面倒な人間関係
アラノストとの話を終えると、俺はそのまま宿泊施設としてあてがわれた場所へ戻るため、王宮を出た。
外はすでに日が暮れ始めており、かなり暗くなっていた。
エルフ達は人間と違い、夜目が効く。そのため、人間が暮らすアリアストとは異なり、街灯などは殆どなく、街を照らす明かりは時折と灯されていた、淡い『妖精の灯』と呼ばれる魔法の明かりだけだった。
そんな薄暗い通路を抜け、地下へと続く通路を目指す。そんな時だった。
「あ」
通路の向こうから、魔導灯を携えたクレアが歩いて来た。
「何やってるの?」
目が合うと声を掛ける。
エルフは人を嫌っている者が多い。だから、夜で視界の利かないこの時間に外へ出るのは少々危険だ。そう思って、そう尋ねた。
「それはこっちのセリフです。どこへ行っていたのですか? 一人だけ戻るのが遅かったみたいですけど」
尋ねると逆に問い返されてしまった。どうやらアラノストとの話が長引いてしまっただけに、一人残される方になってしまったようだ。
「ちょっと古い知り合いに呼び止められちゃってね。話してたらこんな時間になったんだよ。もしかして、探しに来てくれたの?」
「それはそうですよ。何かあったら困りますし、PTですから心配もします」
「そうか。それは悪い事をしちゃったな」
「何もなかったなら、それでいいですよ。唐突だったんでしょう? なら、仕方ないです」
「まあ、そうだな」
「じゃ、戻りましょうか」
そう答えると、クレアは俺の隣に立ち、歩き出した。
クレアが隣に立ち共に歩く。そういえば、こういた事は初めてかもしれない。何だかんだでクレアと二人きりになる機会は何度かあったが、そこには大体何かしらの理由があったりした。だから、こうやって何となく二人きりになるのは、ちょっと不思議な感覚だった。
「そう言えば、ユリさんは、一時期ここに――エルフの国に住んでいたんですよね? 古い知り合いというのは、その時の方、ですか?」
歩き始めるとクレアがそんな事を尋ねてきた。
「そうだな。昔ここに住んでいた時に、いろいろと良くしてくれた相手、って感じだな」
「そうですか。どんな感じでした。久しぶりに会った感じは」
「どうって、基本的に変わりはない、かな。エルフは人間よりゆっくりと歳をとるから、そんな簡単に変化は見られないよ」
「そう、ですね」
「まあ、だから逆に変な感じだったかな。俺はあの時とは違っているのに、向こうは全然変わらないってのが」
「へえ~。そうだったんですか」
「本当に驚いたよ。記憶にある通りなんだもん。知識として知っていても、実感として見ると、やっぱり感じ方が違うね」
「へえ~、その方は、女性の方、なんですか?」
「へぇ?」
取り留めのない何気ない会話。そう思っていたら、けど、唐突に変な事を聞かれた。
「あ、えっと、今のは……すみません。聞かなかったことに……」
一拍遅れて、自分の発言の意味に気付いてクレアが、顔を赤らめながら取り繕う。
「急にどうしたの……?」
最近クレアの様子がおかしい。そう感じることが少しあった。急に視線を感じ、目を向けると目が合ったかと思うと、いきなり俯かれたり、そして今回のこれだ。何かあったのだろうか?
「あの……これは……なんといいますか……特別な意味があるわけでは無くて……ただ、ちょっと気になったと言いますか……」
たどたどしく取り繕いながら、そう返事を返してきた。
きっかけには何となく当てがあった。たぶん、先日あったクレアに関する問題のせいだろう。家の継承権問題。それに付いて詳しくどうなったか分からないし、結局どうなったのかは話してくれなかった。ただ、その話が出たあたり位から、クレアはずっとこんな感じだった。
でも、あれって別に俺は関係ないよな……?
