24-2、待つ大部屋へと向かった
文章校正1回目
文章校正2回目
陽光が射しこむより早く起きたアイリスに気づき俺も起きる。武器の手入れと軽く身体を動かし調子を確認する。全員が目覚めてからは食事をし、各自で武器を確認する。
姫夜は武器なし。才加は刀に加えて村から得た小型の剣を加えていた。イヨは長弓に気になる小さな袋、目の見えないヒミコは刀に村から得た短弓と矢を加えていた、アイリスは武器なし、そして俺は剣。案内役らしいカナとカノは槍と腰に短剣。
装備に関していえばまとまりがない。隊としての連携は感じられず、武器も衣装もバラバラ。改めてみればひどい装備の集団だと再認識する。
もっとも、それも見た目だけ。イヨに加えてヒミコも特別な力を持っているのだろう。絢や優の話しを信じるなら姫夜と才加も魔法という力を持っている。そして索敵が得意なアイリスの存在がいる。その見た目の印象に対する能力の事実はまったく異なるものとなる集団とも言えた。
案内役という名の見張りにはカナとカノが付き添い、二人を含めた女七人男一人の賊討伐にはみえない大空団は道らしき道を進み、途中の分岐点で進路を変えて山を下ると再び登る。
そして、二度ほど休憩を挟んで陽光が真上から照らすより少し早いくらい、姫夜と才加が息をきらし始めた所でようやく砦らしき建物が見えた。
「とりあえず、砦の外観を見て回りましょう。見張りは厳重ではなさそうですし、近隣に巡回している者がいるなら把握しておきたいです。本来なら斥候をお願いするところですが」
その直後、元気よくアイリスが挙手した。
「アイリスさんなら完璧な結果をもたらすと信じています。ですが、私自身がこの世界、この地域のあらゆる事に詳しくありませんので報告に対して正確な判断ができない可能性が高いです。ですのでアイリスさんを先頭にして一周してみましょう」
姫夜の言葉に反対の意見はなく、まずは外観を見ながら一周してみる。
その砦は外敵から守るには奇妙な構造をしており、山肌を削って作られたらしき砦はその入り口が山の上側にある壁で繋がれた左右の両側が入り口となっていた。左右や後方壁は外側を土で固めて空堀を加えたものであり、一見すれば数で力攻めすれば簡単に攻略できそうではあった。
一周して再び正面から見ると中央部分は大きな空洞となっているらしい。砦の両側と奥は壁にしては幅が広く居住と倉庫といった部屋の役割も兼ねているらしく、奇妙な空洞も構造も少人数で砦から見張るには合理的と思える構造ではあった。砦の大きさから多くみても三百人、それも食料の確保や村の連れ去り、戦わない者を差引くとその数はさらに減り、日ノ国から遠くないが中立地帯の山奥という立地も考慮すれば実際に戦える者は過大に見積もっても百五十未満と見るのが妥当だろう。
…………俺はなぜこんな考察ができるのだろうな。
ただ、考察はできても山奥で手間をかけてまでこの変な砦を作る理由が見つからない。ましてやこの砦の構造は守るという目的に対して必要な人員を満たせない場当たり的な作りに見えるというのが印象だった。
「奇妙な砦です」
「そうですね。日ノ国でもまずない形です。カノさんは砦が作られた理由をご存知ですか?」
姫夜とイヨの疑問にカノはけ少しためらった様子を見せ、答えた。
「その、あの空洞の下は洞窟となっていて、魔のモノが現れる場所となっているそうです」
イヨだけその説明に納得して頷いた。
「あぁ。つまり理晶を採取場所としているのですね」
「理晶?」
アイリスだけでなく、姫夜や才加もわかっていない表情を見てイヨは頷き察したようだ。
「理晶とは、魔のモノを倒して消滅したときに現れる火や水を主として様々な力を発生させる結果を起こす石です。
日ノ国ではこの理晶を加工したものを理器と呼び、多くの村では長が管理して必要に応じて水や火の源として使われています。理器はモノのことわり、物理学として研究されているとか。ただ、理晶はそのほとんどが謎とされていて、今も魔のモノを倒して入手するしかありません。そのため魔のモノを狩るための犠牲者も少なくありませんが」
