25、「またお友達になれますね」何もしないを頑張って努力してみる事にした。
砦攻略戦は終わった。はずだった。
戦いというのはそれそのものよりもその後の方が重要らしい。
大空団の者やカナ、カノを除き、姫夜に向けられた視線のほとんどが尊敬や感謝などではなかった。疑い、欲望、妬みの視線。加えて死者の弔いについてはその片手間でその武器やら持ち物を盗むためにあさる姿も見える。
……盗みが目的か。まぁ、その片手間で片付けてはいるか。
周囲を見渡していると向けられた視線に気付いた。目が合った姫夜がほほ笑む。
「彼らはきっと不安なだけなのでしょう。今は……。 ご心配でしたら砦では常にアイリスさんとの同行を許可しましょうか?」
「そうしたい。姫夜も気をつけた方がいい」
「心配してくださったのですね。ですが私には大空団のみなさんがいますから大丈夫です。もちろんソラさんも含まれていますよ。あ、アイリスさんとの同行は合流してからご一緒してください」
姫夜は前を向いて歩いていく。進む通路に目につく倒れた者や血の跡、そして黒焦げの塊。
「……私は、私の命令で大空団の方々に多くの人を殺させてしまったのですね」
姫夜の声は淡々としておりその背からは気持ちも考えもわからない。
愉悦、後悔、それともただの感想なのかも。
「そうだな」
俺以外に返事をする者はいなかった。
それもそのはず。今は姫夜が砦の長であり、姫夜の言葉がココの規則であり姫夜の存在そのものが砦の秩序となっている。つまりは姫夜の一言が命令となり、法となる。
新たな秩序ができたばかりでの姫夜のその一言は、優しさと呼ぶには砦の長としてあまりにも危ういものであった。
「姫夜」
「はい、何でしょう?」
「よくやった」
大空団の死者はいなかった事実に対して。それも大空団として初めての戦いにおいての言葉。
褒め言葉のようで団長を見下す無慈悲な警告の言葉。それも姫夜の呟いた私情を無視したその言葉に対してその顔は何を考えどう思ったのか。
姫夜は立ち止まって振り返るとその表情はつくった笑顔だった。
「それは私が真っ先に言わなければならない言葉でしたね。みなさん、よく頑張りそして生きてくださいました。褒賞は私から用意させていただきます。ですがそれとは別に欲しいモノがあれば今のうちに考えて後で言ってください。見合うだけの報酬を約束しましょう。
もちろん、今ココにいない方にもお伝えしますから遠慮の必要はありませんよ。あ、もしみんなに聞かれるのが恥ずかしいとかでしたらこっそりでもかまいません」
表情を明るくさせたカナとカノ。無言で一礼するヒミコ。
再び歩き出し、カナとカノが姫夜と雑談する様子を眺めながら終えて階段を降りた所で気づく。中央の広場には、洞窟の前で見張りをするイヨとその傍でアイリスの姿。
イヨが居るなら大丈夫か。?
一行は賊の長を捕えていた部屋の前まで行き、扉に手を振れた姫夜が動きを止める。既に戦いを終えて何も起こるはずがない部屋から聞こえる奇声と悲鳴。
…………嫌な予感がする。
すぐに対応できるよう姫夜に変わり、部屋の扉を開けて目の前に見えた光景。
それはこの部屋で泣いていた女が首輪の男に剣で刺そうという姿であり、才加に背中から止められている状況だった。
既に刺されたらしい男の一人は既に動きがなく赤く床を濡らしている。そして現在進行形で狙われている一人は悲鳴か命乞いの叫び、運よくまだ剣を向けられていない男に至っては俺たちの姿を見てから我に返って何かを叫んでいた。
一方で、賊の長は逃げようとは試みたようだが縛られたまま。それを倒した汚れた制服姿の女も何もせずに賊の長が逃げないように見張っているだけ。
そして、視線を姫夜に向ける。呆然としていた姫夜は目が合い我に返った。
「ソラさん!」
「あぁ、騒がしいな」
「はい。そうで…………いえ、そうではなくて止めてください!」
「どうしてだ?」
そもそも首輪の男三人は戦いで殺そうとしてきた敵。殺す理由はあっても助ける理由がない。
「これは命令です! 今、すぐに、です!!」
今もすぐにも意味としては同じだ。そしてですを強調する意味がまったくない。
とはいえ命令と言われれば従うしかない、か?
