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10ー1、「ふにゅ……、どうかしたの?」

長いです。


ソラ       ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。

アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。儀式の生贄となるはずだった。

神無月イヨ    ・・・日ノ国の巫女。人。


「それで、何があったのですか?」


 山頂の山小屋になぜかあったきれいな布を使ってイヨがアイリスの手当をしてからの下山の道。

 山に沿うように続くなだらかなザレ場の坂。足元をしっかりと踏みしめつつじぐざぐに南東方向へ下っていた。

 そんな中で尋ねてきたイヨ。その質問に対してアイリスも同じことを見ていたかを確認するつもりで出来事を振り返りながら説明していく。


 ヤシロで村の人に拘束され、イヨの居る洞窟に入れられた事。抜け出したが村の人たちは百鬼によって既に虐殺されていた事。ヤシロでアイリスを見つけ、不思議な空間に行った事。そこで創造主とかいうミコトの存在と出会い穢れについての元を断つ約束をした事。目を覚ました後、霧から逃れるために俺はイヨと共に森を出てこの山を登った事。

 ただし、ヤシロでアイリスがした事や、ミコトが俺に言ったその他の選択肢はあえて省略して。


 美談にもならない話はイヨにとってもアイリスにとっても悪夢な内容だったに違いない。

 ただ、それでも真剣に話を聞いているらしいイヨは難しそうな顔をして何かを考えているようだった。一方のアイリスは落ち込んだままで話を聞いているのかもわからない。


 記憶の確認はできず、か。まぁ、無理もない。


 アイリスは一夜にして故郷も村の人たちも失った。戻れない過去として。しかも、護人としての責務を負っていたアイリス自身がそれを果たせていないまま助かった。


 イヨが常にすぐ横か前で寄り添い、しっかりと手を繋いで引っ張ってもらいながら歩く姿にも眠りながら歩いているかのようにふらつきがあり、足元を滑らせたところで目覚めたように踏みとどまり、俺を見てイヨを見てからまた徐々にふらつく。それを繰り返していた。そしてまた俺と目が合う。


 アイリスがどう動いても村の人たちは救えなかった。


 無力だと伝えることを意味するその言葉を受け止めるにはまだ時間が必要であり、身勝手な同情での余計な一言は、とどめを刺す事にもなりかねない。


 ヤシロで再び会うまでの空白の時間の出来事。俺自身が記憶がないからこそ空白に対して慎重になっている事をアイリスからの目を見て感じる喉に詰まる息で自覚した。


「以上が俺の伝えられる事だ」


 相槌もなく、静かに話を聞いていたイヨがようやく目を合わせた。


「それでは、魔の王はどうなったのでしょうか?」


 イヨの問いで思い出す。イヨが洞窟に居た時に魔の王が復活すると言っていた事を。ただ。


「ミコトとの話にはでてこなかった」

「じゃあ、伝承にある魔の王の復活とはあの『穢れ』とかいう不気味な霧の事。という事ですか?」

「それはわからない。ただ、ミコトの話からして、それも間違いではないかもしれない」

「どういう事です?」


 ミコトが『もし間に合わなければ私を斬る。貴方なら必ずその約束を守る』と言っていた事を思い浮かべる。


 すべての話に嘘がなければ間に合わなければその魔の王がミコトとなる解釈できるか。それだと創造主こそが人族の敵という事になるが。


「だから、あの時……」


 俺に私は敵だと言ったのだろうか。今さらながらイヨの話とミコトの言葉が繋がってしまうとは。

 もっとも、それではミコトは俺が間に合わないと見越している事になる。創造主が穢れで自我を失って敵となる事など本当にあるのかという疑問は残る。

 結局、まずは『穢れ』を調べるために、記憶のない俺は唯一の手がかりとしてミコトに操られるまま東の国へと向かうという結論になるのか。


「あの時?」


 思考がイヨの眉をひそめる表情を見ている。

 憶測の域を出ないこの答えは伝えるべきでないと本能が警告するように目に火花を感じた。


「……なんでもない。ただ、その穢れにも発生する元があるだろう」


 イヨは探るような目で見ていたが、息を吐いて縦に頷いた。


「つまり、あの穢れの元がわかればそこに魔の王がいるかもしれない。という事ですね」

「おそらくな」


 もしかしたら最後の質問の選択を間違えたかもしれない。


 ため息をつこうと息を吸ったときだった。イヨが立ち止まる。


「という事は……」


 イヨはため息をつき、目を細めて俺を見た。


「失敗したのですね」

「そうなるな」


 ハッキリとながら重く突き刺すような声。口元と手の震えの姿からも言葉以上に感情が伝わってくる。

 だからこそ立ち止まりイヨの目をしっかりと見て答える。


 お互いに目を見つめたまま、空気に似合わない包み込むような爽やかな山風が吹き抜ける。とイヨはため息をついた。


「まぁ、私が命令に従って洞窟に居たとしても結果はかわらないですものね。早々に村に行けば助けられたかもしれませんが、それは知っていればの話ですし……」


 それがイヨの結論だった。ただ、それでも釈然としない気持ちを抑えきれないらしくイヨは俺を睨むのをやめない。


 『知っていれば』。か。それも後悔ではなく出来ない選択として。


 出会ってから今の状況に至るまで一日足らずの時間しか経っていない。信用してよかったのかも含めて何か間違っていなかったか悩むのは、その様子を露骨に俺へ見せつける事も含めても責任を持った経験ある者の姿なのかもしれない。


 イヨが再び歩き出したのに合わせて俺も歩き出す。下山は森林限界を過ぎて木々が見えてからも魔のモノどころか獣一匹姿は見えず、途中で休憩を挟みながら足音ばかりな道なりに下山をしていく。

