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22「旅って、楽しいね」六人で歩み始めた。

「そろそろ時間。か」


 日の出と共に始めた稽古を終え、身体を清め、部屋に戻る。

 昨晩にイヨから予定通りの出発を伝えられており、いつの間にか用意されていた新しい衣服に着替え、剣の状態を確認して問題ないと剣を鞘に納めて置く。


「ソラ、準備は終わった?」


 こっそりと部屋に入ってきていたアイリスが、その返事を待つことなく抱き着いてきた。準備が終わるまで大人しく待っていたアイリスの頭をポンポンとする。すると顔をあげ、指さし無言で何かを求めているようだった。


 …………まだ、時間はあるか。


 寝転ぶアイリスを頭を足にのせて、ひざ枕をする。

 かたいと不評だったはずだが嫌ではないらしい。


「ソラ」

「なんだ?」

「呼んだだけ」

「そうか」


 そう、か?


「…………ねぇ。ソラ」

「なんだ?」

「外の世界って人がたくさんいるんだね」

「ああ」

「海、大きかったね。それに長く続く道。その先には大きな街に小さな村、建物も大きいのから小さいのまで。いろいろな建物に形。一つ一つは似たり似てなかったり。不思議な調和があったりして、それでいて不協和なところがあって。旅って、楽しいね」

「ああ」

「ぶー! ちゃんと話を聞いてる!?」

「ああ。聞いている」


 軽く頭を撫でる。なぜかフフッと笑った声が聞こえたがそれは少しだけ。


「この会話。出会った時みたいで懐かしいね」

「そうだな」


 アイリスにとって俺との出会いは故郷を失った過去に繋がる。会話は自然とそこで途切れた。


「…………」

「…………」


 穏やか。静か。和やか。外の音だけが聴こえる無意味(・・・)な時は流れるのがハヤい。

 ただ、アイリスはそれこそが好きなようだった。


…………

……


「アイリス様、ソラ様。お迎えにあがりました」


 入ってきたのはイヨとヒミコだった。アイリスが居ると知っていたのかは謎だったが、配慮をした事がその一言でわかる。


 そんな二人の姿は。

 イヨは帝都へ向かった行きと同じ巫女服姿にその手には弦を外して布にまいた長弓。その肩には矢筒、そして腰元には新しい小さな袋がおそらく理石を詰め込みぶら下げていた。

 同伴するヒミコは男装に着替えて刀を差した姿。髪を動きやすく束ねた姿は意外にも様になっている。


「わぁ! カッコいい!」


 起き上がるアイリスはいつもの笑顔だった。四人そろったところで今度は姫夜と才加を迎えに行く。はずだったが、仕度中との事で協会の建物前で待つ事となった。


 門前には既に馬車が用意され、護士たち外で待機していた。そこへ水無月を先頭にして現れる協会の者たち。と。


「お待たせしました」


 水無月の言葉に促されるように前にでる二人。

 才加は動きやすさをその姿にした男装をした麗人であり、束ねた髪と刀を扱えるという自信と凛とした姿勢は威圧に似たそれとは違う育ちの良さが際立っていた。加えて、衣服の所々にその容姿と機能性を際立たせる細部のこだわりが見られる。

 対して、姫夜はおそらく二級護女の服装をしていた。特別な装飾はなく、むしろ周りと同じ地味な衣服。なはずだが、恥じらう仕草は明らかに目立っていて、周りと似た姿だからこそ動きも高貴な者がお忍びで変装しているようにしか見えない人を惹きつける素養があった。


 それを示すように協会に居る誰もが今は姫夜の格好に目を向けていた。そして、その事を誇らしげにする才加には姫夜を守る強い意志ががあり、一切の隙がない。


 助けた時も、屋敷に居た時も二人にそんな感じはなかったはずだが……。才能が開花しはじめている? いつ?


