28-2
「やはり貴様が来たか」
馬上から槍を片手に向けてきた視線は見下す目。
「貴様が総大将か?」
「正確には違う。この部隊を率いる大将だ」
「なぜ帝都ではなくココにいる」
「……。終焉の森が謎の霧に包まれた出来事は中央でも噂になっている。そんな中でアズマハヤ砦が炎上した。だから政官が大騒ぎし、俺は北上した場合に備えてのソウに駐屯を命じられた。
お前こそなぜココに居る。既に天津原へ出発しているはずだ」
「いろいろあった。それだけだ」
「……そのようだな。この際だ、質問があれば答えてやろう」
義経はわざわざ馬から降りると槍をクルクルと無駄に回し、槍を構えなおすと、さらに槍を片手で持って無防備に槍を立てて凛とした姿で立つ。たった槍二本分ほどしかない距離で。
殺せる。
本能に身体が疼いて足が蹴りだそうとするのを理性で息を呑みとどまる。
イヨの言っていた勝利条件はこれで果たした。だが、この状況が勝利とは思えないが。
周囲を目だけ動かし見える範囲で確認する。
義経の家来と部下らしき者たちが剣を手に武器を手にできるだけ静かにかつ少しずつ確実に包囲するよう取り囲む。一定距離より近づこうとはせず、視線は俺と義経を交互に向けていた。
迷い、周囲を確認したわずかな時が義経を殺せる唯一の機会を失わせ、既に立場は殺される側に逆転した事で質問も温情に変わったと理解した。
「そうだな……」
剣の構えを解き、顔は動かさずに見える範囲で周囲を見渡す。
この部隊を率いる大将と言った義経が馬から降りている中で、唯一、槍五本分ほど離れて馬に乗った者が視界に入った。
「奥に居る馬に乗っているのは何者だ?」
義経はちらりと見る仕草すらもなく頷く。
「見る目があるな。中央に報告するための目付と呼ばれる俺を監視する役目の者だ。政官から斬ってもかまわないぞ」
今度は顔も向けて目付と呼ばれた馬上の男を見る。
陣地内の灯りもから見えたその姿は槍馬上にありながら他の者たちと違って鎧は来ておらず弓も槍も持っていない。脇差はあったがそれを抜く様子もなく身体を震わせ、今にも逃げ出しそうなほどに手綱も強く握ってただただ俺と義経を睨んでいた。
「今はやめておこう。斬れそうにない」
義経は大笑いして頷いた。
「あぁ、その判断は正しい。あれは弱いがその自覚があるから逃げる時を心得ている。この距離なら間違いなく逃げきるだろう。そんな結果となれば俺は相打ちしてでもお前を殺す事になる。他に質問は?」
……結果? 少し確認が必要だな。
「俺をあえて誘い込んだな?」
「ほう。俺の動きに加えて周囲も警戒し、さらには考えて話す余裕まであるか」
義経は槍をようやく両手で手にとった。ただ、戦うにしては重心が高く、槍を高く上げて構えるその姿は投げ槍でもするかのようは奇妙な構え。
「つまらない質問だったのは残念だが、その予想は正しい。
戦いでは情報がすべての判断の礎となる。俺は大空団についてコユルギから村々での行動、砦での出来事も把握していた」
……大空団、それに砦、か。たしかにそのようだ。
「お前の行動は確定していた未来すら変えている。だから、何をしたところでお前は突破してココまで来ると確信し、各将には戦わず誘い込むように指示した。結果、俺は大切な家来も部下も失わずに済み、お前もここまでの道のりは楽だっただろ?」
「そこまでするなら、なぜ使者での交渉を選ばない?」
「俺は総大将ではないと言ったはずだ。戦うよう命じられたからには行動で示さなければならない。俺に出来るのは戦い方だけだ」
義経は俺の探りを見透かすように見ながら重心を低くし、俺も重心を低くして足で踏ん張りいつでも蹴り上げられる体勢をとった。それに合わせて俺も再び剣を構える。
「イヨもヒミコも日ノ国で冠位を持ち、姫夜への護衛の命令を受けて行動している。師子へ危害を加える事は問題となるだろ」
お互いに身構え、隙を伺う。
一歩お互いに動かした時、その動きに合わせて周囲を取り囲んでいた兵たちが間合いを一歩詰めた足音がした。
「師子たちの暁の聖堂に思惑があるように、侍士の侍所にも思惑がある。そして政官の集まる参議の院にもな。
師子は終焉の森での護人任務を失敗した。侍士も襲撃によりアズマハヤ砦が炎上した。今の日ノ国は長く続いた平和で三権に偏りができ、政官による権力争いの道具と化している状況にある。
そして参議は師子の頂点に立つ日ノ国の唯一の冠一位、神子人から権力を奪って失墜させるためにイヨとヒミコの居る大空団を国に攻め入る敵と見做してそれを命じた。政官は政だけではなく三権の頂点に立ち、帝をも傀儡にして日ノ国の権力を握るつもりなのだろう。
侍所にとっても後の勇者が現れてから長く続いた暁の聖堂は英雄の称号を奪われ続けた存在。この利害が一致した恰好の標的として異物である大空団の者たちが目をつけられたという事だ」
説得するつもりが余計な話を聞いてしまった。……だが、それを説明しながら俺をココに誘い込んだ理由を説明しないのはなぜだ?
