11ー1、「いいよって言ったよ」
ソラ ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。
アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。儀式の生贄となるはずだった。
巫女
神無月イヨ ・・・日ノ国の巫女。捕えられた時に洞窟で出会った。人。
師走サキ ・・・日ノ国の巫女。人。
転移者
瀬々ノ森絢……女。小屋で出会う。理解がはやく冷静。優の事になるとなぜか冷静さを失う。
小野ノ川優……男。小屋で出会う。優しさゆえに鈍感で優柔不断らしい。
「……異常なし、か」
夜が明けた。眠気覚ましも兼ねて、小屋の周囲を一周しながら危険が潜んでいないかを確認する。ついでに、木々の間から小屋の見え方も確かめた。
その流れで、昨夜ふたりが現れたと思われる場所へと足を向け、小屋に戻りながら土と枯れ葉を踏む足音が、彼らのやってきた時の音と距離感が一致しているかを想像で照らし合わせる。
……これも異常なし。
そして、小屋の戸を開けたその瞬間だった。
「この方と何があったのです!? ……あ、いえ、名前は知っています。瀬々ノ森様と小野ノ川様は、どなたなんです?」
戸を開けるなり、目を覚ましていたイヨが迫ってきて、意味のわからないことを言い出した。しかも絢を指差しながら、なぜか俺を睨んでいる。
対する絢はというと、こちらに目もくれず、うっとりした顔でアイリスの黄金色の髪を、道具を使って丁寧に梳いていた。アイリスも、昨日の落ち込んだ様子とは打って変わり、ニコニコとされるがまま身を任せていた。
ちなみに優はというと、絢の大声を聞きながらも、まだ入口近くで眠っていた。
イヨが名前を知っているところを見ると、もう挨拶は済ませたようだ。なら、なぜ俺に聞く。
「事情は、アイリスに聞いてくれ」
「尋ねました! そうしたら『起きたらすでに居た』と言われました!」
アイリスを見れば、相変わらずニコニコしながらこちらを見て、首をかしげている。
……どうやら昨夜のことは覚えていないらしい。だとすると、絢はどうやってアイリスと打ち解けたんだ?
「ちなみに、瀬々ノ森様にも名前を尋ねた後で聞きました。そうしたら『ソラ様から、身体で払うことをアイリス様と私が認めたら一緒について行っていい』って言われた、と」
……俺がそんな風に要求したように聞こえるのは気のせいだろうか。まぁ、いいか。
「それで?」
絢の方へ視線を向ける。
「この身体でできることなら何でもするから、一緒に連れてってって頼んだの」
「そう言ったのか」
その返事を聞いたであろうアイリスに目を向ける。
「いいよって言ったよ。そしたらとっても喜んでくれて、ぎゅってしてもらって、今は髪を梳いてもらってるの」
……それでいいのか? いや、むしろアイリスらしいか。
確かに、絢はその身体でできることをしていた。髪を梳かれてご機嫌なアイリスは、かわいいと何度も言われながら身だしなみを整えてもらい、まるで主人と御側付きのごっこ遊びでもしているようだった。しかも、昨日まで傷だらけだったアイリスの身体は、すっかり癒えているように見える。
けれど、イヨに視線を戻すと、その話を聞いてもなお納得していない様子で、「ねっ」とばかりにこちらへ説明を求めていた。
まぁ、確かにイヨの言いたいことはもっともで、事情の説明がいろいろと不足している。
「あの二人は昨晩、追手から逃れてこの小屋に辿り着いたらしい」
「らしい? それで、知らない相手を小屋に入れたのですか?」
中に入れたのは寝ぼけたアイリスだが、説明するのも面倒だ。
「だいたい、そんなところだ」
「お人好しですね」
まったくもって同感だ。だが、それは寝ぼけていたアイリスに言ってほしい。
「詳細は省くが、その後、軽く話をしたときに、一緒に行動させてほしいと頼まれた」
「なるほどです。それで断るつもりで、その条件を出したのですね。だったら、そのとき私を起こしてほしかったのだけれど……まあ、アイリス様も瀬々ノ森様を気に入っちゃったみたいですし、今さらですね。私は別にかまいません。それに、臭いもしませんし」
……におい?
