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18、「つまらない答えだな」三日後の出発と決まった。

 力、速さ、智謀、そのすべてにおいて負けた。

 なにより弥生は戦いでまったく動いていないという事実。


 …………悔しい。


 じわりじわりと後からくる心を滅ぼす感情を殺して手を強く握る。

 その手にアイリスが手を重ねた。


「ソラ、目を見て」


 見たくない。それでもアイリスの目を見る。


「私はソラを信じてるから」


 優しさは感情に止めを刺し、その無邪気な笑みは俺を今へと引き戻した。


 俺が弥生と戦って勝とうとしたのは話を聞き出すため。その結果を得られるなら勝敗そのものは大事ではなかった。

 ただ、今も燻る何かはすぐに消化できるものではなかった。


「準備もできたようですね。それではお約束どおり話をさせていただきます」

「ああ」

「話の内容は、……そうですね。今はかなり昔の話となります。私自身も記憶を辿る事となりそうですから後の勇者ミコト様と出会い、どうやって魔のモノに対処し、魔の王を封印したか。という流れを思い出しながら順に話すかたちでもいいでしょうか」


 頷くと弥生は呼吸を整え語り始めた。


「後の勇者ミコト様が現れたのは。……そう、ですね。日ノ国はまだ和国と呼ばれる連合国の一部で、先の勇者ミコト様から東を託された私は和国で暁ノ団を設立を嘆願され、和国で領地を持たない特別な私兵団として人が集まりようやく形になってきた頃。……失礼しました。これでは伝わりませんよね。

 世界では。先の勇者ミコト様がなくなった事で人々は希望を失い、八魔鬼軍という八つの魔のモノの群れが終焉の森から北北西にあった天津原十二王国を荒野に変え、続いて和国西側にあった隣国もすべて廃墟と化ししました。その勢いは止まるところを知らず和国の城、村々を蹂躙しながらこの帝都に迫りつつあったとき。

 滅んだ西の国々からやって来た避難民とともに後の勇者ミコトがこの帝都にやってきたのです」

「…………」


 アイリスは不機嫌そうに睨みながらも耳は弥生に向けて何も言わない。


「私が後の勇者ミコト様と出会えたのは偶然。……もしかしたらその偶然も必然だったのかもしれません。

 疲労、悲しみ、汚れた服。やっとの思いで避難民たちは帝都の城壁まで辿り着きました。しかし帝都に彼らをすべてを受け入れるだけの富も食べ物もなく、扉を閉ざして中へ入る事はかないませんでした。

 そんな失意で避難民たちは気力を失い、それでも見捨てきれなかった良心による申し訳程度に配られた炊き出しで命を繋ぐ避難民がほとんどだった中で、その姿はあったのです。

 背を丸めて俯くばかりだった中で、彼女とその従者の凛とした姿。強く輝く瞳はとても目立っていましたから。

 私を含む暁ノ団は避難民の見回りと募兵をしていたところで出会い、私が直接お願いして二言返事で快諾をいただいたのです」

「話として出来過ぎに思えるが。そもそも避難した隣国の王侯貴族やその兵はどうなった?」


 質問は最後まで話を聞いてからと思ってはいたが、この疑問を抑える事ができなかった疑問。

 弥生はもっともだと頷いて答えた。


「当時の八魔鬼軍は向かう先で無敗の存在でした。戦う意志のある者は戦って死に、ただ故郷に残ろうとした者は殺され、口だけな者は真っ先に逃げ出していました。

 そして、どれも選べなかった者は知人や友を見捨てながら今を生きるために逃げた。それが避難民です。そのどれにもならなかった者は……賊となって逃げる者たちを襲ってあらゆるモノを奪っていました」


 穏やかな声。それは思い出した感情を押し殺しているのかそれとも……。


「仕方なかったのですよ。自らの誇りを捨て、大切なモノを捨て、そして、故郷も人までも見捨てるしかなかったのです。ただ今を生き残るために……。志を持てば死に、情を持てば騙され、ためらえば殺されるしかなかったのですから。

 これは八魔鬼軍の蹂躙を受けた他国や自国の地域のすべてで起こり、兵も官も民も、男も女も子どもですら例外はありませんでした。逃げなかった人たちは言葉通り全滅です。


 そして、そんな危急存亡にも関わらず、暁ノ団は出撃命令が出ませんでした。

 必要な兵どころか兵站すら確保をできず、暁ノ団は帝都を守る命令を受け私は何も出来ないまま、ただ帝都の希望として凛としたお飾りな姿を見せる事くらいしかできなかったのです」

