表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
2/39

2、「た、助けてくれるの?」少女と共に駆け出した。

 まず、他に何か覚えていないか記憶を辿ってみるか。


「……………………」


 記憶を遡ってみても覚えているのは目覚めてからで今は夢すら思い出せない。


 ……まぁ、夢についてはそういうモノか。


 ため息をつくとあらためて手のひらを見て、身体を見下ろしてみる。


 性別は男。鍛えられているらしい身体は思うままに動き、見た感じの年齢からそれなりの過去がある事は間違いない。それなのに過去の記憶がないと気づいたとたん、他の誰かに乗り移ったかのような気分に思えてくる。しかも


「まぁ、思い出せないなら今は考えるだけ時間の無駄か」


 そう無駄だとわかるとこの戸惑いすらも他人事みたいに済ませられる自分がいた。

 

 それが元からの性格なのか記憶が無いからなのかはわからない。が、思い出せない事をこの場で延々と悩んで時間を無駄にしたあげく徒労に終わるよりはまっしなのかもしれない。

 それに、そんな事(・・・・)よりも今はもっと優先すべき事があるはずだ。


「さて。今もっともするべき事は……」


 食べ物も飲み物もなく、方角もわからなければ森の広さもわからない。そんな状況では無暗に進む愚かな事はしたくない。だが、だからといって留まったところで助けが来る事はほぼなさそうだ。

 なら、現在地を確認できる高い場所へと移動すべきだが、崖を登って転落すれば本末転倒であり、記憶のない俺が時間をかけて現在地を確認したところで向かう先を見つけられるかはわからない。


「せめて人里に行ける道か、この森を知っている人がいれば………………ん?」


 何かを忘れている気がする。そう、具体的には先ほどからこちらを見る視線が……。


「ひっ!?」


 顔を向けるとそこには先ほどの少女がおり、目が合うなりビクッと反応して頭を庇いながらなぜか怯えていた。


 そうだった。そういえばこの少女につつかれ声をかけられ目覚めたのだった。

 ただ、声をかけておきながらなぜ俺を見て震えているのか。俺がコイツに思われそうな事など。


 死人が蘇ったと思われた?

 傷だらけのこの姿?

 ひとり事で頭のおかしい人と思われた?


 …………あったな。


 一応、話が通じそうな相手かどうか少女の様子をうかがってみる。


 少女は、まだ幼さの残る姿と身長からみて年齢は十才前後くらいだろうか。黄金色で長い髪をし、身なりは白で統一された洒落たワンピースと森では不自然な恰好。しかも、髪は手入れされていないのかボサボサとしていて、手で庇っている頭の部分には不自然に折りたたまれた膨らみのようなものが左右にあった。


 身軽すぎる服装からして人里からそう遠くはなさそうだが。それにしてもずいぶんと変わった髪型だ。

 

 そう思いながら眺めていると、少女の手がズレてその三角がピョコンと立った。それが獣の耳だと気づき、少女の姿をよくよく見ると後ろから尻尾らしきものまである。


 ……獣の耳に尻尾? もしかして、俺もそうなのか?

 

 頭を触ってみるがそんな獣のような耳はなく、お尻のあたりを見ても尻尾はついていない。


 少女の姿が普通なのか、俺の姿が普通なのか。それは記憶がないのでわからない。

 ただ、目の前のいたいけな少女が姿の異なる見知らぬ大男に出くわしてしまい、身の危険を感じているのだと理解できた。が。


 ……恐いならなぜすぐに逃げない?


 逃げる隙なら先ほどまでいくらでもあったはずだし、怪我をして動けないようにもみえない。

 理由がわからないとさらに眺めていると、少女の瞳がときおり俺の胸元を見ているのに気づいた。


「もしかして、コレはお前のモノか?」


 それなら逃げなかった事も見覚えがないのも納得だ。

 身につけたペンダントを指さしながら尋ねると少女は顔を青くしながら慌てた様子で顔をフルフルと左右に振った。


 どうやら違ったらしい。


 考えはハズれたものの反応から言葉は通じるらしい事がわかり、さらに注意深く様子を見る。

 すると少女は何か言いたげに視線を俺から移した。その先には網籠があり、中には森の恵みらしい果実や山菜が見える。


「あぁ、逃げなかったのはそういう事か」


 籠の中のモノを持ち帰りたいためだけに逃げないでいるらしい。身の安全と釣り合っているようにはまったく思えないが。


 思わずため息をついたところで閃いた。


 籠を手にすればこの少女はすぐに逃げ出すんじゃないか。その後を追えばきっと道か村に辿り着ける。

 安直な考えだが、時間をかけて状況を信じてもらうよりも簡単で手っ取り早い。後をつけるのがバレたところで助けを求める先は人の居るところだろう。耳と尻尾以外は人と変わらないので追いかけるのも容易に思えた。