最後の意味がよく分からなかったが、イヨなりに何かを察しての言葉なのだと思うことにして、黙って頷いた。
「うぅん……。あ、絢……さん!」
俺とイヨとのやり取りがひと段落したところで、男が目を覚ました。
優は笑顔の絢の顔を見るなり、胸を撫で下ろしていた。その様子を見て、なぜかイヨが咎めるような視線を俺に向けてくるような気がした。
そんなやり取りの後、五人はあらためてお互いに名前を名乗り、朝食を取ることにした。
朝食は洞窟で食べたときと同じ丸い携帯食と、おにぎりと呼ばれた塩気のある白くて拳ほどの大きさの食べ物だった。旅路らしい簡素な食事ではあったが、なぜか量は多く、やや重たいとすら感じるほどだった。
案の定、イヨもアイリスも食べきれず、残りは昼に回すつもりのようだったが、優と絢は嬉しそうにぺろりと平らげていた。
二人が動ける程度の空腹だったと見抜いた上で、わざと多めに出したのか。
食事をしながらイヨが説明する東の日ノ国への道のりを聞き、それが終わると小屋を出て、朝の光の中に立つ絢と優の二人をあらためて眺める。
二人は、やはりミコトの着ていた服と同じ地域にいたのではと思うほど、似た衣服を身に着けていた。黒髪で、イヨよりも背が高い。
男、小野ノ川優は短髪で、不安げな表情で立っている姿と細い体格のせいで、どこか女々しく見えた。
一方の瀬々ノ森絢は同じくすらりとした体格ながら、明るい笑顔でアイリスとじゃれ合っており、今朝仲良くなったばかりとは思えないほどの社交性を見せていた。「お持ち帰りしたい」などという謎の発言からは裕福な家の出を想像させたが、自ら進んで下手に出て取り入ろうとする言動がそれを否定していた。
そんな雰囲気が対照的な二人を見比べていると、絢と目が合った。
「気になります? この衣服、制服っていって、私たちの世界では一般的なんですけど」
「……まあな」
眺めていた理由を衣服だと思ったか。まあ、外れてはいない。
アイリスやイヨとはまったく違う繊細な工夫が見られる斬新な色合いの服装。だが今、気になっているのはそこではない。
追手から逃げて夜の森に入って歩いてきたというのに、二人には剣はおろか、戦えそうな道具すら見当たらない。体格的にも素手で戦えるようには見えないし、小屋に近づく前に外で武器を隠しているとしても、出発間際の今になって取りに行く様子もない。
イヨも同じことを考えたのか、俺と目が合うと小さく頷き、二人に尋ねた。
「お二人は、獣とかと戦ったことはありますか?」
「……はい。あ、いえ……」
優の返事は曖昧で、要領を得ない。それを見てイヨは何かを察したように、やわらかな微笑みを浮かべた。
「質問の仕方がよくなかったですね。何か身を守れる道具などはお持ちですか?」
「そういった道具は……ありませんけど……」
二人は顔を見合わせて、同時に頷いた。
「この世界で、僕たちの力がどのくらい通用するか分からないんです。見てもらってから、判断してもらえませんか?」
「……判断できない?」
首を傾げるイヨに、優は真剣な表情で頷いた。
「はい。異世界から来たので」
「異世界……? なるほど。分かりました。では、とりあえずその力、見せてもらえますか?」
イヨが促すと、二人は周囲を見渡し、一本の木に向かって立ち位置を定め、なにやら呪文のような言葉を唱え始めた。
そして、次の瞬間。
優の手元から火がほとばしり、狙い定めた方向へ一直線に飛ぶと木を燃やし火だるまにした。続いて、絢の手から水が放たれ、火を打ち消し、あとには真っ黒となった一本の木が残った。
「僕が使えるのは火の魔法です」
「私は水の魔法が使えるの」
そういえば、優が昨日も魔法がどうとか言っていた。
見た感じでは、イヨが火を操っていた特別な力とよく似ている。そのせいか、そこまで驚きはなかったが俺にはそれが実戦でどこまで使えるのかの判断はつかない。
ただ、狙っている姿と見えている点からオオカミの時ほどの速さはなく、避けられそうだというのが直感だった。
イヨを見ると、やはり驚いた様子はなく、小さく頷いていた。
「……うん。だいたい分かりました。すごいと思いますよ」
少し遅れて返されたその言葉は、妙に雑で、本当にすごいと思っているのかは怪しい。
だが、二人はお世辞とも取れるその言葉に、なぜかほっとしたような表情を浮かべていた。
「では、それを踏まえて並び順を決めましょう。前は道を知る私とソラ様。真ん中にアイリス様。後ろに瀬々ノ森様と小野ノ川様。これでいきましょう」
彼らが後ろでは、魔法とやらを使うときに俺たちが邪魔になってしまう気もするが――。
「はい!」
「はい!」
まだ答えを出していないのに、元気よく返事をする二人の声が聞こえた。
俺は肩をすくめながら、すでに歩き出していたイヨの背を追った。
1/29 誤字修正
了 A




