12、「私は?私は?」知らずに眠る二人を一緒に運んだ。
ソラ ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。
アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。儀式の生贄となるはずだった。
巫女
神無月イヨ ・・・日ノ国の巫女。捕えられた時に洞窟で出会った。人。
師走サキ ・・・日ノ国の巫女。人。
転移者
瀬々ノ森絢……女。小屋で出会う。理解がはやく冷静。優の事になるとなぜか冷静さを失う。
小野ノ川優……男。小屋で出会う。優しさゆえに鈍感で優柔不断らしい。
細い山道を道なりに進む。
俺とイヨが先頭を歩き、後ろでは絢は魔法を使った事で疲れているのかかなり息をきらしながらも優に肩を借りながら歩いていた。その隣にはアイリスが心配しているのか尻尾を彷徨わせ、絢は「大丈夫」と答えて笑顔を振舞っていたが体まではついていっていない。肩を貸す優は言葉少なく表情はただ一定先の地面を眺め続けたまま。
そんな優の様子にイヨは不満げに呟く。
「あの時、前に出るのは小野ノ川様であるべきだと思うのです。もちろん、それだとお互いに無傷ではすまなかったかもしれません。でも……男の方とはそういうものだと思うのです」
たしかに一理ある。あの時はたまたまうまくいったが、その躊躇いがより悪い結果となる事だって十分にありえた。が、それは優も絢もわかっていたはずだ。
俺がもし優であればどう動くかを考える。
『もしもの時は知り合い相手でも殺す』
優の使ってみせた火の魔法を繰り出し魔法と魔法がぶつかり合い、周囲までもをその火で巻き込む姿を想像した。
覚悟を持っていたからこそ殺すかもしれなかった事に罪悪感を消化しきれいていない。がだそれは俺の主観だ。イヨも同じ考えに至ったからこそ今さらくよくよするなと言いたいのかもしれない。
立ち止まったイヨがちらりと優を見たのにつられ、俺も立ち止まって優の姿を見る。
もしそうだとしたら、すべてを守ろうとして選べる時に選ばなかった。その後悔だと優は気づいているのだろうか。それを先に選んだ絢が気づける日は来ない。
「ソラ様」
名前を呼ばれてイヨを見る。なぜか言わずとも気づけと言いたげに眉をひそめていた。
「何だ?」
俺の返事を聞いたイヨがため息をついた。
「『何だ?』ではありません。瀬々ノ森様がそろそろ限界のようです」
「どうして俺に?」
「他にいますか?」
優がいるだろう。
再び彼を見れば、肩で息をしていて絢に肩を貸すのもやっとらしく踏ん張る足にも支える手にもしきりに目を向け食いしばっていた。
たしかに、絢を運べそうな人は俺以外にいないかもしれない。が、勝手についてきた絢になぜ俺が……
「ソラ、お願い。助けてあげて」
アイリスも同じ意見か。ココに二人を置いて行く意見はもうとおりそうにもない。
「わかった」
「……私の頼みは嫌そうな顔をしたのに、アイリス様の言う事はあっさりと聞くのですね」
「それは」「言わなくてもわかってますよ」
イヨから頼んだ事なのに不満そうな声の理由がわからない。
「もういいです」
こうして道中はなぜか不機嫌に口を尖らせ顔を背けるイヨを先頭に、背に乗せるときに申し訳なさそうに眉を下げた絢を背負った俺の両隣にアイリスと優が並んで進んだ。
一行はそのまま獣や魔のモノに出くわす事もなく休憩を挟みながら道を進み、峠をひとつ超えて森も抜け、日も傾きかけた所で分かれ道と東側を紺色の海に接している小さな漁村が見えた。
「今日はあの村で泊めてもらって休みましょう。おそらく開拓村です」
「……開拓村?」
背中からの絢の問いかけにイヨは頷いた。
「新たな土地へ移り住んだ人たちが作った名もなき村の事です。国と国の間や未開拓の地にある事が多いですので、旅の者たちや行商人が泊まれる場所として重宝されているそうです」
「そうなんですね」
野宿ではないとわかるアイリスと絢は顔を合わせ息を吐いているらしい様子から察するに安堵しているようだった。ただ、提案者なはずのイヨは何か言いたげに俺を見て口を微かに動かし、そしてアイリスを見た。
……あぁ。獣耳を尻尾がついた少女がいるからか。それに珍しい異国姿の二人も加われば奇妙な目で見られる事は避けられそうにもない。
ただ、優と絢が野宿して翌日もその翌日も歩けるようには思えなかった。一行はそのまま目の前にある開拓村へと進んで行く事にした。
こうして辿り着いた村の入り口。見渡せる程度の広場の中心にある井戸を囲うように集まった二桁の建物の数からして住人はおそらく数十人から百数十人程度の小さな村。
