

「それはよかったです。その対価として荊井イズ美に危害を加えようとする者がいれば大空団として共に戦う事を約束しましょう」

「守ってはくれないのね」

「保護するというのは強い者が弱い者をその気まぐれで手元に置く事。残念ですが私に保護するほどの力はありません」

「……嫌な女」


 そういって荊井の耳元で再び何かを囁いた。そして、荊井にニコリとほほ笑んでから遠巻きに見ていた九条を見る。


「文式九条さん」

「わざわざフルネームで言わなくてもわかってる。診るのも手当するのもいいけど麻酔はないから覚悟して。気絶していた方がまっしだと思うかもしれないから」

「わかりました。では、才加。お願いします」

「え? お願いします?」


 姫夜の判断の早さ。頷いた才加が呆然としていた荊井を気絶させたのはすぐだった。

 九条はただため息をつき、やれやれと俺と一緒に荊井を他の者から見えない場所へと担がせ、才加には治療の道具として小袋に加えて、棒に布、ヒモを用させ、そして俺には手続りした松明を持たせてそこで診察と治療を始めた。


 不全骨折。九条はそう診察して薄暗い中でもテキパキと確認をして腕の固定をした。

 九条は何か考え呟き荊井の腕を手際よく棒で固定し終えた。そしてふうっと息を吐いた。才加は終わったのを確認するとその場を離れ、 イヨも周囲の警戒を解いて再び俺に任せる事にしたらしく、それぞれが再び長い夜の時間に身体を休めた。


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