23-2、一同は次の村へと歩みを進めた。
アイリスと姫夜の固い握手。
イヨや才加、姫夜までの嬉しそうに表情。理由はわからないがアイリスが笑顔なら良い事なのだろう。
「聖宮様。まずは、大空団? の隊長……いえ、団長としてのの編成をお願いします」
言い直しするあたりイヨもこの名前は初耳だったらしい。
姫夜は突然すぎた話に理解する事を優先しているらしくイヨの言い直しの意味に気づいた様子はない。
「編成、ですか?」
「この人数ですし、とりあえずは補佐役を決めておけば困らないかと」
一人一人順に見渡し、目を閉じて考えを巡らせる姫夜。
一度目を閉じふうっと息を吐く。そして目をあけ再び顔を上げた表情にはコユルギで見た輝きがあった。
「では、相談役をイヨさんにお願いします」
「承りました」
「それと日中の警戒とその報告はアイリスさんにお願いしたいのです」
姫夜はアイリスの方に身体を向けて目を見ながら頼んだ。
「どうして私?」
「心の準備ができるからです。その、具体的には耳や尻尾の動きでなんとなくわかると言いますか」
「そうなの? わかった~」
笑顔で頷くアイリスにほっとした様子の姫夜。
「そして才加。あなたは私のそばで護衛に。これは信用してです。くれぐれも期待と間違えないように。また、戦闘が発生した場合はその都度、イヨさんやソラさ…んの指示に従うように。その時は私の命令より優先してもかまいません」
承りました、と嬉しそうに跪く才加。
一見すれば普段とは違う仰々しい動きであったが、冷静に頷く姫夜の反応からして命令に対する才加なりのケジメなのかもしれない。任命は終わったらしく姫夜は再びイヨに身体を向けた。
「イヨさん。食料とか旅の備え、目的地までの道のり、所要日数、その他必要なモノ、旅路を考えてまずはそれらの確認と把握をしておきたいです。それと宿の交渉とかの風習や知識が足りていないので、その都度に交渉をお願いしたいとも考えています。あとは…………いえ、一度にすべてお願いするのもよくないですね。他は後ほどあらためてお願いします」
「承りました。そのように動きましょう」
「ありがとうございます。それではみなさん、よろしくお願いします」
率いる側になっても律儀に頭を下げる姫夜。
団長が安易に頭を下げるのはイヨが注意したそうにしていた。ただ、同行してたった数日で周りをよく見ていた任命と迷いない判断はそれを思いとどらせたように思えた。
という最後の俺の認識は一部誤りであった。
休憩後、恥ずかし気に姫夜が俺を見た。
「すみませんが、よろしくお願いします」
「ああ」
足を痛めてからでは手遅れなので当たり前のこととして姫夜を背負った。そして気づいた。謙虚さは旅の足手まといから頭を下げていた事に。
その日は姫夜を背負い早めに村の空き家に泊まり、姫夜とイヨ、ヒミコ、そしてアイリスは長く話し合った。らしい。俺自身は休憩と見張りで加わらず、途中で抜けてきたらしいアイリスが長々とその事を話していた気がする。
ただ、団長がアイリスから姫夜に変わったところで俺の行動に変わりはない。翌日からの道のりでも途中で姫夜をも背負う事は変わらなかったし、イヨの特別な力も借りたまま。旅の進路も、移動距離や休憩も大きな変化こそなかった。
その一方で変わった事もあった。
指示は姫夜の質問にイヨは答え、助言をよく聞き、最終的な意思決定は姫夜が必ず行っていた事。姫夜の体力も姫夜自身で決めて顔を赤らめながらお願いするようになった事。イヨの表情に笑顔が増えた事。そして指示する側となった事で姫夜はアイリスやイヨとの雑談が増えて姦しい集まりとなった事。
もっとも興味深かった事は姫夜、イヨ、そしてアイリスの三様な会話はそのほとんどが無駄な話としか思えないのになぜか楽しそうに話し、理解も共感もしたとは思えない相槌と、話の合間にいつの間にか話す側が入れ替わっている高度な会話の駆け引き。
アイリスの笑顔を見て思う。
仲間? 好敵手? それともあれが友達というものなのだろうか?
