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26、「ありがとう!」大空団の全員が無事な姿だった。

 一日が終わり、何もしない努力が実って薄暗い場所で数日が経った。とはならなかった。


 牢屋に入ってからそれなりに時も経った薄暗い牢屋。そんな場所へ誰かが近づく気配に目が覚めた。

 既にアイリスは気づいているらしく、こちらに視線を向けつつ耳を動かすが気にしている様子はない。


 足音が近づくにつれて青く明るい光が見えはじめる。そして、明るくなるにつれて聞き覚えのある声が聞こえ、やがて姿も見えた。

 食事の配膳を手に持っているらしいイヨと才加の二人、そして少し遅れてヒミコも来ていた。

 薄暗い所でも慣れているのか普通に歩くイヨと才加。対して、ヒミコは足元を気にしながら歩いていた。

 そして、ようやく身体を起こしたアイリスと俺を前の前まで来たところでイヨが俺を見おろし言った。


「バカな事をしましたね」


 イヨはため息をつくと膳を差し出そうとし、方向転換した。そして、いつの間にか起きて正座して待つアイリスへ先にどうぞと手渡す。


「ありがとう!」

「どういたしまして」


 それを嬉しそうに受け取り嬉しそうに食事を始めるアイリス。

 受け取る手間がなくなったたので、今度は俺から尋ねる。


「姫夜の方はいいのか?」

「ソラ様が他人の心配をするなんて、意外です」


 失礼だ。いや、当然か?


 才加が俺の前に膳を置く。そこにあったのは手で食べやすくされた握り飯、そして何かの肉に加え、白湯が入っているらしい水筒まで用意されていた。

 続いてヒミコが近づきその手に持っていた新しい剣を差し出した。剣を交換し、再びイヨと向き合う。


「やはりと言うべきでしょうか。ここは暗く居心地の悪い場所ですね。どことなく嫌な感じがします」

「牢屋とはそういうものだろう」

「それはそうですが終焉の森では………。いえ、忘れてください」


 嫌な予感がする。そんな引っかかりにイヨと俺は顔を見合わせアイリスを見た。

 そして、首をかしげたアイリスの反応にイヨが意味のない笑顔を返す。


「こほん。逢野様、アイリス様のために毛布を届ける許可をいただけますか? それと、アイリス様の、いいえ、ソラ様の分も食のもおかわりの用意もお願いしたいのですが」

「わかりました。ではヒミコさん、手伝っていただけますか?」


 才加は頷いたヒミコの手をとり毛布を取りに行った。

 俺は手元にあった膳をアイリスに差し出し、アイリスはそれを一度受け取り半分を俺に返すと受け取った美味しそうに食べる。その姿に促されるように俺も食事を口にする。口に含んで胃に流し込むと俺も空腹であった事に今さら気づいた。


「それで、二人を下がらせてまでの話は何だ?」

「理解が早くて助かります。ですが先にアイリス様とソラ様が牢屋に入ってからの砦の出来事をお伝えしますね。

 あの後、大空団はその後に私たちを心配してやってきた村の村長を含む武器を手にした村人たちに引き渡しました」


 心配して。その言葉が事実であれば一緒に砦攻略をしていたはず。

 そんな疑問を飲み込み頷き、話の続きを聞く。


「アイリス様とソラ様の現状については聖宮様の預かりのままです。

 そして、聖宮様は討伐報酬として旅に必要な食料を分配として受け取る手配が行われ、加えて砦攻略に対しての追加の報酬として、クラスメイトという集まりであった男性二名、女性二名の過去の罪を問わない約束を村長として、この四名の新たに大空団へ加わりました。

 今、この砦の長は村長へ引き継がれ、勝利の宴が開いています。砦の見張りについても村の人で交代し、大空団は負傷者の回復をもって旅立つ予定です」

「そうか。……負傷者?」


 俺の反応を見越してか、それともアイリスのためかイヨは言葉を続けた。


「新たに加わった四名の事です。

 先に名前を伝えておきますね。傷の手当が得意で睨んでいる印象のある文式様、感情的できらやかで左右に髪を結ばれている荊井(いばらい)様。

 首輪をつけていた小梅内様、同じく首輪をつけてかつ傷が大きい中竹境様です」

「そうか」


 雑な表現だったが、それでもわかりやすい印象付きで名前もきちんと覚えたのはイヨらしい。

 一方でカナとカノについて言わない。つまり二人は加わらなかったようだ。


「あと、もう一つ。聖宮様を含むクラスメイトと呼ばれる皆様は魔法が使え、その威力は心の状態が強く影響していて心が乱れていたり緊張して不安が強くなったりすると威力を発揮できなかったり発動しないそうです」

