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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
3/39

3、「それが名前なの?」うっとりと眺めていた。

「私は、アイリス・コーエン。あなたの名前は?」


 大事そうに籠を抱え、笑顔で尻尾をふりながらアイリスと名乗る獣の耳と尻尾を持つ少女。

 あの後、アイリスの案内で近づく不気味な気配からも無事に逃れて道に出られた。ただ、その道は空が見渡せる程度の木々に挟まれた森の中の小道で見覚えもない。知らない場所でわざわざ反対方向に一人で歩く理由もないので道に出てからもこうして一緒に歩いていた。


 しかも、この少女は話しかけた時に怯えていた事が嘘だったかのように、今は目を輝かせながら興味津々の様子で俺を見ている。


 名前を聞きているからのだったな。そういえば俺の名前は……


「名前は、……わからない」

「わからない? それが名前なの?」

「違う。名前を覚えていないんだ」


 アイリスはまじまじと俺を見て、よくわからないと不思議そうにしながら首を傾げた。


 まぁ、そうなる。普通、名前を聞かれて知らないという者はいない。「あなたの名前は?」と聞いて「わからない」なんて言われれば何を言っているんだコイツとなるのが当然の反応だろう。


 どうしようかと俺は上を見上げ、遥か先に広がる薄い青色の大空を眺めているとある言葉が思い浮かんだ。


「そうだなぁ。俺の名前は……」

「じゃあ、ソラって呼んでもいい?」


 アイリスは俺が言おうとした名前を言ていった。その事に驚きながらも不安そうに返事を待つアイリスに向かって頷く。


「やったぁ!」


 嬉しそうにニッコリとほほ笑むアイリス。


 偶然か?


 大空を見上げてみるが、そこには雲ひとつない空が青々と広がるだけ。


 空を眺める俺の姿を見て、偶然に同じ名前を思い浮かんだのだろうか。それとも……?


「……思うの!ソラはどう思う?」


 我に返り、アイリスを見る。

 そこには目をキラキラさせ、何かを期待するように尻尾をふる姿があった。


「そうだな」

「やっぱりそうだったんだ!」


 アイリスは嬉しそうに飛び跳ね目を輝かせピョンッと跳ね、ルンルンとしている。


 ……俺は何の返事をしたのだろう。


 アイリスがどんな話をしていたのかは気になるが、上機嫌に鼻歌まで始めたあたり俺から期待していた返事をもらえたらしい。前に進むとちらりとこちらを振り返り、その度に無意味に微笑む謎の行動を繰り返していて今さら聞き返せそうにない。


 まぁ、たいした話はしていないか。


 これまでのやりとりを思うと目の前で無邪気に喜ぶ少女が大事な話をしていたとも思えない。視線をアイリスから景色に移して歩き、何か思い出せないかと考える。


 ……やはりどうしてこの森に居たのか思い出せない。それに梅の花のペンダントを眺めたときになぜ『約束』という言葉が思い浮かんだ? もしかして約束とこの森に何か関係があるのか?


「ねぇ、ソラはとっても強いね。傷はもう痛くないの」

「ああ」


 痛い。といえば頭痛と耳鳴りに襲われたとき、一瞬だけ姿が映った。そう、なんとなくだがあれは女性だったような?


 ニコニコしているアイリスをちらりと見たが違う気がした。ただ他に女の記憶はない。

 話せる言葉の意味もわかる程度に知識がある。戦えるだけの経験から得た感覚もある。それなのに自分自身の過去と人の周囲に関する記憶の部分だけが無い。無い部分から見た姿という事が引っかかりとしてもどかしく感じる。


「ねぇ、ソラは私みたいな耳や尻尾がないの?」

「ああ」


 耳に尻尾。そういえばアイリスには獣のような耳と尻尾があって俺には……ん?