膠着した状況を乱さないようにゆっくり歩いて近づきながら抗う女の動きを把握する。女は喚きながらも俺の近づく様子に気づき、目が合うと怯えた。その動きの止まった一瞬を身長差を利用して剣を取り上げる。
先ほどまで命乞いやら悲鳴を上げていた男たちがなぜか女へ罵声を浴びせ始めた。剣を持って殺すと叫んでいた女の方は才加を振り払うと泣きながら今度は俺を罵り手で叩いてくる。
…………なんだ、こいつ?
手を掴み、突き放す。
敵意と判断して続けて斬ろうとしたが、その女を才加が受け止め、庇い、俺を睨んだ。
斬ってはいけない。
そう言いたいのかはわからないが才加ごと斬ろうとすれば才加は俺を斬る意思と動きが見えた。
止める命令は果たしたと斬るのは諦め、男三人を見渡す。
男三人の様子を見れば一人目は既に手遅れだろう。二人目で才加が止めに入ったらしく、運が良いのか悪いのか。刺し傷はあったが致命傷を免れ声をだせる程度には生きているようだ。三人目については無傷だったが粗相したらしく異臭がする。
そもそもココにいる男も女も、魔法とやらを使わなかったのはなぜ?
小野之川優が火の魔法を、瀬々ノ森絢がは水の魔法を使った思い出す。そして目の前に居る三人の男が戦いで火の玉を出していた姿も。
ただ、疑問を感じながらも答えに興味はなかった。
命令を終えたので姫夜を見る。、頷いた姫夜は傍観していた汚れた制服姿の女へ向いた。
「お久しぶりですね。文式九条さん。 傷の手当は可能ですか?」
九条と呼ばれた制服姿の女は不敵な笑みをしたがすぐには答えなかった。見下しているとも威圧しているとも思えるその目、楽しんでいるようにも見える愉悦の笑み。ぞくりと感じさせる表情は何を考えているのかよくわからない。
それは悪意を警戒したくなる恐れによく似ていた。
「えぇ。こうして会話するのは本当に久しぶりね。それで、どうして私にわざわざそんな質問を?聖宮姫夜さん」
威圧、嫌味? よくよく見ればただそう見えるだけの顔立ちであり、そういう話し方なだけだった。
「友達だから。と、言えたら嬉しかったのですが。聖宮家の者から教えられていたのです」
「そうだったの。でも、私はごく普通のよくいる平凡な高校生で外科医じゃない。処置できる人を知っているとしたら隣で縛られたこの男だけじゃないかな」
「普通、それも平凡な人ならそうでしょうね」
姫夜はニコリとして大人しくしている賊の長ヨシテルを見る。
「あの」
「知らない」
「そうですか。では、正直に教えていただければ無条件で解放してあげるのではどうでしょう?」
ヨシテルはまじまじと姫夜を見て、おそらくは本気とわかるなりふっと笑みを見せた。
「魅力的な条件だ。だが正直に答えても知らない結果は同じだ。俺がその九条とかいう女をそばに置いていたのは、傷であれば手当をできたからだ。他の者たちは既にお前らに殺されたか逃げた。その女が拒否するなら俺は知らない」
「そうでしょうね。お答えくださりありがとうございます」
姫夜は再び九条と呼ばれた女を見た。
「では九条さん、お願いできますか?」
「……嫌だ、と言ったら?」
「九条さんが頷くまで私はお願いするだけです。必要ならばどんな状況、どんな報酬を出してでも」
お互いが異なる笑顔で睨み合う。それに意味があるのかないのかはわからなかった。
ただ、おそらくは姫夜と九条の慣れたやりとりらしい。
「聖宮さんにとって彼を助ける義理もメリットないでしょうに。それに私ができる事も限られている」
「限られた事はできる点は理解しました。では、助けなければデメリットとなる状況を九条さんに用意すれば動いて下さいますか?」
「…………負けた。貸し一つね」
