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24ー1、「おいしい」

文章校正は後日

 姫夜を背負いながら、確認として尋ねる。


「姫夜」

「……え? あ、は、はい。すみません」


 考え事をしていたらしく、背中から本気で申し訳なさそうな声で謝りだす姫夜。イヨはその返事に眉をひそめて何か言いたげだったが、気づかなかった事にした。


「どうして次の村に行こうと決めた?」

「どうして、ですか? えっと……、それは団長としての見解をご希望ですか? それとも私見でもよろしいですか?」


 俺の事が恐いのか迷いある意思の弱い声だった。


「団長としては?」

「皆さんを率いる者として、不確実な憶測をお伝えするわけには参りません。信頼に関わりますから」


 たしかに。ただ、それなら選択肢から除外すればいいはず。それをあえて選べるようにしたのには意図があるのだろうか。


「では、私見で頼む」


 すぐには答えなかった。姫夜は周りの様子を確認しても答えを待っているとようやく答えた。


「次の村にはヒミコさんの願う目的があるから。そして、おそらくは私が自らの意志で選ぶ最初(・・)の一手です」


 私見というには確信めいたハッキリとした声でそう言い切った。


「なぜそう思った?」

「まず前提として。私は団長となってから警戒をアイリスさんにお願いしました。そして、アイリスさんはソラさんと一緒に調べてあの廃村を安全だと答えました。私はその言葉を今も信じています」


 身体を動かしアイリスの方を見ると耳を動かすアイリスと目が合ったのか俺と背中の姫夜に向けてニッコリと笑みをした。


「信じているから。だからこそヒミコさんが次の村へ向かう助言をした理由をきちんと考えたのです。

 団長になる事をイヨさんは私に提案しました。イヨさんとヒミコさんの関係を考えると、ヒミコさんの提案を肯定したイヨさんの信用を裏切る助言をする事はまずない。

 つまり、ヒミコさんの提案には何か意味がある。安全か意味のある提案か。私にはその安全が今の私のまま留まるように思え、意味のある提案が私の運命を変える第一歩の選択に思えたので、何かはわからない意味のある提案を選びました。

 それが妄想か事実か、次の村へ進めばわかる事ですし」


 最終的な判断はたしかに私見だった。それも好奇心という理由。

 ただ、そこに至る答えは周りの人を信用しての理由があり、驚くほどしっかりとしていて迷いがない。


「聖宮様は変わりたいのですか?」


 イヨが話に入り、背中の姫夜が反応した。


「その答えを言葉でお伝えするのは難しいです。私はこの世界で水の魔法を頂き、才加が今もそばに居て……大きな失敗しました。それは生きる希望を失ったと言っていいほどの傷を負って・そして才加にも負わせてしまった。

 でも、皆さんと出会え、こうして再びご一緒させていただき……今もこうして大空団を率いらせていただいております。だから、今度はただ頼り守られるだけの生き方をしたくない。

 ……この表現も正しくはありませんね。私はただ、前の世界で選べなかった先を知りたいと思ってしまったのです」

「よくわかります」

「わかるわかる!」


 何かに共感したらしい力強く頷くイヨに加えて、アイリスも笑顔で頷いていた。

 俺には理解はできない。ただ、自らの意思で生きるのならそれは人として生きている証。少なくとも、誰かが都合よく世の中を変えてくれるのを待ち、ただ周りの顔色を伺い卑屈に世の中に愚痴をこぼすような生き方をしていたのなら、今の状況すらも姫夜には起こらなかった事だけはわかる。


「だから、その、頑張ります」


 そういって姫夜は背中で何かの仕草をしたのか空気が和らいだ。そんな気がした。




 緩やかな山沿いの道を進み、陽光はかなり傾いて才加の体力がそろそろ限界かと思われた頃。ようやくヒミコが言ったらしき村に辿り着いた。

 先ほどの廃村よりも更にひと回り小さな開拓村で、数十人ほどの村。それでも柵と浅い堀でしっかりと覆われ、柵の外側にある周囲の畑にも囲むように獣対策らしき大雑把な囲いが見える。

 建物の数は少なく宿もないだろう。加えて物珍しそうに俺たちを見る数人の村人たちはそのほとんどが女か子ども、そして年寄りだった。その村の様子だけでも訳ありな村だとひと目でわかる。


「姫夜の予想は当たりのようだな」

「そのようですね」


 俺とイヨの会話を姫夜は気にしたようだが何も言わない。ヒミコを見ても無表情で意図はわからない。村の入り口でも誰からも遮られずに中へ入ると、誰かが報告したのか奥にあった正面の建物から現れたのは中年の女村長らしき者だった。

