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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
1/45

1、「くぁwせdrftgyふじこlp」 これがはじまりだった。

………………


…………


……


「……も、もぉし……かぁ?……れ?」


ツンツン


「もしもぉし、死んでいますかぁ?」


ツンツン


…………何だ? それに……暗い?


ツンツン


 あぁ、夢を見ていたのか……。もう少しだけ、続きを見ていたかった気がする。


ツンツン


 ……何かをやり残したような? たしか、最後に見たのは……


ツンツン、ツンツン、ツンツン


「もしもぉし、死んでいますか? もう五回目ですよぉ。死んでたら返事してくださぁい」


「…………」


 いや、死んでたら返事はできないと思うのだが。

 それにその問いかけだと、返事をしたら死んでいることになってしまう。まったく、変なことを言うのは誰だ?


 暗闇に、眩しい光が差し込む。

 ぼんやりとした視界が徐々にハッキリととし、目の前に映ったのは、あどけなさの残る少女らしき顔だった。


 声をかけておきながら、俺が目を開けたことに気づいていないのか、なぜか俺の耳たぶを指先でムニュッ、ムニュッとつついている。


……俺をつついて何が楽しいのか。

……というか、そもそもコイツは誰だ?


 見覚えのない顔を眺めていると、ようやく気づいたのか目が合い――固まった。そして次の瞬間、大きく目を見開き、口をパクパクさせて、


「ひぇあっ!! くぁwせdrftgyふじこlp!」


 間の抜けた、意味不明な悲鳴を上げて視界から消えた。

 後には、空を覆うように広がる深緑と、その隙間から覗く青空。


 目覚めには最高にふさわしい空だ。……空?


 その疑問に応じるように、背中越しに伝わる土のような感触。

 そよ風とともに漂う、生ぬるく青臭い緑のにおい。


 まさか、と思い上半身を起こした瞬間――


「っ!?」


 後頭部にズキッと鈍い痛みが走った。

 手をやると、そこにはコブのような膨らみがある。


 どうやら、頭を打っているらしい。


 大きく息を吐き、立ち上がると、他に痛みがないか身体を確かめる。

 衣服はところどころ破けており、かすり傷や打撲の痕から、ヒリヒリとした熱を帯びた痛みが今さらのように伝わってきた。


「……何があったんだ? それに、ここは……?」


 周囲を見渡すと、深緑の茂る木々が視界の先まで続き、後ろは絶壁に近い崖となっている。


「見覚えはない。そして痛む身体。つまり……」


 思わず崖の頂上に目を向ける。

 崖は空を仰ぐほどの高さで、大人十数人分はあるだろうか。


「崖から落ちた?」


 それなら、この身体の痛みも説明がつく。

 そう――崖の上から落ちて、頭を打ったとしたら。……したら?


「……そうだとして、そもそも助かるのか?」


 呆然としながら、倒れていた場所に視線を戻す。

 そこには、上から落ちてきた証のように、折れた枝葉や所持品らしきものが散らばっていた。


 が、それにしても……頭のコブとかすり傷程度で済むような状況ではない気がする。


――いや、済んでいないからこうなっているのか。


 まだ記憶が混乱しているのか、落ちた記憶すらない。


「剣、小さな袋……それにペンダント、か」


 肩から手先ほどの長さがある剣、茶色い布のような袋、そして銀色の細い鎖に繋がれたペンダント。

 どれも見覚えがなかった。


 呟いても何も思い出せない事にため息をつき、まずはペンダントを手に取って眺める。


 チャームは半透明の、滴の形をした白い宝石のような石。そこに黄金色で梅の花が描かれていた。

 美しく、神秘的な印象だが――男が好んで身に着けるような代物には見えない。


 ただ、眺めているうちに、ある言葉がふと浮かんだ。


「……やくそく。っ!?」


 その瞬間、ペンダントが眩い光を放ち始め、殴られたような激しい頭痛と、耳をつんざくような甲高い音が襲いかかった。


 思わず目を閉じた刹那、白黒で誰かの姿が映る。


……ただ、それはほんの一瞬のことだった。


 瞼を開けた時には、痛みも音も、すでに消えていた。


「……何が起こった?」


 胸の奥にざわざわとした感覚だけは残っている。

 それなのに、約束と呟いた理由も、見えた姿の人物も、思い出せない。


――これも、頭を打ったせいなのか?


 再びペンダントを見つめるも、今度は何も起こらなかった。


 俯きたくなるような落胆を感じながら、ため息をつく。そして、ここまでの状況を声に出して整理してみる。


「崖から落ちたかどうかも覚えていない。このペンダントにも心当たりがない。……もしかしたら、記憶でも失ったのかもしれないな」


 笑えない冗談だと鼻で笑い、とりあえずペンダントを首にかけ、小さな袋を腰に結びつける。


 そして、なぜ自分がここにいるのか――考えながら、細長い鞘に収まった剣に手を伸ばしたとき、ようやく“事実”に気がついた。


「……本当に笑えない」


 どうやら本当に――記憶を失っているらしい。


 これがはじまりだった。

了 A

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