 俺はすぐに行動に移して籠のもとへ近づき手に取る。


「ぁぁ……」


 悲鳴にも似た声を上げたのは籠をとられると思ったからなのだろう。


 声を無視して拾い上げると失意の顔で震えて動けずにいる少女の元へと近づき籠を差し出した。


「ほら」

「…………?」


 俺の行動が予想外だったのか、少女は驚いた表情で俺を見て首を傾げた。


「わ、私を、ころさ、殺さない、……の?」

「…………」


 やっと成立した会話の一言目にしてはあんまりだ。この少女には俺が獰猛な獣にでも見えているのだろうか。


 ため息をつきたくなる気持ちを堪え、さっさと受け取れとできる限りの笑顔を作って籠をさらに前に出す。すると、ようやく意図を理解したのか様子を伺いながらもおそるおそる受け取った。


「あ、ありがとう。あの……、わた」

「なんだ?」

「ひっ!? な、何でもないです!」


 律儀に頭をぺこりと下げると逃げだした。


 思っていた反応と違ったが誤差の範囲。あとは見失わないように後を追いかけるだけ。

 

 距離もできたところで少女はなぜか立ち止まると、一歩二歩となぜか後ずさりをしはじめる。そんな少女の不可解な動きに顔の向けている先を見ると、そこには俺自身の身長と同じくらいの高さもる四本足の白い獣が少女を睨みながら一歩一歩近づいていた。

 牙をむき出しにて唸っているらしいその様子からして今にも襲いかかろうとしている。


「まずい!」


 これでは森を抜け出せなくなってしまう。


 本能的に素早く剣を手早く拾うと少女の前に立ち、立ち止まった白い獣に向かって身構える。


「オ、オオカミ、が……」


 少女の呟きから察するに目の前の獣はオ・オオカミというらしい。……いや、オオカミか? うん、どっちでもいい。


「危ないから下がってろ!」

「で、でも。ど、どうして……?」


 その一言で我に返った。


 たしかに目的のために少女が必要だった。とはいえわざわざ命の危険を冒してまで少女を助け、目の前のオオカミと戦わなくてもよかったのでは。


 …………今から逃げるか?


 ちらりと涙目で震える少女を見て、あからさまに俺を睨んでくるオオカミを見る。どうみても今さら逃げていい雰囲気ではなく。邪魔されたオオカミは怒っているのか今は俺に狙いを定めている。


「いいからはやく逃げろ」

「に、逃げろ? た、助けてくれるの?」

「…………そうだ」


 少女は目を見開き驚いた様子で何か言いかけたものの、俺と目が合うと慌てて二度頷くと後ろに下がっていく。そして、律儀にやりとりを待ってくれていたオオカミにお待たせと剣を握りなおした直後、根本的な事を忘れているのに気がついた。


「そもそも俺は戦えるのか?」


 …………その記憶もなし、か。


 今さら後悔しても手遅れで、オオカミは威嚇しながら俺との距離を少しずつ詰めてきている。剣で真っ二つとはいかない巨体に加えて獰猛な牙は一度でも嚙まれたら致命的となるだろう。前足の爪も鋭く、四本の脚の見た目から察するに動きも早そうだ。


「これで死んだら、ただの間抜けだな」


 思わず苦笑いした時だった。

 オオカミは立ち止まると口を開き、渦巻く赤黄色いモノが見えた。


「っ!?」


 反射的に身体が動き、間一髪でその赤い何かを避ける。その何かが炎だと気づいたのはすぐ横を通り過ぎてからだった。


 危う「ひぇあ!」


 悲鳴に似た声に後ろを振り返る。その炎はぶつかった木々を覆って燃えあがるとあっという間に黒焦げにした。


 悲鳴は先ほどの少女みたいだが。


「あ、危なかったぁ……」


 他の木に隠れているのか姿は見えないが、間の抜けた安堵の声からして少女は無事だったらしい。


 ……次からは立ち位置にも気をつけないとな。


 改めて身構えオオカミを睨む。

 隙を見せていたはずの俺の動きに対して、オオカミの動きはなかった。


 炎を出した反動? 俺への警戒? …………わからない。


「どういう仕組みか知らんが口から炎を吐いてよく火傷しないな」

「……」

「せめて警告くらいしてかっ……ら!」


 話している途中で、オオカミは駆け出し話しかける俺に向かって牙をむき出し襲い掛かってきた。


 どうやら無駄話は嫌いらしい。……目の前のオオカミが俺の言葉を理解しているかは知らないが。


 そんな余計な事を考えたせいなのかもしれない。オオカミの想像以上に素早い動きに対して、身体は思うように避けられず脇腹から火傷したような熱が走る。


「ぐっ!」


 痛みに身体が止まりそうになったのを堪えながら、真横を過ぎ去ろうとするオオカミ向かって力いっぱい剣を振る。

 手ごたえは浅く感じたものの、オオカミに一撃を与えられたらしい鳴き声が聞こえた。


 どうだっ!?