「詳しいな」
「はい。命懸けな理晶は高価であり、それを加工された理器は更に高級品となります。そのため特別な力を持つ人を殺せば理晶を入手できるかもという噂を信じて特別な力を持つ者を殺す出来事が各地で起こった事があったそうです。魔のモノから入手以外に方法はないと示す証として過去に公の場で公開して生きたまま人の解体が行われた事件もあったとか。
以降、日ノ国では重罪となりましたが、それでも特別な力をもった人を理器の代替道具として売買するのを止めるには至っていません。また、日ノ国の常識が日ノ国以外の者に通じるとは限らないとして、師士はその身を守るために最初に教えられる事です」
静かに頷くヒミコ。なぜか空気が重くなった気がした。
「コホン。それよりもです。聖宮様はどのような作戦で戦われるおつもりですか?」
「いくつか考えはあります。ですがその前に確認を。理晶が採れるという事はこの砦はその理晶を扱えたり、理器を武器として備えているのでしょうか?」
「この砦の賊は警戒すべき百鬼ではないです。ですのでその可能性は低いかと思います。また、特別な力を持ちながらこの山奥の砦で暮らす意味はないでしょう。ただ、何事にも例外という存在あるものですが」
例外。その言葉でいえば姫夜や才加がそうであり、今は行方がわからない優や絢といったクラス?を示唆していた。
もっとも、この大空団そのものが既に例外な気もするが、それを言ってしまえば話がそれてしまう。
「それはそうですね。ではイヨさんやヒミコさん。巫女はこういった山の賊を相手に何人で戦いますか?」
「日ノ国で月ノ巫女と呼ばれる存在にもよりますが一人で百人を相手でも負けません。また、ヒミコを含む才女もまたの名を従ノ巫女とも呼ばれる程度には能力があります。通常は戦うような場合でも同行者と目付役の三人で行動していますから」
「ありがとうございます」
イヨの言葉に頷き、姫夜は全員を見渡してから答える。
「では、単純にいきましょう。
まずは戦いは堂々と正面から名を名乗り、降伏勧告をします。これで応じない場合は正面突破しましょう。その一番槍……先制攻撃はヒミコさんが行ってください。
そして、戦いでの注意です。逃げる者は敵味方問わずあえて見逃してください」
作戦は単純であり、大空団という成り行きの集まりでも間違えようがない程にはわかりやすかった。
「続いて、この作戦にあたってイヨさんの言葉を参考にして隊を二つに分けます。砦の攻略と殲滅の先鋒には才加を隊長としてヒミコ、ソラ、そしてカノに同行をお願いします。
本隊には私、アイリス、イヨ、カナで行動し、攻略に加えて囚われた人々の解放をします」
振り分けは意外な組み合わせに思えたが、明らかに組み合わせには意図と本質を見極めたらしい組み合わせであった。そして、姫夜は続けて命令をする。
「アイリスさんへ最初のお願いです。ソラさんへ才加の指示に必ず従うようお願いできますか?」
「ソラ、ガンバってね」
「…………わかった」
昨夜の話はこの事を心配してか。負けた。
「イヨさん、ヒミコさんへお願いできますか?」
「ヒミコ、作戦の行使にあたって異議はありますか?」
「ご命令に対して忠実に従う所存でございます」
指示を終えると本隊の姫夜を先頭に、先鋒は本隊の後ろに控える。堂々とした姿で、ゆっくりと歩いていく。砦で見張りをする者に気づいてもらえるよう歩みを進め、そして立ち止まった。
明らかに目立つその動きに砦の見張りらしき者が見下してこちらを見た。
「何者だ!」
「私は、聖宮家の長女にして大空団の団長、聖宮姫夜。この砦の長とお話しに参りました」
「なぜてめえらと話をしないとけな」
見張りが言い終えるより早く、ヒミコがためらいなく短弓を使って矢を放つ。笑って油断していたらしい男を見事に一撃で仕留めた。
その動きに嫌な顔をしたのはイヨだけ……ではなく、なぜか姫夜まで驚いた顔をしてヒミコを見た。
「えっと……、ヒミコ様?」
「お言葉どおり、降伏の意思なしと判断して先制攻撃をしました」
「……命令通りなら仕方ないですね」
