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緊急事態

   ――Another Vision――


「それは……どういうことだ!」


 翌朝。指令所として設営された天幕の中で、報告を聞いたセレグディアは大きく声を上げた。


「落ち着け、セレグディア」


 そんな荒れ狂うセレグディアをアラノストが諫める。


「この状況で落ち着いてなどいられるか! エリンディス様が姿を消したのだぞ!」


「だからと慌てたところで、良い結果などにはならんぞ!」


 アラノストが強く斬り返すと、セレグディアはそれにより押し黙る。そして、しばしの沈黙がこの場を支配する。


「それで、その後はどうなっている?」


 場が静まるのを見てアラノストは報告を告げたエルフに続きを促す。


「は、はい。現在、魔術を用いて詳細を調べていますが……今のところ手掛かりらしきものは出て来ていません」


「目撃情報は?」


「それも、どういう訳か、夜間にエリンディス様を見たと言う者はいないみたいで……」


「いない? 誰もか?」


「はい……」


「では、最後に会ったのは誰かわかるか?」


「それはおそらく、フェロススィギル様かと思われます」


「奴か……分かった。では、彼女を連れてこい。話を聞きたい」


「はい。ただいま」




  *   *   *




「申し訳ありません」


 フェロススィギルがアラノスト達の前に案内されると、彼女はすぐさま深く頭を下げ、謝罪を口にした。何が起っているか、理解しているのだろう。


「私が付いていながら、この様な事態を招いてしまい――」


「謝罪はいい。何が有ったか告げろ」


 謝罪を続けるフェロススィギルの言葉を断ち切り、端的に告げる。今知りたいのは状況だ。謝罪などはあとでいい。


「申し訳ありません」


 アラノストの言葉に、帰ってきたのは再び謝罪だった。


「謝罪はいいと言っている! 何があったかを放せ!」


 そんなフェロススィギルの対応に、痺れを切らしたセレグディアが彼女へと詰め寄る。


「落ち着け、セレグディア。そう脅したところでなんの意味はない」


 アラノストはフェロススィギルへと詰め寄るセレグディアを諫める。


「申し訳ないとはどういうことだ?」


 そして、再び問い返す。


「すみません。何も分からないんです……」


「分からない? エリンディスと最後に会ったのはお前ではなかったのか?」


「それは、おそらく間違いではないと思います。けど、最後に会ったときは……特に変わった様子などはなかったので……なので、よく、分からないんです……」


「そうか……了解した」


 もしかしたら、何かあったかもしれない。そう淡い期待を持って話を聞いたが、やはり予想通り何も知らない様子だった。となると、エリンディスの喪失、それの原因は――最も考えたくない要因によるものへと変わってしまう。


「申し訳ありません」


 再度、フェロススィギルが謝罪を告げてくる。


「今欲しいのは謝罪ではない。そんなことをする暇があるのなら、今どうするべきかを考えろ」


「はい」



「で、どうするんだ?」


 フェロススィギルからの聴取が終わり、再び場が静まり返ると、今度はセレグディアが尋ねてくる。


「そう聞かれたところでな……」


 どうするべきか、それを聞きたいのは自分の方だと言いたくなる。


「魔術による探知はどうなっている?」


「申し訳ございません。先ほどからやっているのですが……」


「結果は出ないのか?」


「はい。補足できていません」


「占術妨害か?」


「それもあるかと思いますが……どうやら、エリンディス様は森の奥にいるらしく……探知そのものが機能していないみたいです」


 エルフからの返答にアラノストは溜息を共に頭を抱えた。


 エルフの森の奥は妖精界に繋がっている言われている。そのためか、次元が歪んでいてい、その影響で通常の探知魔術は機能しない。ちょうど、エルフ達が竜の居場所を補足できていないのと同じ理由だ。こうなると探し出すことが難しくなる。


