14-1、「はーい、いってきます」
ソラ ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。
アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。儀式の生贄となるはずだった。
巫女
神無月イヨ ・・・日ノ国の巫女。捕えられた時に洞窟で出会った。人。
師走サキ ・・・日ノ国の巫女。人。
転移者
瀬々ノ森絢……女。小屋で出会う。理解がはやく冷静。優の事になるとなぜか冷静さを失う。
小野ノ川優……男。小屋で出会う。優しさゆえに鈍感で優柔不断らしい。
聖宮姫夜 ……女。村で出会う。品の良さと艶めかしい見た目に対して、奥手で自信がないらしい。
逢野才加 ……女。村で出会う。姫夜に心酔してお嬢様と呼んでいる。彼女一筋らしい。
それから三日間。
アイリスたちと同じ建物に合流し、その滞在中、村人たちは何事もなかったかのように長閑だった。食事や湯あみなど、必要なものは年配の女から届けられ、こちらから頼むときもイヨが建物の外に出ればすぐに頼めたようだった。
そして四日目、多少歩ける程度には回復した聖宮姫夜と、それに寄り添う逢野才加が加わり、一行は村を出て海岸沿いの道を北へ進む。村の建物も指先ほどの大きさに見える距離まで来たところで、先頭を歩くイヨに尋ねる。
「滞在中、村の者たちが襲ってくる気配すらなかった。……何をしたんだ」
「自覚がないのですか? それ、ソラ様のせいです」
首を傾げると、イヨはため息をついた。
「不意打ちを返り討ちにし、害をなす者は容赦なく殺す。そんな人に敵かもと思われているのですから。しかも、アイリス様が助けた三人が、その様子を意図せず村人たちに話していたとしたら……。おそらく化け物のように語られ、視界に入ることすら恐れるほど、村中に広まっていたことでしょう」
「俺が……化け物?」
「ただの事実です。自覚、ないのですか?」
容赦がない。だが、侮蔑とも違うようにも感じる。
「だからあの時、私の後ろで立っていただいたのですよ。皆さんは私のお願いを必死に応えたようとしたでしょう。歯向かえば死ぬとわかっていて、好き好んで死にたい人などそういませんから」
「つまり、俺が村人に与えた恐怖を、イヨがうまく利用していたというわけか」
イヨは苦笑し、その笑みもすぐに消えて俯いた。
「恐怖で人を操る私……性格が悪いですね」
「そのおかげで俺たちは平穏に過ごせた。なら、イヨの判断は間違ってないだろ。そもそも村が良心で行動していれば、怯える必要なんてなかったのだから」
イヨは驚いたように俺を見つめた。
「……あなたに、そんなことを考える知恵があったなんて意外です」
「それは、バカにしてるのか?」
「そうですよ。ごめんなさい。…………でも、ソラ様が手をくださずとも彼らはもう手遅れなのです。あの村はなくなるでしょう。日ノ国は巫女を襲ったことを許しはしませんから。私が赦したとしても」
「そうか」
イヨはちらりと後ろの姫夜と才加を見やる。アイリスが興味津々で話しかけ、姫夜は笑顔を向け頭を撫でていた。そこに悲壮感はもうない。
二人のことや今後を思えば、それもまた正しい。
襲われる側が悪いというなら、それを口実に裁かれる側も悪い。そうして招いた結末なのだ。それがたとえ村の一部の者だけがやったことだとしても、知りながら止めなかったことそのものが悪いとなる。
イヨの表情が曇る。
「全部俺のせいにすればいい。あの時、責任は取るって言った」
俺の言葉にイヨは呆然としたように口をあけ、それから笑った。
「不器用な返事ですね。では、抱えきれなくなったらそうさせてもらいます。……あと、この話は誰にも言わないでください」
別に話しても構わない気がするが。
「わかった」
もう一度後ろを見やると、他の者たちはアイリスが語る勇者の物語に耳を傾けており、この会話に気づいた者はいないようだった。
そこからの道中、途中で魔のモノと出くわすことは何度もあった。それも優、絢の息切れを狙った不意打ちで。
ただ、それらはイヨの手にかかれば集団であっても雑魚同然で、小さな袋から石を手に特別な力である青色の炎を使って容易く倒し、逃げるモノは追いかけず、魔のモノが消滅時に落とした石を回収していった。
旅の開始早々からすぐ体力切れになった姫夜については「他にできる者がいない」という理由で俺が背負いながら進む。
奇妙な成り行きの集団ではあったが、雰囲気は、アイリスが誰にでも話しかけ、それにイヨも会話に加わり、出会いからこの世界のあれこれについて語り合ったり、教え合ったりと、道中は案外にぎやかだった。
そんな旅路もやがて再び海岸沿いに村らしき建物が見え、掲げられた二種類の旗も目に入る。
「あの旗は?」
「ひとつは日ノ国を示す国旗。もうひとつは領主の家紋です。村の門に旗を掲げ、帰属を示すことで、賊や他国、他領主などからの略奪といった害を避けているのです」
「ほう……ということは、いつの間にか日ノ国に入っていたのか」
「領土は国同士・領主同士が隣接していなければ曖昧なものですから」
言われてみれば、そんなものなのかもしれない。
村に辿り着くと、俺たちはイヨに待つように言われ、イヨだけ先に村へ入る。
そして、村の人たちの視線を感じながらも待ち、しばらくして村長と話してきたイヨが戻ってきた。
「泊まれる場所を貸していただけることになりました」
案内されたのは空き家らしき建物。天井も床も少し汚れ、一行はまず動ける者で掃除をした。
そして、なんとか寝泊まりできる程度に整えると、寝具としての毛布を人数分だけ村人が用意してくれた。
アイリスの容姿や、異国風の服を着た優と絢の二人には怪訝な視線が向けられていたが、イヨの信用が勝ったらしく、何も言われることはなかった。
そうしている間に、再び師走が現れてイヨとやり取りを交わす。ようやく休めるようになったところで、一行を眺めながら、ぼんやりと呟く。
「俺を含めて男が二人、女が五人……女がずいぶん多いな」
「そりゃ、この一行の長が私ですから。それに、進むたびに助けるお人好しの仲間がいれば、こうもなります」
なるほど、今さらだがイヨが率いているらしい。そして、そのお人好しとは……アイリスのことか?