「…………」


 浅はかな言葉だった。そう気づいた所で何か言える言葉は存在しなかった。

 結果論で語るは愚者のすること。ましてや何かを背負いながら人を率いる者の悩みを経験なく思い込みで語るのは無恥を晒すようなもの。


 弥生は俺を無言にただ苦笑いをした。


「話を戻しましょう。お二人は華奢な女性で遥か西の国から追放された者でした。凛とした姿に反して面を向かえば目を合わせないボソボソとした話し方。従者も口数が少なく、遥か西の異国の出身という事もあって他では軽んじられ相手にもされなかったそうです」


 ……原因は話し方よりも追放されたと話している事で警戒されたように思う。が?


「実際、暁ノ団に入団直後もその見た目から軽んじる者が多かったです。私自らの判断で暁ノ団の指揮を任せようとしても新入りを理由に周囲から反対や苦言をされ、私の直下に配属させようにも信用できないまた反対されるほどに。

 過剰評価だと私の能力を疑う者や贔屓を疑う者、どうせ死ぬならと二人に下心まじりに脅迫やら夜這いまで仕掛けようとした者がいたくらいですから。

 もっとも、その度に二人は容易く撃退し、その腕前から私の直属にはできたのですが」


 弥生の印象と周囲からの印象ではかなり違ったらしい。


「ただ、二人に対するそれら不遇も八魔鬼軍の一群が帝都近くまで迫った事で転機を迎えます。

 帝都の死守戦が現実となった事で、これまで動けなかった暁ノ団はようやく迎撃の先鋒として命じられたのです。

 八魔鬼軍に勝った前例のないために死を覚悟した暁ノ団の団員がほとんど。後の勇者ミコト様とその従者だけが絶望でも生き急ぐでもなく淡々としていたのが印象的でしたね。

 さらに、冷静な二人を部隊の先鋒として選んだ時の周囲の驚きと無関心な二人の落差も」


 弥生の語る言葉とそれに対する周囲の評価があまりにも一致しないために人物像が影絵からさらにぼやけて描かれた華奢な女の姿しか思い浮かばない。

 しかも後の勇者ミコトとしての始まりにしてはまだその片鱗すら見えない。まだ弥生の一方的な過剰評価としか思えなかった。

 

 俺の考えを見透かすように弥生がほほ笑む。


「きっとソラ様の思っている事をその時の暁ノ団の多くが思っていたのでしょうね。

 ただ、これでも私は人の才能を見る目があるのです。和国の地位も家も捨てて先の勇者ミコトの仲間となり、後の勇者ミコトを見つけた。設立した暁ノ団で命令を伝えて逃げ出さずに残った者は私が直接選んだ者がほとんどでしたから。

 とはいえ、それ以外の者は逃亡し、暁ノ団は戦う前から十分の一以下の私を含めて五十数騎となっていましたが。


 そして戦いの日、避難民たちは八魔鬼軍の進軍とは反対側へと避難しました。後には生き残れななかった者の姿と生活跡。そんな不吉な景色が広がる平野の先から姿を現した数千、数万もの魔のモノの群れの八魔鬼軍でした。

 対して暁ノ団は五十数騎。増援もなし。希望の象徴でありながら絶望を前にしてきっと誰からも期待されてなかったとその時は思っていた事をよく覚えています。私の死こそが帝都に籠る者たちが保身するため、生きる事を諦める為、そして避難民を見捨てる大義名分のため。

 そんな暁の団は私の号令とともに正面から出撃を開始、後の勇者ミコト様はどこで馬術を習ったのか、恐れも迷いも見せずに乗りこなして、従者と供に先頭を駆けました」


 その時に弥生はフフッと笑ったような気がした。


 が、想像して気づく。弥生が途中まで先頭で引っ張って士気を高めようとする前に、命令を待たずに後の勇者ミコトとその従者が弥生を抜いた姿を。


「そして、私を抜いてさらに勢いをつけて馬を走らせていた勇者ミコト様は動きます。

 彼女は隠し持っていた先の勇者ミコトが持っていた銅鏡を掲げ、一筋の大きな光が八魔鬼軍の中心に居た大蛇とその間に居た魔のモノを一瞬にして消滅させたのです。

 開かれた道を勇者ミコトが理剣を手に突き進む。左右から道を埋めよう押し寄せる魔のモノに対して私たち少数の暁ノ団は彼女に続き、勢いを落とさないよう、希望の道を進むように戦いました。


