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20、「お帰りなさい」怯えているのに気づいた。

 一行は日ノ国の帝都から西にある大都市、城郭都市ソウに辿り着いた。


 城郭都市ソウ、西中地区、西の協会。

 そこの協会では休息に加えて衣服や靴の交換を行う。

 そして、再び出発して建物の並ぶ通りを南に進み、大通りで西へ進路を変える。イヨの話によると、師走の手筈で旅路に必要な食糧等は西門で用意されているらしい。


 帝都からの旅は些細な出来事もあって予定よりも一月近くの遅れていた。ただ、厳守しなければならない予定でもない。今、唯一気がかりな事といえば、今日のアイリスはソウの協会を出た後からなぜかずっと顔を俯け考え事をし、物静かな事くらい。


「ソラ様、アイリス様に何か声をかけてあげては?」

「なぜだ?」

「なぜって……」


 イヨが何を心配しているのかさっぱりわからない。

 それを知ってか知らずか考え込むアイリスが呟く。


「…………友達」


 パッと顔を上げ、俺を見て、イヨを見て、ヒミコを見てまた俺を見た。


「ソラ、好き」

「…………?」


 なぜか抱き着かれて見上げてきた。

 意味がわからないままアイリスの頭を撫でる。


「あらあら」

「イヨも好き」


 今度はイヨに抱き着いた。「はい、私もアイリス様が好きですよ」と余裕をもって優しく抱き返すイヨ。


「ヒミコ好き」

「…………」


 言葉に無反応で立ち止まるだけで何も返さないヒミコ。ただ、されるがままな姿からして嫌がっているようにも見えない。

 三者三様の反応を確かめ何をしたいのかはサッパリわからないが、気がすんだらしくアイリス様の表情はいつもの笑顔だった。


「アイリス様。どうしてこのようなことを?」

「うーん、今言わないと後悔する。そんな気がしたの」

「思い立ったが吉日という事ですね」

「そう!」


 …………噛み合っている? いや、いないような?


 そんなやり取りがありながら四人は城郭都市の西門へ続く広い道を進む。

 東から協会までの立派な建物も並び人の活気もあった大通りとは違い、西側へ進むと建物に損傷やら古びた感じが増え、人の様子も賑やかとは少し違う雑多な感じへと変わっていた。


「ソウてどんな都市なの?」

「そうですねぇ。では私が知っている事を少しだけ」


 そんなアイリスの質問に対してイヨがソウについて説明を始めた。


 ソウという城郭都市はかつて絹ノ国と呼ばれた旧王国の王都です。絹ノ国時代は天津原十二か国から見て東側からの入り口へと繋がる国として栄え、天津原から東側の一帯を道で繋ぐ貿易同盟の盟主国でもありました。その当時の王都は今ある城郭より更に外側に広大な街並みと城壁を有し、その西側には大きな宿場町と取り扱う高級の絹で繁栄していたそうです。

 ただ、その天津原十二か国は滅び、侵攻してきた八魔鬼軍により外側の街並みはほぼ無と化し、中心部分も廃墟に。その後、和国による連合が領土奪回し、和国の分裂後は日ノ国の領土となりました。

 過去に整備された道のおかげで天津原の動きを見張る日ノ国の西側国境の要所の一つとはなれたものの、天津原が不可侵の地となってからは、宿場町としての繁栄は望めず復興の道のりは遠く険しいものとなりました。


 帰郷した亡国の民はその旧王都があった西側に住み、周辺から移住した開拓民が新しく住み始めた東側と対立。ソウは侍士の拠点がある東側が都市の繫栄の支えであり、政官もその発展に力を注いだために反発した西と歓迎した東で貧富の差も大きいものに。


 一方で、ソウより西は不可侵によってその獣や魔のモノの住処として最適になり、西側の独立意識の高さによる治安の悪さが賊や百鬼による魔のモノ狩りで理石取引をしやすい環境として成り立っているそうです。賊と取引と聞けば奇妙な話に思えますが、生命線である取引のできる地は縄張り争いを繰り広げながらもその縄張りを維持するために協定が存在し、東側に居る侍士たちに口実を与えない程度に治安が保たれています。

