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12-2、知らずに眠る二人を一緒に運んだ。

 案内された建物は村で最も大きく、詰め込めば五十人で宴もできそうな大広間の建物。祭事や集まり、獣が柵を越えた時の避難場所として使われるのだろう。

 そこに、村の長と親しいらしい者たちが集まっていた。その数は男が十二名に女が三名。

 日が落ちた夜にもかかわらず、室内は透明のガラスの中で灯る火がいくつも置いて照らされていた。その中の村の長が気づいてこちらに近づくと、案内役と交代して俺たちを座席へ導き、イヨから順に並んで床に座った。

 向かい合うように壮年の男とその後ろに体格の良い男たちが座っており、案内を終えた村の長が奥で控える女たちの前に用意された席で腰を下ろして座る。


 おそらく、これが普通の歓迎。……か? 文化や風習の違いもあるだろうが。


 全員が席についたようで、三人の女たちが立ち上がると建物を出る。そして先ほどとは違う女たちが膳を持ち込んで料理を並べて置いていく。そして、それを終えると建物の外へ出て、三人の女が再び席に戻って座った。

 料理は獣肉から魚肉、海の幸、野菜、山菜と、汁物から焼き物、煮物、甘味までもあり、食べきれない量の彩り豊かさに加えて、温かい汁物や焼いた肉の香りが誘うように食欲をそそる。


「よくお越しくださいました。どうぞ召し上がってください」

「ありがとうございます」


 イヨが礼を述べると、宴は和やかに始まった。村の長や村人たちは旅の道中の出来事や行き先を尋ねてきたり、自慢の食材や村の日常について語ったりと、親切な態度。

 ただ、その親切すぎる対応が、ふとイヨの言葉を思い出させた。


『あの村長。どう思いますか?』


 今も変わらず歓迎はされている。それは事実であり、ありがたいことだ。

 だが、通りがかりの一行にしては、少々過剰ではないか?


 「神無月ノ巫女様」と呼ばれはした。特別な地位だとしても、イヨは出会ったときに付き添いすらいなかった。仮に特別であっても、その歓待をイヨだけでなくそのお付き全員が受けられている。


 それは俺の偏見かもしれない。これまでろくな初対面がなかった経験からの。

 だがやはり、これは何か目的があってのことなのでは。たとえば面倒事を頼むつもり。あるいは、もっと別の理由か。無償の善意。それを信じるには、いささか都合がよすぎる。


 ちらりと三人の女を見るが、これららを普段から食べているような体型には見えない。

 目の前に座る男たちの目線や手の動き、衣服の状態などをあらためて観察してみる。


 男の数は前後に六人。武器を持っているのは、体格の良い後ろの六人。剣すぐ横に置いてる。こちらの視線に気づくと、ちらと目を合わせる程度。前に座る男たちは俺たちに視線を向けつつも、自分たちが育てた作物で作られた料理を勧めたり、旅の話を求めてくるくらい。


 もし面倒事を頼まれるのだとしても、イヨに任せればいい。だが別の理由があるのなら、口にする目の前の料理は疑うべきとなる。

 かといって、根拠もないまま疑いを態度に示せば歓迎の場を壊すうえに、巫女であるイヨの顔を潰すことにもなる。


 仕方なく、俺は食べるフリをする。料理を口に含み、飲み込むふりをしながら、そのまま濁った色のお吸い物へと静かに吐き出す。飲み込まないとはいえ、多少は口に入ってしまうが、丸ごと摂取するよりはマシだと割り切る。