無表情なヒミコの行動は意図的である事が明らかではあった。が姫夜は言葉のまま信じたらしい。
「では、やり直しをしましょう。もう一度だけ説得してみますので、決裂したときにはもう一度お願いします」
「承りました」
そんなやりとりをしている間に砦は慌ただしく動きだし、門の上に人が集まっていた。
その中で砦の長らしき者が一段高くなった場所へと登ったらしく、右側の砦門の上から姿を現した。
「名を名乗れ! そして何の用だ!」
「私は、聖宮家の長女にして大空団の団長、聖宮姫夜。砦の討伐依頼を受けて皆さんを討伐しに参りました。大人しく降伏して私の配下となるのであれば、その忠誠に応じて身を保障する事を約束しましょう。ただし、抗う者に対しては容赦はしません。砦の長またはそれに従う者は、その命を天秤にかけ、生か死を選びなさい」
姫夜の声はよく響き、そして聞き取りやすく意思があった。
「俺の名はヨシテル。そのカガ砦の王である。貴様らの一方的な要求を聞き入れる気はない!」
「はたして一方的な要求でしょうか。この中立地帯では他国の干渉も法の影響も受けません。従える者の力、つまり支える者の能力と周囲との関係こそが貴方の立ち位置だと理解していれば悪い話ではないと気づくはずですが」
それはこの人数で正面から堂々と現れた理由を示唆する言葉だった。おそらくはヨシテルと名乗った男もその余裕から何かを察してはいたのだろう。
見知らぬ小娘なはずの相手に対してバカにされたとは判断しなかった。
「それは俺が降伏する理由にはならない」
「私が従えているのは日ノ国で巫女が二人、そして終焉の森の護人です。あなたたちに勝ち目は最初からないというのにですか?」
「ココは中立地帯だ。だが日ノ国の巫女を従えられるのは日ノ国の帝か神子人というのは知っている。それに終焉の森の護人ならばその森を出る事は許されず、その森も霧に覆われたと聞く。そんな戯言を信じると思うか?」
「信じるべきです。知っていながらという結果を避けたいのであれば」
「そもそも聖宮家も大空団も聞いた事がない。笑わせるな」
姫夜がちらりとアイリスを見た。
「そういえば、名乗ったのはあの時が初めてかも……」
名乗るとか以前に、そもそも俺もイヨもあの時まで知らなかっただから彼らが知らなくて当たり前だ。
アイリスの返事に姫夜は微笑み再び前を向く。
「では、その名が広まっていくのはココからとなりそうですね」
「ふざけるな!」
怒ったらしい砦の長が合図をして、門で構えていたらしい弓を持った者たちが一斉に矢を番えて弓を引こうとする。
「イヨさん。放たれた矢に対応できますか?」
「その必要はないかと」
そう答えるより早く、ヒミコからいくつもの火の玉が一斉に放たれた。それもすべて見えているかのように弓を構えようとした敵に正確かつ一直線に。加えて避けるであろう場所への次弾も惜しむ事なく放たれる。
気づくのに遅れた者は火に包まれ、避けた者は避けた先に間髪入れずに飛んできた火が襲い掛かった。何とか放った矢も狙いが大きく外したか届かない場所で落ちた。
ヒミコは次の指示を待たずに右側の閉ざされた門を燃やし、火に包まれていく。生きたまま煙と火に包まれる悲鳴や叫び。
その光景に姫夜は怯む事も目を背ける事もなくしっかりと前を見て言い放つ。
「才加、頼みました」
「突撃開始!」
頷きそう叫んだ才加を先頭にして、俺とヒミコ、カノが右側の門へと進む。
門の上では混乱しながらも応戦しようとした狂者もいたが、既に弓を引くなど現実的な手段であるはずがなく、逃げ場もない場所からの戦う意思はヒミコの放つ火の玉に包まれた。
悲鳴と火の手まであがる門まで近づいたところで、才加が俺に声をかける。
「ソラ様、門を飛び越えるので、持ち上げる手助けをお願いします」
言われるままに先に門前へと立ち、飛び越えるべく駆け出した才加の足を手で持ち上げそのまま投げる。
才加の身体は軽く、軽々と門の上まで手が届いた。それを一蹴りで軽やかに登りきるとみえなくなり、ほどなくして門のかんぬきが外したという声。
どうやって?
