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12ー1、「私は?私は?」

ソラ       ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。

アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。儀式の生贄となるはずだった。


巫女

神無月イヨ    ・・・日ノ国の巫女。捕えられた時に洞窟で出会った。人。

師走サキ     ・・・日ノ国の巫女。人。


転移者

瀬々ノ森絢……女。小屋で出会う。理解がはやく冷静。優の事になるとなぜか冷静さを失う。

小野ノ川優……男。小屋で出会う。優しさゆえに鈍感で優柔不断らしい。


 細い山道を道なりに進む。

 俺とイヨが先頭を歩き、後ろでは絢が息を切らしながら優に肩を借りていた。その隣ではアイリスが心配そうな表情をしながら尻尾を彷徨わせていた。絢は「大丈夫」と笑顔を作ってはいたが、足元はおぼつかない。肩を貸す優は無言のまま、ただ地面を見つめていた。

 

 そんな優の様子に、イヨが不満げに呟いた。


「……あの時、前に出るのは小野ノ川様であるべきだったと思うのです。もちろん、そうすれば無傷では済まなかったかもしれません。でも……そういうものじゃないですか」


 一理ある。結果的にはうまくいったが、躊躇が悪い結果を招く可能性があった。それは優も絢も理解していたはずだ。

 優が放った火の魔法と相手の火の魔法がぶつかり、周囲までを巻き込む光景を思い浮かべてみる。


 俺が優の立場なら……もしもの時は、知り合いでも殺す。


 すべてを守ろうとして、選べるときに選ばなかった。それが優の後悔なのだとしたら俺もイヨも理解できる日はこない。

 そして選べてしまった絢もまた、その意味を理解する日は来ないかもしれない。


 立ち止まったイヨがちらりと優を見る。その視線につられて、俺も優に目をやった。


「ソラ様」


 名を呼ばれ、イヨの方を向く。彼女は、なぜか「言わずとも気づけ」と言いたげに眉をひそめていた。


「何だ?」


 俺の返事に、イヨはため息をつく。


「何だではありません。瀬々ノ森様が、もう限界のようです」

「……どうして俺に?」

「他に、誰がいますか?」


 優がいる。だが、彼を見れば、肩で息をし、絢の体を支えるだけでも精一杯のようだ。支える手や足にしきりに目を向け、必死に踏ん張っている。


 たしかに、絢を運べるのは、もう俺しかいないのかもしれない。

 だが、勝手についてきた絢のために、なぜ俺が?


「ソラ、お願い。助けてあげて」


 アイリスまで。彼女の言葉に、これ以上の反論はできそうにない。


「わかった」

「……私の頼みにはあんな顔をしたのに、アイリス様の言葉には素直なのですね」

「それは」

「言わなくても、わかってます」


 自分から頼んできたはずなのに、不満そうな声の理由がわからない。


「もう、いいです」


 こうして道中は、なぜか不機嫌に口を尖らせ顔を背けるイヨを先頭に、俺は申し訳なさそうに眉を下げた絢を背に乗せ、両隣をアイリスと優が並んで進んだ。




 一行はそのまま、獣や魔のモノに遭遇することもなく、休憩を挟みつつ道を進み、やがて峠をひとつ越え、森を抜けた。日が傾きかけたころ、分かれ道の先に、東側を紺色の海に面した小さな漁村が見えてきた。


「今日は、あの村で休みましょう。おそらく開拓村です」

「……開拓村?」


 背中の絢の問いに、イヨは頷いた。


「新しい土地へ移り住んだ人たちが作った、名もなき村のことです。国境付近や未開拓地に多く、旅人や行商人が泊まれる場所として重宝されているそうです」

「そうなんですね」


 野宿ではないとわかり、アイリスと絢は顔を見合わせて、安堵の息を吐いているようだった。

 だが、提案したはずのイヨは何か言いたげに俺を見て、そしてアイリスに目を移した。


 ……あぁ。獣耳と尻尾のある少女、異国風の装いの二人。警戒される事を気にしているのか。


 とはいえ、優と絢がこのまま野宿して、翌日も歩けるとは思えなかった。

 イヨもそう感じてはいるらしく、一行はそのまま、目の前の開拓村へと向かうことにした。




 こうして辿り着いた村の入り口。広場の中心に井戸があり、それを囲むように並ぶ五十ほどの建物。建物の小屋や倉庫を除けば、住人はおそらく数十人から百数十人程度の村。

 小さな畑や離れの小屋もあり、その周囲を獣の侵入を防げそうな粗いつくりの柵が申し訳程度に囲んでいる。道に繋がる入口らしき門も馬車が一台通れるかほどの仮設のような門。村の外側は東側に海が広がっており、他は見える範囲に畑が続いている。その畑にはよく見ると用水路のような小さな溝が通っていた。つまり、近くに川があるらしい。


 見覚えはない、か。


 どうやら過去の記憶とは無関係の場所らしい。海も、建物も、そこに広がる風景も、どれも記憶に引っかかるものはなかった。ただ、それでも、同じ姿をした人間が暮らす村ということに、胸がじんと熱くなるような、何かが込み上げてきた。


