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21、「お迎えにあがりました」出発する三日目となった。

 コユルギの協会。

 護送のための準備は予めできる事はしていたらしく、出発は翌日から三日後の朝と決まったらしい。慌ただしく準備とその指示に動くイヨとヒミコ。対して俺とアイリスにできる事はない。


 初日。早朝の日課になりつつある起きて剣を振るだけの稽古に励み、アイリスは俺の様子をひたすら眺めていた。食事を終え、昼稽古を続け、更に食事を挟んで夜は実戦的な稽古を努める。


 長旅で足腰は維持できているので体力に不安はない。が、剣技はその日の一振り一振りにムラがある。一見すれば同じ一振りでも体調、腕力、技量、天候、剣の状態など様々な要因から違いが起こる。稽古はそのわずかな違いを感じながらの実戦を想定し、動きに最適を探して変化をつける。


 経験した(ミコト)からの一撃一撃を想像しながら。弥生の変則的な剣に限らない攻撃を想像しながら。俺にはどんな動きができ、どこまで剣と身体の動きが一致するのか。そして動く度に認識する剣の技量に対する限界。

 特別な力。その使い方を知らない俺には努力と経験を積み重ねるしかない。特別な力という複雑かつ特別な恩恵を持つ者にはそれに依存する傾向がある。

 得手を活用するのは正しい。だが、俺が剣をただひたすら極めようとするようにそれ特有の偏りによって苦手が存在する。はず。

 

 目を瞑りながら戦いを想像し、一手一手を確かめる。

 そして、不意に近づく複数の気配に目を開け、身構え、剣でいつでも斬れる体制で振り返った。


「…………」

「…………ソラ様は目的をお忘れですか?」


 そこにはイヨに加えて姫夜と才加がいた。

 そして、なぜかずっと眺めていたはずのアイリスがいない。


「アイリスはどこだ?」

「アイリス様でしたら先ほど如月様に誘われ……。いえ、私が言いたかったのはアイリス様との約束ではありません、コユルギに居る方の目的です!」

「目的は護送だろ」

「そうですが、そうではないでしょ!」


 そういえばイヨとまだ戦った事がなかった。イヨの戦いはどのようなものなのだろうか。

 という言葉はなぜか怒った様子のイヨを前に思いとどまる。


「久しぶりの対面だというのに、お二方との再会を喜び、お話をしようとは思わないのですか?」


 姫夜と才加を見る。緊張しているらしい表情からは視線が合わず何も読み取れない。イヨと一緒に行動できている二人に今すぐに対応しなければならない深刻な何かがあるようにも思えない。

 ただ、とりあえず何か話せという意味で解釈した。


「一緒に稽古をするか?」

「お二人は女性なのですよ。もっとかける言葉があるでしょうに!」

「例えば?」

「それは! …………お二方は、剣にご興味ありますか?」


 同じじゃないか。


 というツッコミは入れる前に、苦笑いした二人の声でやめた。

 イヨは空気が重くなる事を察して、緊張をほぐしながら会話に誘い込む方へ切り替えた。のかもしれない。


「才加。せっかくですしお言葉に甘えさせてもらいなさい」

「ですが、それではお嬢様がおひとりに……」

「ご心配でしたらこのイヨがそばでお守りしましょう」


 姫夜が頷き話はまとまったらしい。

 イヨが修女に真剣を用意させ、手渡された才加はまず剣をたしかめ、素振りからの動きをはじめた。その動きを一通りを見てみる。

 剣を持った事のあるような慣れた持ち方に構え。息を整えると剣を振るった事のあるような型のある動き。どこか不自然な動きの悪さがあり、その剣筋には意志はあるのに殺意がない。


 変わった剣筋だ。細くした剣か刀身を少し短くした刀にして、軽くすれば何か見えてくるか?


「イヨ」

「何でしょうか?」

「あれよりもう少し細くした剣か刀身を少し短くした刀を用意できないか?」

「わかりました。それでは少しの間だけお二人をお守りしてお待ちください」


 三人は無言で待つ。しばらくしてイヨが簡単な説明に対して完璧な要望通りの刀を持ってきた。

 才加はイヨに渡された刀を手にとる。そして再び立ち位置に戻り、暗闇と静寂の中で手を柄と鞘に当てて構えた。

 その刀をどう振舞うのか沈黙の中、三人が見守っていたその刹那。


 才加は刃が目に止まらない速さで引き抜き、刀を振るった。その動きは一撃目だけなく、二撃、三撃と続く。見えるのはその刀を振る直前と直後のみ。殺気もなくそれを振える技量は十分な経験を感じるものがあった。

 驚くイヨと俺。その反応に姫夜は嬉しそうにする。


「才加は私の側で護るために礼儀から武術、護身術も幼い頃から教えこまれてきました。動きは少し鈍くなっていますが、その努力で磨いた感覚は鈍っていないようです。特に周りを見回す警戒心については以前より格段によくなっているかも」