と思ったが、アイリスと俺に半々くらいの割合で視線が集まっている気がする。俺に向けられた視線は、主にアイリスとイヨ、姫夜からによるものなので、お人好しはアイリスに確定か。
部屋に居ても話題はなく、俺はなんとなく建物を出た。村を見渡すと、村人たちから好奇とも警戒とも取れる視線がこちらに向けられている。
「まぁ、こんなものか」
心地の悪い視線を無視して逃れるように浜辺へ行き、腰を下ろす。
何もないのに、なぜか心地よい景色。すべてを飲み込むようで、視線のこともいつの間にか気にならなくなった。
……夜とはまた違う景色。日が暮れるまで、こうしているのも悪くない。
気を抜くと、全身が重石を抱えたように重たくなるのを感じた。
俺も体力の限界が近い、か……。
寝転がり身体を休めていると、すぐ後ろから砂を踏む足音が聞こえた。
「その……」
弱々しい声ですぐに誰か分かり、身体を起こす。隣には姫夜がいた。さらに遠く後ろには、なぜか見守るように才加が控えている。
「なんだ?」
「その…………隣、いい?」
「ダメだ」
「あり……え? あ、え……でも」
姫夜がおろおろし始めた。そして、ただおろおろするだけだった。
断られて困るなら、そもそも尋ねなければいい。正直に答えてこれでは、嫌がらせをしているみたいだ。……いや、している事になるか?
「いい、座れ」
「え? あ、……うん」
そう言うと、彼女は隣というには間に二、三人は入りそうな距離を取って座った。
そこまで離れるなら、尋ねる必要もなかった気がするが。
「…………あの」
ほんの小さな音でもかき消されそうなほど、か細く震えた声だった。聞き逃さないよう黙って待つ。
「…………その」
「…………」
顔を向けると、目が合った。
「な、なんでもないです」
背後で才加が盛大にズッコケた音が聞こえたが、気にしないことにする。
「……他は部屋にいるのか?」
「え? あ、そ、そうです。イヨさんが制服姿のお二人とアイリス様は大人しくしているようにと」
「そうか」
「はい…………」
「…………。」
沈黙だけが流れる。
「旅路は大丈夫そうか?」
「だ、大丈夫……だと、お、思います」
強張った笑顔を見せた。
目元はどう見ても疲れているようにしか見えない。ただ、俺に空元気を見せようと努力できる程度の元気はある……か。
「そうか」
そこからは沈黙のまま、ただ海を眺める。
俺にとっては無警戒に休めた時間は、ずっと様子を見ていた才加が堪えきれず加わったところで休憩は終わり、三人で部屋へと戻った。
一晩を村で過ごし、イヨが村の長にお礼の言葉と共に札のようなものを手渡すと旅を続ける。
旅路ではイヨが魔のモノを追い払い、俺が途中から姫夜を背負い、しきりに足を気にする優と絢。休憩を何度もとりながら、イヨの特別な力で身体を軽くしてでも先を進む。
こうして日暮れ前に辿り着いたのは、城塞都市だった。
城塞都市の外は整備された用水路と田園、畑、それらに囲まれた集落が広がる。道幅も城塞都市が見えてからは馬車が複数台並べるほどに広くなり、集落や田畑への小道が分岐していた。
大人四人分はあろうかという高さもある城壁と、その城門の前にまでたどり着くと堀は川と水路を利用した水堀となっており、着いた南側の門前にはその堀を渡る橋が架かり、二十余名ほどの門番が人の出入りを応対していた。
視線に合わせた外観への感想が門へと向かうと、その中央付近には、師走とその従者らしき姿があった。
「神無月様のご一行ですね」
師走の一言で周りは視線をイヨに向け、イヨが頷く門番たちが一斉に背を伸ばし、他の人たちも道をあける。そして師走の案内で門を通過する。
門を通過した先で待機していた牛が引く車両に乗るよう促された。
「……水牛みたい。変な巻き角に尻尾も変だし、足も違うけど」
絢にとって、ココに来る前の世界にも牛が水牛という名前で存在するらしい。
師走を加えた八人を乗せてた車両でも平然と歩みを進める。が、車両の中は肩が触れ合うほど手狭だった。
「かなり狭いな」
「そうですね」
「私を含め四人用で手配しました」
師走の一言に意味を察して返す者はいなかった。
牛車が到着し、窮屈な車両から降りると、奥行きのある屋敷が見えた。
建築様式は、かつてアイリスと暮らしたヤシロに似た雰囲気があった。建物の周囲の四方は塀で囲われ、中心の建物は敷地の石畳を歩いて更に階段を上った先にあり、地面から浮くように延びる渡り廊下で周囲の建物と建物が繋がれていた。金銀宝飾を施すことなく、精緻な技術と構造で威信を示している。
敷地には外観から宿舎や倉庫、厩舎と思われる建物まであった。
「ココは?」
「巫女が各地へ移動した際に滞在する屋敷です」
「ずいぶん大きいな」
「正確には、巫女のためというより、巫女の役割を果たすための拠点です。そのため、巫女が不在のときでも支障がないよう必要な人員や道具、食糧の蓄えがあります」
……まるで都市内の砦だな。…………何のための?