「どうしてないの?」

「…………。」


 その一言で他の考えなど吹き飛んだ。


 考えごとを邪魔されていた気もしなくはないが、それは些細な事。

 今、アイリスは獣の耳や尻尾がない事を不思議そうに尋ねた。という事はアイリスが知っている人たちはみんな獣の耳と尻尾を持った姿をしている事になるのではないか。いや、ほぼそうだと考えるべきだろう。


「ぶー! ちゃんと話を聞いてる!? さっきから『あ』ばっかりだよ!」


 我に返ると頬を膨らませて怒っていると怒りを感じない睨んだ目で強調しているらしいアイリス。


「ああ。なんでだろうな」


 なんとなく頭をポンポンとしてあげると機嫌をなおしたようで、再び鼻歌を歌い始めて前を歩き出した。


 頭に触られるのが好きなのか?

 いや、今はそれよりも村や町に着いたときの事に考えを集中すべきか。


 そう思いながら眺めていると、アイリスは視線に気づいたのかこちらに振り返ると後ろ歩きしながらほほ笑んだ。


「そういえば、ソラはどうして森で死んでいたの?」

「死んでたら今話しているのもおかしいだろ」

「そうかも! じゃあどうしてお昼寝していたの?」


 質問ばかりだな。まぁ、何も説明していないせいでもあるか。


「何も覚えていないんだ。あそこに倒れていた事も含めてな」

「ふーん、……ん?」


 不思議そうに首を傾げて俺を見るアイリス。その様子に今さらながら過去の記憶がないとはっきり伝えていない事に気づいた。


「俺は過去の記憶がないんだ」

「……過去の記憶がない? じゃあもしかして、帰るおうちもわからないの?」

「あぁ、覚えてない」


 驚いたのか口を開けた表情をしたアイリスは、我に返ると手を頬に当てて考えだした。

 そして、何かを閃いたのか手をパチンとしてニコっとほほ笑む。


「じゃあ、わたしのおうちで一緒にご飯を食べよう。寝る場所もあるし大丈夫。うん、決定だね!」


 その目はなぜかキラキラと輝き、俺は了承もしていないのに決定していた。


 行く宛もない俺にとってはありがたい話だが、この小さな少女の思いつきをどこまで信じてもいいものか。それにアイリスが住む村か町の人たちが獣の耳や尻尾のない俺を見て歓迎してくれるとは思えない。


「いいのか? 俺を見てアイリスと一緒に暮らしている人たちは警戒しないか?」

「たぶん大丈夫。私は一人で暮らしているから。それに私のお家は村から少し離れているし、お礼もしたいし」


 その見た目で村から離れて一人で暮らしている事は気になるが、とりあえず村人から警戒される心配はしないでいいらしい。

 

 お礼で一夜の宿に繋がるとは何が因果となるかわからないものだ。


「それなら頼む」

「うん! 私の住むおうちはもう少し歩いたところにあるんだよ。あ、そうだ! お家はまだ先だし記憶がないのならこの世界のはじまりとされるお話を聞かせてあげるね」


 そういってアイリスは嬉しそうしっぽを振りながら俺に物語を語りだした。


 * * *


 この世界はかつて魔の王が支配していた。

 それは魔の王を君主として八つの地域を各魔将が統治する魔の国。その国では人々は気まぐれで肉として殺される家畜同然の扱いに怯える日々を過ごしていた。


 そんな世界に降臨したのが女勇者ミコト。


 その勇者は人々から神と呼ばれる存在の導きによって強制的にこの世界につれてこられた。そんなミコトに神が示した元の世界に戻れる唯一の条件は魔の王と魔将をすべて殺す事。


 こうして勇者ミコトは旅立ち魔の王を討つ決意をする。途中、行く先々で仲間を加えながら各地の魔将を殺していき、ついでに人々を恐怖から解放していった。そして、長い旅の中で加わった八人の仲間に最終決戦のために各地を守るように命じ、守りを固めると勇者は魔の王の居るこの地に踏み込んだ。