火に包まれた門。声に従い開けると目の前には扉を背に賊と戦う才加。考える時間はなく、すぐに加わり才加と俺で賊を斬る。
…………何も感じない。
百鬼を斬った時とは違い期待した何かは感じなかった。次を斬っても、その次を斬っても。襲い掛かる賊に連携が見られない。武器の扱いについても素人かつおそらくは我流であり、動きも切れもない。
それは才加も同じ事を感じたらしく、そのすべてが一撃で相手を倒し、難なく門の制圧は終わった。才加は刀の血をはらうと一度鞘に納め、倒れた賊から剣を拾う。俺も剣を交換すると才加隊は砦そのものが一つの大きな建物となった廊下を進んでいく。
構造は三階を入口として下へと降りていくものとなっていた。向かいも奥側も壁を挟んで窓というよりも縦に長方形の穴がいくつもあった。
一階には中央部分が吹き抜けの広場となっており、山肌に洞窟らしき穴も見える。
なるほど、この砦は外敵よりもこの洞窟からの脅威を想定した構造なのか。
洞窟のある広場側へ向けられた長方形の穴の側には弓と矢が備えてあった。一方で直線で隠れる場所も少ない廊下は二人が手を広げても悠々と進める幅があり、障害となる物もないためヒミコの火の玉に対してはまったくの無防備でしかなかった。それでも外側に並ぶ部屋や扉その扉を使っての奇襲を仕掛けようとする賊もいたが、予想できるという事は対策もできる。逆手にとってより優位な立ち位置を選んで斬る。
そして、戦ってわかるこの砦の大きな利点であったはずの欠点。
広場の洞窟に備えた直線、伝達と戦況の把握をしやすくされた構造により、賊の長とその側近らしき者たちやら戦意を喪失して逃げる姿までよく見えてしまっていた。
既に砦内部に侵入した俺たちの姿に対して驚く者や動揺する者たちまでよく見えている。
「このまま先へ進んで追いかけましょう。王を名乗った者が私たちから逃げる姿を見れば、戦意もなくなるでしょう」
才加の指示に従い、賊の長ヨシテルを追いかけ砦の長い長い廊下を進んで追いかけていく
行く手を阻む者は斬り捨てるのも才加と二人がかりでは苦労もなかった。剣が手が、衣服が赤く染まりながらも進むと、続いて壁側の各部屋と奥には階段が見えた。
「このまま階段を降りましょう。待ち伏せに注意です」
その言葉の直後、ヒミコが間髪を入れず火の玉を放って待ち伏せを潰す。
反撃なのか弓を構えていた五人の賊が姿を現しして放った矢をかわして才加と俺とで階段を制圧。その間に窓側や他中距離から狙ってきた敵に対しては、ヒミコが対処していく。
「えっと……」
カノは何かすべきか迷ったようだが動かないが意外にも三人の隙を埋めて動きやすくなるよう的確な判断をしていた。
右側と奥側分け目となっている階段を降りていき奥側へ曲がる。すると、首輪を繋がれた華奢な男とその後ろで首輪に繋がる縄を持つ賊の姿が見えた。だから無難にその両方を斬りかかる。その直後。
「止まって!」
斬るなという指示だと判断して距離をとる。間が空き、隙を突くようにその男から火柱が放たれた。その動きに対して才加が的確に水柱をぶつけたが、熱せられた蒸気も十分すぎるほどに危険であり、さらに距離をとる。
よく見ると首輪を繋がれた男は飼われているのか先を阻むように立ち、震えながらも戦う意思を見せている。その足止めを狙っていたかのように、背後、そして砦左側からも同じ組み合わせの組み現れた。
「才加」
「首輪で繋がれたのはクラスメイトで……知っている男子たちです。ソラ様は背後の敵を、ヒミコ様は砦左側の敵を、カノさんは階段から急襲があった時に対処をお願いします。私には正面をお任せください」