 そんな希望の道が進むにつれて細る中、続いて彼女の持つ理剣と呼ばれるものの特別な力が繰り出されます。それは場所、範囲、物体も関係なくその剣を振るえば一撃必殺の威力で斬れるという説明のつかないもの。

 襲い掛かる魔のモノを斬るその剣の威力は申し上げるまでもなく、魔のモノの理石から放たれる特殊な力よりも先に倒し、戦う暁ノ団の者が危機に陥れば援護もする一方的にひらすら蹂躙していくその姿……」


 ふぅっと息を吐いたのは勇者ミコトを崇めるそれだった。


「個人の力で数千、数万の数の脅威を凌駕する。

 絶望から軽々と生きる未来を切り拓いたその姿は周囲から見れば奇跡であり、今思っても事実の形として見えたあれこそが希望というものだったのかもしれません。


 戦えば必ず負ける。


 そう思われ、蹂躙され滅びるだけだった八魔鬼軍との戦いはたった一人の者によって形勢は逆転し、帝都に籠っていた和国の総力をあげた加勢もあって撃退に成功します。

 ……今思えば帝都でも帝と一部の将だけは機を伺っていたのでしょうね。あ、話がそれました。


 そして、戦いによって消滅した魔のモノから大量の理石を入手できた事で装備も戦力も変わりました。

 侍士、傭兵、志願兵が火や水、雷を使える理器の武器が供給され、少数による特別な力に限定された戦い方からこの理器を用いた大規模集団戦へと変化したのです。

 暁ノ団もこの功績によって討伐軍の主力として再編、増強され、この帝都防衛戦以降はただ守り負ける戦いから攻めて勝てる戦いへと変わりました。


 勇者ミコト様と私たち暁ノ団は常にその最前線で戦いコユルギ、ソウにまで到達。そして荒野となった天津原へと快進撃を続けて更にその周辺地域へも転進し、各地で友軍と共闘して八魔鬼軍を壊滅させました。その周辺国の協力、志願兵、援助を得ながら各地に魔のモノの残党を残しながらも終焉の森へまでと進撃したのです。

 こうして穢れに満ちた終焉の森に向かい、理剣で穢れを祓い、選ばれた少数で山を越えて終焉の森で魔の王と対峙したときに彼女は魔の王と睨み合い、……そう」


 弥生は息をはき、少し間を置いて答えた。


「『ごめんなさい』と。剣を交える事もなく大人しくなった魔の王を封印したそうです。終焉の森にヤシロを建てるように命じた後は何も語らず彼女は栄光も名声も得ながら手にする事なく姿を消し、以降はそれだけの活躍がありながら表舞台に姿を現す事もありませんでした。

 そして、後の勇者ミコト様が使っていた銅鏡は終焉の森のヤシロに祀られ、理剣はココから西に二か月ほどの場所、天津原の中央北部にあった那ノ国の先の勇者ミコト様が現れたとされる場所にある。という噂があります」


 物語としての話は終わった。だが、弥生は俺とアイリスを交互に見て言葉を続けた。


「ココからは余談ですが、私の見た目に変化が起こらない事に気づいたのもこの頃から。


 世界は八魔鬼軍、魔の王という強大な敵で絶対的な悪を失いました。ですが荒廃した天津原も危険な終焉の森も周辺国を含めて統治できる余裕はなく、すべての国が中立地として放棄する事で合意。暁ノ団は役目を終えて解散したのです。

 和国は隣国の地を得て広大な領土と多くの避難民が加わったものの、避難民と土地の扱いを巡って国は五つに分裂。ただ、その混乱と不信と争いの中で私は係争を治める仲裁役として神子人という地位ができ、暁の聖堂と協会がつくられたのです」