 左右には竹槍を携えたまだ若い女二人がこちらへ身構える。


「私は村長をしているアゾと申します」


 先頭で律儀に頭を下げた姫夜が挨拶を始めようとしたところでイヨが手でとめ目配せすると前にでた。


「私は月ノ巫女、神無月です。今は大空団としての旅の途中ゆえにここに居る全員の一晩の宿をお願いしたいです。また、物々交換の交渉もさせていただきたい」


 説明に意味がある事に気づいた。村長もそれを理解したらしく表情を和らげた。


「これはこれは。月ノ巫女様の名はわたくしも存じております。大空団の御一行様、ようこそお越しくださいました。皆様を歓迎致します。ほら、二人も武器をおろしなさい!」


 そう言われて慌てて武器を降ろす二人。ただ、俺に向けられた警戒の目は解かれることはなく、睨まれたまま。


 案内されたのはアゾが出てきた少し大きめの建物だった。その建物は村長の家ではあったようだが、中を見るまでもなく全員が入って話せる来客用の応接間はなさそうだ。

 姫夜は入り口で立ち止まって、なぜか何もしない。


「あの、聖宮様」

「……え? あ、そうでした私が団長でしたね。ではイヨさんも一緒に来てください。護衛として……」


 姫夜と目が合った。が。


「相手は女三人。今回については逢野様がよろしいかと思います」


 すかさずイヨが適切な助言を加えた。


「そうですね。才加、ついてきてくれますか」

「承りました」


 三人で建物に入り、俺とアイリス、ヒミコは大人しく建物の外で待つ。

 アイリスは興味津々に周囲を眺めるように周囲もこちらを伺う姿。見れば見られ、見られれば見る。

 興味などない。それでも目が合うのは動かない景色に動くモノに視線を向ける本能であり、見られていると感じるのは無意味に意味を求めて過剰な警戒心が生む勘違いなのだろうか。


 誰も話しかけに来ない事になぜか落ち込んだ様子のアイリス。それをなぜか真剣な様子で見ているヒミコの観察をしていると退屈はなく、話を終えたらしい姫夜たちが部屋から出てきた。

 そのそばには先ほどまで警戒していた槍を手にもっていた女もいた。


「泊まる場所をお借りする事ができました。まずはそこへ向かいましょう。その場所まで案内してくださる彼女の名前はカナさんです」


 カナと呼ばれた女は姫夜と同じ歳かそれより少し年上か。ココで生まれ育ったらしく、応対の経験もないのか周囲を見渡し紹介に対してどう反応していいのかわからない様子だった。

 姫夜は笑顔のまま言葉を続ける。


「では自己紹介を。私は姫夜と申します。イヨ、才加の紹介はしましたね。ココで待っていた方々は右の男性からソラ、アイリス、ヒミコです。

 ゆっくりとお話したいところですが、今は先に泊まる場所の案内をお願いします」


 カナは頷き、広くはない村の泊まる家へ向かって歩き出す。

 が、何を思ったのか呟く言葉は名前を順に繰り返し、わざわざ一晩のために覚えようとする様子を姫夜とイヨは嬉しそうにし、アイリスに至ってはカナにいつ話しかけていいのか迷っているようだった。


 そうして案内された家は、入ってみて驚く。

 六人が泊まれる広さに加えて部屋も別れていた。が、部屋に住んでいる形跡が残っていた。


「あ、あれ? お部屋を間違えていませんか?」

「合っています。この家には私が住んでいますから。家の他の者は村長の家に泊まる事となります。料理はこれより急ぎ村長の家から用意させますが、追加で必要なものがございましたら私から用意いたします」


 その話し方から察するに交渉結果は上々だったらしい。

 その言葉を聞いたイヨが応える。


「では、早速で申し訳ありませんが、お茶か白湯をお願いできますか?」

「わかりました」


 そういって席を離れて台所へ向かった所で休憩と雑談。とはならなかった。


「姫夜様、お手伝いをこのヒミコと私にも行かせてください」

「え? あ、はい。イヨさん、ヒミコさん、お手伝いをお願いしますね」


 姫夜は才加の方も見たが、疲れた様子を見てイヨとヒミコにしたらしい。

 カナとヒミコが先に台所に向かったの見て、イヨが姫夜に耳元に寄る。


「ココは日ノ国の外であり、賊や魔のモノの住みやすいどの国にも属さない地です。食事等は安全を確認できるまではヒミコか才加様、それか私に手伝わせるなどして安全を確認ください」


 なぜそれを帝都に向かう開拓村、あの姫夜と出会った村でイヨしなかったのか。

 考えてみれば単純で、イヨから見て信用してかつ自然に頼める人がいなかっただけなのだろう。


「わかりました」


 その返事を確認してからイヨも手伝いに向かう。そして、白湯を用意して戻ってきたのはカナとイヨだった。

 更にしばらくして食事と共に戻ってきたヒミコは入り口であった竹槍をもった女を連れてであった。ヒミコの紹介曰く、名をカノというらしい。

 用意された食事はイモ類に雑穀に野菜を加えた雑炊お鍋であり、そこから椀によそわれ渡される。一見すれば質素にも見えたが二人の視線からその真逆らしい事はすぐにわかった。