「またお友達になれますね」
意味がわからない。
そう感じたのは俺だけではなかった気がしたが、誰も何も言わなかった。
そして、九条は見渡して再び姫夜を見た。
「じゃあ、私の助手として才加と使えそうな人をあと一人用意して。道具はこの部屋に揃ってはいる。けれど部屋は隣に移動する。他は邪魔だから聖宮さんが責任をもって別の部屋に案内を」
「わかりました。ではヒミコさん、急いでイヨさんに手伝いを頼むようお願いします」
「承りました」
「ヨシテル様、使えそうな部屋を教えてくださいますか?」
「なぜ俺が…………まあいい。わかったよ」
いいのか。
ヒミコはすぐ行動し、九条は才加と担架とやらで運ぶ。残りの者は場所を変えて隠れた場所で着替えたり、正直に動いたヨシテルに案内されて部屋を移る。そして、アイリスを連れたヒミコとも合流した。
移動した大部屋には大きな机を取り囲むように椅子が並ぶ。そのもっとも奥の席には姫夜が席につき、その後ろにヒミコが立った。姫夜から向かって左側に騒いでいた女が座り、右側には首輪の男の一人が座る。そこから距離をとって扉側にもっとも近い左右にカナとカノが席につき、俺はヨシテルの手綱を手にして扉の隣で一緒に立つ。
アイリスはなぜか俺の隣の床に座っていた。
「アイリスさん、それにソラさんも」
「俺はいい」
「私も~」
姫夜は返事に頷いた。
「そうですか。……本来であれば最初に自己紹介から始めて砦の後処理をすべきところ。ですが、それは大空団が集まってからにします。なので、それまでの間にまずは一つ。ヨシテル様」
「……なんだ?」
「既に何人も解放しましたが、女性が少ないように感じました。他に捕えていたりする場所はありますか?」
「どこまで解放したかは知らない。が、心当たりがある場所なら案内しよう。俺を信じるならな」
「えっと…………では」
姫夜の瞳が揺らいだ。ような気がしたが、それはヨシテルに対してではなく人選に対してらしい。席に着く者を眺めてから俺と目が合った。
「ソラさん、……だけだと女性が怯えそうですね。ヒミコさんも。あと、ソラさんとの約束もあるのでアイリスさんも一緒にヨシテル様を連れて確認をお願いします。私のもとにはカナさんとカノさんもいますし、このお二人は知人ですから」
「わかった」
「承りました」
「はーい」
三人に加えてヨシテルも部屋を出たところでヨシテルが呟いた。
「俺の言葉を信じるとはねぇ。いや、この人選なら罠かも含めて確かめただけ、か」
姫夜は信じただけだと思うが。
「信じただけだと思うよ」
俺が思っていた事をそのままアイリスが言った。
アイリスを見てヨシテルはため息をついた。
「俺は敵なんだぞ?」
「姫夜は敵か味方か相手を見ていない」
「じゃあ何で見ているんだ」
「え? うーん……えっと、……信頼?」
「俺とは今日会ったばかりなんだ。信頼なんてないだろ。それに案内した先で俺が罠を仕掛けていたらどうする?」
「たぶん騙される」
正直に答えるアイリス。だが、ヨシテルもまた罠がないとバカ正直に答えていた。
「ふっ。愚かだな」
「……あぁ、そっかぁ。ヨシテルは小心者なんだね」
「なんだと!」
ヨシテルはアイリスを睨み、アイリスは慌てて俺の後ろに隠れる。
小心者。その表現はこの会話だけなら的確のようにも思えるが、砦の長が判断を誤ればそれだけ権威も従う者をも無意味に失う事になる。
小心者と言われても冷静さは失わないヨシテルの言葉は忠告に思えたが、殺気に反応して俺の身体が動いていた。
「俺を殺すのか?」
「…………」
俺の剣はヨシテルの首元にまで届いていた。ただ、そこで止まっていた。
なぜ、俺はこの男を斬らなかったのだろう?