「…………」


 表情、目の動き、仕草、弥生はただ艶めかしげにほほ笑む。

 付け加えた話を終えた事を示す笑みが何の感情かは読み取れなかった。その希望の先に何があったのかも。


「つまり、理剣を手に入れればあの濃い霧、穢れを祓えるという事か」

「他に何か条件がなければそうだと思います」

「そこまで知っていてなぜ自ら直接取りに行こうとしない?」

「天津原、終焉の森については周辺七地域の国々が不可侵の地としている中立の場所。暁ノ団は既に解散し、私は日ノ国で地位を持つ身。一国で責任ある立場の者が人族を滅ぼしかけた八魔鬼軍をも打ち破る力を持つ。それを容認できる国はありません。そもそも私は」


 アイリスが退屈そうに大きな欠伸をした。

 話が途切れ、不穏な空気が一瞬にして和らいだのはおそらく気のせいではなかった。


「アイリス様にはかないませんね」


 微笑む弥生をアイリスは眠そうにしながらも不機嫌そうにするばかり。


「私から伝えるべき話は終わりました。まずは場所を戻しましょう」


 そう弥生が言った次の瞬間には元の部屋へと戻っていた。

 眠っていたにしては倒れる事もなく姿勢も座った位置までもそのまま。唯一の違いは心と身体の認識にズレが起こっているからなのか、眠りから目覚めの後のようなぼんやりとした感覚があった。

 それはアイリスも同じらしく、大きく息を吐くと手を握り直したり耳をピクピクさせている。


「ソラ様からお話を聞き、私からお伝えもした今、日ノ国は長年の平和によって失われた体制を再編する事になるでしょう。この暁の聖堂もソラ様の行動の結果しだいで重大な転機を迎える事になります。

 もう一度ご確認ください。ソラ様は理剣を入手されるおつもりですか?」

「そのつもりだ」

「そうですか」


 弥生は頷いた。


「では道中、日ノ国での宿や路銀、関所の通行手形はいかがなさるおつもりですか?」

「…………」

「…………」


 アイリスと顔を合わせ、頷く。

 帝都まではイヨにすべてを任せきりであり何ひとつ考えていなかった。


「その時に考える」


 弥生は失笑し、袖で口元を隠した。


「日ノ国では何をするにも身分を持つかその身を保証する者が必要です。もちろん例外もありますし、その身をご自身で守れるソラ様であれば力でねじ伏せる事も可能でしょう。

 ですが、ココは穏便に済ませるために日ノ国の旅路だけでも神無月とご一緒してはいかがでしょうか?」

「イヨも天津原へ向かう予定があるのか?」

「いいえ。ですがまだ護人になる身として、終焉の森の封印を維持する役目が今のところはございます。それに冠四位、月ノ巫女、神無月。そのしかるべき地位に居る者がその目的を果たせなかったともなれば、起こる結果はソラ様に申し上げるまでもないかと思いますが」


 つまり、俺が断れば死またはそれに近い形で償うという事らしい。

 愚かしい話としか思えなかったが、その身分、その地位を持つ者は行動に対して責任を持ち、その結果に命を懸けるからこそ信用されるのかもしれない。

 …………自らの約束や信念のためならまだしも、地位を理由に命を捨てさせるなど俺には理解できそうにないが。


 弥生からの説明にアイリスが顔を向ける。


「イヨとまた会えるってこと? 私は一緒がいい!」

「はい。あとはソラ様のご同意さえいただければ」


 アイリスの意思は決まっているらしい。俺も断る理由はなかった。


「俺はかまわない」

「ありがとうございます」


 そう言って弥生は素直に礼をして、なぜか表情を曇らせた。


「先に提案しておいてお伝えするのは気がひけますが、日ノ国で神無月と一緒に行動している時でも旅路ではご注意ください。

 長年の平和で国家規模の戦いを経験していない日ノ国では民も侍士も政官も正義感という刺激に餓えています。それは…………いえ。

 ただ、神無月だけでなく、同行しているというだけでアイリス様やソラ様を手にかけようという者いるかもしれない。その事だけは覚えておいてください」

「……わかった」


 弥生はそう言い終えると再び軽く礼をしてから立ち上がると部屋を退出した。彼女がいなくなった後にはヒミコは緊張から解き放たれたからか大きく息を吐き、顔をあげても何も言わなかった。