「それは、誰からの情報だ?」

「逢野様からです。ソラ様に知られないように、そしてアイリス様にはそれとなくお伝えしてほしいと言われていました」

「それを俺に話したのか?」


 俺に伝えたイヨの意図がわからない。アイリスの方を見てもニコニコしている。


「そうですね。ですが才加様の気持ちを察しているからこそです。そのうえで、ソラ様が判断を間違えないために伝えた方がいい。そう私は判断しました」

「そうか」


 『私は判断しました』その言葉にはイヨなりに慎重に考えての事だと強調していた。


「それで、用件とは何だ?」

「それは……」


 食事をする笑顔なアイリスの様子を見届けるとイヨは息を吐き、確信したような笑みを見せた。


「どうやら既にその目的は達成され、お伝えする必要はなくなったようです。あとは食事をよく食べ身体を休め、旅立ちの時までご静養なさってください。とはいっても暗い中では何かと不便でしょう。次は灯りとなる理器もご用意しますね」


 用事伝えようとした事を伝えない。好奇心に似た感情が起こり、知りたいと思ってしまった。

 ただ、底の見えない沼に入るような事しない。


「そうか」


 俺とイヨとの会話はそこで終わった。少ししてヒミコと才加が食べ物のおかわりと毛布持ってきた。後は俺たちの食事が終わるまでアイリスの談笑にイヨたちが付き合う和やかなひと時をすごした。

 そんな囚人らしからぬ扱いも終わり、三人だけで牢から退出していこうとする。


「アイリスを連れて行かないのか?」

「アイリス様がそれを望まないでしょう」


 そういって退出していった。相変わらず牢の扉は開いたままで。




 二日目、イヨは約束を守り理器を用いた灯りを用意した。暇を持て余したアイリスが脱出できる隠し通路、隠し武器部屋、牢屋の合いカギまで見つける。


 四日目、稽古をして、食事をして、休憩して、寝てなど。何もしないには何をしたらいいのかとアイリスに聞いて首を傾げられる。


 五日目、稽古をして、食事をして、休憩して、寝てなど。なぜか夜にイヨが来て愚痴を聞かされる。


 八日目から十一日目、稽古をして、食事をして、休憩して。十日目、何もしないをするのは生きている限り不可能。と、アイリスいろいろと試してその結論に至る。


 そして、目を閉じてじっとする十一日目も終わりそうな夜。

 暗い中で、アイリスの耳の動きで異変に目覚めた。


「……ソラ」


 小さい声、それも怯えに似た声でアイリスが呟いた。

 すぐに起き上がり、剣を確かめ周囲を警戒した。が、敵の姿は見えない。俺とは対照的にアイリスの動きは鈍く、ゆっくりと近づきなぜか身体をこすりつけながら俺を見てきた。


「ソラは、今、幸せ?」


 幸せ、とは?


 突然の言葉に何も思い浮かばない。そして周囲を見渡して見る。そもそもココは牢屋。暗く居心地の悪いコの場所は幸せと遠いところに思え、アイリスを見る。


「幸せ、……とは何だ?」

「うーんとね。 …………うん、なんだろうね。でもだぶんね、幸せだと温かくなるんだよ。ココが。それにね、満足したときみたいに今を満たされるだけじゃくて幸せは思い出すだけでも嬉しくなって溢れてきてね。でもね。それが過去だと恋しくなるの」


 アイリスが自身の手を胸に触れたのを見て、俺も手を自身の胸に触れてみる。


 よくわからない答えだ。恋しくなる過去は、…………ない。


「…………わからない」

「そっか。でも、ソラも興味があるんだね」


 真似をした姿を見てそう思ったらしい。

 たぶん微笑んでいるらしいアイリスの表情に対して、なぜか悲しそうに聞こえたのは気のせいではないらしい。


「ねぇ。ソラはどうして私を助けようしてくれるの?」

「約束とは守るものだ」

「そうだね。でも、でもね。私が聞いたのはそういう事じゃないの。ソラは約束のせいできっといろんな人を敵にまわす事になる。命懸けで、その時まで私の傍にずっと居て過ごす事にもなる。