「俺は質問に最初から十分な答えを与えたはずだ。お前はどう答える?」
最初から……。
義経を見て、まだ距離のある馬に乗る目付の男を見て、再び義経を見る。
すると義経は頷いた。
あの馬に乗った男を斬れ、という事か?
「貴様はなぜ日ノ国のためにその命を懸けて戦う」
「そんな事か。俺が日ノ国のために戦う理由は一つ。殿下との約束があるからだ。だから忠誠を誓った主上に尽くす。それだけだ」
その直後に聞こえる馬が近づく音。
「なるほど。俺と同じか」
「そういう事だ。さて、そろそろ時間のようだ」
そして、俺は剣を握る手に力を込め、義経もまた槍を持つ手にも力が籠めた。
「支十二中将殿。何を無駄話しているのですか! さっさとこの男を殺しなさい!」
義経の長話に痺れをきらした目付という役職の男が話に割り込み、義経と同じ距離まで乗馬したまま近づいた。
怒鳴るように言ったその目は義経を見て、苛立つ声に合わせるように両手で握っていた手綱から一方の手を離して剣を抜き、俺に指さして睨んだ。
……好機は、来た。
「うるせえ!」
義経の声を合図に俺は剣を手に走りだす。義経が手に持つ槍を動かしたのもほぼ同時だった。
もし解釈を間違えていたら。そんな約束もないまま命を懸けて信じる事に対して胸の鼓動が速くなり、息を吸う方法を忘れてしまったような息苦しさ。
目付が逃げようとした所でその男が乗る馬が前足を大きく上げて悲鳴のような泣き声を上げた。剣を落とし、落とされまいとしながら逃げる方向を合わせようとして無防備に背を向けて落ちまいとする姿。
その馬の前足が地に着くより前に近づき地を蹴り上げると、脇腹から胸元、そして肩へと下から上に斬る。その手に伝わる肉を裂き、勢いが足りずに骨に阻まれなぞる感触。
浅い。
手綱を強く握り堪え続ける目付。そして俺が地に足を着けた時には馬も前の脚を地に着け走り出そうとしていた。
ただ、剣で止めを刺すには馬上は高く、再び地面を蹴るにも斬る時には走り出した馬に間に合うかわからない。焦りに頭が真っ白になろうとする中、振り上げた剣で目の前に見えたモノを斬る。
直後に伝わる強烈な衝撃と共で見えたものは馬の脚を剣で斬った直後の光景だった。
馬が悲鳴と共に体勢を崩して倒れ込むと同時に俺自身も剣から手がはなれ、手の痛みで本能的に片目を瞑りながらも目付が落とした剣を拾う。
そして、馬から投げ出された目付に対してその剣で胸に突き刺した。そして、義経を見る。
義経は身構え無言で俺を見ていた。同じく俺の無防備だった背中を見ながら動かないまま身構える義経の配下の姿。
「これで合っていたか?」
「……まだだ」
義経はゆっくりと俺に近づくと。槍を地に刺し、刀を鞘から抜くと傷に苦しむ馬に止めを刺した。
文章校正は後日