建物は家と倉庫、そして小さな畑を囲むように大型の獣の侵入を阻めそうな程度の荒い柵が申し訳程度で囲われており、入り口らしき門もとりあえずらしい簡易的なものであった。その外側は東側を海に面し、村から見える範囲でさらに外側に畑が広がっているが見張り台はない。その畑もよくよく見れば用水路らしき小さな溝が見えた。
見覚えは、なしか。
過去の記憶とは関係がないらしく海、建物、それらを含む風景を見ても覚えはない。ただ、初めて見る同じ姿をした人が住む村とあって、感動に似たこみ上げてくる何かと体が温かくなるのを感じた。
「みなさんはココで待っていてください。先に私が行って話をしてきます」
そう言ってイヨは先に進むとたまたま居た村人に話しかけ、お礼を言っているのか頭を下げると奥へと案内されていった。
その間はとくにやる事もなく絢を背中から降ろした。するとアイリスに意味もなく抱き着き頭を撫でて、その後は海を指差し話している姿を優と眺めているとイヨが小太りした壮齢の男性を連れて戻ってきた。
「ようこそ、よくお越しくださいました」
ニコニコと笑顔を見せ、背を丸くして見上げる姿はどうやら俺たち奇妙揃いな一行を歓迎してくれているようだった。
気軽さを感じさせる声も人当たりのよさそうな顔。俺たちを見て驚いてはいたようだったが嫌がっているようには見えない。
「よろしく頼む」
俺が言えば、それに合わせたようにアイリスと優、絢が揃って頭を下げた。
「はい、わかりました。私がこの村の長をしておりますのでご安心ください。神無月ノ巫女様ご一行を歓迎します。どうぞみなさんついて来て下さい」
神無月ノ巫女様。敬称通りに快諾して案内してくれたのは、空き家らしき他の家と似た形をした簡素な建物だった
先にイヨが中に入ると灯りがつけ、続いて中を入る。照らされた室内は木材でできていて、手入れも行き届いていて埃も見つからないが大きな間取りがひとつだけ。小屋よりは倍ほど大きくはあったが、五人の男女が気にせず寝るには両手を広げればぶつかる程度には狭かった。
「すみません。この村は小さく宿もないもので。男性の方々はココとは別に……」
「いえ、ありがとうございます。私達五人はココで十分です」
村の長の言葉を遮りイヨがはっきりと穏やかな口調で答えた。
「そうですか? でしたら必要になったらときにおっしゃってください」
「ありがとうございます」
小太りな男はニコニコしながら頭を下げると家から出て行った。
優と絢、アイリスは疲れたと息を吐きながらその場で座り込む。が、家の戸まで丁寧に見送っていたイヨは戸を閉めて俺の隣に立つと三人には気づかれないように顔は三人に向けたまま小声で囁いた。
「あの村長。どう思いますか?」
どう思う、か。
出会った時の仕草、家に案内してからの振る舞いを思い出す。
初めての友好的な初対面だった相手という感想しかないが、それはイヨも見ていたはず。つまり聞きたいのはそういう事ではなさそうだ。
「わからん。何か気になる事であったか?」
「はい……あ、いいえ」
どっちなのか。
「気のせい、かもしれません」
イヨは曖昧な苦笑いをすると行水する一式を借りてくると出て行ってしまった。
イヨが戻ってからも休憩を挟み、人行水用のお桶と手ぬぐいを用意してもらう。水は井戸から、温めるには優が協力してすぐに終わり。俺と優が外にでて建物の中で女三人で交代で使う。イヨ曰く。
「巫女は清らかでなければならない。そのそばに居る人たちも含めて」
らしい。そしてイヨの強制で俺と優も交代して行水をする。その頃には日もほとんど沈みかけており、女三人は終わるまでずっと建物の前で待ってくれていたようだった。
「終わりましたか?」
「ああ」
「先ほど村長さんから私達を歓迎する夕食のお誘いも受けましたよ」
「なら、待たずに中に入って」「できません!」
イヨがなぜ怒っているのか理解できないが、なぜか優が顔を赤らめぶんぶんと横に振っていた。
伝える大事な用があっても行水中に異性が立ち入るのはダメな事らしい。次からは気を付けよう。
「コホン。とにかくです! 村長様をお待たせしているのですぐに向かいましょう」
話も終わったところでイヨの姿に気づいた。ただ適当に束ねられていた髪が丁寧に整えられ、艶があるように見える。
「髪をといてもらったのか?」
「え? えぇ。お誘いを受けたのでソラ様と小野ノ川様を待っている間に道具を借りて、絢さんにつげ櫛で整えていただきました」
「そうか。とてもきれいだ」
イヨが何故か奇妙なモノをみるかのように口をぱくぱくさせている。
……何か、変な事を言っただろうか?