「あの、よかったら一緒に食べませんか?」

「いえ、私たちはいいです」

「私の住んでいた所と文化が違うのかもしれませんが、私の国の習慣では一緒に食べる事が礼儀なので是非」

「えっと、そうおっしゃるのであれば」


 二人は遠慮がちに雑炊入りの椀を受け取り座る。その行為は姫夜の口実は食事の毒味をさせるうえでは素晴らしい口実だと感心した。イヨも同じ事を思ったに違いない。

 が、なかなか手をつけない二人に反して、真っ先に食べ始める姫夜。


「!?」


 驚き声こそあげなかったものの表情までは隠せなかったイヨ。


「どうされましたか?」

「え?あ、い、いえ。失礼しました」

「美味しいですよ。皆さんも温かいうちにいただきましょう」


 姫夜の言葉に嬉しそうに食べだすカナとカノ。

 続いて食べ始めて「おいしい」とほほ笑むアイリスは別として、鍋から配膳された事実と二人の様子から食べ物が安全であろう事はほぼ信じてよさそうだ。


 ……姫夜はわかっていた? いや、ただ信じただけだな。


 食事で機嫌をよくしたアイリスをきっかけに盛り上がったようだ。




 必要な分は満たされ、間合いを見計らって外に出る。周囲は暗く、村の門も閉ざされ明るいのもこの建物だけ。

 周囲の建物からは警戒よりも怯えの方が強く感じられ、殺意もまったく感じない。旅人を歓迎するような村には思えないからこそ、食事の歓迎ぶりがいびつであり、姫夜が何か約束をした事を示唆していた。

 しばし夜空をながめ、女ばかりの空間から出られた居心地の良さに浸っていると姫夜が出てきた。才加の姿はない。


「不用心だな」

「今さらかとと思いまして」


 ……それもそうかもしれない。


「村長の家で聞いた話をお伝えします。この先にある砦に住む賊を討伐して欲しいとのお願いでした。この村から更に北へ進んだ所に分かれ道があって、そこから西にある山道を登ると洞窟の前にあるそうです。その、や若い男や女はそこへ連れて行かれたしく、ココで育てた作物も多くが奪われたそうです。

 日ノ国の領主へ助けを求めたらしいのですが、国境を越えて天津原へ兵を向かわせる事を禁じられているとかでこの村の帰属は認められなかったらしいです。侍士の兵士?や師士の協会?の介入も禁じてられているとかで、私たちが助けなければ遅かれ早かれ滅ぶか村を捨てるしかないとか」

「イヨとヒミコは日ノ国の……」


 そこまで言った所で気づいた。その国の者が率いるのは禁じられていても、日ノ国に属さないアイリスまたは姫夜が日ノ国出身者を率いている分には禁じていないのだろう。仮にそれを禁じた所で守る事が不可能になる。別の意味も考えられるが。


 なるほど。アイリス、姫夜と団長にしているのはそれが理由か。


「今の団長は姫夜だ。姫夜が判断すればいい」

「はい。そうしました。なので賊討伐は相手を殺す事となります。それも人を。その意思の確認をしたかったのです」


 そんな事か。人を殺す事になぜ意思の確認が必要なのか俺にはわからない。


「アイリスは賛成したのか? 賛成なら俺は問題ない」

「はい。ソラさんがいいよと言ったらという条件で。…………あの、手を握ってもいいですか?」


 話の関連が見えない。感謝しているという意味か?


「姫夜は団長だ。その手は討伐が成功したときの褒美として所望しよう」

「……わかりました。では、それに見合うご活躍を期待していますね」


 姫夜が微笑み話は終わったと建物に戻った。そして続いて現れたアイリスはなぜか鼻歌を歌うご機嫌ぶりで、その後は男女別の分けられたはずの部屋に一人男の俺の部屋に寝ようと侵入してきた。

 それも、カナとカノを連れて。


「『村長にあの男を籠絡させろ』と命じられたんだって」

「籠絡?」


 闇討ちじゃなく? いや、それ以前にアイリスにそれを話したのか?


「それで、アイリスは二人を連れて何をしたいんだ?」

「よくわからないから一緒に同じ部屋で寝て、ソラよりも起きていられたら何でもできると思うと答えたよ。ソラだけ一人だったし隣の部屋の空きも余裕ができる名案でしょ♪」


 たしかに名案と言われれば名案な気もした。が、何かが大きく間違っている気もする。

 俺の返事も待たずにアイリスは手早く準備を終え、様子を見にきたらしいイヨは何も言わずに、結果として来た部屋を一緒にして寝る。

 ただ、本能で夜の警戒に慣れた俺とアイリスに対して、村で暮らした二人がただ待つという行為でどうにかなるはずもない。狙う緊張は二人を無駄に疲弊させて眠気を誘い、おそらくは失敗に終わらせる十分すぎる理由となった。


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