「ソラ、ダメ!」
アイリスの一言で斬る理由を失い剣をおさめる。
そして、再び歩みを進め、一階の奥まで進んだ所で壁に旗印の布がかかっているだけの場所で立ち止まった。
ヨシテルが布と壁に似せた隠し扉を開け、見えた光景。それは組を分けて作業しているはずの一組が何かをしているところだった。その我が物顔の表情、剣や槍を手にした恰好、女の髪を掴む者み、何やら脅しているらしい動き。
「…………」
ヨシテルに繋がられた縄をヒミコに渡す。
そして、剣を引き抜き俺を見てなぜか驚いた様子だった目の前の男を本能の赴くままに斬った。今度は止めることなく胴を斬る感覚と返り血がその事実を伝えくる。
続けて、我に返った他の者たちも見つけ次第に斬り捨てる。状況の理解が遅れた者、斬りかかってきた者、隙を突こうとズルい考えの未熟者、そして、女を盾にして加勢もせずに逃げようとした者、計五人を斬り終える。
……つまらない。
五人で一組。敵の人数がわかっているというのは思いのほか戦いやすいものであった。特にその五人以外にも人がいるような場合においては。
そして、斬り終えた結果として、囚われ今は襲われていた女たちが俺を見て怯えていた。
まあ、そうなるか。
頬を膨らませて「ソラ!」とどうやら怒りながら俺がケガをしていないか確かめているらしいアイリス。なぜか含みある笑みをみせながらも縛られたままのヨシテル。
ヒミコに至っては何も起こっていなかったかのように淡々とココに居た女たちに声をかけ、上手にまとめて導いていた。
こうしてヒミコの手際のよさに任せてそれなりの女たちと数で部屋に戻る。
そして、大空団の長が姫夜わかるなり、怯えていた女たちの表情は目に見えて変わった。対して困惑した姫夜の様子から察するに、その視線の意味を理解しての事なのだろう。と、という予想ははずれた。
「えっと……、ソラさんのその様子は?」
「それについては客観的な意見として私からお近くで報告する事をお許しください」
姫夜の問いに対して申し出たのはヒミコだった。
「近くで? 許します」
姫夜は不思議そうにしながらも頷くと、ヒミコはゆっくりと近づき姫夜の耳元で囁くように説明をしたようだった。姫夜は囁きに眉を顰めて俺を見たが、ヒミコがすべてを話を終えたところで目を閉じ、ヒミコが距離をとって一礼したところで目を開けて女たちを見渡し、再び俺を見た。
そして、目を細めたかと思うと神妙な面持ちで一度だけ頷き、一度閉じてから開いた目には強い意思があった。
「ヒミコさん。カナさん、カノさんを連れて、囚われていた女性たちに着替える部屋と衣服の準備を。それに必要なら食事の準備やお湯の用意も。九条さんが戻ったら必要な治療があるかも診てもらいましょう。荊井さんもお望みでしたら一緒に着替えをしてください」
「承りました」
「……はい、そうします」
ヒミコは了承するなりカナ、カノと一緒に女たちを率いて部屋を出た。荊井さんと呼ばれた姫夜の知り合いらしい衣服が乱れていた女も席を立って加わり部屋を離れた。
そこで息を吐いた姫夜の目は戻ったように思えた。
