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15ー1、「う~ん……、かたい」

ソラ       ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。

アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。儀式の生贄となるはずだった。


巫女

神無月イヨ    ・・・日ノ国の巫女。捕えられた時に洞窟で出会った。人。

師走サキ     ・・・日ノ国の巫女。

水無月      ・・・日ノ国の巫女。

如月       ・・・日ノ国の巫女。


転移者

瀬々ノ森絢……女。小屋で出会う。理解がはやく冷静。優の事になるとなぜか普段の冷静さを失う。

小野ノ川優……男。小屋で出会う。優しさゆえに鈍感で優柔不断らしい。

聖宮姫夜 ……女。村で出会う。品の良さと艶めかしい見た目に対して、奥手で自信がないらしい。

逢野才加 ……女。村で出会う。姫夜に心酔してお嬢様と呼んでいる。彼女一筋らしい。


 翌朝。

 朝稽古中にイヨの使いの女に呼ばれ、身支度を整え案内されて広間らしき一室に向かう。

 そこにはイヨと、彼女の膝枕で頭を撫でてもらっているアイリスの姿があった。


 俺も席に着くと、アイリスは起き上がり寄ってきて、なぜか俺の膝に寝転んだ。


「う~ん……、かたい」


 枕としてはイヨの方が心地良いらしい。ただ、不服そうに呟きながらも、イヨのもとには戻らず俺の膝で寝転び続ける。

 そして、ゆっくりと尻尾を揺らし、目で俺をじっと見つめると、俺の腕を掴んで自分の頭に手を置いた。


 ……撫でろ、ということか?


 表情は見えないが、撫でても手を払う様子はない。

 そんなアイリスの不可解な行動を眺めているうちに、優と絢もやってきた。二人は市場でも見かけたこの国の人たちと似た服を着ており、俺たちに「おはようございます」と挨拶してから空いている席に腰を下ろした。


 その声に反応してアイリスも起き上がり、俺の隣へ座る。腕が触れるほどの近さで、ゆっくりと尻尾を彷徨わせる。


「では、始めましょうか」

「あの……聖宮さんと逢野さんは?」


 イヨが話を切り出したところで、絢がおずおずと小さく手を挙げて尋ねた。


「聖宮様は熱を出して体調を崩されたので休まれております。逢野様はその看病です」

「そう……ですか」


 絢は手を下ろして顔を俯ける。対してイヨは俺を睨んできた。


 疲れている者を市場に連れ出したことを咎めているのだろうか。優しくしたつもりだが。


「さて。では今後の予定を改めて話します」


 イヨは姿勢を正し、一度全員を見渡してから、絢と優に視線を向けた。


「ソラ様、アイリス様、そして私は、穢れと呼ばれる霧が世界を覆うのを阻止し、魔の王を討つために神子人様のおられる帝都を目指します。その旅路にある二つの関所の通過の目処も立ちました。ですが……」


 言葉を切り、一呼吸おいて続ける。


「途中で通過できなくなる可能性があります」


 場に重い空気が流れる。

 その気配を察したのか、アイリスの尻尾が俺の腕に絡み、くすぐったい。


「あの……理由をお伺いしてもよろしいですか?」


 絢の問いに、イヨは頷いた。


「この地から西北西にアズマハヤ砦があるのですが、先日、何者かに襲撃される事件がありました。それも、火や水を操る特別な力を使い、奇妙な服装をした人々が目撃されたそうです」

「それって……」


 優の呟きにイヨが肯定するように頷く。


「まだ確証はございません。ただ、おそらくは小野ノ川様方が言っていたクラスの人々ではないかと私は考えています」


 優と絢は驚いたように顔を見合わせた。


 ……くすぐったい。


 アイリスに視線を向けると、尻尾は離れたがわざとらしく身体を預けてきた。


「その……私たちのせいですみません」

「瀬々ノ森様が謝ることではありません。それに今は私たちの保護下にあります。ただ、それでも関所の通過となると……」


 二人の素性を知りながらの通過は大きな問題になる。

 イヨは口には出さなかったが、続きの言葉は想像できた。


 解決策は、彼女たちを置いていくか、先に事件を確かめ解決するしかない。

 だからこそ、伝えたうえで当人たちの意思も確認しておくべきだとイヨは考えたのだろう。


「わかりました。もともと無理を言ってご一緒させてもらった身ですから、ここまで連れてきていただいたことに感謝しています。ただ……いきなり路頭に迷うのは……。ご迷惑でなければ……いえ、すでに迷惑をかけていますが。その、私たちにも何かできることはありませんか?」


