19、「そ、そんなぁ」遂に見える日は失われたような気がした。
旅の準備。
本来であれば日持ちする食べ物や路銀を手に入れ、衣服や履物の変え、行き先の確認から装備の手入れ等するべき事は山ほどある。ただ、そうしないといけない俺とアイリスは。
「いいですか。アイリス様とソラ様はとても目立ちます。加えて、お二人は何かと問題に巻き込まれるようです。ですから協会から一歩も出ないようお願いします。できれば協会内でもあまり関わりを持たないように。いいですね」
「そ、そんなぁ」
「…………」
このイヨの一言によって崩れ落ち泣き始めるアイリス。
ただ、その落ち込み過ぎな姿を見てもイヨの判断が変わる事はなく、謹慎というよりも監禁に近い状態として限られた部屋と見張り付きの庭でしか出る事が許さなかった。
その一日目。
南の協会と違って敷地にゆとりのあるコユルギの屋敷に似た西の協会の敷地で俺は朝から稽古をしていた。食後に剣の手入れを終えると限られた部屋にはなかった本をなぜか手にしたアイリスと日向ぼっこして居眠り。本を陽射にさらした事でイヨを激怒させて正座で説教を受けた後、さらにアイリスが協会の書庫にひっそり侵入した事も発覚して一緒に怒られ、ようやく解放されたところで夕方から稽古をし、食事を終えてまた稽古をする。
「…………」
ただ稽古を続けても弥生に勝てる方法は見えない。
稽古をして変化を感じない。それでも稽古を続ける。紙を一枚一枚重ねるほどに薄い積み重ねであっても、それを丁寧に重ね続けていく怠らない努力は基礎となるから。
悔しい。
今も残るこの感情は稽古を集中するには役立つ。悔しいに対して目指す先は見えているから。
アイリスが庭の見張へ次々と話しかけてはチラチラとみる視線を感じながら。
そして一日目を終えて二日目。朝は一日目と同じようにすごし、どうやってか別の本を手にしたアイリスと日向ぼっこをはじめ、今度は眠るまいという固い意思に反して本の表紙を眺めてウトウトしはじめたお昼時。
「我の名は尉士、左衛門。中央よりの使いの者を連れて参った。協会責任者である司士は急ぎ表に出ろ!」
それは眠気を覚ます不快で威圧的な大声として起こった。
アイリスと一緒にこっそりと覗き見れば、その言葉に応えるように協会の者たちが慌ただしくなり、少し待たせた後に凛とした初老の司士らしき者が協会の門前に出ていた。
その左右にはおそらく司士に準じた地位の者に加え、左右に四名ずつ刺股を持った者も連れ添っている。対して左衛門と名乗った者の側には高貴な服を着た中年男性がおり、その後ろには複数の武装した兵が手に槍に加えて腰元に刀と話し合いにしてはかなり物騒な装いに見えた。
そこまで確認したところで同じく騒ぎに気づいたらしいイヨとヒミコも少し遅れて俺たちのところへ来た。が、のぞき見まではしない。
「アイリス様、ソラ様。いくら気になったからとはいえ、野次馬という行為はあまり褒められるものではありませんよ」
「先頭の二人を含めて数は……塀で見えないな。あれは何だ?」
俺の問いにイヨは渋々ながらも門前を確認した。
「察するにココ(西側)、第伍城郭都市の治安を守る尉士と衛兵です。そして尉士の側に居る服装が違うのはおそらく中央から来た政官。結論だけ申し上げると彼らは私の拘束が目的かと」
拘束? 神子人から命を受けたのに?