そして入れ替わるようにして、続いて九条、才加、イヨに加えて手当を受けたらしい首輪の男の一人が苦痛の表情をしながら部屋に入ってきた。
「言われた通り、出来ることだけしたよ」
「ありがとうございます。九条さん。続いてで申し訳ないのだけれど、囚われていた女性たちが見つかったから彼女たちも診て欲しいの」
「あのねぇ。私は便利屋じゃないのだけれど」
それを無言で無垢のような笑顔で返す姫夜。九条はそれ対してため息をつくとはいはいと部屋を出て行った。
「お待たせしました。アイリスさん、ソラさん。本来ならお二人には休憩をしてもらうべきところでしょうが、今から急ぎ身勝手な行動をする組がいないかの巡回をお願いします。ヨシテルについては」
姫夜がちらりとヨシテルを見て、席についた首輪の男の二人を見た。
「ヨシテルは、その牢屋に」
「牢屋へ?」
意味もなく尋ね返す。
俺の問いに対する姫夜の左右からの見下げるような睨み。それは、怒りとも、怨みとも、恐れとも受け取れるものであり、ヨシテルとちがって保護を受けているだけで人の態度はこれほど変わるのかと驚きはあった。
その人を殺す視線からアイリスを隠すと改めて姫夜を見る。
「はい。牢へ入れるようお願いします」
「…………わかった」
イヨから手綱を受け取り部屋を出ると、隣のアイリスが俺を見ていた。
「ソラ、私に黙っての行動はよくないよ」
「わかるのか?」
「わかるよ。だってソラだもん」
「そうか。……そうだな」
アイリスがわかって言っているのかはわからない。ただ、わかっているなら伝えなくてもいいだろう。
砦の外へと向かって歩き出す。
「おい、ちょっと待て!」
するとなぜかヨシテルが立ち止まってそう叫んだ。
「牢はそっちじゃねえ」
「そうだな」
「そうだな。じゃねえよ。縛られたままこのまま引き回しされる俺の身にも……て、おい!」
無視して歩く。最初は無言の抵抗をしていたヨシテルも砦の門をくぐったところで大人しくなり、門の所で落ちていた使い古された剣を一つひろってから砦からは見えない所まで森を進んだところで縄を解いた。そして、拾ったその剣を放り投げる。
ヨシテルはその剣をすぐに拾ったが逃げなかった。
「……なぜ俺を殺さない。なぜ俺を逃がす」
「姫夜がそう約束したからだ」
「約束? お前には牢に入れるように言っていた気がするが?」
「たしかにお願いはされた。だが、お願いなら実行する意思が俺に任されている。だから俺は姫夜が正直に答えたら解放すると言った約束を実行した」
「………詭弁だな。それは信頼を無下にしている」
「確かにそうだな」
「じゃあなぜこうした。これで俺が殺された仲間の恨みを忘れるとでも思ったか? お前はただ俺に屈辱を与え、そして姫夜から失望される」
「そうかもな」
ヨシテルの言葉はおそらく正しい。ただ、それに答える意味を感じなかった。そこで迷うなら既にヨシテルを殺していた。
ヨシテルの言葉は俺に何か伝えたいのではなく、ヨシテル自身が納得したいだけだった。つまるところ、俺にとってはどうでもいい話。だから答えを言う。
「牢に入れたところでお前は逃げたのだろ」
「……わかっていたのか?」
気づかないとでも思ったのだろうか?