 思い当たる事はあった。あの夜の稽古する才加と誇らしげに見守る姫夜の姿を。ただ確信などない。

 そんな姿を眺めていると、なぜか姫夜がイヨやアイリスの前ではなく俺に向かい合うように立った。


「その……。ソラ様」

「何だ?」

「えっと。その……この恰好は、いかがでしょうか?」

「あぁ、とてもきれいだ」


 かつて尋ねてから褒めるのが習慣だった事を思い出し、その礼儀にならって答える。


 が、なぜか姫夜は顔を俯けてしまった。何を間違えたのかとイヨに顔を向けるが、イヨはため息をつくだけ。ヒミコに至っては珍しいまでに笑いを堪えて肩を震わせていた。

 少しして姫夜が顔をあげ、なぜか顔を赤らめながらイヨに向かって頭を下げる。


「皆さん、よろしくお願いします」


 姫夜の言葉に合わせて才加も頭を下げた。


「はい。私たちにお任せください」


 そんな二人にイヨは微笑み頷く。

 挨拶も終えたところで今までお世話になっていた水無月を含む協会の者たちの方を向く。


「今までお世話になりました」

「いってらっしゃいませ」


 笑顔で水無月に見送られ、如月の率いる護衛も待つ屋敷前に用意された馬車に向かう。

 が、姫夜は屋敷の門を出たところで馬車に繋がる馬とそれとは別にの馬に乗馬して待つ如月の姿を見て立ち止まった。


「どうかしたか?」

「え、あ、その…………」

「私がお答えしましょうか」


 俺の言葉におどおどする姫夜はイヨの言葉に頷いた。

 その理由を求めてイヨを見るが、俺には苦笑いするだけだった。


「その、これは何という名前の動物なのですか?」

「それは馬と呼ばれていて、人が乗ったり荷車を引くために飼われています。牛と違って触れて命令を念じる事で通じますし、主と認めた者には従順で命も主に合わせて延びるため、生涯を共にして戦った物語もあるのですよ。もしかして、はじめて見られたのですか?」

「あ、いえ。街中で見た牛の時もそうでしたが牛も馬も私の知る牛や馬と名前が同じで似ているのに違うといいますか。角があるのが珍しく。その……すみません」


 頷く才加の様子から本当の事らしい。


「そうでしたか。たしか聖宮様と逢野様は高校のクラス?というところからこの異世界に来られたのでしたね」

「えっと、その、はい。すみません」

「謝る事は一つもありません。それよりも」


 その一言で姫夜は馬車に乗ろうとしていた事を思い出したらしい。


「皆さんもよろしくお願いします」


 律儀にも姫夜は馬車の前に居る護衛たちに頭を下げ、後ろの護衛たちに頭を下げ、大人しく馬車に乗る。続いてアイリス、ヒミコも乗り込んだ。

 そして、馬車の左は俺、右にはイヨが付く。


「全隊! 進みますよ!」


 先頭の如月が別の馬に乗馬して馬車を誘導し、進み始めるとそれを囲むように配列された二十名の一級護士が通りの大きさに合わせて前後に列をなす。さらに俺とイヨのそばにそれぞれ二人の一級護士がついた。

 要人警護。そう表現するにはピッタリな態勢ではあった。が。


 …………何か変だ。


 ココは城壁の内側。たしかに事件はあったし警戒するのも理解できる。ただ、それでも無冠の客人である二人をわざわざ冠四位の如月が二十名の一級護士を率いて護衛をする必要などないはず。もし、必要があるとすれば城外からは俺たち四人でソウまで送る依頼と態勢で矛盾する。

 加えて、そんな目立つ護衛をしている事もって大通りは民が避けるように道が開かれ人通りは少ない。牛車も制限したのか行き交う姿もない。


 嫌な空気だ。本当に。


 剣の柄と鞘、その重さをたしかめ、続いて馬車を見る。アイリスは笑顔で姫夜と話ながらも耳を動かし、ヒミコはイヨの方に顔を向けていた。前後を見れば一級護士も異変を察しているのか緊張が感じられる。