「あのさ。一つ聞いていいか?」
「はい。どうぞ」
話題を変えるかのように問いを口にすると、クレアはほっと安心したように息を付いた。なんか、分かりやすいな。
「前に、クレアの家の継承問題がどうとかで、もめてるって聞いたんだけど。それってどうなったの?」
思い切って聞いてみた。すると、クレアは小さく驚きを見せると、視線を彷徨わせた。
「その話……誰から聞きました?」
「え? 前にヴェルナがそんな感じの事を言っていたからだけど……間違いだったか?」
「あ~……外からだとそんな風に見えていたんですか」
答えを返すと、ようやく納得しクレアは苦笑いを帰してきた。
「やっぱり、勘違いか?」
「あ、いえ。そう言う事ではないんですが……なぜ、そのことを?」
「なんか、最近ちょっと様子がおかしかったらか、何か関係があるのかなって」
「私ですか?」
「うん」
「それは……――」
今度は頭を抱え始めた。いろいろ大変そうだな。
「それは……関係無い訳ではなないですが……あんまり関係ないですかね」
「そうなんだ」
しばらく待って、帰ってきたのはそんなあいまいな答えだった。
「まあ、あれです。父様――父が、ちょっと変な事を言ってきてしまったので、それで変に混乱しちゃっただけです。ですので、気にしないでください」
「そう……なんだ」
相変わらず何を言っているかはよくわからない。ただ、何かしら面倒な事があった事は何となく分かった。
「あの……変な事聞いていいですか?」
「なに?」
そして、話が取り敢えずの終わりを見せると、今度はクレアから問いが投げかけられた。
「あの、もし、もしですよ。私が、結婚してくださいって言ったら。どうしますか?」
………………
…………
……
ものすっごいぶっ飛んだ問いが飛んできた。
「あ、あの。これは、深い意味とあるわけでは無くて、ただ、単純に好奇心というか、そういうので……だから……その……」
言った意味をちゃんと理解しているらしく、言い終えるとクレアはそう補足を入れてくれた。
まあ、なんだろう。酷く面倒は問いではあるけど、なぜだか大分気になっているようだった。顔を伏せたまま、時折うかがうように視線を向けてくる。
「う~ん。それは……無理かな」
少し迷って、俺はそう回答を返す。
「無理って、どういうことですか?」
「結婚とかは無理かなって事」
「それは……私相手だと嫌だって、事ですか?」
「いや、そうじゃなっくて、そもそも結婚とかっていうのが嫌だって感じ」
「なんでかって、聞いていいですか?」
「特にこれって理由はないけど……単純に嫌いなんだよ。他の誰かに合わせて、生活とか、生き方を変えたりするのって、だから、無理」
「そう……ですか」
きっぱりとそう答えを返すと、なんだか複雑そうな表情が返ってきた。
「もしかして、さっきのお父さんに言われた事って、その結婚がどうのって事?」
「あ、はい。そうですね……孫の顔が見たいから、誰でもいいから結婚してほしいって。同じ冒険者で、同じPTの相手なら、変に困らないんじゃないかって。そんな事を言われてしまったので……」
「なるほどね」
そのつもりはない。という答えを聞くと、少しは安心(?)できたのか、事の詳細を答えてくれた。それでようやく合点がいった。
「あの、もう一つ質問、というか、最初の質問に戻るんですけど、そのエルフの古い友人って、女性の方、だったんですか?」
そして、なぜだかまた、話は最初に戻った。
「いや、違うよ。なんで?」
「あ、いや。大した意味はないんですけど、よくよく考えたら、私ってユリさんの事よく知らないなぁって、思いまして、それで」
「なるほど。けど、まあ、大したことはないよ。俺の人生なんて話して面白いようなことは何もない。そんなありふれた人間です」
まあ、はたから見たら、結構特殊ではあるけど、身に起こった事とかって個人的に話して面白い事はないと思う。だから、そう答えた。
「そう……ですか」
「まあ、でも聞きたい事とかあれば、答えるけど……そんなに面白い事はないぞ」
けど、周りの人間の事は聞いておいて、自分の事は話さないというのはちょっと不公平だと思う。なので、取り敢えずそう返しておく。すると
「じゃあ、最後に一つ、聞いていいですか?」
「どうぞ」
「ユリさんて、女性の方とお付き合いしたことって、あるんですか?」
「…………」
最後に、また答えずらい問いが返って来た。ここ最近こればっかりだ……やめてくれ。
「ないよ。そんなの」
「そうですか」
最後に返せたのは、その言葉だった。恥ずかしい事とは思わないけど、なんだか負けた気がした……。
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