「ほう……姫夜も心得があるのか?」

「いええ、私は剣も刀も握った事はありません。この目で見極める才能、信じる才能。それが聖宮家の血で受け継がれる天賦の才だそうです。…………猜疑心が足りない血でもあるらしくて、それで起こる不幸を見過ごせなかった逢野家を含む三家に守られてようやく存続してきた一族でもありますが」


 後半の自虐はともかくとして、つまり姫夜は無経験でもその技量を見抜く意外な特技があるらしい。

 その後も才加について饒舌に話す姫夜は終始笑顔だった。イヨの言葉にも楽しそうに答える見守る姿を見て気づく。


 二人はそういう関係で、姫夜にとって才加は誇り(・・)であり、才加にとっても姫夜は誇り(・・)なのだろう。

 あの時みえた怯えは、その誇りをまた失うかもしれない恐怖を思い出した?


「ソラ様が間違えのない読み間違いをしている気がします」

「どういう意味だ?」

「私にもわかりません」

「…………?」


 イヨは矛盾した言葉を言い終えて俺を見ていた。


「それはそれとして、ソラ様は逢野様とお手合わせをされないのですか?」


 ちょうど刀を振るった才加の姿をしばし見て、首を横に振る。


「やめておく。才加は護衛を前提にした一撃必殺に特化している。勝負とならない」

「それは、逢野様ではソラ様の相手にならないという意味ですか?」

「少し違う。護衛は対象を守れば目的が達成される。だから相手を倒す事にこだわる必要がないし、状況によっては相打ちも手段となる。手合わせのような相手を倒す事で決着する試合の勝ち負けで判断すると評価を見誤るという事だ」

「ソラ様って…………察しが良い時がありますよね」


 読み間違いの次は察しが良い、か。それこそ評価の判断に困る。


 その後は、俺と才加はそれぞれ剣と刀の稽古を続け、イヨと姫夜の話もぽつぽつと会話する程度だった。

 そんな稽古も終わった所で姫夜と才加は汗を洗い流すためにと別れ、イヨと俺だけが残った。


「お二人、精神的に追い詰められているように見えましたか?」

「わからない。ただ、才加の刀筋には迷いが見えた」

「…………それは、ソラ様のようにためらいなく斬れる経験をしていないだけだと思います」


 ため息をつくイヨ。


「イヨはどう見た?」

「聖宮様についてその心中お察しするには時間が必要です。そもそも軽々しく気持ちがわかったなんて言える出会いではありませんでしたから。逢野様については当人の身よりも聖宮様が幸せで安全となればすぐにでも解決するでしょう。例えば…………」


 なぜか俺をじっと見たまま何も言わない。


「いいえ、むしろこっちの方が問題が長くなるかもしれませんね」


 結論を言わないままため息をついた。

 結局、話はアイリスがきたことで終わりとなった。




 そんな平穏に終わった一日目が終わり、二日目。

 日中、また如月がアイリスを誘ってどこかへと出かけ、イヨとヒミコは忙しく準備をしている中、特にする事のない俺は稽古を続けていた。姫夜と才加は居場所を知らない。

 ひたすら稽古に(いそ)しむ中、そこへ現れたのは水無月だった。


「ソラ様、少しお時間よろしいですか?」


 イヨが落ちついている時の話し方によく似ていた。


「ああ。問題ない」


 頷く。そして少し待ってもらい、先に身体を洗い、拭い、着替え、戻ると案内されるままついていく。

 これまでに行ったことのない協会の屋敷奥から通り出て、さらに進んだ先にあったのは裕福そうな屋敷だった。


「ココは治癒研究院です。療養は協会を主体で運営しますと政、武、教のすべての権力に影響する力を持つ事となっていします。そのため表向きはどこにも属さない組合を作っているのです」

「そうなのか」

「あ。今、それなのに巫女がなぜと思いましたね?」


 思っていないが……


「高い冠位を持つ者の診察が無冠や下位では困る。そういう理由で組合は特別枠として冠位四位が政・武・教にそれぞれ存在するのです。そして、中央の暁の聖堂を含む協会の中で二番目の地位が、冠四位、水無月。私なのです。つまり私は巫女でありながら暁の聖堂にも中央にも関与できない存在。体面のために冠位と序列が一致しないなんて面白いですよね?