 そういった利害による調和と均衡によって日ノ国に反発する者や訳アリが都市の噂を聞きつけ集まり、それ以外にも人生の一発逆転を目指す者もソウの西側に集まります


 また、彼らは魔のモノの集団が襲い掛かるような非常事態には日ノ国の傭兵として戦う約束もあり、西側と東側の城郭都市の間には一定の冠位を持つ者意外には越えられない壁が存在し、東側には市民団と呼ばれる特権が存在します。それがソウの東側で暮らす人たちの反感を抑える理由にもなっていると言われています。

 ちなみに、協会はその影響もあって西と東に二つ、侍士の大きな衛兵舎が東側に三つ、政官の役所に至っては西と東に加えて東西を統括する三つあるとか。


 そんな都市の複雑な事情は聞いていてもサッパリだったし、ひたすらニコニコして楽しそうに説明を聞いているアイリスが理解しているのかはかなりあやしい。というよりもアイリスが聞きたかったのは街並み的な話だった気がする。

 ただ、ソウの都市を出る道のりの時間つぶしにはなったし、イヨがソウに見聞がある事がよくわかる話ではあった。


 周囲のこちらに向ける様々な視線も西側の朽ちた城門が見えた事で終わり、これからの長旅に備えた荷物を両肩で背負える形に作られた風呂敷包みを受け取る。そして、何事もなく城門を出た直後だった。


「お待ちください」


 後ろから聞こえた声に振り返るとそこには師走の姿があった。

 いつもの装束姿とは異なり今は巫女服姿として。


「神無月、駅衆から言伝を預かりましたのでお伝えします」

「駅衆?」

「師走様が指揮している手紙や伝言の報告が円滑に行われるよう各地に配属された者たちの事です」


 俺の問いにイヨの説明し、師走は頷くと言葉を続けた。


「水無月からの伝言です。状況の急変により、神無月様がソウに辿り着き次第、急ぎコユルギに向かうようにとのこと。要件は現在保護している聖宮様と逢野様をこのソウにまで護送のお願いだそうです」

「水無月様から? ですが私は……えっと、神子人様のご許可は?」

「得ています。結果の責任はとりますので神無月が行く行かないを選びなさい。と」


 イヨは少し考え、再び師走に尋ねた。


「師走様は、護送理由を何かご存知ですか?」

「コユルギではアズマハヤ砦炎上の件以降、聖宮様、逢野様の同邦らしき者による襲撃という噂が流れていました。そこに協会を通じてお二人と懇意にしていた店が来訪中に襲撃されるという事件が発生したとの事。

 聖宮様、逢野様を含めてケガ人は発生しませんでした。事後処理についても中央で弥生様が適切に対応した事で中央から目をつけられるような大事とはなっていません。ですが、コユルギでは如月や水無月が警戒を強めてしまって、以降からお二人は交流を諦め部屋に引き籠るようになってしまったと。そのため心機一転としてコユルギからソウへの移転をお勧めになり、当人からも了承を得たそうです」

「お二人に非はないのに移転させるのですか……」

「民とは噂好きで、自らを善人と信じ、そして臆病です。その結果として起こる事は神無月がよく知るところであり、ココで語る事でもないでしょう」


 淡々と話しながらも師走はちらりと俺とアイリスを見て、再びイヨを見た。

 民に対する棘のある言い方。それでいて見下しとも違う経験があるかのような何か。


「私たちは重要な任務を受けています。それなのに指名して依頼された理由がわかりません」

「……お二人がコユルギに居る経緯を推測すれば私が申し上げずとも思い当たるかと。あえて言えば、立ち直るきっかけとしてお二人を助けたアイリス様、神無月……そしてソラ様が移転のための人選として最適と水無月は考えたのでしょう。そして神子人様もそう考えた。それ以上の質問があれば『布石』と答えるようにとも仰せつかっています」


 イヨの反応に対して、師走はそう言葉を付け加えると今度はなぜか俺を見た。

 それにつられてアイリスもイヨも俺を見る。そしてイヨはため息までついた。…………なぜ?