迷いなく答えたイヨには確信があるらしく、ヒミコも追従するように頷いた。
「どうする?」
「どうもしません。目的は私なのですからココは私どもに任せてアイリス様とソラ様はヒミコを連れ、隙を見てお逃げ下さい」
「ダメ! イヨも一緒じゃないと嫌!」
アイリスが即拒否した。
が、その声は思ったより響いていたらしく、門前でやりとりしていた者たちの視線が一斉にこちらに向いた。
「冠四位、月ノ巫女、神無月。同行を願いたい。そこから出てこないのであれば実力行使でその身柄を拘束する!」
「…………ダメみたいですね」
イヨはため息をつくと、目配せをして歩き出し、その後ろにヒミコが続いたところでアイリスも加わった。仕方なく俺も剣を手にして続き、イヨは衛兵とも協会とも距離をとる三者向かいあう位置で立ち止まる。
「ご足労いただき恐縮です。どなたかは存じませんが私に何かご用でしょうか?」
その言葉を受け、政官らしき男が一歩前に出た。
「月ノ巫女、神無月様。お忙しいところ呼びかけに応じていただきありがとうございます。私は五等級官、少輔と申します」
「…………」
イヨは無言のままだった。
その態度の差や話し方からイヨの方が冠位は上らしい。
「中央の参議より連れて参るようにと命じられております。ご同行いただけますでしょうか」
「参議、ですか。総意という事であれば上奏しているはず。主上より勅命、または勅令書はございますか?」
「命令に従わなければ、強制的に身柄を拘束してもいいとは伺っております」
「誰に? いえ、その事実を示すものは今お持ちですか?」
「…………」
なんのやりとりをしているのかサッパリだった。そもそも拘束する目的なら説得するような手続きが無駄としか思えない。そして、偶然にも五等級官と同じ考えだったようだ。
五等級官視線に頷き、尉士は手を前に出す。
「やれ!」
その言葉に槍を身構え一斉に捕縛へと動き出す衛兵たち。
対して、俺とイヨで門前で、正面から対峙して身構え、協会の者たちまで加勢してぶつかり合おうとした時だった。
「待て!」
その聞き覚えのある大声に動きを止め、声がした方を一斉に向く。
門をくぐって現したその姿にイヨは嫌そうな表情をしてつぶやく。
「……辰義経」
彼は衛兵たちを下がらせるように単身で両者の間に割り込み、俺とイヨを見て、尉士の左衛門を順に睨んだ。
「どういう事だ?」
「貴様こそだれ…………ど、どなたですか?」
尉士の左衛門は周囲の衛兵の怯える姿に気付いたのか、言葉を半端に改めた。
対して辰義経は尉士を睨み、ため息をついた。
「なるほど。俺の顔を知らないとは金で出世したお坊ちゃまか政官が仕込んだ操り人形か。俺は冠四位、支十二中将、辰義経。中央の侍士ならこの名を知らない者はいないはずだがな」
「し、失礼しました!」
「ひっ!」
尉士だけでなく五等級官や協会の司士までもが身震いした。
つまりは怯えさせるだけの過去または何かの噂があるらしい。
「で、尉士を名乗った貴様はどこの者だ?」
「わ、私は冠七位、第伍城郭都市の尉士、左衛門でございます」
「知らんな。ココに何用だ? そこの腰抜けに変わって貴様が説明しろ」
「これは……中央の参議よりすみやかに神無月、様を拘束するようにとのご命令だそうで、その……」
「あぁ、その件か……」
そして、再び俺とイヨをちらりと見て、協会の様子を確認し、周囲の衛兵を見渡し、しばし考えた後で頷いた。
「その件は俺が預かる。お前はもう帰っていいぞ」
「……え? で、ですが」
「ですが、なんだ?」
「い、いえ! 失礼いたしました!」
そう叫ぶと尉士の左衛門は慌てて逃げ、その姿をしばし呆然と見ていた五等級官も後を追うように逃げていった。ただ、命令のない衛兵たちは困惑しながらもまだこの場にとどまっていた。
そんな彼らに辰義経が手を挙げると、何の合図らしく衛兵たちは身構えるのはやめて一斉に彼の後ろへと整列する。それを確認した後、今度はイヨを睨んだ。
「神無月、まだこんな所にいたのか」
「えぇ。長旅には仕度というモノがございますから」
「いつ出発するんだ?」
「…………予定では明日にも」
「そうか。では帝都を出るまで俺も第伍城郭都市の衛兵舎に留まりココでのその身を保障する事にしよう」
「ご勝手にどうぞ」
「その返事では俺が困る。神無月はそいつに首輪と鈴をきちんとつけておけ。捕えようと近づいた衛兵を殺す気だったぞ」
イヨがなぜか驚いた表情で俺を見た。
「…………一応、念のために確認です。殺す気でした?」
「いけないのか?」
「大問題です! 何のために政、武、教について事前説明したと思っているんですか!」
たしかに説明はあったが殺してはいけないという説明の記憶はなかった。
大声で怒鳴ったイヨはため息をつくと、辰義経を睨んだ。
「まぁ、そうなったとしても私たちになんら落ち度はありませんが」
「だから止めたんだ。俺は政官と協会の権力争いに巻き込まれても利がない。ましてや相手がそいつとなれば、利から得るものよりも失うものの方が大きくなりそうだしな」
「…………利、ですか」