 それにね。ソラは私との約束を守れなくても困らない。そういう一方的な約束だから…………」


 アイリスは、約束をそんなふうに考えていたのか。


 記憶の始まりにあった唯一の過去である『約束』という言葉。そして、始まりの日に最初にしたアイリスとの約束。

 約束を守れなくても困らないという言葉は生き方そのものを否定された気がした。


 この脱力感。俺は……?


「アイリスは約束を無かった事にしたい。そういう事か?」

「違う!」


 アイリスの声はハッキリとしていて、それほど大きくない声が牢屋で響いた。


「違うの。でも、でもね。私のせいでソラが幸せじゃないのは嫌だから……」


 否定し、声が小さくなり俯くアイリス。尻尾も耳も萎れた様子から、アイリスの心はわからなくても落ち込んでいる事だけはわかった。それなのに約束をなかった事にしなかったアイリスの言葉「違う」の一言になぜかホッとしている俺自身がいた。


 俺はまた答えを間違えたのか。


 何を間違えたのかわからない。いつもならそれで話は終わっていた。

 だが、牢屋という何もしない退屈な場所で過ごした時間は俺に何か変化をもたらした。のかもしれない。そんな気まぐれ。

 不意に、ヒミコの言葉を思い出した。


『今のソラ様に必要なのは人と接し、話していく時間なのですね』


 どうすればいいのかわからない。考えてもわからないからまず行動してみる。

 アイリスを見て、そして待ち、アイリスが顔を上げて目があったのを確認してから話しかける。


「アイリスは今、幸せか?」


 アイリスと同じ質問をした俺に対して驚いた様子でまじまじと見ていた。

 そして、目を閉じて腕を組み、耳を動かし尻尾を三度振ってから再び俺を見た。


「ソラ、私たちは今、牢屋にいるんだよ」


 返事は正論だけでとても真面目なものだった。

 けれども答えにはなっていない。ココは暗い。だが理器のおかげで明かりにも困っていない。食事を選べない。だが食事に困っていない。野宿のように雨に困る事もなければ毛布で寒さや寝心地が悪いという事もない。一人でもない。扉まで開いている。


「牢屋だとダメなのか?」

「ダメじゃないけど。やっぱりお外で散歩したり、日向ぼっこしている時の方が楽しいもん」


 思い浮かべる。たしかにアイリスとそれをした記憶があった。


「そうだな」

「でしょでしょ!」


 そして、終焉の森のヤシロで一緒に居た時の話をはじめだし、機嫌が良さそうに話していたアイリスはは話が進むにつれて耳をシュンとし、話を止めた。


「どうした?」


 問いに対して、アイリスは顔をあげ、怒りとは違う冷静な殺意を滲ませながら俺を見た。

 そして、俺の気まぐれは的外れだと知る事となった。


「百鬼がもうすぐ来る。ううん、もう来た」


 と、答えたから。




 息をひそめて耳を澄ませる。

 牢屋も地下道も静かだった。だからこそ先の砦から微かな叫び声がよく響いた。


「百鬼、か」


 その言葉が経った時間に対してひどく昔の響きに感じる。

 終焉の森で牢を抜け出して村で時の血まみれと死体と肉塊が転がる光景は今でもハッキリと覚えている。そしてアイリスがその百鬼に戦っていたあの光景も。


「ソラ、行こう」


 アイリスは、戦うつもりなのか?


 その小さな背中からは表情が見えなかったが覚悟は感じた。

 俺は剣を握ってその後ろに続き、地上に出たとき砦は騒ぎとなっていた。直後、覚悟のない者が逃げ隠れしようと前を通り過ぎた。

 アイリスについて行きながら歩くと、広場側の窓から洞窟の前ではイヨに加えてカナ、カノが魔のモノと既に交戦をしていた。

 しかし、アイリスはその様子をちらりと見ただけ。上の階を目指して歩いて行く。


 砦の入り口のある三階にまでたどり着くと、廊下の人通りは少なかった。騒ぐ声から察するにその多くは屋上の壁沿いまたは砦門へ人が集中しているらしい。

 アイリスが階段のそばの窓で立ち止まり入り口の方を見渡す。俺もその横に立って見渡す。


 左右の門では戦いは既に交戦が始まっていた。だが、広場の洞窟前と違って激しい戦いがあるようには見えない。

 左右の門をよくよく見れば、俺たちが攻城に使って壊れていたはずの門側に大空団が集まっている。


 百鬼は最初の奇襲に失敗し、作戦を変えたといったところか?