続いて敷地内の人々を見渡す。女だけでなく、アイリスより幼い者や、その逆の老人までも働く姿が見えた。
「人も多いのだな」
「えぇ。必要だからだけなく、給金を渡す口実に雇われている人もいます」
……口実。
改めて見渡すと、視線がアイリス向いていた。
アイリスも気づいたようで、俺の腕を掴んで視線から隠れる。
「……綺麗な髪の色」
そんな囁きが聞こえた。
「アイリスの姿は珍しくないのか?」
「似たような姿は大きな町でたまに見かけます。獣人は種族も多いので長い旅の体力、護衛で俊敏な動き、駆け引きの交渉、といった特技で複数の種族が集まって商隊として日ノ国に訪れるという話は聞きますね。
ただ、ここまで黄金色な髪は珍しいです。たしか遥か西にそういった髪色の方々がいると聞いた事はありますが」
「なるほど」
ハッとイヨは顎に手を当て、アイリスをじっと見つめる。
その視線からもアイリスは俺の背後に隠れた。おそるおそる覗き込む姿は、その後ろに居た絢や優の奇妙な服装も相まって、ますます視線を集めてしまっている気がする。
「私はこれから話をしてきます。ソラ様はどうされますか?」
「俺は自由に行動していいのか?」
「同行はしてほしかったのですが、報告をする建物が男人禁制なのです。ソラ様は問題を起こす側ではなく、巻き込まれる側のようですし城壁の外へ出なければ自由にしていただいてかまいません」
「他の者は?」
「アイリス様には報告の同行をお願いするつもりです。瀬々ノ森様、小野ノ川様は師走様から衣服を渡され、着替えた後はソラ様と同じく自由です。聖宮様と逢野様は心身の負担が大きいと見られるので、治癒の心得を持つ水無月様が対応します。皆様の安全は神無月の名に懸けて保証します」
「姫夜と才加は病気なのか?」
「それを確かめる診察をした方がよいかと思いまして。旅の間は大丈夫に見えても、本当は辛いのに気づかず堪えてしまうことは珍しくありません。安心できる環境になると、張りつめた糸が切れるように一気に来ます」
「そういうものか?」
「はい。瀬々ノ森様、小野ノ川様も同じく疲れています。お二人にもお勧めしますが、助けを求められたら、優しく接してあげてくださいね」
優しく。と言われても、具体的にはよく分からなかったが、とりあえず頷いた。
「では、私はアイリス様と向かいますので、帝都への出発は明日となります。アイリス様、行きましょうか」
「はーい、いってきます」
イヨは他の者たちにも伝えると、俺に手を振るアイリスを連れて行ってしまった。
絢とユウも師走について行き、姫夜と才加も、先ほどイヨが話していた水無月らしき巫女に挨拶してついて行った。
「さて、自由な俺はどうするか」
知らない街をむやみに歩いても楽しいとは思えない。黒紫の霧の問題の解決策を探すにしても手がかりはなく、建物や景色から記憶を呼び起こす宛もない。
腕を組み、敷地から門を眺めていた、そのとき。
「あなたがソラ様?」
艶やかで誘惑めいた声が背後から届く。振り返ると、そこにはアイリスと同じくらいの年頃ながら、妙に大人びた体つきで妖艶な香りを纏った女が、こちらを品定めするように見つめ、にこりと微笑んでいた。
「私は巫女のひとり、如月と申します。もしよろしければ、ご一緒しませんか?」
巫女なら心配はいらないか。
「なら、街の案内を頼む」
「承りました」
意味ありげな笑みを浮かべた如月は、無造作に俺の手を取ると、そのまま歩き出した。
5/11
了