「私は?私は? リボンで飾ってもらったの」
袖を引っ張るアイリスも絢にしてもらったリボンという色鮮やかな道具が髪へ丁寧に結ばれていた。
「ああ、きれいだ」
アイリスは対照的にいつもどおりニコニコしている。その様子を見て絢も絢で優に尋ねていた。
よくわからないが、尋ねてから褒めてもらうのが習慣なのかもしれない。なら、手順を逆にしたイヨの反応にも納得だ。
そう頷くと、コホンと咳をしたイヨが歩き出し、皆それに続いた。
その建物は村で最も大きく祭事の建物らしく、外見に大きさに見合うように詰め込めば五十人が入れそうな広い空間。そこへ村の長と親しいらしい人たちが集まっていた。日が落ちた夜にも関わらず、灯りで明るく照らされた空間に村の長が直々に導くようにして案内され、俺たちはイヨから順に並んで座る。向かいには数名の男の村の人たちが座り、その中央に案内を終えた村の長が座りなおした。
おそらく、これが普通の歓迎なのだろう。か?
女は運び役らしく膳に置を持ち込むと料理を置き、そそくさと建物から出ていく。冷温どちらもある料理だったが温かい汁物や焼いた肉系は特に食欲をそそる美味しそうな匂いをさせていた。
「よくお越しくださいました。召し上がってください」
「ありがとうございます」
イヨが礼を言い、宴席は和やかな雰囲気で始まり、イヨたちに旅での出来事や行き先を尋ねたり、村の食べ物自慢や日常を話して親切にする村長や村の人たち。
ただ、その今まででもっとも親切な対応がイヨが尋ねた言葉を思い出させた。
『あの村長。どう思いますか?』
今も歓迎してくれている。それは紛れもない事実で素直な感想だ。ただ、通り過ぎるだけの一行に対してココまで歓迎するモノなのだろうか。
神無月ノ巫女様。仮にそれが特別な地位であったとしても出会った時には付き添いすらいなかった巫女がこんな歓迎をされるような存在には思えない。
これまでにろくな初対面がなかった俺の偏見ではあるが、目的があるとみるべきだろう。そう、例えば何か面倒事を頼むつもりか。それとも他に何か理由が?