 それにしてもまるで事前の予期していたような配置だ。いや、実際に予期していたのか。


 村の長、姫夜とイヨと順に思い浮かべたが、正確な予期として止まったのはヒミコだった。

 アイリスはまだ動かない。なのでさらに考える。


 百鬼がどうしてココへ? この砦に価値があるとすればあの洞窟だけ。だが、ヨシテルが率いる賊の集団をほぼ無傷で倒した大空団とあえて戦うだろうか。勝てる見込みがあるならヨシテルの時に攻略していたはずだ。……狙いは姫夜か? 百鬼が狙う? 百鬼が狙っていたのは。


 アイリスを見る。


 狙いはアイリスか。


 終焉の森での百鬼は全滅した。そこでアイリスの情報は一時的に途絶えた。そこからでの日ノ国では手出しができなかったのかもしれない。

 そして、姫夜がこの砦で説得する時に護人の存在を伝えていた。


 迂闊だった。


 たった十一日。それもおそらくは逃げた賊からの真偽もわからない噂から行動に移す事を。

 偶然に偶然が重なればそういう事もあるかもしれない。だが、その偶然を聞き、真偽もわからないまま集結から行軍とその食料も用意し、この砦にまで辿り着く。

 その可能性を想像したとき、百鬼を賊という一言では表現できない集団という事にしかならない。そして、もしこれが偶然でないのなら日ノ国でもこの砦にも百鬼に通じる存在が居るという意味になる。


「俺は、百鬼という集団を過小評価していたのか」

「ソラ、この 百鬼はね。護人を、……ううん。今の私を殺しに来たの。ヤシロで勇者ミコト様から特別な力を授かったから、そして私はそこで死を選んでいないから」


 アイリスはただ悲しそうに話していた。


「ソラ、私との約束を信じていいんだよね?」


 約束は覚えている。だから今度はその言葉にすぐに頷く。


「ああ。もちろんだ」


 そう答えた直後だった。俺たちを取り囲み武器を持ち村の人や囚われていた者たちの姿。その中でも見覚えのある顔、村の長がいた。

 殺意というよりも怯えに似た様子で震える武器を手に構える彼らに対し、俺も剣を抜いて身構える。が。


「ソラ、ダメだよ」


 次に起こる事を予想したらしいアイリスが落ち着いた声で制止した。

 その様子を見た、村の長がアイリスに一礼をする。


「一応確認を。あなたが護人のアイリス様、ですね」

「うん、そうだよ。それで?」


 アイリスの表情はとても悲しそうであり、既に何を言うのかわかっていたようだ。

 取り囲む者たちは俺を恐れているようだったが、村の長だけは俺ではなくアイリスに対して恐怖を感じているようで、その声は弱々しく、そして態度も丁寧だった。


「アイリス様が護人だという話を伺いました。

 そして、百鬼はアイリス様を引き渡せば今後は私たちに危害は加えない。そう交渉を持ちかけてきたのです。大空団の方々はとても強く、戦いにも慣れていらっしゃるのは存じております

 ですが、百鬼を相手に大空団の方々だけで砦を守る事は難しい。仮に今回は守れたとしても大空団のみなさんが居なくなった後も含めた時、私たちが百鬼と戦って生き残る方法を探しましたが見つかりませんでした。ですので」

「百鬼からの要求を受け入れることにしたんだね」

「そうでございます」


 理不尽な話。とは思わなかった。

 大空団には砦の攻略に対して報酬として食料を渡し、追加の報酬も姫夜のクラスメイトも渡した。約束は既に完了している。そして大空団がココでずっと留まる意思はない。村の長として正確に戦力差を理解し、利害関係を理解し、未来を含めた現実的で正しい判断をしていた。