イヨがその言葉を呟き考えた様子を見せ、なぜかため息をついた。
「くだらない」
「まったくだな」
辰義経はイヨと苦笑いした。そして俺を見た。
「どうだ? 俺と手合わせしてみないか?」
イヨに確認をするが何も言わない。アイリスは逆に俺の様子を伺っているようだった。
「なんだ、誰かから許可を得なければ決断もできないのか?」
「…………」
「ソラ様、諦めてお相手してあげてください。そうしないと彼は帰らないでしょうから」
イヨの意図がみえない。ただ、アイリスは反対しなかった。
「わかった。場所はどうする?」
「そうですねぇ……。ココは見世物になりそうですし、協会の庭でどうでしょう」
「俺はそれでかまわない」
こうして協会の庭へ移動すると、お互いに向かい合い二人は剣を構える。
衛兵、協会の者たちともに庭の壁沿いから囲むように観戦していた。その中にイヨとヒミコ、アイリスも加わり見ていた。
戦いの判定は間に立つ司士と呼ばれた者がするらしい。
見世物に変わりない事にため息をつき、辰義経に尋ねる。
「勝敗は?」
「そうだな。得物を落とす、膝をつく、続行不可能となった場合でどうだ?」
「わかった」
俺と辰義経が司士を見て頷く。
「それでは両者の試合を始める。一方を得物を落とさせる、膝をつかせる、続行不可能とした場合を勝者とする。礼!」
互いに睨み合って身構える。なぜか司士は困惑した様子を見せてから言葉を続けた。
「三、一、はじめ!」
その声に先手を取るべく走り出そうとして、俺は身体の本能に従い間合いに入る前に動きを止める。
「その直感は嫌いじゃない」
そう呟くなり辰義経は鞘におさめた刀を手に前へと出た。
迫りくる危機にすべての動きが遅くなっていくのを感じとる。お互いの得物がその範囲に届く直前に辰義経の手先に力がこもったのに気づき、間合いから外れるよう後ろへ下がった直後だった。
空を斬る刀が既に通り過ぎ、辰義経は続いて振りかぶって一刀両断する構えを既にとっていた。
速い!
辰義経による最初の一撃は受け止めようとすればその剣ごと斬るつもりだったらしい。その速さは動きを見てからでは防ぐ事が不可能であり、その手先の微かな動きから次も、その次も距離をとって刀をただ後ろに避けるしかない。
三、四、五。
その一撃一撃を数えつつ。連続した流れが止まったところで辰義経は立ち止まった。俺はさらに大きく距離をとり、悪くなった立ち位置を変える。
「貴様、型に沿った連撃だと気づたな」
「…………そうなのか?」
「これだから直感で戦う奴は嫌いなんだ!」
「…………」
言っている事が真逆だ。
そんな無意味が感想を捨て出来る事を考える。
小手調べは終えたところでわかった事。
辰義経は俺を殺したいらしい。殺意を感じる五感が研ぎ澄まされ、不意にその直感から言葉が出た。
「つまらない。期待ハズれだな」
弥生が俺に使っていた言葉。眉間にしわを寄せ、こめかみをひくつかせる辰義経。
「その言葉をどこで聞いた?」
「…………」
「ぜってぇ、許さねえ!」
「???」
逆鱗に触れたらしい。
全身に感じる刺さるような気配が危険を知らせてきた直後、辰義経が一気に距離を詰めて斬りかかってきた。
それも今度は後ろに下がっても避けられないよう勢いもつけて。ただ、刀さばきが早い故に、怒りの勢いに身を任せた者の感情から出る愚直すぎる動き。それはゆっくりと動く世界が重なれば生存本能がその一瞬の隙を見逃さなかった。
範囲に入ろうとする直前に俺は地を蹴り、振り下ろす直前の刀の腹に剣の腹をあてがい絡めながら勢いを逃がしつつ態勢を変えて背後に回り込む直前に足で膝の裏を蹴り、膝をつかせる。斬らなかったのではない、斬るだけの余裕がなかったのだ。
すぐに距離をとったが、その直後に先ほどまでいた場所に刀が通った。
そして辰義経は続けざまに斬りかかろうとしてくる。
「そ、そこまでです!勝負はありました!」
司士の大声。それに辰義経は動きを止めて睨み、そしてため息をつくと同時に殺気だけは消えた。
「あのクソ女も嫌いだが、貴様はそれ以上だ。帰る!」
「………」
態度や言葉こそ苛立ちを隠せていないが、その言動に反して辰義経は冷静で衛兵を連れて帰った。
そして、安堵の空気が流れ、身構えたまま手持ち無沙汰となってしまった俺に対して、イヨが傍まで近づきジトっとした目で俺を見ていた。
「…………気に入られたようですね」
「なぜそう思う。嫌いと言っていただろ」
俺の言葉になぜかイヨはため息をついた。
「ソラ様は侍士の矜持というものがわかっていませんね」
「イヨは巫女だろ?」
返し言葉にイヨの表情はひどく不機嫌となったようにみえた。
「ところでなぜ相手をさせた。俺を本気で殺す気だったようだが」
「あれはソラ様が悪いです…………。相手させた理由は、そうですね。今日の彼の行動をどう見ました?」
どう見た。その言葉の指すところはわからないが、この日の出来事を感じたまま答える。
「俺たちを助けた」
「そうですね。そして、そんな彼をソラ様は手合わせで挑発したあげく倒してしまった。彼を味方につけようとは思わなかったのですか?」
…………味方?