 そして、斜面も緩やかとなった土の道の林道を歩き続けて日も傾いてきた所で古びた小屋らしき建物が見えた。


「今日はココで休みましょう。ここは、この山を登る前に休む用に作られた小屋です。もう少し歩けばハッキリとした道に出ますが、野宿になってしまいますし」


 四方をいつ襲われるかわからない野宿よりは、建物の中の方が身体も休められるか。


 イヨの提案に頷き、三人で小屋に入ると誰もおらず、中は意外にもキレイに手入れされているようだった。違和感を抱いて警戒した直後、背後から殺気のない視線らしき気配を感じとる。


「誰だ!」


 振り返ると、そこには濃い色の旅装束らしき身軽そうな服装をした若い女の姿があった。


 敵か? 味方か? それともこの小屋の住人か?


 判断のつかない相手に剣の柄に手をかけながら身構えていると。


「師走様!?」


 驚きの声と反射的なのか手を前にするイヨ。師走と呼ばれた女はただ立ち止まって無表情で何も話さずにイヨを見て、俺とアイリスを見て、再びイヨを見た。


「師走様、こちらはソラとアイリスです」


 反応はなく無言だった。

 ただ、俺はイヨの敵ではないという意味を持った紹介に対して身構えるのはやめ、軽く会釈する。すると師走と呼ばれた女は小さく頷いた。


「私は、……師走サキ」


 ………………終わり?


 驚くほど短い自己紹介と会釈をを終えると次の瞬間には手に包みを持ち、何も見えていないようにただイヨに歩み寄って両手で抱えるくらいの包みを渡すと小屋から出ていった。

 姿を隠して見張っているのかとも考えて小屋の外に出て見渡してみたが、姿も気配もなく足音もないため向かった先もわからない。


 そして、振り返るとイヨは受け取った包みを開け、両手を口元に当てて目を見開いていた。 

 そこには三人分の着替えと食料、通行手形が用意されており、男の俺の衣服も含めた三人分があった。


「あの者は何者だ?」

「師走サキ様です。私と同じ神子人様にお仕えする巫女の一人で、風のように身軽で早く遠くへ行く事ができる偉才の持ち主。口数が少なく物静かですがとても優しい方なのですよ」

「どうして三人だと知っている?」

「おそらくこれは神子人様の命でしょう」


 どこから情報を得たのかという問いに、まったく説明になっていない気がする。が、イヨは気にする様子もなくさっそく使いましょうと仕度を始めだしてしまった。

 

 三人は小屋に灯りをつけ、食事を取り、着替えも終えると先ほどまで着ていた服を毛布代わりにして横になって目を閉じる。特別な力を使っていたイヨと、落ち込み疲れていたアイリスからはすぐに寝息が聞こえた。


 余程疲れていたのだな。まぁ、それは俺も同じか。


 うとうとする気持ちを堪えて俺は音を立てないようにしながら起き上がると、入口の扉横で座って目を閉じ、静かな自然の音色に聞き耳をたてる。手は剣の柄に添え、身体は休めつつもいつでも動ける状態にしたまま。




 それからどれくらいの時が経っただろうか。

 

 二人の足音らしき何者かが近づくのに気が付いた。

 急いでいるのかその地面を踏みしめる音は少し荒く、周囲を警戒しているのか近づく足音の聞こえ方も不規則だった。

 足音はそのまま小屋にまでたどり着き、小屋の入り口の戸で止まる。そして、二、三事話をする小さな声の後だった。


トントン、トントン


 荒っぽさはなく、それでもしっかりと小屋の中に聞こえる程度に戸を叩く音が聞こえた。

 耳を澄ますが、足音が動いた音は聞こえない。


トントン、トントン


 今度は先ほどより少し強く再び戸を叩く音が聞こえ、再び耳をすましてみるが、どこか焦りがある男女二人の声だけ。それ以外に足音が近づく気配は感じなられなかった。


 元々鍵もないような戸。最初から襲うつもりならわざわざ戸を叩かない、か。


トントッ

「誰だ?」


 戸を開けた直後、誤って俺の胸を叩いた相手を確かめると、そこには驚き硬直しているらしい見なれない変わった服を着たイヨよりも頭一つ大きい身長の男女がいた。


 それはミコトが着ていた制服とどこか雰囲気が似ていながら色や意匠が違っており、男女で異なる服装でありながら衣服は共通の色が使われあえて揃えていることがわかる服装であった。その意匠は細部にも拘りがみられ、それだけでそれなりに裕福な家で育った事がわかる。

 が、それ以上に目についたのはその衣服に対して二人のあからさまに疲れた表情と、衣服に似合わない泥とおぼしき汚れ。

 どう見ても、森を歩くためのような姿には見えないため一晩の宿を求めてたまたま立ち寄っただけの旅の者にはみえない。


「助けてください!」


 やはり。

 

 男の言葉にため息をつきたくなる気持ちを堪えて首を横に振る。


「断る」

「なんで!」

「なんで? それは俺が言いたい」

「だったらせめて彼女だけでも」


 二人まとめて断っているのにせめても何もないのだが……。


「え? それはダメ! 私は……!」


 なぜか女は男の提案を拒みはじめ、目の前の二人は俺の前で恋愛芝居をはじめだした。が、拒否する答えは既に伝えている。

 心身ともに疲れた夜更けにそんな無意味な光景を見せられる事ほど不快なものはない。


「結論をだしてから出直せ」

「待って!」

「待って!」


 息ピッタリな二人の制止を無視して戸を閉めようとした直後だった。


「ふにゅ……、どうかしたの?」


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