 負傷者を理由に今も大空団がココに無償で留まっていた事そのものが十分すぎる配慮ではあった。


「一つだけ聞くね。私を、引き渡したら村のみんなは幸せ?」

「そうなのかもしれません。……大空団の皆様がココにずっと留まる意思がないのであれば」


 そんな村の長に向かってアイリスはなぜか微笑む。

 俺は    。


「わかった。引き渡されてもいいよ。でも、これは私の意思がいいかな。自らの足で手で進みたいから縛ったりはしないで」

「わかりました」

「ソラもそれを拒んだり砦にいる人たちを傷つけちゃだめ。わかった?」


 ただ無言で頷く。

 ただし、アイリスに危害を加えなければという俺の前提を知ってか知らずかアイリスが俺に向けた笑顔は村の長に向けたものとは違う気がした。


 こうして村の長を先頭に、アイリスのすぐ後ろに俺は付き、前後に武装した村の者たちが続く。

 大空団の守る門とは反対側の門へとたどり着くと門のすぐ前に立たされた。ほどなくして守っていた者の一人が百鬼に向かって松明で合図した。


「要求に応じる事にした。武器を持った者を下がらせ、引き渡し後は引いてもらいたい」


 門からは先の光景が見えないが、返事は聞こえた。


「応じましょう」


 ドスのきいた女らしき声。それを合図に開かれる砦の門。


「アイリス様、お願いします」


 村の長の言葉に門の外へと歩き出すアイリス。続いて俺も門を出ると、そこで砦門はすぐに閉じられ視界も悪くなった。

 

 暗い夜。先に見えた松明らしき二つの灯りの間に居るその姿は顔は仮面に覆った、華奢で長身、そして手には薙刀をもった一人の姿だった。

 左右の松明は、それを持つ少年らしき百鬼の姿があり、さらに暗がりの気配を探れば潜むその視線が数十よりも多い存在を感じた。

 不意打ちを警戒しながらアイリスと歩く。そして、堂々と立って待つ者の目の前でアイリスは立ち止まった。


「引き渡しは護人だけだったはずだが。ご説明願おうかしら?」

「ソラだよ。百鬼ならそれだけ説明すればわかるでしょ」

「ソラ……ソラ? 知らない人ですね」


 そしてなぜか嘲笑うように大げさな笑いをした直後、薙刀をアイリスに向かって振る。それを見逃さずにアイリスの前に立って鞘を抜けずに剣で受け止め、返して剣で殴りかかる。それを敵は剣の間合いを正確に把握してただ一歩下がるだけでかわした。


「なるほど。ソラと名乗るだけの事はあるようね」


 試されたらしい。しかも、その避け方からして余裕もあるようだ。


「けれど、その身体に宿る才能を使いこなせていない様子。実に惜しい」

「お前に才能がわかるのか?」

「ハハッ、お互い初対面なのにそんなのわかるわけないじゃない。でも剣の扱いを見ればその実戦経験はわかる」


 鞘にしまったまま攻めに構えなおすと相手はさらに距離をとり、薙刀を意味もなくクルクルと振り回して構え手で誘いを見せた。

 構えながらアイリスを見ると、アイリスは頷いた。俺は先に鞘が外れないように紐で鞘と柄を固定する。そして、戦いの一歩踏み出そうとした直後だった。


 突如として、目の前の仮面で顔を覆った華奢男に炎が襲い掛かり、そして包まれた。

 その炎が来た方向へ視線を向ける。そこにはヒミコが器用に修復中の門の上に立ち、こちらを見ている姿がその門の灯りから見えた。

 そして再び視線を炎に包まれた敵に戻す。直後、炎に包まれたまま俺に向かって薙刀で仮面の華奢男が炎ごと薙ぎ払うように振り下ろしてきた。


「しまっ」


 予期しない不意打ち。すぐ後ろにはアイリスが居た事もあって受け止める事しかできなかった。その隙を炎が消えた仮面の華奢男が見逃すはずもなく、俺を蹴り飛ばして続けざまにアイリスへ斬りかかる。