ヨシテルは大人しく頼みを応え、生き長らえるに集中して無理してでも逃げようという様子がない不自然さがあった。
お互いに睨み合う沈黙が続いた所で、今度は地面を踏みしめたかすかな足音。人数はおそらく三人。
アイリスは既に気づき、俺に続いてヨシテルもそれに視線で事で気づいた。
「なぁ、二人とも俺と一緒に行かないか?」
「…………」
何を言っているのかわからない。
アイリスも同感だったらしく、顔を見合わせてもう一度ヨシテルを見る。
「お前らは俺を逃がした。だからその団長は必ずお前らを罰する。だが、お前らも一緒に逃げればそんな心配はなくなる。なんせ俺から誘っているし、俺にとっては命の恩人とだからな。
先に言っておくが、俺が誘っているの強いからじゃない。お前が信用できるからだ。大事は信頼があってこそ有能な者に任せられる。
お前は契りを結べば決して裏切らない。そんな気がした。いや、確信した。
だから俺と一緒に行くといってくれれば活躍の場を約束する。褒美も出世もその活躍しだいで望みのままだ。なんせ俺はいずれ天津原すべてを統治し、大陸すべての国を従える大王になる。俺はお前が信用できる点において、その力を必要としているんだ」
大陸すべての国を従える大王。凡人なら妄言どころかそんな大志すら抱く事はないのだろう。
ただ、ヨシテルは本気らしく語る声は自信に満ちていていた。そして、幸か不幸か彼には破滅を恐れない勇気と、失敗して転落した今でも諦めない行動力も備わっていた。
突然の引き抜きに対して誰が返事をするのか。アイリスはなぜか俺を見てニコニコしていた。そして、ヨシテルもなぜか俺を見ている。
…………。これは俺に判断を委ねられているのか?
俺の行動は考えるまでもなく約束という言葉に帰結する。
「俺はアイリスを助けると約束した。アイリスは姫夜を守る約束をした。それを守るだけだ」
「そうだね」
アイリス、笑顔で頷いた。ヨシテルももなぜか笑みを見せた。
「そうだな。お前はそういう奴だ。
だが、だからこそ欲しくなる。つまりはその約束とやらが終われば俺の仲間にもなる可能性はあるって事だな。いや、待たなくとも、その姫夜を戦わずして従える事さえ出来れば必然的に従えることもできる事は理解した」
約束を主従の忠誠とでも思ったのか? 勝手にそう理解しているなら問題ない。
……いや、問題しかなかった気はする。が、その問題について俺は興味がない。つまり、問題は存在しない。
「頑張ってね」
アイリスが笑顔で手を振りこの場から去るヨシテルを見送っていた。
他の者ならば『やってみなさい』という挑発と解釈するところだが、アイリスはただ『いってらっしゃい』と応援の意味で返している気がする。
その姿も見えなくなり、アイリスが手を振って見送るという奇妙な光景を見終えると、アイリスは俺に笑顔を向けた。
「戻ろっか」
「そうだな」
砦に戻ると続いて巡回を始める。衣服や金品らしい何かを盗んで身に着けた者の姿がちらほら見かけたが、それが済めば片付けをきちんとしているようだ。食料を勝手に盗んだ者はまだいない。騒ぎや助けを求める声も見回った限りではない。
人手不足で砦の守りは貧弱だったが、片付けや補修については手を貸す必要があるほど忙しいという事ではなかった。洞窟についてもイヨとヒミコのおかげなのか静かなまま。
砦の掃除、見張り、そしてこれから忙しくなるであろう食事の準備。組の者たちは各自で判断と作業をしているらしく、危害や悪意を仕掛けてきそうな様子はない。
問題なし。
砦内の巡回を済ませると、担架から荷車に死者を乗せて砦の外へと運ぶ者たちが向かった先を見る。そこは埋葬場所だった。
俺にとっては興味のない景色。ただ、アイリスはそうでもないらしい。アイリスは埋められる前に集められた遺体の場所を前にして跪き、手を合わせて祈りを捧げはじめる。その手には渡したペンダントを握りしめながら。
「…………」
周りの者がアイリスに向ける奇異の視線。それでもアイリスが祈りを終えたのを見届け、そして尋ねる。
「何をしていたんだ?」