「状況は理解しました。アイリス様は……」

「コユルギに行こう!」

「アイリス様らしいお考えですね。ヒミコはどう思いますか?」

「コユルギに向かうべきかと」


 ヒミコの少し間を置き、淡々と述べたなぜか確信を感じる一言。

 それがイヨの決め手となったらしい。


「護送の依頼を受ける事で決まりですね」

「既に神子人様より関所、砦での通行許可証として、印のある命令書を受けております。食料等は天津原へ向かうための手持ちで片道分は問題なく、護送対象の引き受け時に再度コユルギで補給してこのソウへと戻り、それまでに私の方で再度準備をする流れとなります。また、護送後のお二人の身柄は私が自ら見守るよう神子人様よりご命令を受けています」


 師走は地図と命令書をイヨに渡すと耳元で何かを囁く。

 イヨは何ら反応を示す事はなかった。話も終えて師走に見送られながら道を進む。


 ソウが遠くなるまでしばしの間、イヨが地図を眺めながら歩み、多くの視線もなくなった事で一行は軽やかに続いた。

 そんな解放された気分にも慣れはじめた先での西と南への分かれ道。


「ココから南下し、行きは途中から川沿いを進み、数日後に見える関所から西に進路を変え、更にもう一度関所を越えてコユルギに入り聖宮様、逢野様と合流となります。

 帰りは東の関所を一つ越えてから北上、国境沿いとされる山沿いを進みながら途中で林道や緩やかな山道を抜け、ソウ近郊にある川沿いの砦にある橋を渡ってソウへと戻る道のりを進みましょう」

「どうして行きと帰りで違う道を進むの?」


 首をかしげるアイリスの質問にイヨが頷く。


「私たちの目的は護送です。既に目的を知られていて待ち伏せを避けるなら行きと帰りは別の道を選ぶのが常道だからですね」

「そうなんだぁ」


 アイリスはそれで納得したらしい。


 一行は順調に歩み、日も傾き協会もない寂れた村に着いた所でイヨが村の村長と交渉し、空き家となっていた廃家を借りて泊まる。

 その晩、アイリスも寝たところでイヨが起き上がると俺たちの様子を伺い、ひっそりと外に出た。


 こんな時間に? …………敵か?


 剣を手に取り外へ出る。外に出ると暗闇が広がり、歩いて村の門へと歩き出す足音の方向へと向かう。門を出た場所ではイヨが空を見上げており、ふぅっとため息をついて気づいた仕草を見せ、隣に立っても振り向かない。


「…………ソラ様ですね。警戒を怠らないのは良い事です」

「敵が襲ってくるのか?」


 周囲を見渡してみる。暗く静かすぎるがまだその判断はつかない。


「たしかにココは国境からも近いですし闇夜は魔のモノの領域です。ですが魔のモノは残酷であっても阿呆ではありません。村を襲撃するなら群れで行動しますし、孤高であればより賢く野宿の旅人を狙います。他に獣であったとしても柵と建物で襲うことすらできないでしょう」

「襲うのは魔のモノや獣だけとは限らないだろ」

「そうですね。たしかに私たちは巫女服姿の師走様と西門でやり取りしましたし、一見すれば襲いやすく見えるかもしれません。賊、悪者、政官、侍士。私たちの素性の知る知らないに関わらず、この異様な組み合わせに匂いを感じ取り、興味や警戒として私たちを追う者もいるかもしれませんね」


 興味なさそうに淡々と語りながら曇った闇夜を見つめるイヨの表情は見えない。

 話す理由もなくなり、お互いに無言でしばしの時だけが進む。そして、しばし耳を傾け少なくとも村の外からの襲撃はなさそうだ判断して廃家に戻ろうと数歩ほど歩んだ時だった。