 そして、協会の屋敷からはなれ、東門へと向かう道のりは半分を過ぎたあたりだろうか。



 その最初に気づいたのはアイリスだった。俺へ何かを言いたそうにしていた様子に気づいて鞘から剣を抜く。

 その直後、最前列で進む如月が馬の足を止めた。

 

「是非もなし、ね」


 ため息をつき、馬車が十字路の中心のところで先頭を進んでいた如月の馬が止めると振り返った。静かに全員が注目する中でその表情に迷いはなく、率いる者としての覚悟があった。


「全隊止まれ。迎撃用意!」


 直後、前からいくつもの矢が一斉に馬車に向かって飛ぶ。

 それを如月は扇子を一度ひらりとさせ、すべての矢が風に操られるように遮られ地に落ちる。戦い慣れしているらしいその動き、その表情まで動きを読んでいた余裕があった。

 一級護士たちはすぐさま五人一組の隊に分かれ、前後左右で馬車の守りにつき、如月の指示を待ってか各隊は身構え静まる。


 そして、動きの意味に気づいて逃げる民と、愚かにも呆然としながら見ている民。


「早く逃げなさい!」


 如月のよく響いた声に、呆然としていた民も我に返って逃げ出した。

 続いて降り注ぐ矢をはらい、飛んできた小石も軽々と払いのけ続け、逃げ終えたのを確認し、如月は大きく息を吸った。


「隠れて襲う事しかできない下郎ども! 平和を呼びかけながら争いを起こす正義感ほど醜悪な事はないわね。…………えっと。ざーこ、ざーこ!」

「えぇ…………」


 実は悪口や挑発するのが苦手なのか語彙力が落ちて恥ずかしそうにしながら必死に馬鹿にしょうとする如月。とドン引きするイヨ。

 ただ、その高慢な態度で無理に小馬鹿にする必要はまったくなかった。もしかしたら少しは必要だったかもしれないが。


 前方、左右からも大男ばかりが護衛の倍近く数で現れた。如月は嬉しそうな表情の後にホッとした様子をみせ、口元を扇子で隠す。


「あらあら雑魚なんてバカばかり。奇襲での近接戦のみ皆様方に勝機はあったでしょうに」


 …………そうでもないようだ。


 バカ。そう言うには馬車が後ろには切り替えせないところで襲撃していて計画性はあり、襲撃する人数も多く動きに統率のとれた組織性まである。

 前方からおよそ三十人、左右からそれぞれ十人の襲撃は明らかに如月を意識した動きであり、それを示すように前方左右ともに厚い盾を構えていた。

 特別な力にも弱点はある。それを示すように一級護士から放たれた特別な力とおぼしき炎の玉をその盾で見事に防いでおり、敵は如月を意識した近接戦を狙っている事がうかがえる。


 これだけの備えをした襲撃ともなれば事前に情報漏れを起こすか協会で察知してそうなものだが。


 違和感を考える余裕はない。本能を信じて左側への参戦は見送り、馬車の傍で全方位を警戒する。直後、驚くほど身軽に跳び、馬車上に立つイヨ。手には既に布をほどいた長弓を持ち、弦も張り終え、矢筒も身に着け周囲を見渡していた。

 そして理石を使って左右に頭ほどの水玉を複数放つ。水圧が盾に響くらしく、一見すれば適当にみえながらも盾を弾いて動きを鈍らせ器用に牽制していく。


 …………矢は使わないのか。


「ソラ様は馬車前方へ移動して如月様を援護してください」


 全体を見渡し判断したであろうイヨの言葉。

 が、俺の返事より先に反応したのは如月だった


「それには及びません!」


 如月がひらりと扇子を振るった直後、前方の敵が構えていた盾が一斉に吹き飛ばされた。それに呼応するように前方で身構えていた一級護士が炎の玉を放って一人ずつしとめていく。