才加の切り替えた指示は速かった。
「わかった」
「承りました」
「従います」
まったく結束を感じさせない返事をして各自行動に移す。
俺は首輪をかけられた者の手がこちらに向ける行動に合わせて壁側に沿い、手の向きから火が放たれる動作の変化に反応してかわす。そして続けざまに首輪の男を蹴り、続けざまに縄を持った賊が首輪の男ごと斬ろうとしてきた剣を一度受け止め、弾いてから斬った。
ただ最短なだけの力押しの荒技。この囲まれた危機的な状況を速やかに変えるためであり、うまくいったのも相手の力量が劣っていただけ。
そして、幸か不幸か蹴った首輪の男は壁に身体をぶつけてすぐそばにあった穴から落ちずに倒れ、ただ怯えるばかりで反撃もしてこなかったので斬る必要もなくなった。
片付いたのでヒミコを見れば、既にそちらの戦いは終わっていた。賊は燃えていて、首輪の男その二は水に包まれ溺れながら俺たちが居る場所までどうやってか空中に浮かせて運んでいた。
続いて才加を見る。首輪の男その三と魔法とやらで戦っており、蒸気による蒸し熱さを感じるほどで決着はみえない。というよりも男は意思を持って戦い、対して才加は戦うのを躊躇っているようにみえた。
が。そこへ戦いを終えたヒミコが火の玉を一発。魔法をも貫通して縄を持つ賊は火に包まれ首輪の男その三も戦意を喪失して終わった。
それを見て、ヒミコに尋ねる。
「才加は任せろと言ってなかったか?」
「些細な事で目的に支障がでたらそれこそ本末転倒かと」
少なくとも説得力はあった。才加も何も言わない。
「それよりもです。この三人の手をさっさと縄で縛りましょう」
「……そうですね。皆さん、お願いします」
ヒミコの提案に才加が同意したので行動に移す。三人は抵抗するかとも思ったが、才加のその指示に対して一切の抗いもなければ俺たちに対する殺意も見られなかった。
三人とも才加に向かって何か言っていたが興味もない。とりあえず縛り終えると才加は俺たちに向く。
「あの、三人を」
「殺さなかったのはただ弱すぎただけの偶然ですよ。それにお礼の言葉は賊の長を捕えてからです」
「そぅ、ですね。早く決着をつけてしまいましょう」
ヒミコの言葉に才加は頷き先へと進む。そして、その先にあった部屋は他とは扉の形が違い、その間隔や見た目の違いでおおよそ砦の長の部屋だと見当がついた。もっともそこにヨシテルが居るかはわからないが。
何も考えずに扉を開けて入ろうとする才加の手を止めた。そして代わりに俺が先に入る。案の定とも言うべきか、入った直後に左右から襲い掛かる賊二名を斬り捨てる。
これなら正面から矢を放って負傷を狙う方ががまだまっしだったであろう。長のために最後まで戦意を失わなかった事については評価できるが、それは生きてこそ意味のある事。
もう飛び道具による警戒は必要ないとの判断し、才加に合図してから正面を見る。
既に見えてはいたが、前には剣を手に俺を睨む賊の長に加えて、泣きぐしゃる衣服の乱れた女とそれを庇いながら賊の長を睨む泥で汚れたらしい制服姿の女が居た。
「……やはり、というべきでしょうか」
才加の目は賊の長を睨んだ。
「ソラ様、この男は殺さずに必ず捕えてください」
「いいのか?」
「はい。私が戦えばこの男を殺してしまいますから」
つまり、怒っているらしい。
「…………」
賊の長は俺たちの会話に対して何も言わずに身構えていた。
逃げようと思えば逃げられたはずだが。
よく男を観察する。才加よりも年上の男。それでもこの砦で王を名乗るにしてはまだ若く見えた。剣の構えは荒く、それでいて死を恐れない威勢のよさ。その一方で冷静さと慎重さ、狡猾さもそれなりに兼ね備えていそうだ。