言葉の意味は知っていても、無い記憶からはその形が今見ている姿なのかの判別がつかない。
今、この瞬間、眺めている時間だけはアイリスとの『約束』が果たされているようで不思議な感覚。けれどもアイリスと俺との間にはそんな約束はしていない。
いつまでも無駄な話題が途絶える事のない姿も、無意識に眺めているこの感覚もついに理解できなかった。
旅は更に五日ほどかけ、おそらく国境沿い近くの山の麓近くの砦化された小さな村へと辿り着いた。
姫夜がイヨに行き先を確認し、その村で木々の生い茂る山へ入る準備と交換交渉を行い、それらを終えた。そして食事も終えてようやく空き家で休む夜。
先に見張りを担当していたイヨと交代するおおよその時間となり、静かに夜空を見上げるイヨの隣に立つ。
村の先にある小山には砦らしき灯りが見え、あの砦が国境の目安であり、この村と小山の砦は二つでひとまとまりとしての防御と報告の役割をしている事がなぜか見ただけで理解できた。
もっとも、そのなぜかについても馬の厩舎とのろし台が村にあったからという単純な理由ではあるが。長年使われていないのかそこに人影はない。
つまり、村をイヨが一人で見張りをしているような状態であり、そこに灯る青白い光はよく目立った。
「交代の時間だ」
「そうですか」
なぜかイヨは俺の方へと向いた。
「少しだけ、話をしませんか?」
「ああ」
俺の返事に対してイヨはなぜか少しだけ間を空け、質問を始めた。
「聖宮様についてどう思っていますか?」
「どうも思わない」
「それでは会話になっていませんよ」
ため息をつかず、睨みもしないイヨ。
……姫夜の影響か?
フフッと笑うイヨは穏やかだった。
「では、今回は特別に私から会話のお手本を。才能ある者が凡人の悪意で日の目を見ない。それはあまりにも悔しい。私はそう聖宮様に期待をしています」
冠四位、月ノ巫女。物語であれば人の上に立つ者として有能な者を引き上げようとする立派な言葉。なのかもしれない。
ただ、言葉の『期待』という言葉に胸がざわついた。
「つまり、姫夜に何かさせるつもりなのか?」
「私から特別な事は何もしません。ですが、聖宮様と出会ってからの出来事、出会うまでの逢野様からの話を思い出してみてください」
「あぁ……。」
俺の返事にイヨがクスッと苦笑いした。
「実はコユルギで水無月様と如月様にも同じ言葉で質問した事がありました。
如月様の感想は、姫夜様は女へ分け隔てなく接し、身の安全について危機感が足りず、困っている人を捨て置けない。そして、悪事や殺しを異様に嫌い、男を怖がる。日ノ国の風習を取りこむ意欲はあり、行動してもしなくても不運を招く事を除けば優秀とのこと。
そして水無月様の感想は、姫夜様は計算、商い、礼節の三点に敬意を込まれ、特に恋文の自由な表現は周囲を驚かせるほど。心は人を変える、とても興味深い考察対象でした。と」
二人を合わせると外見と内心が重なり一つの情報になるのか。
『悪事や殺しを異様に嫌い、男を怖がる』というの如月の感想なら俺は姫夜から好意をもたれる事は皆無らしい。ぎこちない会話、背負われるのをためらう姿、背中で目覚めた時に怯えた反応。思い返せばそのすべてが恐怖だったと思えば納得いくものではあった。
「つまり、俺は姫夜に恐れられているのだな」
俺をじっと見て何かを考えるイヨ。
そして大きく息を吐き、少し夜空を眺めた後に「言い得て妙」と。そして「でも」そう小さく呟き再び俺をみた。
「それで、聖宮様についてどう思いますか?」
「…………」
回答をソらされた気がする。が、続けられても良い事はなく、お手本との言葉と共に考える。
イヨの目からもわかるような考える姿を見せ、少しだけ間をあけてから答える。
「才能の開花は感じた。それも姫夜だけでなく才加にも。ただ、姫夜が何かをしたいようには思えなかったし、才加が何かが起こるとも思えなかった」
「そうですか……。ソラ様らしい淡泊な感想ですが先ほどよりもかなり良くなりました」
「それは褒めているのか?」
「もちろんです。ですが、聖宮様が何かをしたいように思えなかったという部分は残念ながらハズレのようです。これも不運というものなのでしょうね」
笑顔を向けていたイヨの表情はすぐに曇ったように見えたが、それが夜のせいでそう見えただけなのかの判断はつかなかった。