 もっとも、その特別枠は診察と治療のため。それ故に冠位と組合の地位が逆転が常態的にある歪な組合でもありますが。私としては……」


 愚痴から始まった話は治療は、手術が、治癒と言っても等、わかる言葉から始まりよくわからない専門用語らしき単語の羅列が続いた。ころころと変わる話で、俺には何を言っているのかさっぱり。時おり同意を求められては「そうか」「わからん」とだけ答える。

 そんな一方的な話は部屋に辿り着いてからも続き、途中、お茶やお茶請けが出されてからも続き、そして遂に日も傾いても続いた。そして


「以上、これが私の考える最高の治癒だと思うのです!」


 と、いつの間にかしていたらしい持論の結論を言い終え、満足したように水無月は大きく息をはき、渇いた喉をお茶で潤した。


 ようやく話は終わったらしい。

 今までアイリスとイヨと会話した合計の倍量を話されたような気がする隙のない多角で一方的な話だった。そこに隙はなく、なす術もない一方的な敗北と言っていいほど。


「話が終わったのなら俺はこれで失礼する」


 そう立ち上がろうとしたとき、水無月がほほ笑む。


「ところでソラ様。約束は覚えておいでですか?」


 立ち止まり、水無月と何か約束をしていたかを考える。

 そして、先ほどの話を含めて約束などしていないという結論に達した。


「約束などしていない」

「さすがにアイリス様の時のようにはまいりませんか。とても残念です」


 それにしては残念どころか楽しんでいるようにみえ、その一言に対して瞳は怪しげな黒い輝きを放っていた。

 あらためて座ったままの水無月の姿を見る。


 …………治癒の心得があるだけの巫女。それだけの女ではないようだ。


 人懐っこさを感じさせる柔らかい顔そのものが作り顔らしく、よくよく見れば笑顔に見えたそれは瞳だけが目尻や口角とはまったく違う事を告げていた。

 どことなく丸い物腰から声に至るまですべてが警戒心を削ぐための意図的らしく、不自然さなどない完璧すぎる表情がすべて素性を隠すために作られた雰囲気である事に今更ながら気づく。


「ソラ様の見る目が変わった……。という事は私は失敗したのですね」

「…………?」

「これでも私は治癒の心得があり冠位も持つ身。洞察力や考察、言葉には人一倍、……人の百倍は自信があるのですよ。それでも心と思い出だけはわかる事ができませんでしたが」


 百倍。その言葉から自信を察する事ができ、そしておそらく事実なのだろう。

 にっこりとして再び見せた顔には先ほどまであった瞳の輝きは消え、よくある愛想笑いだった。


「そうか」


 その直後、入った戸を五回ほど叩く音が聞こえた。


「……思ったよりも早くヒミコが来てしまったようです。ソラ様のお迎えかと思いますのでお行きください」


 叩く音の回数でわかった? いや、そもそも何がしたかった?


 言われるままに部屋を出ると叩いた者の存在はなかった。それどころか居る事も部屋の内装も知ってるかのようにヒミコが単身で廊下を歩きながら近づき、俺の前で礼をした。


「お迎えにあがりました」

「あ、あぁ」


 建物から出て協会の屋敷へと戻る。

 そこには俺を探していたらしいアイリスの姿に加えて、一緒に捜す手伝いをしていたらしい姫夜や才加も一緒にだった。

 アイリスは俺を見つけて駆け出し、なぜか向かい合った所でピタッと止まり、同じく後から近づいた姫夜が呟く。


「アルコール…………消毒の匂い?」


 言われてみれば水無月に案内された建物は特殊な臭いがしていたような気もする。

 アイリスは臭いが苦手だったのか、姫夜の手を引っ張り近くのちょうどいい場所を見つけて膝枕してもらいだした。そして、なぜか俺を睨む。

 姫夜は宥めるように頭を撫で、二人のそばで満足そうに見守る才加。が、そんな三人がなぜか俺とヒミコの方向に視線を向けているのかよくわからない。

 そこへヒミコが耳打ちする。


「ソラ様。水無月様にはくれぐれもお気をつけください」

「何の話だ?」

「…………」


 なぜそこで黙る?


 ヒミコの意図するところが見えない。


「イヨは知っているのか?」

「…………」


 今度は黙りながらも首を横に振った。


「先読みを申します。ソラ様は水無月様から暗示を受けています。ですが私がそう伝えたところでソラ様は信じないでしょう。正しい答えとは求めるものではなく自ら考え得るもの。そして言葉とは確かめて信じるに値する事を理解しているから。

 誰かからそう聞いた、そう教えられた。自分よりも偉い人の言葉に従うというこの国が村が作り上げた知恵の暗示でもソラ様に通じないでしょう」


 暗示。と言われても認識はなく、水無月にそんな行為があったような記憶もない。暗示をかけているというのであれば、ヒミコの言葉こそがそう思えた。そういう意味ではヒミコの先読みは当たってる。


 そして、ヒミコは頭を下げ、用は済んだと屋敷へと戻っていった。

 そんな姿を見送りながら思わず呟く。


「ややこしい話は嫌いなのだがな」


 どうも日ノ国は長い平和からか武力よりも言葉に駆け引きを感じる。が、それは人を疑う事と同じく考えてもキリがないのでやめた。

 そして、コユルギではそのまま何事もなく二日目を終え、出発する三日目となった。


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