「うーんとね。勇者ミコト様にお願いをしていたの。亡くなった人たちをどうかお導きくださいって」
「そういうのは神様へ願うものじゃないのか?」
「そうかも。でもね。神様は私を助けてはくれなかった。けど、勇者ミコト様は私に救いの道を示してくれたから」
生きたいと願っても世界が生きる事がユルさなかった。ただ終焉の森で死ぬ事だけが決まっていて、その絶命の宣告を待つ日々。
アイリスに返せるだけの言葉も記憶も経験も俺にはなかった。
「勇者ミコト様はね。『次はココよりもずっと平和で暮らしやすい異世界で生まれ変われるから』って言っていたからお祈りをするの。あれ? たしかソラにも話したよね。……夢の中でだっけ?」
「…………。」
アイリスはそう聞いたと言っていた。気がする。
「それを敵に対して祈ったのか?」
「うん、今はもう敵なんかじゃないから。……私のしている事、変かな?」
「アイリスが正しいと思うならそれは正しい事だ。それに、もし間違っているなら勇者ミコトがそこで止めるだけだろ」
「ソラは私を止めてくれないの?」
「俺はアイリスを助ける。それだけだ」
「…………そうだね。ううん、それこそが望んだ言葉なのかも」
立ち上がって正面から笑顔を向けるアイリス。
これから埋められるであろう死体を見ても何も思い出す事はなかった。ただ、死んだソレを見ても何も思わない。ただ、一つだけ気づいた事。
生まれ変われるとは、死ねまたは死ぬと同意儀。もしそれを望むとしても、今を死ぬ気で生きた者に対してのみ起こりえる奇跡というものなのだろう。
確認を終えて姫夜の所へ戻る。そして、起こるべくして事は起こった。
団長への報告を終えたらしい五人一組の組の長らしき中年の男と入れ替わるようにして部屋に入る。
部屋には一番奥の席に姫夜が座り、その後ろには才加が。姫夜から見て左側には九条が加わり、右側には首輪だった男が一人から治療を終えたらしい一人も加わっていた。
イヨとヒミコ、カナにカノも居ない。
「アイリス隊、巡回終わりました! 異常なしであります!」
周囲の雰囲気を気にしない。必要な報告に工夫ある仕草を加えるアイリス。
「…………ありがとう。アイリスさん」
姫夜なりに頑張ったらしい笑顔でアイリスにそう伝え、俺を見た。
その視線はただの確認のようだったが、左右に座る男女からは感情的な視線を感じる。
「ソラさん、ヨシテルはどうなさったのですか?」
姫夜のその声はよく響き、表情に迷いはなかった。
団長としての威厳にはまだ至らない部分はあったが、少なくとも武力ですべてを解決する者が相手でなければ怯ませるか黙らせられたはずだった。要するに姫夜は俺と相性が悪いらしい。
「釈放した」
「釈放したですって!」
「なんだと!」
わかっていたはずの俺の言葉に反応する左右の男女。唯一、九条は静かだったがそれは殺気だった。
「それで、その解放した理由を教えていただけますか?」
「必要な事だと判断した。それだけだ」
「それは、アイリスさんからの頼みですか? それともアイリスさんのためにですか? それとも」
「俺の判断だ」
そう答えると、姫夜はため息をついた。
そして、周りの者たちの罵倒も終わって静かになったところで姫夜は判断を下した。
「…………わかりました。才加、ソラさんを牢に入れるように」
「お嬢さ……、団長。僭越ながら申し上げる事をお許しください」
「発言を許します」
「真意はきちんと確認すべきかと。それにソラ様を今、牢に入れると大空団から男手がなくなります。砦の攻城における褒賞もまだですから、酌量の余地は十分にあるかと思います」
「許すほどの理由にはなりません。団長の命令を背いた事実の罪は軽くはないのです」
「ですが……少しお耳を」
才加にしては珍しく食い下がる。そして、姫夜の耳元で何やら囁いた。
姫夜はなぜか俺を見ながら眉を顰め、才加が話し終えて耳元から離れると一度だけ頷いた。
「才加、ソラさんを牢に入れる決定は変わりません。これは命令です。それとアイリスさんも同行するように」
「承りました」