無償の善意。そう受け取るにはあまりある歓迎に疑いを感じ、目の前に座る男の目線、手の動き、衣服の状態をあらためてつぶさに観察してみる。
男の人数は七人。武器を持つのは村の長の左右に居る二人の剣のみ。その二人は俺の視線に気づいて目を合わせる程度で他の者は皆俺たちの方へ視線を向けてしている事といえば育てた作物で作られた料理をを勧めているくらい。
面倒事を頼むつもりならイヨに任せておけばいい。ただ、他の理由を警戒するなら目の前の料理すらも怪しい事になる。が、ただの憶測で疑いを言ってしてしまえば、歓迎を台無しにしたうえ巫女であるイヨのメンツを潰してしまう事になる。……やむを得ないか。
仕方なく膳には俺は食べたフリをするために口に含み、流しこむフリをしながら口に含んだものを濁った色のしたお吸い物に吐き出して飲み込んだように見せかける。
口に含んだ以上、多少は摂取してしまうが飲み込むよりはまっしだと思うことにして。
「おや、男の方は食が細いのですか?」
思わぬ村長の指摘にまわりを見渡すと、笑顔で食べている女性たちに対して落ち込んでいた優も食が進んでいないようだった。
「いえ、そんな事は……。ソラ様、どうかされましたか?」
「あ、ああ。峠を越えた疲れが理由かもしれん」
「ずっと絢様を背負っていましたものね」
助かる。まるで俺の意図の察したような素晴らしい擁護だ。
「でも、体力を取り戻すなら尚の事しっかりといただきませんと」
……前言撤回。肝心なところでイヨの察する力は発揮されないのか。ココで下手な言い訳をしたところで墓穴を掘るだけ。それなら。
「すまないが行水したときに忘れ物をしていた事を思い出した。今すぐ取りに戻りたい」
「すぐに取りに戻らないといけないほど大事なものなのですか?」
「そうだ。すぐに戻る」
一度外に出れば、戻るのが遅くなっても理由は何とでもなる。
イヨは咎めるように睨んだが、村長はニコニコしながら割り込むように尋ねてきた。
「よろしければ村の者に取りに行かせましょうか?」
「その言葉はありがたいが、大事なモノなので直接取りに行きたい」
村長は俺を見て、俺を睨むイヨを見てから頷く。
「そうですか。私どもはかまいません」
「すみません」
「助かる」
イヨが謝って尚も俺を睨む視線を流して席を立つ。そして、建物を出る前に剣を優に差し出す。
「すぐに戻るから預かっていてくれ」
「でも」
「他意はない。すぐ戻るから身軽にしておきたいだけだ。嫌か?」
「……」
優が受け取り備えと仕掛けは整った。
とりあえず建物を出て、泊まる家の前まで歩いて中に入ると腕を組み考える。
「さて、後はどれほどの時間を潰して戻ればいいか」
杞憂で終わるならその方がいい。イヨへの頼み事だったとしても俺には関係ない話だ。
空を眺め、身体の向きを変えながら視点を落とすと月明かりに照らされた海が見え、なんとなく浜辺に向かって歩き出す。
音はすっかり静かになり、浜辺満ち引きするさざ波のささやかな音が胸に響く。月明かりの中で広がる海は漆黒の色で、すべてを飲み込もうとする闇のようにも見えた。
静かでもないのに不思議と落ち着く気がする。それでいて……?
さざ波の音に耳を傾け、誰もいない静かな砂浜からぼんやりと眺める。過去の記憶を辿ってみるが、共通しているのは何もない真っ黒な記憶と辿ろうとしても押して返すだけのさざ波のような足掻きだけだった。
…………結局、それも過去の記憶を思い出さないといけないわけか。
この世界が自身の存在を否定しているかのような居場所のない虚しさ。そして、それを下らない事と切り捨てる思考。
そんな矛盾に思わず苦笑いすると、後ろから無警戒に近づく砂を踏む音が聞こえた。
「こんばんは」
聞き覚えのない声に顔を向けると、そこには暗闇に立つ姿があった。
月明かりだけで顔がはっきりとは見えないが、なんとなくの雰囲気からは優や絢と同じくらい年齢だろうか。衣服からして村の住む人のように見えた。
「何か用か?」
「一人で夜の海に黄昏れているようだったから気になって」
話し方は男みたいだったが、震える声と衣服からは女のようにも思える。
「こんな暗い場所に女一人で、か?」
「悪い? ちなみに娼婦じゃないから」
「そうか」
不機嫌そうな返答からやはり女らしい。刃物を持っていない事だけ確認すると、再び海の方を見る。
初対面から相手を怒らせてしまう事はもう慣れた。…………嫌な慣れだな。
怒って立ち去るのかと思ったが、なぜか女が隣に立ったまま。
「どうしてこの村に?」
「……」
「この海てほんと不思議だよね。波がほとんどたたなくて静かなんだ。そんな海の村にある近くだから。そう思っていたんだ」
「……」
…………何を言いたい?