 駆け抜けたオオカミが怯み、動きが少しでも鈍る期待しながら振り返り身構える。しかし、オオカミは既に身をひるがえして既に再び襲い掛かろうとするところだった。


 オオカミは傷を受けても痛みや恐怖を感じないのか。


 白い身体の一部が赤く染まっているというのに勢いが鈍る気配はなく、獰猛な牙を見せつけながら今度こそ仕留めるとばかりに突っ込んできていた。

 その明確な殺意と脇腹の痛みが命の危険を伝え、全身の感覚を研ぎ澄まされていく。


 一撃目で生き延びたのは幸運だったな。


 記憶がなくても五感は戦い方を覚えているのが伝わって手足の先まで血の流れまで感じる。冴えわたる感覚は怒りに任せて襲い掛かってくるオオカミの動きが単調になっている事を伝え、すべての動きまでも遅くなっていく。


 その直感に任せて跳び上がると、今度は遅くなる時の流れに反して驚くほどに身体の手足の先まですべてが思うままに動いた。怒りまかせに真っ直ぐに襲い掛かってきたオオカミの一撃を間一髪でかわすと背に着地し、首元に向けて力いっぱいに剣を突き刺す。

 その直後に時の流れが戻った。


 剣から伝わる生き物を刺す鈍い感触。その直後にオオカミは暴れて悲鳴をあげながら顔を上げ、俺を振り払おうと必死に首を振りだした。

 その勢いにしがみつくより先に身体が投げ出され、受け身をとりながら転がり再び立ち上がって身構える。が、オオカミは再び駆け出し俺に襲い掛かろうとした所で力尽きて倒れた。


「危ないところだった」


 倒れたオオカミから刺さった剣を引き抜くと、ふぅ、と大きく息を吐きながら剣から血を振り払うと剣を鞘におさめる。

 緊張から解き放たれ昂っていた感情が落ち着いていくにつれて身体が気だるくなっていく。その事に思わず顔をしかめたときだった。


 目の前に倒れていたオオカミが弾けて粉々になった。その粉は微かに光りながらふわりと天に舞い、その最中で光を失い消えていく。こうして先ほどまで死闘を繰り広げていたはずの場所にはオオカミの姿も地面の血の跡すらもきれいになくなっていた。


「あぁ、魔のモノは消滅するのか。……魔のモノ?」


 なぜ魔のモノと呼んだのか。その言葉にひっかかりを感じたが、どうしてなのかわからない。


 後にはつまめるほどの赤く灯る透き通った小石みたいなモノが落ちており、手にとり眺める。何かはわからないが宝石のようにも見えた。

 せっかくの戦利品だと硬貨の入った袋に一緒にしまった直後、背後から俺の元へ近づく足音が聞こえた。


「ひっ!」


 剣に手をつけ身構えながら振り返ると、そこには逃げたと思っていた少女が驚いた様子で立っていた。

 敵ではなかったと剣をおろすと少女はなぜかぺこりと頭を下げ、顔を上げるとこちらを見ている。


「あ、あの……、大丈夫? その……」


 チラチラと脇腹に向ける視線からおそらくケガを心配してくれているらしい。


「ああ、問題ない。かすり傷だ」


 少女はよかったと小さく呟きぎこちなくほほ笑む。


「あ、あの……。ありがとう」


 俺は森を抜け出すために動いただけなのに何を感謝しているのだろうか。

 ……そういえば籠を少女に渡した時も何か言いかけていた気がする。きっとその時に伝えそびれた事をおまけとして言っているだけなのかもしれない。


「気にするな」


 そう言って少女のふんわりとした頭に手をのせると、少女はビクッと反応した。


 なぜそうしたのかはわからない。ただ、怯えさせたと思った行動に少女は逃げようとする様子もなく意外にも目を閉じて受け入れているようだった。


 ……もう、俺が怖くないのだろうか?。


 他人の気持ちはよくわからないものだと少女の頭を軽くポンポンとしてから手をはなしたときだった。先ほどまで静かだった森から鳥たちの不穏な羽ばたきが聞こえ、獣の遠吠えらしき声が響いた。 その声はまだ遠くのようだったが少女も不穏な気配を察して耳をひくつかせている。


「とりあえず急いでこの場から離れるぞ!」

「ほぇ? あ、はい!」


 遠くから近づいている薄気味悪いざわめきから逃れるため、休む間の間のなく俺は少女と共に駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