 しかし、勇者は魔の王を殺す事ができずになくなった。


 結果、怒った魔の王は新たに魔のモノを造り出し、後に八魔鬼軍と呼ばれる八つの魔のモノの大集団が各地の都市を次々と滅ぼし人々は皆殺しにされていった。


 数年後、八魔鬼軍に怯える世界から新たな勇者が現れ再びミコトと名のった。新たな勇者は生き残ったミコトの仲間三人と新たに加わった四人とともに八魔鬼軍に立ち向かい滅し、その勢いのまま一帯を荒廃させた魔の王を倒して封印した。そして、封印を維持するためにそこに亡き勇者を祀る建物を建て、新たな勇者もこの世界から去った。


 こうして、魔の王との戦いが終わると勇者の仲間たちは生き残った魔のモノから人々を守るために各地へ散り、彼らは困難に立ち向かう者の敬意としてミコトと呼ばれるようになった。

 そして、魔の王の封印が解かれないために人々の中から選ばれた護人が亡き勇者を祀る建物で守ると世界はようやく魔の治める時代が終わり、人の治める時代となった。


 それがおよそ二百年ほど前とされる物語。


 * * *


 …………記憶と何の関係が?

 というのが感想だったが、それを抜きにしても物語は哀れな勇者だとしか感じない。どうせ物語なら勇者が正義感で魔の王を倒す話にすれば男子は満足する王道の伝説となるだろう。そうかミコトと魔の王との禁断の恋にすれば、勝手にイメージを膨らませた者によってお伽話としての盛り上がりもあっただろう。

 いったい、どんな三流が考えればそんな奇妙な物語を思いつくというのか。


 アイリスのおしゃべりはとまらず、物語の勇者の仲間の八人は実は九人だった説や新たな勇者がミコトの子ども説など、誰から聞いたかもわからない創作か外伝らしき話をあれこれ聞きながら再び道を外れて森に中を進む。そして、ドコがいいのかわからないミコトになりたいという話を聞きながらどれくらい歩いて進んだだろうか。


「着いたよ」


 アイリスの言葉に視線を先に向けるとそこには入り口の扉すらない門とも呼べないような奇妙な形をした白木の門……らしき建物が見えた。

 一見すれば門みたいだというのに扉はなく、左右に繋がる壁も見当たらない。


「ずいぶんと変わった門だな」

「これは鳥居というの。この鳥居の中には鬼や、魔のモノは入れないんだよ。不思議だね」

「そうなの、か?」


 そのまま門くぐって鳥居を眺める。鳥居は敷地を示すように左右に連なる杭が縄で繋がれており、縄が建物を取り囲んでいるようだった。話が本当なら繋がれた縄の範囲にアイリスがいう効果があるか他の理由によって立ち入れないのかもしれない。


 ……どういう原理なのかはまったくわからないが。


 そして、その門をくぐれば中は木造の建物が中央と左右の三つ。ココは集落ではないらしく、右手の建物も倉庫のようで段差とネズミ返しもある造り。有力者の住む家とも思えた中央のひときわ大きい建物。下に潜れそうな空間があり、いくつもの柱で支え、中央の階段も手すりに支えられた宙に浮く階段となっていた。しかも新築とも思えるほど白と赤と木色には風化や損傷がない。

 そんな建物を眺めながら尋ねる。


「これは……家?」

「ヤシロ? ……ていうの。正面からはひとつだけに見えるけど、奥にはもう一つ建物があるんだよ」


 アイリスが指さし振り返る。


「そしてね。私はこの今は亡き勇者を祀る建物に住む護人、魔の王の封印を守るためにココにいるの」


 アイリスはなぜか顔を赤らめてほほ笑んだ。


 どうやらあのひどい物語は実話だったらしい。ただ、そんな事をいきなり言われてもどう反応していいのかわからない。


「そうか」


 そっけなく返すとアイリスはなぜかパッと笑顔になると嬉しそうに尻尾をふり、その隣が私のお家なのと見ていた二つと違う地に着いた平屋の建物の中を案内してくれた。そして、ごはんの準備をするねと部屋を出たのを見送ると大きく息を吐く。