 イヨは少し考えるそぶりを見せ、なぜか俺をちらりと見てから答えた。


「見捨てるつもりはありませんのでおご安心ください。お二人には、次の二つから選んでいただきたいのです。一つはここに残り、無害であると示していただくこと。その間、積極的にお手伝いをしていただければ、連れてきた私の面目も立ちますし、暮らしに不自由がないよう手配もいたします」


 イヨの言葉に、絢はうつむき、手を強く握った。


 要するに「何もするな」ということか。


 少し間を置き、イヨは続けた。


「もう一つは、西北西にあるアズマハヤ砦へ向かい、襲撃したとされる者たちの真意を確かめ、敵ではないと示していただくことです。ここからは一日ほどの距離です。解決できれば、帝都でもお礼を込めて客人として迎えることができます。

 ただ、その場合は解決まで私たちとは別行動となり、その道中は如月か水無月が案内しますが、その後は砦の者と協力しての説得や交渉をしていただく事になりますので、お二人の行動しだいとなりますが」


 選択肢は二つ。イヨは本心では一つ目を選んで欲しいといったところか。

 説得や交渉できるかは相手だけでなく砦主しだいな所もある。巫女が出来るのは案内までと伝えつつも、それでも選ばせるのは良心的ではあるか。


 二人は顔を見合わせた。


「一度、相談されますか?」


 当然とも思えたイヨの問いに、絢と優は同時に首を横に振った。


「僕たちはアズマハヤ砦に行きます」

「私たちはアズマハヤ砦に行きます」


 迷いのない返答。二人は互いにうなずき合った。


「そうですか……。わかりました。では、そう伝えておきます。迷いがないのでしたら、行動は早い方が良いでしょう。明日の出発でよろしいですか?」

「私たちは大丈夫です。ただ……聖宮さんたちは?」

「聖宮様には回復後に確認します。逢野様はきっと聖宮様と同行されるでしょうし」

「あの……でしたら、今回は聖宮さんたちにはここに残っていただくようお願いできませんか?」

「……それは?」


 意外な言葉にイヨは驚いたように絢を見たが、口を開きかけて止め、静かに息を呑んだ。


「わかりました。では瀬々ノ森様と小野ノ川様はアズマハヤ砦へ。聖宮様と逢野様はここコユルギの屋敷に。私とアイリス様、ソラ様は帝都へ。それで進めましょう」


 なるほど、ここはコユルギというのか。


 そんなことを考えていると、優と目が合った。何か言いたそうだったが、結局は視線を外した。


「これで話は終わりです。ソラ様はここに残ってください」


 イヨの言葉に、絢と優は立ち上がり、退出した。アイリスは残り、イヨは改めて俺に向き直る。


「ソラ様はどう思われますか?」


 どう、と言われても情報が少なすぎる。


 俺が答えあぐねていると、イヨはため息をつき言葉を続けた。


「瀬々ノ森様と小野ノ川様がアズマハヤ砦へ向かう件です。無事に解決できるでしょうか?」

「心配なのか?」

「短い間でも共に過ごした方々ですし、悪い人たちではないと思います」


 たしかに悪人ではない。だが、日ノ国にとって善き人とも限らない。


 俺はこれまでの二人の行動を思い浮かべ、直感のまま答えた。


「無理だな」

「どうして?」


 顔を上げたアイリスが食いついてきた。イヨに視線を戻し、言葉を続ける。


「理由は二つ。彼らは解決ではなく、クラスとやらを助けるつもりでいること。もうひとつは、その行動と考えを正しいと信じていることだ」


 イヨはハッとしたような表情を見せたが、アイリスは首をかしげている。


「助けを求めるほど困っている者が、兵士たちの守る砦を襲撃するか?」

「でも……食べ物がなくて仕方なく、とか……?」

「一応、飢えの可能性を考慮してイヨは出発を急がせるのだろ」


 イヨは頷いた。


「……その疑問を二人に言わないの?」

「確証がない。それに、知り合いならいきなり襲われることもないだろう」


 コユルギまでの道中での遭遇戦も交渉決裂からだった。


「むしろ、イヨが懸念しているのは」


 アイリスは察したようだった。


「……あの二人は、敵になるの?」

「どうだろうな。それならまだ良い方かもしれない」


 その答えに、アイリスは顔を伏せた。イヨはため息をついた。


「この話は聞かなかったということでお願いします」


 そう言って小さな袋を差し出した。


「私たちも明日出発です。今日も市場は開いているそうですよ。そんな辛気臭い顔でつまらない話に時間を費やすより、少し気晴らしに出かけてはどうですか?」

「それはイヨが……」

「いいの!?」


 俺の言葉を遮り、アイリスが尻尾を振って目を輝かせる。ニコニコと頷くイヨ。

 俺はアイリスを連れて再び市場へ出かけることにした。

6/1 誤字修正

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