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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
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9、「ココは?」今はただ前に進めばいい。

ミコト      ・・・創造主を自称する謎の存在。


ソラ       ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。

アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。

神無月イヨ    ・・・日ノ国の巫女。人。


百鬼       ・・・魔の王の復活を目的としている集団らしい。

獣人       ・・・人と同じ二本足で立ち、衣服を来た獣姿の存在。


「ソラ!」


 呼びかけと共に、ぼんやりとした視界から徐々にハッキリと映ったのは、目に涙を滲ませ口をきゅっと噤むイヨの顔だった。


 どうやら元の場所へと戻ったらしい。


 背に伝わる地面の硬さから、俺が仰向けになっていることが分かる。そのまま顔を横に向けると、アイリスも仰向けに倒れていた。囲んでいたはずの血の池はいつの間にか跡形もなく消えている。その周囲では暗がりの中でヤシロが時の流れが再開したように今も燃え続けていた。


「アイリスは、無事か?」

「え? ええ。……きゃっ!?」


 背筋が凍るような気配に身体が勝手に動き、俺はイヨを庇うように転がって避けた。その直後、さっきまで俺が倒れていた地面に黒い槍が突き刺さった。


「え? なにこれ? 黒い槍? どこから?」

「はじまったらしい」

「はじまった?」


 ようやく意識がはっきりとした。俺は立ち上がり、イヨに手を貸して立たせながら空を見上げる。月明かりに照らされた漆黒の空に、不自然に浮かぶ無数の黒い点が微かに見えた。


 ……一発だけじゃないのか。いや、考えてる場合じゃないな。


「イヨ、すぐに逃げるぞ」

「え?」

「先に走れ!」


 イヨは頷いて進行方向を確認し、こちらに顔を向けつつ鳥居へ向かって走り出した。俺は倒れていたアイリスを抱きかかえ、その後に続く。イヨは鳥居までの距離を見ながら、俺の速度に合わせて横並びになる。


 直後、先ほどまで遥か遠くだと思っていた無数の黒い槍が、最初に突き刺さった黒い槍の場所から広がるように地に突き刺さっていく。その数は数百本、あるいは千を超えているかもしれない。八方に広がり迫り来る地に刺さる音が、俺たちとの距離をみるみる縮めていた。


「なっ!? なによ、あれ!?」


 振り返ると、突き刺さった槍の根元から黒紫の煙が蒸発するように立ち上り、やがて霧となって境内に広がっていく。


 ……穢れ。ミコトは抑えると言っていたはずだが。


「急ぐぞ!」


 アイリスを抱きかかえ、足元に注意しながらできる限りの全力で走る。槍はその広がる勢いを増しながら地に降り注ぎ、俺たちのすぐ後ろまで迫ってきていた。鳥居が目前に迫ったその時、黒い槍が俺たちを串刺しにしようと降り注いだ。

 だが、光が俺とアイリス、そしてイヨを包み込むように展開し、半透明な傘のようなそれは、槍が触れるたびにそれを霧散させた。


「なに、この光……」


 イヨが驚きの声を漏らす。


「イヨじゃないなら……ミコト、か。助かった」

「ミコト……様?」


 鳥居を抜けた瞬間、黒い槍の雨は止み同時に光も消えた。俺たちはその場で足を止め、ヤシロの方を振り返った。


「……助かった、の?」


 イヨがそう呟く。まるでその言葉に答えるように、黒紫の霧が境内を満たしていき、建物も炎も飲み込んでいく。鳥居から見えたヤシロを含む三つの建物すべてが霧に覆われ、足元の地面すらも見えなくなっていく。霧は鳥居の直前でまるで壁にぶつかったように止まり、上空へと行き場を求めるように高く昇っていく。


「これは……すぐに逃げないとな」


 イヨが俺を睨みつける。


「ソラ、あなた何をしたの!」

「その説明をしている時間はなさそうだ。この森を出るぞ。案内を頼む」


 イヨは何か言いたげに口を開きかけたが、結局何も言わずに頷いた。その間に、俺は抱きかかえるアイリスの容態を改めて確認する。


 痛々しい傷はいくつもあるが、どれも致命的なものではない。これなら背負って運べそうだ。


「イヨ、アイリスを背負いたい。手伝ってくれ」


 イヨは無言で頷き、俺の背中にアイリスを背負わせる手伝いをしてくれた。イヨが白い火の光を灯しながら先を走り、俺がアイリスを背負って後に続く。


 ……悪い予感というのは、よく当たるものらしい。


 走って炎上していた村のところまで戻れたとき、霧はすでにヤシロだけにとどまらず、徐々に森全体へと広がり始めていた。

 鳥居からあふれ出した霧は、まるで噴火でも起こったかのように吹き上がり、鳥居の境界を突き破って、雪崩のように周囲の木々をゆっくりと飲み込んでいく。

 森のその方向からは異変を察したらしい魔のモノや獣、鳥たちの騒ぐような鳴き声が響き、霧を中心に波紋のように広がっていった。だが鳴き声に反して逃げ出してこちらに来る姿は一匹として見当たらない。