「みなさんはここで待っていてください。先に私が行って話をつけてきます」


 そう言うとイヨは先に進み、たまたま近くにいてこちらを見る村人に声をかけて頭を下げた。そして、お礼を述べているような様子で、そのまま村の奥へと案内されていった。

 残された俺たちはとくにやることもなく、まずは背負っていた絢を下ろす。するとアイリスが意味もなく俺に抱きつき、続いて絢の頭を撫で、そのまま海を指差して話していた。そんな様子を優と並んで眺めていると、イヨが小太りの壮年の男性を連れて戻ってきた。


「ようこそ、よくお越しくださいました」


 にこやかな笑顔で背を丸めて見上げるその男性は、どうやらこの奇妙な一行を歓迎してくれているらしい。

 気さくな声、人当たりのよさそうな表情。俺たちを見て多少は驚いたようだが、嫌悪や警戒の色は見えなかった。


「よろしく頼む」


 俺がそう言うと、アイリスと優、絢も揃ってぺこりと頭を下げた。


「はい、承知しました。私がこの村の長を務めております。神無月ノ巫女様ご一行、歓迎いたします。どうぞ皆さん、安心してこちらへ」


 神無月ノ巫女様。そう呼び、快く案内してくれた先は、空き家らしい簡素な家だった。見た目は他の民家とさほど変わらない。


 先にイヨが中に入って灯りをつけ、それに続いて中へ。

 照らされた室内は木造で手入れが行き届いており、埃一つない。間取りは一つだけで広さも控えめ。下山後の小屋よりは広いが、五人がのびのびとに寝るにはやや狭そうだ。


「すみません。この村には宿もなくて……男性の方々は別の──」

「いえ、ありがとうございます。私たち五人はここで十分です」


 村長の言葉を遮るように、イヨが穏やかな口調で、しかしはっきりと答えた。


「そうですか? でしたら必要なときは、遠慮なくおっしゃってください」

「ありがとうございます」


 小太りの村長はにこにこと頭を下げて家を出ていった。


 優、絢、アイリスは「疲れた」と息を吐いてその場に座り込む。その間も戸口まで丁寧に見送っていたイヨが戸を閉め、俺の隣に立つ。三人に気づかれぬよう顔を向けたまま、小声で囁いた。


「あの村長、どう思いますか?」


 どう思う、か。

 出会ったときの仕草、家までの案内、その後の応対。思い返してみても、特に違和感のある態度はなかった。むしろ、これまでで初めての友好的な初対面の相手という印象しかない。

 ただ、それはイヨも見ている。おそらく聞きたいのは表面的な感想ではない。


「わからん。イヨは何か気になる点があったのか?」

「はい……あ、いえ」


 どっちだ。


「……気のせい、かもしれません」


 イヨは曖昧に笑ってそう言うと、行水の一式を借りてくると言って出ていった。

 村の人たちの手を借りて道具を運び込み、行水の支度を始める。人用の桶と身体を拭く布を村から借り、水は絢が、温めるのは優の協力ですぐに終わった。

 俺と優が外に出て、女性陣三人が建物の中で身体を清める。イヨ曰く、


「巫女は清らかでなければなりません。そのそばにいる者も、同じく」


 らしい。そして、イヨの指示により俺と優も順番に行水をすることになった。終えた頃にはすでに日も沈みかけており、女性三人はその間ずっと建物の前で待っていてくれた。


「終わりましたか?」

「ああ」

「先ほど、村長さんから夕食のお誘いを受けましたよ」

「なら、待たずに中に」

「できません!」


 イヨがなぜ怒っているのかはわからないが、なぜか優が顔を赤くして激しく首を振っていた。


 どうやら、行水中に異性が立ち入るのはダメらしい。気をつけよう。


「こ、コホン。とにかくです! 村長様をお待たせしていますので、すぐに向かいましょう」


 咳払いをしたイヨの姿に、ふと気づく。

 さっきまで適当に束ねていた髪が丁寧に整えられ、艶まであるように見える。


「髪を梳いてもらったのか?」

「え? えぇ。お誘いを受けたので、ソラ様と小野ノ川様を待っている間に、絢さんに道具を借りて、つげ櫛で整えていただきました」

「そうか。とてもきれいだ」


 イヨはなぜか、奇妙なものを見るかのように口をぱくぱくさせていた。


 ……何か変なことを言っただろうか?


「私は? 私は? リボンで飾ってもらったの!」


 袖を引っ張ってきたアイリスの髪にも、絢に結んでもらったという鮮やかなリボンが丁寧に結ばれていた。


「ああ、きれいだ」


 アイリスはいつものようににこにこと笑っている。その様子を見て、絢も優に何かを尋ねていた。


 よくわからないが、尋ねられてから褒めるものらしい。

 だとすれば、先に褒めてしまったイヨの反応にも納得がいく。


 そう考えて頷いたところで、イヨがコホンと咳をした。そこへ迎えらしき村の人たちが現れ話は終わり、案内されるまま歩き出した。

了 A

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