首をかしげる俺に対して、イヨはため息をつく。
「過ぎたる正義は悪事より恨まれ、過ぎたる力は無力な者より無能なり」
「何が言いたい?」
「何事も中途半端は反感を生み良くないという言葉です。そして、自らの意志で正しい事だと信じて貫くなら余計な情は持たないでこの世の恐怖となっても徹底する覚悟を持つように。という巫女の間で使われる隠語でもあります」
周りに聞こえないように距離を詰めて囁くように言った言葉の意味するのがどちらだったのかは巫女ではない俺にわかるはずもなく、周囲はイヨがただその言葉を伝えるためだけの行動になぜか驚きを見せているようだった。
そして、伝え終えたイヨは再び距離をとって質問には答えたと俺を睨む。
「ソラ様は抑止力というものをどう考えていますか?」
「やられたらやり返すという事だろ」
「その言葉のドコで抑止をしているのですか……。いいですか、あえてその力を見せる事で戦わずに避けられる道もあるという意味ですよ」
…………その説明をされたところで今回の件は俺一人では難しいと思うのだが。
ただ、イヨの説教を終えた所で自分自身を責めるかのような唇を嚙み締める表情に何も言えなかった。
そんな俺たちの雰囲気に何かを察したらしいアイリスが近づき、なぜか何も言わずに俺とイヨを交互に見て、何かを言いたそうにしながらも何も言わない。
「わかった。気を付ける」
「ええ、そうしてください」
説教が終わるとアイリスはそれがわかったらしく俺とイヨに笑顔を向ける。
「話は終わった? あのね。私、この街を散策してもよくなったの?」
「アイリス様……。いえ、今はそれが一番良いのかもしれませんね。ヒミコ」
「イヨ様もご一緒であれば尚よろしいかと存じます」
「しゃべった!?」
なぜかヒミコの話す姿に驚くアイリス。
ただ、思い返せばココではアイリスから一方的に話すばかりでヒミコから話す姿を見た事はなかった。気がする。
「私も? ……いえ、ヒミコがそう判断したのならそれで間違いないのでしょう。では、参りましょうか」
そんな驚きの後の少々不満げなアイリスも街の散策をはじめればすぐに機嫌はなおり、イヨ、アイリス、俺という傍からはどう見ても奇妙な集まりもアイリスの楽しそうな行動に周囲からの視線も気にはならなかった。
そして、夕方となったところで協会に戻ると騒動前よりもなぜか丁寧に扱われるようになっていた。
そして翌日。
イヨとヒミコは巫女服から旅装束へと着替え、俺たち四人はマントを羽織り、個々の体格に合わせて配分された荷物を背負うと協会から出た。
「お世話させていただきありがとうございました」
協会で三級修女たちから世話できた事をなぜかお礼を言われながら協会の一級護士とやらに護られ西の城門へと向かう。その道中でイヨに尋ねる。
「なぜ、こちらが世話をしてもらったのに礼を言ってきた?」
「三級修女をわかりやすく例えると見習いです。冠九位の一級修女となって一人前と見なされその待遇が良くなります。私たちがどんないわくつきだったとしても冠四位と冠五位の下でよく働いたという結果は、経歴として見習いから昇格する事由になるからです。事実として私のもとへ同行を願い出る者も何人か居ましたから」
…………それだけが理由だろうか?