「おや、男の方は食が細いのですか?」


 思わぬ村長の問いに、ふとまわりを見渡すと女性たちは笑顔で食べている一方で、優も手が止まっていた。顔にはどこか戸惑いの色がある。


「いえ、そんなことは……。ソラ様、どうかされましたか?」

「あ、ああ。峠を越えた疲れが出たのかもしれん」

「ずっと絢様を背負っていましたものね」


 助かる。まるで俺の意図を察したかのような絶妙な擁護だ。


「でも、体力を取り戻すなら尚のこと、しっかり食べないといけませんよ」


 ……前言撤回。肝心なところでイヨの察しの力は発揮されないらしい。

 この場で白黒はっきりさせてもいいが……。


「すまないが、部屋に忘れ物をしたのを思い出した。今すぐ取りに戻りたい」

「すぐに戻らないといけないほど大切なものなのですか?」

「そうだ。すぐ戻る」


 一度外に出れば、戻る時間が多少遅れても理由はいくらでもつけられる。

 なにより食べる演技も必要なくなるし、尋ねた相手が居なければ話題も有耶無耶になる。


 イヨは咎めるように睨んでいたが、そのとき村長がニコニコしながら口を挟んできた。


「よろしければ、村の者に取りに行かせましょうか?」

「そのお気持ちはありがたいが、大切なものなので自分で取りに行きたい」


 村長は俺を見てから、イヨへと視線を移し、再び俺を見て頷いた。


「そうですか。私どもは構いませんよ」

「感謝する」

「すみません」


 イヨは謝り俺を睨む。その視線を流して席を立つ。

 そして、俺は剣を優に差し出す。


「すぐ戻るから預かっていてくれ」

「でも……」

「他意はない。すぐ戻るから身軽にしておきたいだけだ。嫌か?」

「……わかりました」


 優が剣を受け取り、これで一応の備えは整った。

 俺はそのまま建物を出て、宿として案内された家の前へ向かい、中に入る。そして、暗くなった部屋で腕を組みながら考える。


「さて……どれくらい時間を潰せばいいか」


 疑いが杞憂で終わるなら、それに越したことはない。仮にイヨへの頼みごとが目なら俺には関係のない話だ。

 ただ、膳に手をつけるつもりはないので、いつ戻るかが難しい。ただ、静かで暗い部屋で待つというのも怪しいか。


 建物を出ると、空を仰ぎ、そして周囲を見渡すと月明かりに照らされた海が見えた。

 なんとなく、そのまま浜辺へ向かって歩き出した。




 浜辺には微かに満ち引きするさざ波のささやかな音だけが胸に響いていた。月明かりに照らされた海は漆黒に染まり、まるですべてを飲み込もうとする闇のようにも見える。


 不思議と落ち着く。それでいて、どこか不穏な……。


 耳を傾けながら、誰もいない砂浜でぼんやりと海を眺める。過去の記憶を辿ろうとしてみるが、共通しているのは何もない真っ黒な記憶と、辿ろうとしても押し返されるさざ波のような無力な足掻きだけだった。


 ……結局、それも記憶を取り戻さないと始まらないわけか。


 この世界に自分の居場所などないような存在を否定されているような虚しさ。それでいて「くだらない」と切り捨てる思考。

 そんな自身の矛盾に思わず苦笑したそのとき、背後から無警戒に近づいてくる砂を踏む音。


「こんばんは」


 聞き覚えのない声に振り返ると、暗闇に誰かの姿が立っていた。月明かりだけでは顔までははっきり見えないが、雰囲気から察するに、優や絢と同じくらいの年齢だろう。服装を見る限り、村に住んでいる人のようだ。


「何か用か?」

「一人で夜の海にたたずんでいるようだったから、気になって」


 話し方は男のようだが、震える声や衣服からすると、女にも思える。


「こんな暗い場所に、女一人でか?」

「悪い? ちなみに娼婦じゃないから」

「そうか」


 不機嫌そうな口ぶり。手に刃物を持っていないことだけ確認し、再び海に視線を戻す。


 初対面から相手を怒らせてしまうのはもう慣れた。……嫌な慣れだな。


 女はなぜかそのまま隣に立ち続けていた。


「どうしてこの村に?」

「……」

「この海、ほんと不思議だよね。波がほとんど立たなくて、すごく静か。そんな海の近くにある村だから、なんとなく安心できると思ってたんだ」

「……」


 ……何が言いたい?


