14-2、屋敷へと戻った。
続き。
巫女、とは名乗っていたが。
如月と名のった女に視線をやると、色目を使うような含みある笑顔を返してきた。
裕福な町娘のような衣装を身に纏い、俺の手を引くその姿は、案内役というよりも外出に浮かれるお嬢様のように見える。対して旅の埃を浴びた衣服に剣を帯びる俺は、この手を繋いでいる行為がなければ拐かしに来た怪しい者のように見えている。といったところか。
「巫女服は着ないのか?」
「あら、そちらの方がお好みでしたか?」
「理由を聞いただけだ」
「理由、ですか。……そうですね。では、周囲を見渡してみてください」
とってつけたような声音に疑問を抱きつつも、言われるままに視線を巡らせる。
裕福な町娘。そう評した理由である周囲の人々は通り過ぎる度に誰もかれもが俺たちを目を向けていた。
如月の色気に目を奪われている若い男たち、羨望の眼差しを向ける町娘たち。そして、値踏みする視線にはその外見だけを見て嫉妬や憎悪として睨む者たちまで。
その賛否ある如月への視線である一方で、一緒にいる俺にはすべてあからさまな悪意を向けられていた。
「それが?」
俺が問うと、如月は微笑んだ。
「もし私が巫女服でいたら、どうなると思います?」
「わからん」
「では、これまでの村では?」
思い返す。
最初の村で歓迎され、次の村であっさりと宿を与えられたのも巫女服を着たイヨが交渉していた。そして、扱いの差に程度こそあれ交渉に失敗はなかった。
「おそらくご想像のとおりです。巫女服のままでは畏敬の対象となってしまう。この格好だからこそ、一般的な日常の人々の姿を見られるのですよ。良い意味でも悪い意味でも」
如月は意味ありげな笑みを浮かべる。
「だが、お忍びにしては注目を集めすぎている気がするが」
願望や切望だけでなく、悪意や蔑視も混じる、得体の知れない数多の眼差し。それに晒されるのは決して心地よくはない。
「下手な変装で怪しまれるよりは、こちらの方がましでしょう。それに、この格好の方が下衆な輩への抑止にもなります。……注目を浴びるのはお嫌いですか?」
「……好きではない」
「ふふっ、そうでしたか。では手は離しますので、後ろからついてきてください。少しはましになるでしょう」
言われるままに歩を緩め、如月の背後に位置を取る。
なるほど、たしかに先ほどより視線は薄れた。……気がする。
こうして如月が向かった先は簡素な屋台の並ぶ市場だった。モノが集まる賑わう場所では売られているモノに注目が集まる。
如月は探すように見渡し、手慣れた様子で屋台の串焼きを買い、俺に手渡した。
「はい、どうぞ。屋台は質に差がありますから、値段よりも人気、売り文句よりもこだわりで選ぶのがおすすめですよ」
自慢げに語る姿から、慣れていることがわかる。
市場で食べ物や小物を見て回り、次は大通りの呉服屋へ立ち寄り店主と親しげに話す。そうして進んだ先、堀をひとつ橋を渡って越えると、空気ががらりと変わった。
「気づきましたか? ここからは侍屋敷が並ぶ地域です。そして……」
如月が振り返った、その瞬間。前方から槍を構えた兵士たちが姿を現す。
「…………」
二十人ほどか。装備も揃っている。
俺が数を見終えて如月に視線を戻すと、彼女は袖から扇子を取り出し、口元を隠した。
「あら、身構えもされないのですね。捕らえられるとか、殺されるとかは思わないのですか?」
「捕らえるつもりなら囲むだろう。殺すなら、こんなに騒がずまず弓で不意打ちするはずだ。正面から出てくる必要はない」
「ふふ、冷静なのですね。それとも、人数と装備を確認して勝算を立てたからでしょうか」
「俺ならそうすると思ったまでだ」
如月の目が笑ったように見えた。
「そうですね。私もそうするかも。彼らは私の護衛です。少々、ソラ様にお尋ねしたいことがございまして」
「この場で答えなければならないのか?」
「無理強いはいたしません。ただ……お答えいただいた方がよろしいかと」
なるほど。俺は如月に警戒されているらしい。
選択肢を与えているようで、与えていない。よく観察し、俺を試している。まるで誰かに命じられたかのように。
「それで、何を聞きたい」
如月はなおも扇子で口元を隠しながら尋ねてきた。
「貴方は敵ですか? それとも味方ですか?」
……何に対しての? 本来なら意図を問い返したいところだが。
「敵ではない。……今のところはおそらくな」
俺の答えに如月は瞬きをしてため息のような仕草をした。
「それは、記憶がないから、ということですね」
「そのとおりだ」
俺のことを何かしら聞いているらしい。
「では、何のために日ノ国へ?」
「神子人に会って話を聞くためだ」
「何をお聞きになるつもりですか?」
「…………霧を止め、祓う方法だ」
如月の眉がわずかに動いた。
「アイリス様がなすべきことを妨げ、神無月を惑わせたくせに? 儀式さえ済ませていれば必要のなかったことではありませんか」
「あれは一時しのぎだ。なすべきことでもなければ必要な犠牲でもない。それとも、イヨを犠牲にするのが如月の望みか?」
「そんなわけないでしょう!」
思わず声を荒げ、扇子で口元を隠しながら俺を睨む。如月はすぐに我に返り、口元を覆った。
「ならば、その方法があると?」
「今はまだわからない。ただ、手がかりならある。だから神子人に会うのだ。そして、俺が止めてアイリスとの約束を果たす」
「……本気でおっしゃっているのですか?」
「本気だ」
如月は不可能だと告げているように目を細めていた。
しばし沈黙が流れる。そして、結論を下したのは如月ではなく。
「こちらにいらしたのですね」
間の抜けた明るい声とともに小走りで姫夜が姿を見せた。
その後を追うように才加、さらにその後ろには如月と同じように私服を着た女が続く。彼女は微笑み、軽く会釈した。
イヨから聞いた話や服装から察するに、おそらく彼女が水無月だろう。
「…………ぁ」
「どうした?」
「いえ、その……」
なぜか顔を俯ける姫夜。意味がわからず才加を見ると、彼女は俺を見て目を細めた。
「見知らぬ町ですので市場を見て回りたい、とお嬢様は思っていらっしゃいました。しかし水無月様から、よそ者の女性だけでは身の安全が心配だと言われまして。そこで護衛をお願いしたい。
ただ、お優しいお嬢様は、駆け寄る途中でそちらの方とお話中だったのを邪魔したのでは、と気にされているのです」
やけに解説めいた説明だ。
姫夜に目をやると、彼女は赤くなった顔を俯けたまま、わずかに頷いているように見えた。
どうしたものかと如月に視線を向ける。
「そうですね。私も、それがよろしいかと思います」
如月の答えはそれだった。
「どうぞ。といっても殿方としての甲斐性が必要でしょう」
そう言って彼女は俺に重みのある小さな袋を手渡し、水無月や兵士たちと共に去っていった。
もしかすると、先ほどの如月なりの警告だったのかもしれない。
少なくとも彼女から見た俺は、地位も名誉もない下衆の一人であり、儀式を妨げた疑いのある存在。そういう認識なのだろう。
「さて、どうするか」
残されたのは俺と姫夜、才加の三人。袋の中には如月が市場で使っていた硬貨が入っていた。
三人で市場へ戻り、如月が立ち寄った屋台をもう一巡して回った。姫夜と才加が満足したところで、ようやくアイリスたちの待つ屋敷へ戻った。
了
9/26 A