 そして、入れ替わるようにして戻る二人の才女たち。意気消沈したその様子どおりに殺意はなく、ただただイヨが戻るのを待つ退屈な時間となっていた。


 そこからの大人しく待つ時間は、ただただ居眠りするアイリスを眺めるだけの平穏とも呼べる時間。

 そんな中でも最初に反応したのはアイリスであり、続いてヒミコが同じ方向を向き。


「…………」


 部屋に入ってきたのは酷く疲れた顔をし、何が起こったのかもわからないと言いたげな顔をしたイヨが入ってきた。


「神無月様!」

「イヨ!」


 立ち上がりその様子を心配するヒミコと嬉しそうにするアイリス。

 そんな二人を何度か交互に見たイヨは最後におまけとして俺を見て…………目に涙を浮かべたかと思うとなぜか俺に抱きつき震えながら大泣きを始め、イヨは弥生の手助けがあって死戦を越えてきたのだと知った。




 イヨが泣き止んだ所で部屋を神無月の間、イヨの使っていた部屋へと移動する。


「結論から言います。私の処罰については保留となりました。また、アイリス様とソラ様と同行しながら理剣と呼ばれる剣を入手して役目を果たすようにとも命じられました。

 加えて、今回はお供としてヒミコもご一緒するようにとの事です」


 ヒミコの件を除いて、どうやら俺と弥生のとのやり取りを説明不要としているらしい内容だった。


「先だって必ずアイリス様とソラ様の許可を頂くようにと厳命を受けています。これからも私たちの同行を許可いただけますか?」

「俺はかまわない。アイリスはどうだ?」

「うーん、どうしよう」


 予想外なアイリスの反応にイヨが表情が曇る。

 そして、真剣に悩んでアイリスがだした答え。


「また、これまでのように頭を撫でてくれる?」

「……え? あっ……あ、はい」

「ならいいよ」

「ありがとうございます」


 アイリスは友達として仲良くしたいらしい。イヨのその返事からは理解しているのかは怪しいが。


 イヨ、俺、アイリスに加えてヒミコも加わった一同は控え室から再び現れた案内役に付き添われながら部屋に戻ると、イヨとヒミコは新しい赤と白の巫女服に着替えるとすぐに出発した。そして、建物を出たところで剣を返してもらうも腰元に装着させる暇もなく着の身着のままで暁の聖堂を出て西へと進路をとり大通りに出る。