「前は私たちで十分です。もしもに備えるなら馬車を守らせ、神無月は私の護士たちと他をあしらいなさい」

「ですが、敵は用意周到です」

「わかっていますよ。小癪な策には力で正面から突破しましょう」


 その言葉には確かな実力が伴っていた。敵の反撃として火の玉も水の玉を放つも扇子を振るうだけで消滅させ、投石も矢をも払いのけていた。敵の隙で盾を吹き飛ばし、一人また一人と如月の背後に居る五人の護士が阿吽の呼吸で敵を寄せ付けないまま倒していく。

 そして、前へと進みだす馬車。十字路から進むと隊列も後方偏重への展開と切り替わる。左右からの敵はなおも後方から襲い掛かってはきていたが、近接戦となった事で護士たちがそれぞれ得物で応戦し、イヨは馬車上から指示や援護をしつつ警戒も怠らない。


 さて、俺はこのまま馬車を守り続けるべきか。…………いや、する事は決まっているか。


 また新たに前方から敵が現れた。正面からの接近は難しいと考えたのか、今度はそのすべてが弓矢を手に持ち矢を射てくる。


「一姫当千。そう呼ばれたこの私を相手に正面から立ち向かおうなんて…………。本当に愚か」


 如月が襲い掛かる矢を扇子であっさりとはらった直後だった。

 前衛にいた味方であるはずの一級護士の一人が走り出し、手に持つ槍を如月に向かって投げた。が、その槍は如月に当たる事はなくすぐ横に外れた。

 舌打ちしたその一護士は外れた後も続いて短剣を抜き駆け出す。


「えっ?」

 

 背後からの突然の槍に振り返る如月。

 他の一級護は投げられた槍を目で追い、すぐそばで走り出した者の奇行に理解が追いつかない。

 ある者にはすべての動きがゆっくりに見え、ある者にとっては瞬きをしている間にも感じるあまりにも突然で一瞬とも思える出来事。


 それは敵であれば反応できたであろう如月も例外ではなかった。その相手を見た表情はただ呆然として、起こっている現実を逃避していた。

 既に走り出して近づき終えたその者はその一瞬の隙で近づき終え、馬上の如月を斬ろうと地面を蹴りあげ、斬ろうと振り上げられる短剣。



 運命。



 如何なる才能を持つ者をも殺す刃に倒れたのは、この瞬間で裏切り者となった一級護士の方だった。

 如月に斬りかかろうとしたその腕を振り下ろす前に斬り落とす。


 あるはずの腕を失い、着地で崩れて倒れ込む裏切り者。


「な……なぜだ!」


 倒れ込み、涙を滲ませ睨む男に何も答えず俺は刺し殺す。


 なぜ。元より一級護士を誰も信頼していなかった。だから関係ない俺の身体は動いていた。ただ、それでも馬車から間に合わなかった。その間合いを詰め、追いつけたのはイヨの絶妙な援護のおかげ。おそらくは終焉の森で使ったあの特別な力を一瞬の判断だった。

 ただ、それはイヨも俺と同じ目線で周囲を見ていたという事。イヨは弓に矢を番え、次に備えていた。

 

 イヨの矢であれば?…………いや、考える意味はないか。


 直後、前方からから放たれたらしい矢が近くに刺さった。

 すぐに敵を斬りたいところではあったが、アイリスの乗る馬車から離れたくはない。離れてはいけない気がした。


「如月、今は前の敵に集中しろ」

「い、言われなくてもわかってます!」


 我に返った如月の切り替えはさすが月ノ巫女だった。心の乱れは続いているようだったが、それでも扇子一つでやすやすと払いのける。他の護士は動揺に集中が乱れる中、それすらも問題ないと如月は扇子から放たれた刃のような何かが敵を斬り刻む。


「風? いや、ちがう」

「秘密です。わからないは脅威であり、戦いで脅威は力ですから」


 如月の余裕ある姿を見て持ち直す前衛は優秀だった。そして馬車は進みだす。後衛の援護と指揮をするイヨと奮戦する一級護士も抜かりない。左右の建物からの挟撃も、如月は名誉挽回とばかりに殺していった。