「アイリス様がソラ様によく話しかける理由が少しだけわかった気がします」
それだけ言うとイヨは軽く頭を下げ、家の中へと入っていった。その姿を見送りふと思う。
「……イヨは何を話したかったんだ?」
考える時間はたくさんあった。ただ、考えたところで理解できないという結論にすぐ至り、その夜はとても静かなのにどうにもざわつく夜をすごす事になった。
朝となり、準備の確認をして出発する。
その村の出口では村長らしき者が俺たちを待っており、村民二人と一緒に頭を下げていた。
「イヨさん、対応をお願いできますか」
「承りました」
イヨが前に出た。
「これは村長のヨシ様。どうかなさいましたか?」
「恐れながら申し上げます。この先の道は長年使われていない廃道。加えて、最近では獣たちが付近に増え、百鬼、魔のモノの発見報告を砦の方から聞きます。以前には調査と討伐を目的とした三つの傭兵団の一つが消息不明となるほど。引き返すご再考ください」
「お気遣い感謝します。ですが不要です」
イヨは姫夜を目で合図し、姫夜は頷く。
「それでは行きましょうか」
頭を下げる彼らの前を通り過ぎ、歩いていく。
そして、それなりに村から離れたところで姫夜がイヨに尋ねる。
「あの、忠告を無視してよかったのでしょうか?」
「あれは忠告ではありません。そもそも忠告であれば出発直前ではなく、準備の時に伝えるでしょうから」
「では嘘をついたという事ですか?」
「察するに村長は私の冠位をわかっていたようです。嘘をついて後で罰せられるような行為はしないでしょう」
「そうなのですね。ありがとうございます」
安堵した表情を見せた姫夜だったが、すぐに何かに気づいたようにイヨを見た。
「えっと、それって」
「否定はしません」
イヨはあえて安心させる言葉を選ばなかった。
進む山道はすぐに荒れ、今はあまり使われていない道だった。更に進むと道らしきところにも草が茂っていたり枯葉もある獣道というべき道らしき道を進み続ける。
本来であれば土地勘のない俺たちにとっては引き返すべき道。ただ、分岐らしき所や間違えそうな所の度にヒミコがすかさず一言伝え、姫夜はそれを受け入れ進んでいく。
これまでの旅路とは異なり山道は山頂を目指さなくても楽な道ではなかった。道は山肌に沿うように曲がりくねり、周囲の視界を遮る木々は進んでも進んでも目印にはならない。
休憩回数も多くとったが、進みも悪くなってきたところで姫夜を背負う。才加も体力の消耗が大きいらしく言葉にしなくても姫夜も察してはいるようで焦りを感じる。
そして場所を探して更に少し歩いたところで開けた場所があり、そこは廃村らしき場所だった。
柵は朽ちて意味はない。家々の多くも天井が崩れていた。が、一つだけ補修されて申し訳程度に仕えそうな家があった。俺とアイリスで確認に向かい、屋内に人はいないものの、過去にも使われた形跡が確認できた。おそらくは傭兵または旅人、あるいは賊の一晩の宿に使われていたらしい。
そして、外に出てアイリスから姫夜にそのままの報告をした。
「そうですか。では、今晩はココに泊まりましょう」
俺もイヨも頷く。だが、ヒミコが珍しく首を横に振った。
「聖宮様。お疲れなのは承知しております。ですが、更に進んだ次の村でお泊りになられた方がよろしいかと」
ヒミコからの意外な言葉に姫夜は目をぱちくりさせた。
「ヒミコさんはこの先に村があるとご存知なのですか?」
「…………」
「えっと……。あの?」
答えないヒミコ。そしてイヨに判断を仰ぐように見た。
「助言と思って尊重された方がよろしいかと存じます」
「わ、わかりました。ヒミコさんの意見を採用します」
姫夜はイヨとヒミコの表情から何かを察したのか即判断を変え、ヒミコの助言を受け入れた。
ただ、その判断に危うさを感じた。柔軟な対応と言えば聞こえは良いが姫夜が操り人形のように見えてくる。それを払拭するには結果論や無責任に物事を論じたがる口だけの無能を黙らせる意見を常に採用し、結果を出し続けなければならない。
「…………」
英傑の誕生か、はたまた偶像となるか。姫夜にとってはこの世界で序章を終え、運命を決める物語がはじまっているのだろう。
イヨはそれを見越すように俺へ向ける目は口封じをさせているようであった。アイリスは決定に不思議そうな表情をして俺とイヨを交互に見比べていたが他に異論は出ず、一同は次の村へと歩みを進めた。