 陽光は既に昇り、行きの時と距離が同じであれば少し急いだ方がいい状況でもあった。


「イヨ」

「聞きたい事があるはわかっています。今は急ぎ中央から出て西の城郭都市にある協会で泊まり、そこで旅路に必要なモノの準備もそこで行う予定です」


 入った時とは対照的にしきりに周囲を警戒しながら先を急ぐイヨ。

 ただ、不運にもその行動は実を結ばなかった。


 目の前に、武装した十一人もの兵を連れた男が前を塞いだ。


「おやおや、どなたかと思えば冠四位の月ノ巫女、神無月様ではありませんか?」

「如何にも私は月ノ巫女、神無月。ですが尋ねる前に名を名乗るが礼儀というものでしょ」

「これは失礼した。我が名は日ノ国の侍士、冠四位、支十二中将、辰義経。既に知っていたと思ったのですがね」

「面倒な……」


 イヨがぼそりと呟いた一言は相手に聞こえなかったらしい。


「その支十二中将様が私に何かご用でしょうか?」

「なあに、月ノ巫女でありながらその役目を果たせなかった者がこの中央に居ると伺いましてね。しかも、処罰されるどころか放免となったのだとか。ご存知ですか?」

「すべては暁の聖堂で決め、神子人様の命令もいただいております。何を言いたいのか私にはわかりません」

「おやおやそうですか。それなら我から責任というものを教えて差し上げましょうと思いましてね」


 歩み寄る辰義経。その歩みを止めたその刹那だった。

 俺は直感を信じてイヨを庇い前に出ると、刀の柄に手をつけた直後に素早く抜かれる刀に対して、剣を鞘から抜く間はないと反射的に鞘で防ぐ。


「ほう……下郎の分際で割り込むとは無礼だな」

「俺は日ノ国出身ではないし、下郎かも興味ない。ただ、これを礼と言うなら俺も礼で返すとしよう」


 鞘を抜かずに振るった剣は、動きで察したらしい辰義経が後ろに飛び退く事で空を斬った。

 その行動に対して辰義経の率いる手練れたちが一斉に刀を抜いて身構えた。


「…………」

「…………」


 第一印象としては最悪というべきだろう。だが。


「フハハハハハ! 通してやれ」


 大笑いすると、辰義経は道を譲った。

 その様子に困惑する手練れらしき兵たち。


「奴は日ノ国の者ではないと言った。ならば言葉通り我が礼を学び礼を返しただけの事。それに陰気な政官の思惑通りに動いてお前らが無駄死にする必要もないだろ」

「しかし! …………ぇ?」


 呆けた声に対して辰義経が睨む。


「起こると知っていて守る事と、気配から予見して守った事の違いわかるなら、俺の言葉に従えるはずだ」

「それでは主の面目が」

「お前は俺の面目を気にして俺の命令に逆らうつもりか」


 辰義経が口答えする者を睨むと、その者を含む手練れたちは刀をおさめて睨みながらも道を譲った。


「俺たち侍士としての矜持を信じるなら通れ」

「…………」


 イヨは道を譲った彼らに無言で軽く頭を下げ、歩みを進めようとしたところで辰義経が尋ねる。


「暁はその意味を知っているのか?」

「夜明け前は一番暗いものです」

「つまらない答えだな」

「……日の出る直前まで、夜空はその輝きを止めないものです」


 その真逆とも言うべき意味不明な言葉に対して辰義経は大笑いし、満足したようだった。

 その後は何も起こる事はなく城郭都市までの長い城壁通路を歩む。


「無事、中央から出られたな」

「無事?」

「無事?」


 不思議そうに見るアイリスと、苛立った様子で睨むイヨたちからは無事とは言い難い状況であったらしい。

 その表現を過大評価とは言えない程度に、俺にとっては帝都の中央では何も起きてない経過に思えたが、どうやらそうでもないようだ。



 同行してきたアイリスにはどう見えたのだろうかと顔を向けると、目が見えているのかと思うほどに堂々と歩くヒミコに何か話しかけたそうにしていた。

 俺のその視線でイヨが呆れたと言いたげなため息をつく。が、それはアイリスと俺に対してではなかった。


「すみません。大事を優先して紹介を忘れていました。彼女は私の側仕えをしている冠五位、従ノ才女、ヒミコです」


 唐突なイヨの紹介に対してヒミコは動じる様子もなく頭を軽く下げ、再び上げるとニコリとほほ笑む。


「ヒミコ、今あなたが顔を向けている先にいる男がソラ様。そして、興味津々にあなたを見て近づいて話しかけたそうにしているのがアイリス様です。アイリス様についてはその命にかえてもお護りするように。これは私を護るよりも優先です」

「ご命令、賜りました」


 …………その自己紹介はどうかと思うが。


 イヨの指示に対してヒミコは無言で頭を下げ、それにつられてアイリスも頭を下げていた。イヨの雑な紹介に対して、話しかけてもいいと判断したらしいアイリスが積極的に近寄り触れて話しかけにいく。

 その様子に問題ないだろうと気になっていた事をイヨに尋ねる。


「先ほどのやりとりはどういう意味だったんだ?」

「あぁ。夜明け前は一番暗い、つまり今が一番苦しい時で、乗り越えれば事態は好転するというどこかで聞いた言葉の引用です」

「では、つまらないに対しての答えは何だ?」

「暗い夜空に輝くのは星々の事。暗い夜空が現状だとしたら、そこに輝く星々は暗い時世だから輝ける人たちの事。つまり、私たちの手で『穢れ』は解決されれば、侍士の皆様はお役御免になりますよという嫌味です」

「それにしては笑っていたようだが?」

「ソラ様にしては珍しくアイリス様みたいな質問をしますね」


 そうかもしれない。


 そう思ったが、答えるのが面倒という意味での言葉ではなかったらしい。


「まぁいいです。彼は魔のモノがいなくなっても人は争いをやめられない。そう彼は考えているからです。そして、その予想はおそらく間違っていない」

「…………」

「日ノ国の中央はすべての願いが集中する思想、思惑、欲望の渦巻く権力争いの場です。魔のモノがいる現状ですらこの状況なのですから、理想を語って笑われても仕方ないのかもしれませんね」

「…………」

「あ。今、面倒くさいと思いましたね」


 正直に頷くと、イヨは怒ってしまった。

 会話はそこで途切れ、日暮れ前に城郭都市の協会に着くと旅路の準備して三日後の出発と決まった。


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