 結果、残る敵も殺されるか逃げ出した。その直後に騒ぎを聞いて駆けつけたらしい城門を守る衛士の集団。護衛は五十人ほどとなり、敵が再び襲撃してくるという事は起こらず城門へと辿り着いた。




 二重門となっている城門にある衛兵たちの建物。

 待機や拘束者の拘留に使われるそんな建物の一室へ如月を含む七人が案内された。理由は休息。襲撃に対して表情がすぐれない姫夜と才加。疲れた様子のアイリスが姫夜にひざ枕してもらいながら休む。

 姫夜が更に疲れるのではと思ったが、不思議な事にアイリスがそうしている時の方は表情がよく、それを眺める才加もその方が休めているように見える。


「部屋には……神無月、それとヒミコも護衛として残りなさい。ソラ様を少しの間借ります」

「俺も残りたい」

「アイリス様。ソラ様をお借りしますね」

「いいよ~」


 ひどい扱いだ。とは思わなかった。

 邪険にする如月が借りるのはおそらく理由があっての事。戸の外には衛兵と一級護士がそれぞれ二名の厳重な態勢が守っており、その前を通り過ぎて城門内の広場へと出る。


 建物を出ると整列して待機している一級護士たちの前に用意された台に如月は登る。そして俺に横へ立てと目と顎で指示してきたので従い如月の斜め後ろから護士たちを眺めた。

 一級護士の人数は見張りを任せた二名を除く十七名。うち五名は傷の手当を受けてはいたが、敵と戦って死者ゼロという結果のようだった。


 精鋭。逆をいえばその精鋭から裏切り者が出たわけだが。それにしても。

 無傷のほぼすべてが前衛。接近戦をした後衛ほど被害が大きいようだった。それが如月と神無月の指揮能力差なのか、特別な力の差なのか、はたまたもっと別の理由か。

 ただ、結果だけを知る周囲から見れば如月だけが絶賛されるのだろう。あの戦いではその評価は正しい。だが……。


 考えるのをやめ、如月を見る。如月は一級護士を一人一人順に眺めて何も言わない。その目に何が映り、何を考えているのか。

 すべての一級護士たちを見終えた如月はようやく話し始めた。


「私たちは護衛の任務を受け、襲撃を見事に撃退し、そして対象を守り抜く任務をやり遂げた。此度の成果で多くの功を上げた者、するべき事を冷静な判断で成し遂げた者、守るために命懸けて戦い抜く意志を見せた者に対し、その功績に応じた恩賞と名誉を与える事を約束しましょう」


 その言葉に応える歓声。その声に羨ましそうに見る城門の衛兵たち。

 その声は如月の手の合図ですぐに静まった。


「私たちは強い。だが、力ある強き者はあるべき姿を示し、後に続く強くなる者たちへあるべき姿を導く義務がある。私たちは強き者のある姿を示し、強くなれなかった者たちへの敬意として、犠牲者たちへしばしの黙とうをささげましょう」


 そう言うと如月は扇子をしまい、両手を合わせて組むと目を閉じ祈る恰好をした。

 それに合わせて一級護士たちが直立したまま目を閉じ顔を俯ける。


 …………理解できない。俺には強さにそういう価値観はないらしい。


 奇妙な光景を眺めていると、周囲が目を閉じる中で一人だけずっと俺を見る挙動不審な男がいた。

 が、俺の視線に気づいたのか慌てて逸らして今度は如月見て、他を見だし、目を閉じた。そうこうしている間に如月が祈るのをやめて一同を見渡す。


「私たちはすべき事をやり遂げました」


 その言葉で護士たちも黙とうを終えたのか顔をあげ如月を見た。


「さぁ、協会に帰る支度をしましょう。今宵は宴の席を用意します。大いに飲み明かし、武勇を語り合いましょう。もちろん、私に自慢話や武芸の披露も歓迎しますよ。出世を望むものは誇張してでも私に成果を話しなさい」