近づく複数の足音が聞こえた。
「話聞いている? そりゃ初対面の、可愛くもない女の話なんか聞きたくもないだろうけどさ」
「……」
そういえば、この一方的に話しかける展開。どこかで?
「もし、話を聞いているのだとしたらさぁ。今すぐ逃げた方がいいよ」
「…………何?」
顔を上げると、女は前を向いたまま涙を流しているように見えた。それではまるで。
「だって……。 だって!」
話し声に紛れて背後から忍び寄る複数の足音は彼女の仲間ではないかのようだ。……なら、その可能性に賭けてみるか?
俺は後ろで振り上げる気配に合わせて背後の相手に突っ込むと、不意打ちに背後に居た男らしき者が呻きを上げた。
咄嗟に確認した暗い姿として映る敵の人数は倒した相手を含めて三人。倒した男の手からすかさず剣を奪うと、斬りかかってきた左右の二人を斬り捨て、再び倒れ込んでいた男の喉元に剣の刃を突きつける。
「騒ぐな! なぜ俺を殺そうとする? 生きたいなら答えろ」
「……」
「何をするつもりだった?」
「……」
警告しても話す気はない、か。
お望みどおりに首を斬る。そして振り返ると女は呆然としていた。隙だらけだったはずの俺の背中を狙う様子すらなく、逃げようともしないのは本当に何も知らず、彼らの仲間ではないのかもしれない。
「仲間か?」
嘘でも本当でも生きるためなら否定されるであろう意味のない問いに、案の定、女は必死に首を横に振る。それどころか。
「助けて! 私たちを、いえ、お嬢様だけでも助けて!」
なぜか必死そうな声で助けを求められてしまった。
俺を襲うつもりはない事はわかった。だが、だからといって約束もしていない相手を助ける義理はない。
すがろうとする女を無視して急いでイヨやアイリスの居た建物へと戻った。
食べ物を運ぶ女の姿はなく、周囲に人影がない建物への入口前に着き、灯りから隠れるようにしながら中の様子を伺う。そこには倒れ込むイヨと絢、そして庇うように座り込むアイリスと、身体をふらつかせながらも剣を抜いて守ろうとする優の姿があった。
その向かいには相対するように、先ほどまで笑顔を振りまいていた村長を含む五人ほどの男が剣を片手に身構えている。
二人少ない。それに残り三人の武器はどこから?
にらみ合いからして事は起こったばかりらしい。これから一斉に襲い掛かろうかという所で、彼らは優に気をとられているのかこちらには気づいていない。
……が、そこでアイリスと目があってしまった。
「っ」
思わず舌打ちして突入し、まずはアイリスの視線に気づいてこちらに振り向いた男の首をはねる。
突然の出来事に驚きに狼狽える彼らの表情を前にして勢いで倒すのは容易だった。戦い慣れていないのかただ死が怖いのか、怯む相手は自ら俺の進もうとする道をあけそのまま駆け抜け一気に剣の動きの鈍い村長を斬り捨てる。そして、逆上される前に残りも始末しようとしたときだった。
「降参して! 武器を捨てて!」
アイリスが俺を庇うように。正確には俺が村の人たちに斬りかからないように止めなら彼らに向かって叫んだ。
「なにを」「早くっ!」
禍根を残さないならこの場で武器を持つ者は全員を殺しておくべきところ。
だがアイリスの有無を言わさぬ叫びにあっさりと従って三人は剣を捨ててしまった。
「ソラ。みんな降参したよ。だからもう大丈夫。だから……」
殺さないで。と言いたいのが目と口元を結ぶ表情を見れば続きを言わなくてもわかった。
生ぬるい情に力が抜けて思わずため息がでる。そして俺も警戒は維持したまま剣をおろした。
「優、まだ動けるか」
優は急に顔を青ざめさせ、血を流して倒れる男を見て隠れるようにしながら嘔吐していた。
が、意識はなんとか持ちこたえたらしく、弱々しいながらもこちらを見て頷いた。
「……はい」
「なら、お前はアイリスと一緒に絢を運んでくれ。俺はイヨを運ぶ」
持っていた血まみれの剣は捨て、優に預けていた剣を受け取ると、何も知らずに眠る二人を一緒に運んだ。
了