 複数の足音が、近づいてくるのが聞こえた。


「聞いてる? 初対面の、可愛くもない女の話なんか、聞きたくもないだろうけどさ」

「……」


 そういえば、この一方的に話しかけてくる感じ。どこかで……?


「もし、少しでも聞いてくれてたなら。今すぐ逃げた方がいいよ」


「…………何?」


 顔を上げると、彼女は前を向いたまま、涙を流しているように見えた。


「だって……だって!」


 声に紛れて、背後から忍び寄る複数の足音。


 彼女の仲間ではないらしい。……なら、盾としては無意味か。


 俺は、後ろで振り上げる気配に合わせて振り返りながら飛び込み、不意を突いて一人を殴り倒す。呻き声を上げたそいつの手から剣を奪い、斬りかかってきた左右の二人を斬り捨てた。そして倒れ込んでいた男の喉元に剣を突きつける。


「騒ぐな。なぜ俺を殺そうとした? 生きたいなら答えろ」

「……」

「何をするつもりだった?」

「……」


 問いかけても沈黙か。


 その首を斬る。そして振り返ると、女は呆然としたままだった。俺の背後を狙う様子も、逃げ出す気配もない。


 ……どうやら本当に、彼らの仲間ではなさそうだ。


「仲間か?」


 女は首を振った。


「助けて! 私たちを……いえ、お嬢様だけでも!」


 なぜか、必死な声で助けを求めてきた。


 ……何の約束もない相手を助ける義理はない。


 すがろうとする女を無視し、俺は急いでイヨやアイリスのいる建物へと走った。




 建物の入口にたどり着く。見張る人影はなく、身を隠しつつ中の様子を窺った。


 そこには、倒れ込んでいるイヨと絢。そして、二人を庇うように座り込むアイリスと、ふらつきながらも剣を構えて立ち向かおうとする優の姿があった。


 その向かいには、さきほどまで笑顔を見せていた村長を含む体格の良い六人の男たちが、すべて剣を手に立ちはだかっていた。


 六人、いや女を含めれば九人少ない。それに、武器はどこから手に?


 にらみ合いの様子からして、状況が動き始めてそれほど時間は経っていないようだ。男たちは優に意識を集中しており、こちらにはまだ気づいていない。

 が、そこでアイリスと目が合ってしまった。


「っ」


 舌打ちとともに飛び込む。まずは、アイリスの視線に気づいてこちらを向いた男の首をはねる。

 突然の出来事に驚き、動揺する彼らを相手に、勢いのまま叩き伏せるのはたやすかった。戦い慣れていないのか、死を恐れてか、怯えた男たちは道を開けるように退き、剣の間合いに居る者は斬り、俺は村長へと突進し、動きが鈍い彼を斬り捨てた。

 逆上される前に、残りも片付けようとした。そのときだった。


「降参して! 武器を捨てて!」


 アイリスの声が響く。俺を庇うように。正確には、俺がこれ以上村人を斬らないようにと、彼らに向けて叫んでいた。


「なにを」「早くっ!」


 アイリスの必死の声に、男たちはあっさりと剣を地に落とした。


「ソラ。みんな降参したよ。だから、もう大丈夫。だから……」


 殺さないで。彼女の表情だけで、続きを言わずとも言いたいことはわかる。

 生ぬるい情に、思わず力が抜け、ため息が漏れた。だが、警戒は保ったまま剣を下ろす。


「優、動けるか」


 優は急に顔を青ざめさせ、血を流して倒れた男を見て、視線を逸らしながら嘔吐していた。

 それでも、意識は保っているようで、弱々しくもこちらを見てうなずく。


「……はい」


「なら、お前はアイリスと一緒に絢を運べ。俺はイヨを運ぶ」


 血まみれの剣はその場に捨て、代わりに優から預かっていた剣を手に取る。

 何も知らずに眠る二人を一緒に運んだ。

09/26 分割

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