「死んでちょうだい」


 わざわざ死の宣告をしてアイリスへ向けられる一撃。

 それは勝利を確信しての余裕だったのだろう。が、俺は衝撃を受け止めて鈍る身体が不可能な踏ん張りができた事で、次の一歩で間に入ってその薙刀による一撃を受け止める。


「その動き……? そう、そういう事、ね。油断したわ」


 仮面で表情は見えなかったが、ふっと恐怖に笑ったような声が聞こえた。そして、その直感通りに長身に似合わないほど軽やかに素早くまた距離をとっていた。

 そして今度は誘う事なく隙を消して身構えていた。殺気も俺に対して集中している。


「どうして炎に包まれて生きている?」

「おバカさん。敵に教えるわけないでしょ」


 答えはなくても炎は避けないのに剣の一撃は避けていた事実はある。それが偽装かについては殴ってみればわかる。


「では質問を変えよう。男なのに言葉が変だ」

「それはね。私が見た目から女だと侮るバカな男がそれなりに居るからよ。だから私は男女を平等に容赦なく殺すソラみたいな男が世界で一番嫌いなの。

 男は男、女は女、それぞれの良さを味わいながら少しずつ壊れていく鳴き声を楽しむ。これぞ快楽を奏でる事こそ最高の芸術でしょうに」

「お前の名は?」

「ナナシ」


 直後、背後からした殺気に振り返るとアイリスが怒りに満ちた様子で尻尾の毛まで逆立てナナシと名乗った男を睨んでいた。

 それに似た様子は過去にも一度だけ覚えがあった。


「アイリス?」

「……死ね」


 死の風。そんな恐怖とも畏敬とも違う背筋が凍り付き、意識を失ったような錯覚がした風が吹き抜けた。その範囲は広く、松明を持った二人は五体が破裂し、先にの森から何十人もの悲鳴が一斉に響いた。同時に砦を守るの門側からも悲鳴が響く。

 が、それを認知できる俺は生きているらしい。そして目の前に居るナナシも余裕ある態度のままだった。


「後ろは全滅、といったところかしら。私を殺そうとしたようだけど残念だったわねぇ」


 その直後、ナナシの前後から槍のように見えた何かがナナシに襲い掛かった。が、ナナシは身動きすらしない。

 槍はナナシに当たる直前で砕け、赤い液体となって散った。


 俺はアイリスの行動を見ていたが、改めてに対して剣を構える。


「あら? ソラはこの状況を見てまだ私を敵だと思うの?」

「お前はアイリスを殺そうとした。俺はアイリスを助ける約束をした。理由はそれで十分だ」

「護人より弱いあなたが助けるですって? ふふっ。あなたは人を殺す事しか能がないくせにその護人より弱いじゃない。今は運よく生き残ったみだいだけど、次に殺されるのはソラかもよ」


 剣を握る手に力が籠った。


 俺は怒っているらしい。


「それでも約束は約束だ」


「護人は殺されてこそ世界が救われる。死をもって役目を果たす存在でしょう」

「くだらない」

「まったくよね」


 アイリスを殺そうとするなぜかナナシは同意して大笑いした。

 そうして仮面を外したそれは、男か女か見分けのつかない美男子と呼べる笑顔だった。


「私は私を信じる道を進む。敵なら何者だろうと殺すし、そのために必要なら世界が相手てあっても戦う。あぁ、なんて素敵な生き方なんでしょう。力だけで突き進むその先にあるのはどちらかが滅ぶまで続く殺し合う。そして栄光と屈した者たちから崇められて成り立つ畏敬による支配。そして道を踏み外せばその身は破滅する。

 これぞ人の本懐。これぞ正義。そして誰もが願いながら誰もが叶わない。もっとも強い者の言葉が唯一の正義でありながらその強さは永遠でないから。

 その意に沿わない者を破滅させ、従う者だけとなった時間だけ平和が約束される」


 くだらない。


 ただナナシの破たんした言葉はおそらく正しい。平和の本質は『意に沿わない者を破滅させる』統一という正義によって成される。勇者も、英雄も、国家そのものも。そしてこの約束も。

 俺もまたナナシを破滅させようとしているから。


 ナナシが仮面を捨てた。薙刀を短く持って身構える。俺の身体は自然と動き出し、意識のすべてをナナシの一点に集中していく。

 すべて動きが速く感じ、そしてすべて動きが遅くみえる。笑顔にみえる怯え、間合いで変化する息。指先一本だけでなく髪の一本までの動き。一歩踏み出す度にその感覚は鮮明となる。