それでココまで登り詰めたのは強運の持ち主である事は間違いないが、運という一言で片付けたとしても余りあるほどのココに至る過程はあるのだろう。
観察を終えると俺も身構える。部屋の広さは十分すぎるほど広く、天井についても飛びかかるなどしない分には気にする必要はない。対して相手の剣はそこまで考慮しているのか剣が通常より短めになっていた。
…………惜しいな。
少しの間睨み合った。が、その決着は戦う前についたので俺は構えをといた。
「なぜ構えない。なぜ剣を降ろした」
「決着は既についた」
「どういうこ」
男の言葉を言い終え理解する前に出来事として起こった。
背後から泥で汚れた制服姿の女が魔法とやらで水柱の水圧で一撃を与えたのだ。ヨシテルが何を驚いているのかはわからないが前によろけた所を剣で持っていた剣を弾きとばし、そのまま倒れたとこをを難なく抑え込む。
意外な事に、泥で汚れた制服姿の女は殺すほどには恨んでいなかったようだ。
「運が良かったな」
「なんだと!」
女相手の力勝負ならまだしも、力で抗っても力で抑え込むだけ。
まるでわかっていたかのようにヒミコは既に縄を持って差し出してきた。そしてカノにも手伝ってもらいながら三人がかりで手、足、腕をきつく縛る。
その様子を見届けていた才加が命令を追加した。
「ヒミコ様は引き続き砦に居る賊の掃討をお願いします。ソラ様は先ほど縛った三人をこの部屋に運んでください。それが終わったらヒミコ様と一緒に残った賊の掃討に加わるようお願いします」
「わかった」
「わかりました」
ココを才加とカノに任せる事は力の面で一抹の不安はあった。が、命令に従うようにアイリスと約束している。
三人を難なく運び終え、部屋を出る。そして二階の窓から周囲を見渡す。既に逃げ出している賊たちは制圧した門の反対側から逃げていた。制圧して燃え尽きた門の方は捕まったとされる人たちを待機させているのか人だかりができている。
「洞窟からの襲撃に対してならよくできた砦だ」
三階だけではなく、二階の左右、そして一階の左右までも各窓からだいたいの様子が見えた。
そこからは三階で解放したのに勝手に加わろうと企む者を無力化しているのがイヨたちの姿も見える。
これなら武器を持って戦う意思をみせる者はすべて敵とみなしても問題ないな。
戦いは早々に大詰めを迎え、既に終わろうとしていた。が、その騒ぎか臭いで気づいたらしい魔のモノの集団が洞窟から飛び出してきた。
大きな蛇、大きな蜘蛛の姿が広場から砦に攻撃をしかけようと動き出す。しかし。それを見越していたようにヒミコが一階の広場に到着しており、すぐさま目の前の魔のモノをいくつもの火の玉を放って燃やし、水柱で行き先を阻み掃討していく。
その威力については人に対して手を抜いていたのがわかるほどに大きな差があり、圧倒的蹂躙ともいうべき動くものすべてを容赦も躊躇いもなく燃やし尽くす戦い方は眺めて惚れ惚れするほどであった。
「………任せてよさそうだ」
そんな率直な感想を呟いた直後、本能的に窓をから飛び降りて一階へと着地する。ヒミコへと駆け寄り賊の流れ矢を腕で受け止める。
貫く強烈な火傷に近い感覚に対して食いしばる。
「ヒミコ、大丈夫か?」
「……はい、助かりました」
流れ矢に気づかなかったのか。
目が見えないなら普通に起こる事。むしろ戦えている現状の方がいろいろとおかしいのだ。
ただ、そんなヒミコだからこそこの意外な弱点に驚き、そして俺は俺自身がとった行動に驚いていた。
どうして俺はヒミコを助けた?