「それならこの護衛は何だ?」
「ソラ様はご自身がどう思われているのか自覚すべきです」
「どう思われいるんだ?」
「諸悪の根源」
言い得て妙。その言葉を包み隠さないイヨに一級護士が驚いたと思われる視線を送った。
が、優秀ではあるらしく、イヨに気づかれる前にすぐさま我に返って聞かなかった事にしたようだ。
「……私に言われて腹が立たないのですか?」
「俺は気にしない」
「そこは気にしてください!」
城郭都市での仕度から出発後の西の城郭都市の西門を出るまで何も起こる事はなく、護衛に見送られて城門を出て水堀を越え、人だかりも途絶えた。
そこまで進んだところで俺たちが城門を出る時間まで把握していたかのように待つ見覚えのある旅装束姿があった。
「……師走様?」
イヨの不安を察した声に対して、師走は淡々とした様子で告げる。
「アズマハヤ砦が炎上。守備隊は壊滅しました」
それは予想だにしないあまりにも突然の話だった。
そして、それは同時に不安視していた瀬々ノ森絢と小野ノ川優の交渉失敗を示す結果でもあった。
師走は表情ひとつ変えることなく話しだす。
「以降は神子人様から神無月に伝えるよう言われた動向です。
如月、水無月は瀬々ノ森、小野ノ川の両名をアズマハヤ砦に護送後にコユルギへ帰還。その後、如月は南の開拓村への報復も終え、水無月と共にコユルギで迎撃体勢を整えています。それに伴い聖宮様、逢野様の二名についても保護済み。神無月は今の任務を継続し、当初の目的通りに行動するようにとの事です」
「瀬々ノ森様と小野ノ川様は?」
「私が伝言を受け取った時点で両名については行方不明。砦は炎上して付近も灰となった混乱により無用な憶測を生む可能性のあるため断片的情報や本件に関する噂についてはくれぐれも慎重に判断するようにとの事です」
「他の巫女は動くのですか?」
「回答を許可されていない質問です」
「では、砦を襲ったのは何者ですか?」
「回答を許可されていない質問です」
「…………中央の動向は?」
「回答を許可されていない質問です」
「…………」
何かに操られているのかと思うほどにイヨの質問に対して無感情な言葉を返していた。
「イヨ、質問できる事はわからないのか?」
「師走様、質問できる事を教えていただけませんか?」
「知りたい情報、必要な情報は自らの言葉で尋ねるものです。必要な情報のみを伝え、お答えします」
これで無駄だとわかったでしょと言いたげだったが、その言葉を聞いて理解した。
つまり、言葉通りであるなら先ほど師走が伝えた情報は俺たちの行動にも関係する事という事らしい。
「ココから西の道のりには何がある?」
師走はイヨを見て、頷いたのを確認してから答えた。
「道なりに平野が広がり、道中の村々を通って一月足らずの先にあるのは日ノ国の国境近くの山沿いにあるソウという城郭都市です。そこより先では山々と森、それといくつかの小さな村があり、更に一月ほど進んだ所にある天津原があります。ですが国境より先についてはたしかな情報はありません」
「俺たちが気をつけるべき事は?」
「日ノ国は政官の領主により運営され、侍士が治安を維持し、協会は民の声を解決する存在です。無用ないさかいを避けるのであれば、衣、食、宿、武器の確保は道中の協会をご利用ください。
また、ソウより先は賊、百鬼、魔のモノの討伐が行き届いていない山々と森を通る道となります。準備は入念に整え、野宿は避けつつ開拓村へは旅商人として取引をしながら進む事が、怪しまれずに食料や宿を確保しながら進む有効手段になるかと思います」
「…………」
事前に道のりから情勢まで実際に調べ見て考えててきたとしか思えない助言ではあった。
たしかに優しいのかもしれない。無感情な表情と声を除けばではあるが。
それを示すようにアイリスは微動だしない師走に近づき声をかけたそうにしていたが、師走は瞳すら動かさない。
「わかりました。ありがとうございます」
「…………」
イヨの言葉にコクリと頷き、師走は文字通りの目にも止まらぬ速さ姿を消す。
それはアイリスにも察知できなかったらしく、驚いた様子で周囲をキョロキョロ見渡し遂に見つけられなかったのかしょんぼりとしていた。
そんなアイリスにイヨが優しい笑みを見せる。
「アイリス様、今度は勇気をだして師走様に話しかけてみましょう」
「私、嫌われてた?」
「いいえ。きっとかわいいアイリス様とお話したいと思っていましたよ。ソラ様と違って」
そうは見えなかったが。いや、俺と違ってならそうなのか? それとも間違っているのか?
その答えの真偽はわからないが、少なくともアイリスを笑顔に変え、その笑顔はイヨを笑顔に変える効果はあったようだった。
「とりあえず、指示通り天津原へ向かう事を優先して先を急ぎましょう」
先を急ぐ。この時なぜミコトが東の国へ向かわせ、今度は西の天津原へと向かう遠回りをさせたのか。
その疑問は残ったまま、起こらなかった出来事は存在しない選択肢として遂に見える日は失われたような気がした。