 歓声の後に協会へと戻る準備を始める護士たち。そして、そんな護士たちを微笑み見守る如月。

 そして台から降りて建物の方へと歩いたかと思うと、その中で空きの一室を見つけるなり俺の手を引っ張り部屋に押し込み、戸を閉めるなり睨んだ。が、怒りを滲ませながらもその目は涙で潤んでいた。


「私はあなたの事が嫌いです!」


 なぜか嫌い宣言されてしまった。


 が、頬を膨らませる顔からは幼さが垣間見え、今は人を率いる余裕も妖艶な雰囲気もなかった。


「そうか」


 そう返事した直後、なぜか如月から抱き着かれた。その身体は震えている。


 …………。わからない。何を考えているのかわからない。


 如月の謎だらけな行動。それはすべて冠四位、月ノ巫女、如月に求められていない姿。

 それは如月がもっとも理解しているからこそ高慢な態度に扇子で表情を隠してきたはず。


「…………ぅ」


 小さな小さな声はほぼ聞き取れなかった。我に返った俺に気づいた如月は袖から扇子を取り出だした手を掴む。


「何のつもりだ」

「殺せなくて残念です」


 まったく殺意のない如月は俺から離れて手を振りほどくと元の妖艶な雰囲気に戻り、取り出した扇子で口元を隠した。


「一応……、私を助けてくれた理由は何ですか?」

「なぜそんな事を聞く」

「興味、かもしれません」


 その興味に対して助けた理由を答える事ができなかった。

 そこに約束はなく、俺自身がよくわからなかったから。


 ただそれでは如月は納得しない気がする。戦いで動いた理由。それは。


「本能だ」


 俺の言葉を聞いた如月が扇子で口もとを隠しながらまじまじと見つめていたが、どう解釈したのかわからなかった。


「私は守護という侍士の名家に生また娘。庶民から血筋で妬まれ、政略結婚の道具でありながら巫女となったはぐれ者。そんな私を本能で助けた? 本能で? ……本能ってどういう意味?」


 如月は目を閉じしばし何かを考え、そして再び目を開けた。


「話は終わりです。長居で要らぬ災いを招く前に戻りましょうか」

「あ、あぁ」


 その姿も様子ももとの俺の知る如月だった。その突然の変化に二つの人格を持っているのかと思うほどに。

 アイリスたちと合流し、一級護士たちが既に整列して待つ場所へ建物から出ようとした所で思い出した。


「如月、あの一級護士の中には」「お黙り」


 威圧する言葉で睨んだかと思うとは、如月はため息をつき微笑む。


「ソラ様、その続きを言えば貴方を殺すしかなくなってしまいます」


 その言葉には他の意味が含まれているような気がした。


「そうか」


 何か伝えるまでもなく護士の二人が用意してくれたらしい。荷物を俺とヒミコ、才加にそれぞれ渡し、それを受け取る。イヨは新しい長弓と交換してもらったのか、弦を外して布に包まれた長弓をもらっていた。

 そして、荷物を受け取って旅立つ準備もできた所で如月が見送る。


「神無月、せっかくですから関所まで馬車を使ってはどう?」

「ありがとうございます。ですがそれと乗るには道が少しあれですし、馬車では目立ちすぎます」

「そうね……。でも、既に目立っている気がするけど」


 一斉に姫夜に視線が集まった。


「いや、姫夜よりもアイリスの方が見た目では目立っているだろ」

「ほんとう!」


 俺の言葉になぜか嬉しそうにするアイリス。


「私はあなたち全員が既に目立っていると言いたかったのだけれど……。その調子なら大丈夫そうね」


 如月に見送られながら城門をくぐり抜けて見える道のり。


「さて、参りましょう」


 イヨの言葉に頷き進む。

 だんだんと小さくなるコユルギ。その光景を見てから気づいた。布石とは、如月が生き残る事を言ったのかもしれないと。

 六人で歩み始めた。

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