「ソラ様は、ソラ様にはヒミコがどう見えますか?」


 立ち止まると突然の要領を得ない質問に少し考え、イヨに向かって正直に答える。


「興味ないな」

「彼女は目が見えません。冠五位も私の従者兼世話役として与えられた地位。ですが他の誰よりもヒトの事が見え、周囲が見えています。知識もただ聞くのみで記憶でき、一度聞き覚えた事は正確なうえに忘れない。

 おそらく暁の聖堂では神子人様に次ぐ天性の才を有している。私はそう思っていますし、その才に気づいている人も暁の聖堂にはいるのですよ」

「…………そうか」


 やはり興味ないな。


 俺の返事にイヨは振り返ると、おそらく睨みながら言葉を続けた。


「やはりですか。ソラ様は天性の才であっても興味がないのですね。だから私には理解ができません。なぜ、ソラ様がよりにもよってアイリス様を助けたのですか?」

「どうして、か?」


 イヨの言葉に引っかかりを感じつつ、アイリスと初めて出会った時の事を思い出す。


 どうしてなんだろうな。


 と、記憶がなく行く先もわからない時の唯一の道案内できる存在。だから襲われたのを見て自分のために助けた。それが、道案内してもらっている間に聞き逃した言葉がきっかけこうなった。

 そうはならないだろ。今になって……今はアイリスもイヨも居る記憶が増えたからこそその結論に至る。その理由はとても単純で今は一人ではないから、そして一人ではない理由。


「そうアイリスと約束したからだ」

「えぇ、たしかにそう聞きました。だからこそ理解できません」

「…………」

「洞窟で私に交渉してアイリス様を助けると言った時、憐みで約束したのだと。私はそう思い込んでいました。

 ですが瀬々ノ森様、小野之川様、聖宮様、逢野様と出会い、会話を重ね、ソラ様の行動の度にそれは疑問へと変わり、帝都で辰義経と闘った後に気づきました。

 ソラ様は他人に本質的な興味はなく、憐みや善意で助けるようなヒトじゃない」


 …………ひどい言い草だ。


 ただ、その推測はおそらく当たっていた。


 アイリスとの出会いで助けたのは道を案内させるため。約束をした理由はただ話を聞いていないまま返事をし、後で確認された時には約束する以外の選択は自身が噓をついて見殺す状態となっていたから。

 頼みに対して憐みの感情がなかったわけではない。けれども話を聞かずに返事をしたという俺自身の失敗がなけば、おそらくはあの夜に話す事は起こらなかった。懇願されてもペンダントを渡して約束をしていない。

 …………本当にそうだろうか?

 

 ミコトが俺に言っていた言葉が問いかける。


 『俺は助けられる力があるせいで約束してしまう』


 記憶を失う前の俺は。


 自分で自分を見失った。そんな眩暈とも身体が浮くような浮足立つ感覚がした。それでもアイリスと出会うより前の過去を何も思い出せない。


「それなのにソラ様はアイリス様が望むすべてにその約束で答えようとしている。それも命を懸けて。アイリス様とどのような理由で約束をされたのですか? それとも条件でもあるのですか?」