 村の中央、広場のあたりで息を整えるために俺たちは足を止めた。


「……あの霧はいったい何? ソラの反応を見る限り、ただの霧ではなさそうですけど」


「穢れらしい。あの霧に触れたら、おそらく死ぬ」


 さっきの光が再び発動して霧から守ってくれる可能性もある。だが、今はとにかくあれは危険なものだと伝えられれば、それでいい。それよりも。


「霧が何かより、今は森を抜ける方法を探す方が先だ」


 イヨは口を開きかけたが、思い直したように一度大きく息を吸って吐き、頷いた。

 そしてすぐさま、道なき道を走って先導を始めた。俺もアイリスを背負ったままそのあとを追う。やがて再び林道に出て、イヨは迷うことなく道沿いを駆けていく。


「人が通れる道はここしかありません。けど……先で百鬼たちが待ち伏せしているかもしれません」

「ここにいても死ぬだけだ。それでもいい」

「……それもそうですね」


 イヨは何かを小さく口ずさむと、ふっと身体が軽くなる感覚が全身を駆け巡った。


「今のは……?」

「私とあなたの身体能力を一時的に強化しました。まだ森を抜けるには距離がありますから」

「便利な力だな」

「……便利と思われたことなんて、今まで一度もなかったですけどね」


 視線をそらし、俯くイヨ。その心の揺れを映すように、照らす火が静かに揺らめいていた。


「だとしたら、周囲の目の方が間違っていたんだろう」

「……そう、かしら? それよりも、もっと急ぎますよ」


 体は羽のように軽く、一歩一歩が空を跳ねるようだった。急な坂道も、背中のアイリスの重みすらもほとんど気にならず、ただ前へと進んでいく。

 それでも万が一に備え、途中何度か短く休憩を入れながら走り続ける。やがて道は次第に傾斜を増し、緩やかな上り坂へと変わっていった。


「……霧とはまだ距離がありますし、ここで一旦走るのはやめましょう。人族が出入りできる登り道はここだけですが……」


 周囲には百鬼どころか、獣の気配すら感じられない。イヨは慎重に周囲を見回し、俺もそれにならうが、やはり他に誰もいない。


「……村の人たちは全滅、か」

「おそらくは。それに、ここにいないということは村を襲っていた百鬼たちも、です」


 道中で百鬼に遭遇することはなかった。人はおろか、魔のモノすらも。

 周囲に注意を払いながら、少しの間その場で休息を取る。だがやはり遭遇する事はなかった。俺はアイリスを背負ったまま、イヨとともに坂道を登り始めた。

 森は方は暗闇が濃く、そのせいか霧の接近も確認できない。


「夜が明ける前に登りきった方がいいな」

「暗いし足場も悪いし、最悪ですね。……ただ、それなら少し力を温存したいので、身体強化はここで解かせていただきます」


 頷き、山道を登る。坂はやがて整備された石段の階段へと変わり、西へ東へと折れ曲がりながら、幾度も休みを挟んで進んでいく。イヨの灯す光を頼りに、息を切らしながら登り続けた。


 こうして森林限界を越え、息も絶え絶えになりながらも足を進め続けると、夜明けと同時に階段は終わり、道はなだらかな坂へと変わった。その先に、小屋らしき建物が見えた。顔を見合わせて無言のまま頷き合い、二人で小屋に入る。


「も、もう無理……」


 山頂の山小屋に入るなり、イヨはうつ伏せに倒れ込んだ。


 俺はその隣にアイリスをそっと寝かせ、同じように横になりたい気持ちをぐっと堪えながら、見張りのために扉に手をかける。


「そ、外に出ない方が……いいですよ」


 イヨが息を切らしながらも声をかけてきた。


 彼女は気だるげな様子で手をつき、上半身をゆっくりと起こすと、小屋の棚からまるで有ると知っていたかのように取り出した衣服をアイリスに着せ始める。


「どうしてだ?」

「ここは山頂付近です。……まぁ、身をもって理解した方が早いかもしれません。好きにしてください」


 ため息まじりに言うイヨの態度に首を傾げながらも、試しに扉を開けて外に出た。

 一歩踏み出した瞬間、肌が凍りつくかのような極寒の空気が身体を包んだ。


 たった一歩下がって小屋に戻る。室内はまるで嘘のように寒くない。その意味を問いかけるようにイヨに視線を送る。


「わかりましたか? 私が調整しているのです。ただ、外気との温度差を緩和するのは非常に難しくて……。ちょうどこの小屋くらいの範囲が限界なんです」

「もしそれがなくなったら?」

「この格好では、三人とも凍えてしまうでしょうね」


 彼女が先ほど身体強化を解くと言っていたのを思い出し、その理由にようやく思い至る。


 つまり……山を登っているあいだも、彼女は保温に力を使ってくれていたのか。


「いつまで保てる?」

「そうですね。そういう訓練はずっと積んできましたし、途中で何度も休憩を挟めたので、まだ大丈夫です。ただ、持続には限界がありますからこの休憩が終わったら、できるだけ早く山を下りたいです」