意図はわからないが、命令にはアイリスの同行も加わっていた。
つまりは才加の助言はそういう事らしい。
…………賢そうな奴の考える事はわからないな。
左右の男女は九条を除いて納得しているようで、愉悦の表情にも見えた。
そんな中を才加に案内されるまま部屋をでる。そして、ため息をついたかと思うと、歩きながら俺に話しかけてきた。
「申し訳ないですが、これから本当に牢へ入っていただきます。それにしてもヨシテルを解放するなんて」
「それは」
「言わなくてもわかっています。お嬢様がヨシテルと約束したからでしょ。その話はあの場の全員が聞いているのですからわざわざ隠す必要もなかったでしょうに」
「だが」
「それもわかっています。ですがお嬢様は約束を反故する選択しかなかったのです。調和のために。もし、あの場で話し合えば分かり合えるなんて発想の者が進行をしていたら、それこそ話はこじれて対立し、面倒な事になっていたでしょう。一人悪役を演じていただけた事については感謝しておりますが、ソラ様は人の恨みを軽く見過ぎています。SNSなんてあれば、それこそソラ様の行動は裏切り者として標的だったでしょうね」
「……SNS?」
「あぁ、SNSというのは…………下賎な噂話という意味ですよ」
巡回したときに砦については大まかな把握はしていたが、才加も把握する時間はあったらしい。牢に向かう道のりを迷うことなく進み、辿り着いた場所。
そこは砦の洞窟とは反対にある奥側、地下へと続く土と石を合わせた階段を降り、洞窟のような通路に作られた申し訳程度の空間だった。光は斜面に作られた申し訳程度の窓からの光であり、その内部はほとんど見えない暗闇と言っても差し障りない。
「作りの問題で足元が滑りやすいようですのでお気をつけください」
「はーい」
丁寧な説明に返事するアイリス。
通路からは格子で区切られた四つの牢屋があった。といっても、小部屋で大人五人が横になれば隙間もないような小さな部屋と高くない天井の場所。
牢屋は使われた形跡はあるのに手入れは不自然なほどきちんと行われており、少なくとも構造についても崩落で生き埋めとならないようなしっかりとした造りとなっていた。
崩落についてはその上に建つ砦に影響しないようにという理由はるだろうが。手入れが行き届いているのはヨシテルが口を滑らせた脱出にも関係しているのだろう。
「お入りください」
才加はその中でも明るい奥の方へと案内し、俺は言われるまま牢へと入る。
すると続いてアイリスまで牢の中へと入ってきた。
「……アイリス?」
ニコッ
説明になっていない笑顔に対して才加に説明を求める。が。
「では、私は戻ります。ココはおそらく砦で一番安全な場所となるはず。今の間にゆっくりと静養される事をおすすめします。できればもっと休みやすい環境であればよかったのですが」
そういって、牢屋の扉を閉める事もなく、武器も取り上げないまま行ってしまった。
それでは牢屋として意味がない。そして、なぜか残っているアイリス。
「アイリス? なぜイヨたちと一緒に行かなかった」
「何を言っているの? アイリス隊で起こった失敗は私の失敗だよ」
失敗だったたのか。
「謹慎処分、頑張ろうね」
……それは頑張るもの、なのか?
アイリスの赴くままに膝枕をして、眠るアイリスの頭を撫でる。
助ける。それがアイリスとの約束なら、この牢屋という状況は正しいのか、間違いだったのか。
アイリスの表情を見ても薄暗くて目を閉じ眠ろうとしている事しかわからない。
「牢屋は二度目だな。一度目はイヨと。今回はアイリスと」
百鬼。不意にその賊の名を思い出したのは場所のせいもあるのだろう。
長い旅路での疲れと適度な薄暗さは疲れを認識させ、身体が休めと警告していた。俺にする事はなく、静かすぎて今は警戒の必要もないこの空間に目を閉じ、アイリスの言うように何もしないを頑張って努力してみる事にした。
悩み、悩んだ。書いたを削除しなかった事で物語での小さな出来事はバタフライエフェクトとなる事がある。
一回目 6/15