「条件。」


 見上げた空は曇ったままであの時に見えた輝きはない。

 それでもあの時のペンダントを渡した日の事はハッキリと覚えている。


 『ソラは私を助けてくれる。 ……そう信じてもいいんだよね?』


 相手も内容も出来事も指定しない、とにかく助ける事だけはハッキリとしている約束。

 そして、燃えるヤシロで真っ赤に身を染めたアイリスに対して答えを誤った俺は、アイリスが助けてと求める答えを、今を生きて何をしたいのかをまだ知らない。


 …………なるほど。説明できない。だが何も答えないわけにもいかない、か。


「アイリスは俺を信じる。俺は助ける。そういう約束だ。他に条件などない」

「……私をバカにしているのですか」


 正直に事実を話した。イヨはひどく失望していた。


「ソラ様、私との約束は今も覚えていますか?」

「あぁ。イヨが付き添い無理だと思った時、俺を止めるなり殺すなりすればいい。確かに俺はそう言った」

「よく覚えてくださいました。ではソラ様を殺します。今、決めました」

「そうか」


 イヨはゆっくりと歩み寄ると俺の持つ剣の柄を持ち、少し後ろに下がって鞘から抜いた。

 そして、少し重たそうに剣を振りあげ、両手で心許ない剣の持ち方をして動きが止める。一見すれば隙だらけに見えたがそれがわざとかの判断はつかない。


「ソラ様。……お覚悟ください」

「…………」


 ただ大人しくその時を待ち、待ち、待った。

 その剣は振り下ろされない。


「なぜ逃げないのですか。なぜ抗おうとしないのですか」

「約束したからな」

「誰もが見捨て、逃げ出す困難でも立ち向かえたあなたが、こんなくだらない理由で、私との約束のために死ぬつもりなのですか! あなた方は死を、死ぬ事なんだと思っているのですか…………」


 あなた方? なぜ殺すといったイヨが怒っているのか理解できない。そもそも生きた結果が死。


「死に意味などない」

「…………」


 答えを誤ったらしい。ただ、今となってはどうでもいい事。


 イヨが剣を振り下ろす事をただただ待つ。静かすぎる空気はイヨの乱れた息だけでなく鼓動まで感じとれ、どこからともなく近づく地面を踏む足音も聞こえてきた。


 …………足音?


 思わすその方向へ顔を向け、イヨもそちらを見る。暗闇から姿を見せたのはヒミコだった。そこで何かに気づいたイヨは一気に剣を振り下ろす。けれどもその刃は俺のすぐ横の空を斬った。

 目が見えないはずのヒミコは素早く俺とイヨの間に割って入り、廃家にあったと思われる手ごろであるものの使い物にならない錆びた鎌で見事なまでに本来なら不可能な方法で剣を払いのけていた。


「ヒミコ…………。どうして」

「申し訳ございません」

「私は説明を求めているのです! 説明ができないというならそこをどきなさい」

「……申し訳ございません」

「ここでソラ様を殺さないと私はきっと、いいえ、この国は必ず後悔する! 彼はアイリス様との約束のためであれば他のすべてを犠牲にできる。できてしまう! それも個人や仲間の犠牲などではなく、例えそれが世界の人々を不幸にする破滅であったとしても」

「存じております」


 過大評価だ。そもそも俺にそんな力はない。


 感情を露わにして声を震わせるイヨ。

 対してヒミコは自らの言葉を確信し、しかもイヨの言いたい事を理解しているようで動かない。


「ではなぜ邪魔をするのです!」

「イヨ様の信念に反するからです。それに誤りがあった場合は遠慮なく諌めるよう私に教えてくださったのもイヨ様です」


 イヨは何かを反論しようと口を開け、けれども何も言わずに振り下ろされた剣を手放すと廃家へ戻っていった。

 ヒミコは無言で見送り、剣を拾うと俺の差し出す。


「お騒がせして申し訳ございません。ですがソラ様はイヨ様が気持ちをもう少し汲み取りお答えください」

「…………」


 なぜか俺とイヨの話を知っているかのような口調。

 ただ、それを問い返す意味はなく、ヒミコが言いたい事も答えに失敗したと理解できていた。


「気をつける努力はしよう」


 剣を受け取ると鞘におさめる。


「でしたらその誠意として、これからお伝えする事も覚えておくことをお約束ください。

 イヨ様はただ周りの大切な人をすべてを守りたいだけなのです。協会の人たちも。国の人たちも。そして、可能であれば国の外の罪もない人たちも、敵であったとしても殺める必要はない人たちも。それを月ノ巫女の責任とも考えていらっしゃいます」


 ヒミコは実に饒舌で、諭すように話す声は豊かで驚くほど聞き取りやすかった。


「責任。責任感の間違いだろ」

「なかなか厳しいお言葉ですね」


 苦笑いともほほ笑むとも思えたヒミコの表情は月夜も相まって引き込まれるもの感じた。


「なぜそんな事を俺に?」

「…………ソラ様は愛情を知らないから。でしょうか」


 定義できない言葉に答える事ができなかった。


「親に捨てられ故郷は知らず、女であり、目が見えない。イヨ様はそんな私を拾い、洗い、守り、世話人として、従者として他の人と変わらない扱いをしてくれました。人として扱ってくださいました。教え、叱り、褒めてくれた事。今、こうして普通に生きて、普通に歩けている。読み書きもできる事。今の私を家族のように、姉妹にように育ててくださったのはすべてイヨ様のおかげなのです。