「わかった。アイリスが目覚めたらすぐに降りよう」

「……うぅん」


 ちょうど会話が途切れたところで、アイリスが小さく呻きながら目を覚ました。


「いっ!? ここは?」


 痛む身体をさすりながら、アイリスは周囲を見回す。そして、不思議そうに俺を見つめたかと思うと、目を大きく見開く。


「ソラ!? に、………………ん?」


 今度はイヨを見て首を傾げた。


「私は神無月イヨです」

「彼女は、アイリスの味方だ」

「かんな? 味方?」


 まあ、目覚めたばかりでいきなり味方と言われても、反応に困るだろう。

 アイリスはぽかんとしていたが、再び周囲を見渡し、自分の傷跡に気づいた瞬間、記憶が戻ったのか顔色が変わる。


「みんなは!?」


 慌てて小屋を飛び出すアイリス。

 外は凍りつくような寒さだというのに、そんなことは気にも留めず、森があった方角を呆然と見つめたまま立ち尽くしていた。

 イヨが慌ててアイリスのもとへ駆け寄り、そのあとを俺も追った。


「そんな、そんな……。……だって、私が……」


 彼女の視線の先、日の光に照らされた景色には、黒紫の霧にすっかりと覆われた森が広がっていた。

 霧は炎さえも呑み込んだのか、燃えていたはずの森は静まり返り、その中央には、まるで朽ちた古城のような影が、霧に浮かぶ異界のように佇んでいた。不気味で、現実とは思えない光景だった。


「私が……、私のせいで……。そう!」


 アイリスが俺の腕をつかみ、顔をこちらに向けて叫ぶ。


「村の人たちは!? ねぇ、村の人たちはどうなったの!?」

「……彼らは、死んだ」

「え……? でも……、だって…………!?」


 アイリスは拒絶するように震える唇でうわ言を呟き、手を震わせながら、何かを言いかけて口を開いたが言葉は出てこなかった。

 代わりに、ぽろぽろと涙をこぼし始める。やがて嗚咽が漏れ、それは悲しみの声へと変わっていった。


「もう少し言い方があるでしょう!」


 イヨの声が鋭く響く。

 おそらく、その通りなのだろう。だが俺が何をどう伝えようと、彼らが百鬼に殺されたという事実は変わらない。

 霧に包まれた森を見つめながら、ただ泣き続けるアイリス。


 俺は約束を守った。できることをして、アイリスを救った。……本当に、救えたのだろうか?


 過ぎた出来事を思い返し、そしてその結果とも言える、アイリスの悲しみに歪む表情を見つめる。


 約束を守ったというのに、誰一人として救われてはいない。それどころか、約束を守ろうとしたことで、この地は失われ、村の人たちは命を落とした。そして俺は、ミコトとこの穢れを祓うという、新たな約束を交わすことになった。

 本来なら、ここで膝をついて嘆くべきなのかもしれない。けれど今の俺には、そうした感情すら浮かんでこない。

 それどころか進むべき道が、今はハッキリと見えている。


「東……」


 思わずそう呟きながら、山の頂から東の方角を見やる。そこには、広大な平野が広がり、さらにその先には南側に海が見えた。


 この先に何が待っているのか。

 結局、(ミコト)には三つの質問内容へと自然に誘導されてしまい、肝心なことは何一つ明かされなかった気がする。この霧の正体も、約束が果たせる未来も、そして俺自身の記憶すら今も戻ってはいない。

 それでも、前に進まなくてはならない。自分で選んだ約束なのだから。


 ……俺に、本当にできるのだろうか?


 思わず漏れかけた疑念を、喉の奥で押し殺し、ふと我に返る。

 隣には、イヨとアイリスが静かに立っていた。いつの間にか打ち解けたのか、イヨは優しくアイリスの肩に手を添えながら、俺を見つめている。

 その二人の頭を、そっと撫でながら、俺は呟くように伝えた。


「行こうか」


 目指すは、イヨがかつて暮らしていたという日ノ国。

 今はただ前に進めばいい。

はじまりのはじまり


おわり


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