理由がわからない。ヒミコも俺の行動に驚いていたようで声も淡々としたものではなく震えていた。
とにかく矢を引き抜く。腕を動かし、痛みで力はうまく入らなかったが、とりあえずは戦い続けられそうだった。が、俺はその後もたいした活躍もないまま流れ矢から守っただけ。
魔のモノとの戦いは終わりへと向かい、襲撃はヒミコが圧倒してひと段落ついた。そこへイヨが現れる。
「ソラ様、ヒミコ。以降の洞窟の監視は私が引き受けます。お二人は逢野様のもとへと戻り、一緒にいる聖宮様の指示に従ってください」
イヨが広場にたどり着いてそう告げる。つまりは賊に対する砦の制圧もいつの間にか終わり、合流していたらしい。
「なぜ俺たちなんだ?」
「解放した人たちの勝手な行動を抑え込むためです。ココは中立地帯。無秩序では力こそすべてであり、支配者が法です。そしてこの場でもっとも力を示したのがお二人であり、この砦の支配者は聖宮様ですから」
そういうものなのか? いや、そうあった方が都合がいいのだろう。
ヒミコと一緒に姫夜のもとへと向かうと、姫夜は俺を見てなぜか驚いた様子で駆け寄ってきた。
「ソラ様! その腕は!」
「ケガをした。問題ない」
「そんな! 急いで治療を!」
なぜかあわあわしだす姫夜とその様子を不思議そうに見る俺とアイリス。それをすぐさま説明してくれる者を探してヒミコに目を向けた。
「聖宮様、確かにケガの心配も大事ですが、今はよりすべき事を先になされるべきかと。その方がソラ様の怪我の治療もはやく行えます」
「え、あ……そ、そうですね。ココはそういう世界でした。ですが応急手当はしておくべきです」
そう言って姫夜は見つけたらしい清潔そうな布で腕のケガの部分を縛った。
そして俺とヒミコに加えてカナとカノを率いて部屋を出る。解放した人たちのいる門の所へ辿り着くと、姫夜は立ち止まって見渡す。
「みなさん! 話を聞いてください」
主に男が多い集団に対して、そのその声はよく響いた。そして静かとなった所でへ話を始めた。
その説明は要約すればこのまま帰る者は帰ってもよく、とりあえず残る者は五人一組として砦の後始末を手伝ってほしいというもの。食料やその他品々の略奪は禁止とし、窃盗や殺人、その他争いなどを理由とした傷害などの罪に対しても五人一組は連帯として罰するという事。
そして、罪ではなくても命令に従わなかったり身勝手な行為に対しては姫夜の裁量によってヒミコと俺が実力行使をするというものだった。
その話に対して周囲の目や態度は姫夜を軽んじる雰囲気が感じ取れた。その場で反抗する意思はなかったらしく多くは残り、八組に分かれた。
「それでは各自、組で長を決めてください。そして食事に一組を話し合って決め、他は砦の片付けを作業してください」
その頃には既に日が傾きつつある。残った者たちが説明に納得したのかは別として各人で組の長を決め、早々に組で担当を分担を決めて動き出す。
その組分けから作業の分担までまるで以前から経験していたように手際よく。
「私たちの食事についてはお二人にお願いした方がよさそうかも」
そう呟いた姫夜が見たカナとカノが頷いた。
下卑た視線を感じながらも姫夜と共に賊の長を含めた縄で縛った者たちの居る才加の待つ大部屋へとの戻っていった。