 冠五位、従ノ巫女。今の私に近づく者は皆、才能のもたらす結果だけを見て誰も私を見ていない。嫉妬や畏怖を抱かせるような事があれば、私はこの目を理由に普通ではない異物と見なされ、異物は道具か脅威としか見られる事はないでしょう。魔のモノのように」


 天才に慕われる秀才か。…………難儀な話だ。


 そんな俺に何かを察したのか、なぜか悲しげにほほ笑んだ。


「今のソラ様に必要なのは人と接し、話していく時間なのですね」

「何が言いたい?」

「……お伝えすべき事はすべて伝えました。イヨ様にも私からうまくお伝えしておきます。今晩の出来事は水に流してきれいさっぱり忘れてくださると助かります」

「わかった」


 ヒミコが戻るのを見送り、村の門を背もたれにして目を閉じて身体の感覚を研ぎ澄ませる。

 日ノ国に入ってから少しずつ警戒の感覚がぼやけて鈍くなっているのを感じる。それは儚さと危うさしかないひと時の平穏というものなのかもしれない。


「…………人と接し、話していく時間か」


 しばしの間、イヨが眺めていた輝きのない曇った夜空を眺めた。





 翌日。何事もなく旅は再開された。

 コユルギに至るまでの旅路は順調で、些細な事件はあったが一つ目二つ目の関所も通過してコユルギの城門が見えた。

 遠くを眺める仕草をしたアイリスが振り返り笑顔を見せる。


「何事もなく無事に辿り着いたね」

「そうだな」

「お二人の認識は無事…………ですか。道のりで私たちが偶然の泊まった村へ賊が襲撃してきたのが一回。さらにアイリス様をさらおうとした旅商人を拘束した事が一回。たしかに全員の身体は無事ですが」

「…………」


 笑顔で頷くアイリス、複雑な表情で呟くイヨ、終始無言で無表情のヒミコ。

 何事もなかった。その会話を経て、俺たちを城門で立っていたのは、ひと際目立つ優美に待っている如月の姿だった。

 まるで出迎えるような振る舞いに反して、俺へ睨みながら言う。


「あら、まだ生きていらしたのですね」


 その一言目は久しく会う者に対する言葉にしては辛辣に思えた。が。


「「…………あっ」」

 

 ただ、アイリスがシュンとしてしまった。


 どうやらアイリスは俺限定ではなく一行に対してと勘違いしたらしい。


「……ごめんなさい」

「ち、ちがうの。アイリス様はちがっ」


 如月慌てて駆け寄り、宥めるべきか語りかけるかオロオロしたあげくキッと俺を睨んだ。

 どうにかしろという事らしい。俺にできるはずがない。が。


「アイリス様。あのお言葉は『お久しぶり、生きていて嬉しい』という挨拶です」

「そうなの?」


 イヨの補足説明にアイリスが半信半疑で顔をあげる。如月がひきつった笑みを見せながらぎこちなく頷いた。


 …………如月、こんな性格だったか?


 とりあえずアイリスは嫌っていないという気持ちは伝わったらしい。


 如月は本当に出迎えだったらしく、用意された二台の牛車には前の牛車に如月とアイリスに。俺とイヨ、ヒミコは後ろの牛車へ別れて乗った。

 協会の屋敷に辿り着き、降りて頃には少し疲れた様子の如月と笑顔のアイリスは仲良くなれたらしい。


「お帰りなさい」


 出迎えた水無月に苦笑いされ、お帰りという言葉に不思議な感覚を抱きながらの久しぶりの再会をし。


「…………」

「…………」


 水無月の傍で無言で頭を下げる聖宮姫夜、逢野才加の姿。

 その二人が顔を上げた時、揺らぐ瞳で怯えているのに気づいた。


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