 そして、微かに動きから察した通りに繰り出される薙刀による一撃。

 その重い初撃を鞘と柄を持ち受け止める。続く、棒の部分を利用した二撃目、三撃と鞘を手で支えて受け止め、反撃として剣で力で殴りかかる。

 直撃したその一撃は、最後まで笑顔のナナシの頭をたたき割った。


 急速に失われていく鮮明な感覚と相対するように大きくなっていく疲労感。

 大きく息を吐き、周囲の警戒はしながら剣を確かめる。


「この剣は、もう使い物にならないな」


 割れた鞘とヒビの入った剣を捨てる。消えた殺気に気づいて振り返ると、アイリスは意識を失って倒れていた。

 もし今この状況ですべての恐怖に打ち勝ちアイリスに襲い掛かる者がいればなす術はなかったのだろう。だが、その誰もがアイリスに対して何もしない。近づきさえも。


「…………」


 俺は倒れたアイリスに近づき言葉をかけようとした。けれども言葉が思いつかない。

 倒れたアイリスを軽く抱き起し、ケガがないかを確認し、担ぎ上げる。俺たちはもう砦に戻れない。だが、暗い夜に出発するにも武器が無い。薙刀が落ちてはいたが、それを持てばアイリスを抱えられなくなる。


「さて、どうするか」


 その呟きを待っていたかのように砦の門の上から飛び降りる姿。イヨだった。その手には新しい剣を持って近づく。

 そして、倒れたナナシ、周囲に広がる血の池を見て、気を失ったアイリスと俺を見た。わずかな灯りから見えたイヨの表情は安堵というよりは悲しみを押し殺しているようだった。


「お疲れ様です。お疲れでしょうがすぐにこの場から離れましょう。大空団については既に食料の確保は終えていますし、その指揮は聖宮様がしていらっしゃいます。後から必ず追いかけてくれる事でしょう。聖宮様()アイリス様を裏切ったりしませんから」

「そうだな。イヨが言うのならそうなんだろ」


 イヨが砦に戻ろうと言わないなら理由があるという事。

 危険しかない夜の森の道もまた悪くないと前を歩き出した。






 イヨが青い灯りを照らし歩いていく。

 百鬼の追跡を警戒したが、追跡されているような殺気も気配もない。強いて言えば何も知らない獣が警戒して逃げていく姿を見かけたくらいだった。

 それでも山林の夜道は歩くのには適しておらず、適当に休めそうな広がりを見つけたところで休憩をし、アイリスを横に寝かせる。


「ソラ様は、アイリス様が恐くないのですね」

「恐い? なぜだ?」

「そうですね。ソラ様はそういうお方でした。ただ、ふと想像してしまったのですよ。もしアイリス様のもとにソラ様が現れなくて、私が護人となっていたら、その力を持っていたらと」


 話がアイリスが恐いに繋がらない。イヨが護人となったとしても答えはわからない。

 首を傾げる。


「持っていたら何だ?」

「周りのみんなはそうなった私を受け入れてくれるのか不安になったのです。護人としての力を見せてもなお変わらない相手が何人居るのかと」



 牢屋でアイリスが俺に聞きたかった事、それはイヨが言った事だったのではないかという気がした。

 ただ、気がしただけ。結局のところ俺は行動も言葉も変わらない気がする。


「ソラ様はどう思いますか?」

「俺は、約束を守るだけだ」

「そういう意味では……いえ、そういう事なのかもしれませんね。では、私がどんな力を持ったとしても約束は守ってくださいますか?」

「約束した事は守る。ただ、もし俺が力を持っていたら魔の王としてに扱われていたのだろうな」

「それ、自分で言いますか? いえ、それよりもまさかソラ様がそんな事を言い出すなんて。驚きです」


 俺のただ事実を言った返事にイヨが俺との会話で珍しく笑った。


「ですが、もしそうなったのなら私はソラ様を斬らねばなりませんね」

「そうだったな。そういう約束だ。なら、魔の王を倒す勇者となれるな」

「勇者、ですか。悪くない響きですね。ですが」


 イヨの表情はあまり嬉しそうに見えなかった。そんなイヨが立ち止まって後ろを見る。

 ほどなくして森の暗闇から手を振る姫夜を先頭に新入りを含む大空団の全員が無事な姿だった。


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