「なぜそんなところに……」


 当然の疑問だろう。だが、最も最悪な状況を考えるに、こうなる事は予想できた。


「連れ去られたか……」


 最悪な状況――アラノストはその予想を口にした。


 夜間何らかの方法で、エリンディスを捕縛し、連れ去った。そう考えれば、人の目にさらされず姿を消し、そして、探知されにくい森の奥へと逃れる。一応、筋が通る。


「誰が……そんなことを」


「さぁな。俺達エルフに危害を加えたい存在などは多くいる。そのうちのどれかだろう。この状況でエリンディスを失うことは、俺達にとって、最も致命的になりえる状況だからな」


「だが、今回の行動には、外部の者の助など頼んではいない。我々の状況を知る者などほとんどいないはずだ」


「人間の……冒険者達が居る」


「奴らにこの事を話したのは、つい昨日だぞ!」


「人の口に戸は立てられないという。事前にどこかから漏れていたかもしれない。そうでなくても、何らかの方法で知るすべはあったのだろう」


「クッソ!」


 セレグディアから悪態が零れる。


「原因が何であれ、俺達のやる事は変わらん。だが、もし本当にエリンディスがさらわれたのなら、エリンディスに何か危害を加えられるかの可能性が出てくる。となれば、急がねばならない」


「なら、どうすると言うんだ!」


 再びセレグディアの怒声が響く。大分抑えられなくなってきている。無理もない事だろう。エリンディスは、エルフ達にとって古きエルフの象徴である、唯一の(ハイ)エルフだ。神子である事もそうであるが、彼女がエルク達から特別視されるのはそこも関係している。彼女がエルフ達に与える影響は計り知れない。


 不安、憤りなど、やり場のない思いがこの場を錯綜し、答えの見いだせない問いを巡らす。


 魔術による探知は無理、人力で探すにしても森は広大であり、危険もある。そう簡単には見つけられない。他の方法は……すぐには見いだせない。完全に手詰まりだ。


 深く、深く考え、そして、正解と呼べる回答が出せず、アラノストは息を付いた。そして、思考を断ち切ると立ち上がった。


「フェロススィギル。俺と来い」


「は、はい!」


 そして、先ほどから黙ったままのフェロススィギルに声を掛けると、天幕の外へと歩き出した。


「どこへ行くつもりだ」


 セレグディアが呼び止める。


「しばらくこの場を離れる。その間、指揮は貴様に任せる」


「こんな時にか!?」


「こんな時だからだ。兵は死なすな。できるだけ生き残る事を考えろ」


「エリンディス様はどうするつもりだ!」


「それも任せる」


「お前! 状況が分かっているのか!?!」


 アラノストの返答にセレグディアは大きく怒りを見せ、詰め寄ると胸元を掴み上げた。


「分かっているから、お前に任せているんだ」


 強く怒りを見せるセレグディアに、アラノストは強く見返す。


 どれくらいそうしていただろう、しばらくそうすると、セレグディアは手を離した。


「分かった。何をするつもりかは知らんが、勝手にしろ」


「では頼む」


 解放されるとアラノストはすぐさま踵を返し、天幕の外へと出て行った。




「よろしいのですか?」


 アラノストが天幕の外へと出て行くと、残ったエルフの一人がセレグディアにそう尋ねた。


 この重要な局面で、全権を担う指揮官が持ち場を離れるなど、はたから見れば異常な光景だ。


「構わん。奴はいつもそうだ。肝心な事は話そうとしない。奴なりに考えのあっての行動だろう。問題はない」


 相変わらずの憤りは感じる。だが、これでいい。そうセレグディアは思えた。


 アラノストは秘密主義の男だ。何か重要な事があると、必ずと言っていい程隠したがる。長年の付き合いであるセレグディアにさえ離さない。こういう場面で、その癖が出るという事は――何か大きな解決策に思い至ったという事だ。それが、セレグディアにわずかながらの安心感を与えてくれる。


「いつも通り、俺達は俺達で、やるべきことをやる。それだけ」


 そして、軽くテーブルを叩くと、セレグディアは広げられた地図を睨みつけた。

お付き合いいただきありがとうございます。


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