「……本当に人の気持ちはよくわからない」


 あのそっけない返事に喜ぶ理由など思いつかない。

 ただ、深くは考えなかった。




 ◇ □ ◇




 その後、用意してくれた食事も食べ終わってお腹も満たされてひと息ついた頃。


「ちょっといい?」


 アイリスの誘いに頷き、促されるままに庭に出た。夜は月明かりとわずかに見える家の光だけで暗い。

 もう俺の事はまったく怖くないらしく無警戒に俺に背を向けながら話しだした。


「ねぇ。とってもきれいな夜空だね」

「ああ」


 夜空は星が輝きほぼ満月といっていい月が白く輝いていた。


「…………あのね」


 何かを決心したアイリスは振り返ってこちらを見たようだが、暗くて表情まではわからない。


「ソラはね。私を助けてくれる。 ……そう信じてもいいんだよね?」


 その声は弱々しく震えていた。ただ、そんな話をした覚えがない。


 いつ、そんな約束を?


 そう口を開こうとしたところで思い出す。内容も聞かずに「そうだな」と返事をしたときにアイリスがすごく喜んでいた事を。


 意味が今さらわかった。ただ、何から助けるのかわからなければ返事のしようがない。

 今、何かを言わなければ、アイリスは沈黙を否定していると受け取ってしまう。


「アイリス。こっちにくるんだ」

「……うん」


 アイリスはゆっくりと歩み、手が届くほどに近づいた顔はうつむけ震えていた。俺はその両肩にできるだけ優しく触れ、続いて頬にやると手が濡れたのに気づいた。俺はうつむく顔を上げさせる。


「……どうして泣いている?」

「だって……、断られるって、わかっていたから」


 そう涙を流しながらほほ笑んでた。


 沈黙を助けないと受け取ったか。


 嘘をつき、見捨てる相手に怒る事すら諦めてしまったその微笑みが胸に刺さった。からなのかもしれない。胸に感じる靄で気づけば口を開いていた。


「まず、何から助けて欲しいのかを聞かせてくれないか」


 何から助けて欲しいのか。あらためて尋ねる。

 俺の問いにアイリスはピクリと固まった。しかし、すぐに再び涙を溢れさせて首を横に振った。


「わから……、ないの。でも、それでも……って……ほしいの。わたしには、もう……時間……い、から」


 泣きながら話す言葉はとても聞き取りにくく、答えになってなく、切実だった。


 相手もわからない。ただそれでも助けてほしい、か。なんて無茶苦茶な願いなんだ。


 手をアイリスの頬からはなす。まだ返事もしていないのにアイリスは顔を俯けた。


 いつもそこで断られてきたのだろうか。


「アイリス。後ろを向くんだ」

「あの……うん」


 俺はバカだな。


 もっとうまく答える事もできたはずだ。それなのにできない。


 その事を心の中でため息をつき、身に着けていたペンダントを外し、後ろを向いたアイリスに身に着けていたペンダントをつけてやる。

 突然の行動に驚いたのか、涙も止まって呆然とした顔をしながら振り返ってこちらを見ていた。


「あ、あの……これ、は?」

「梅の花のペンダントだ。約束を守るという意味だ」

「…………?」


 アイリスは何を言っているかわからないと口を半開きにしてポカーンとしていた。

 

 まぁ、そうなるよな。そもそも梅の花のペンダントにそんな意味があるかなど俺も知らない。ただ、それでも言いたい事は伝えた。


「それって…………い、いい、の!?」

「二度も言わない。もっとも、助けられるかはわからないがな」


 これで話は終わりきっと泣き止むだろうと思っていたが、アイリスは先ほどよりも涙をポロポロとこぼていた。


「……さっきよりも泣いてないか?」

「だ、だってぇ~~~」


 助けられるかはわからない。その一言が余計だったのかもしれない。


 アイリスは泣く理由も話さないまましばらく声をあげて泣き続けていた。そして、ようやく気持ちも落ち着き恥ずかしそうにしながら俺からはなれると、何を考えているのかなぜかペンダントを大事そうに手に取りうっとりと眺めていた。


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