不意の邂逅
日が完全に沈み切り、夜になっても結局イーダは返ってこなかった。
もともとイーダが俺の家に住む事を許可した覚えはないし、そう決めたわけでもなかったが、急にいなくなられると、どうしても気になってしまった。
だから、日が暮れるまで待ってから、結局探しに出る事にした。
「どこ行ったんだ? あいつ」
とは言っても、イーダの行き先がすぐにわかるわけではないので探し回る羽目になる。
立ち並ぶ街灯が照らし出す明るい街路を抜け、四方を確認する。イーダの姿は見られない。
疲れるし、面倒くさし。今更ながら探しに出たことを少し後悔する。
一度、足を止め、自分の手へと注視する。
良く知る相手だ。魔術を使えば簡単に位置を特定できなくもないが……それは何だか相手の生活を覗き見る気がして、少し躊躇われた。
「ああ~。面倒くせ~」
結局魔術による探知はやめることにして、俺は再び夜の街を走り始めた。
本当、俺何やってるんだろう? って思う。
街路を抜け、大通りへと出ると、そこを一通り見て回る。そして、今度は裏通りへと入ると、そこで足を止めた。
「ここって……」
アリアスト全体の地形はまだ完全に把握はしていない。けれど、多くの場所は、メルカナス時代にあった時の物をそのままないし修復して使われており、メルカナス時代の地形を思い出せばある程度当てが付けられた。
そして、ちょうど入った裏通りは、俺の記憶の中でも割とはっきりと覚えている場所だった。
イーダを探しに出て、それとは関係ないことに足を止めるのはどうなのかと、一瞬思ったが、気になってしまったのだから仕方がない(言い訳)。
ゆっくりと奥へと歩みを進める。すると街灯も届かず、人気も全くない場所へと出る。記憶の中にある光景と全く同じだ。
この先には地下迷宮への入り口の一つがある。
地下迷宮には、中央の最も大きい地下への門以外にも幾つかの入り口が存在していた。もともと、地下水路として使われていたと考えられるため、メルカナスの都市全体に幾つも入り口があったのだ。
ただ、それらは地下迷宮が危険な場所と判断されてから閉鎖され、通れないようになっていた。この先にあるのはそんな入り口の一つだ。
今はどうなっているかは分からない。もしかしたら、忘れられていて、通れるようになっているかもしれない。それを考えると、どうしても確認したくなってしまった。
(管理されてない通路からならって……ちょっとずるいかな?)
しばらく真っ暗な裏通りを進む。すると暗闇の中から、固く閉ざされた鉄扉が見えてくる。あれが、閉鎖された入り口の一つだ。
見張りなどは立っていない。もしかしたら、いけるかもしれない――
「貴様。そこで何をしている?」
閉ざされた扉を目にし、一歩踏み出したところで、背後から声が掛かった。
振り返る。そこには一人の大男が立っていた。全身を覆う一揃いの板金鎧。背中には身の丈ほどある大戦斧。装備を見た限りでは都市の警備兵ではない。冒険者だろうか?
「えっと……なんですか?」
「ここで何をしている?」
男が鋭く睨みつけてくる。警戒されている。
「何って……人探し。だけど?」
「こんな所にか?」
辺りに目を向ける。ほぼ一本道の真っ暗な裏通り。とても人が来るような場所ではない。
「どこ行ったから分からなかったから、取り敢えず。かな? ここには居なかったみたいだけど」
「なるほど」
納得してくれたのか、男の警戒心が少しだけ緩む。
「一応確認だ。貴様は冒険者か?」
「そうだけど……なんでだ?」
「名前は?」
「ユリ」
「聞かない名前だな」
「一応。新人、だからな……」
「そうか……。まあいい。ここは危険だ。さっさと戻れ」
「?」
何かに納得すると、男はくいっと顎で元来た道を指し、帰るよう促してくる。
ここに居られては困る。そんな感じの対応だった。けど、まあ、揉め事になるのは嫌なので、俺はそれに従い元来た道へと引き返す。
そして、ちょうど大男に脇を通り過ぎる時――
ブウォン。ガツーン! と大戦斧を振り下ろされた。
「わっとっと……。何すんだよ」
「すまない。手が滑った」
「手が滑ったって……」
当たってたら死んでだぞ……。
「わざとではない」
両手を上げて、男は害意がないことをアピールする。何なんだ。こいつは……。
「あ~。はい。分かったよ」
これ以上関わるのはやめよう。そう思って、俺は足早にその場所を立ち去る。
結局、あの扉がまだ閉鎖されたままなのか確認が取れなかった。まあ、今日の本題はイーダの捜索だから、半分どうでもいいけど。
――Another Vision――
ユリと名乗った男が裏通りから大通りへと足早に去っていく。それを一人の男がじっと睨んでいた。
見たところユリという男におかしな点を見られない。だから男は余計にユリが気にかかった。
しばらく睨みつける。ユリの姿は裏通りの暗闇の中に消えていき、見えなくなる。それでもじっと男はユリが消えていった方向を睨み続けた。
そして、しばらくすると消えていったユリと入れ替わるようにして、通路の向こうから一人の魔術師風の女性が歩いて来た。
「フィルマン。どうかしたのい?」
魔術師風の女性は、じっとどこかを睨みつける男の姿を見て、そう尋ねてくる。
「気になる男を見つけた」
「例の事件の犯人?」
「いや、分からん。だが、俺の戦斧の一撃を見てもピクリともしなかった」
「ただ反応できなかっただけじゃなくて?」
「反応できなかったのなら、攻撃の後に怯えるなりするはずだ。だが、奴はたいして驚きもしなかった。俺の攻撃に一切の脅威を見出さなかった」
「どんかんなだけじゃなくて?」
「ただの鈍感でも、あんな態度はとらんよ」
「そうかい」
「ユリ。冒険者だと言っていたが、聞いたことあるか?」
「いや。初めて聞く名だね」
「そうか。少し調べてみてくれ」
「また私にやらせるの?」
「俺の苦手な分野だ」
「はぁ……。分かったよ」
――Another Vision end――
イーダの捜索で最後に回ったのは、あのイーダが住んでいた教会だった。
「最初からここくればよかった……」
その場所へたどり着くと、ポツリとため息が零れた。
閑散とした静かな廃墟の中に立つ、これまた静かな教会。人気が全くしないこの場所で、その教会から微かにだが人の気配を感じた。
ギギー。今にも崩れそうな軋みを上げる扉を開き、教会の中へと入る。そこには――目的の人物が、こちらに背を向けて座っていた。
「はぁ。やっと見付けた」
ようやく見つけたイーダの姿に、俺は溜め息交じりで声を掛ける。イーダはそれに振り返ることなく答えを返した。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃねぇよ。今まで何してたんだ?」
「なんだっていいだろ。私の勝手だ」
「まあ、そうだけどさ……。急にいなくなられると、ちょっとあれなんだが……」
「知らないよ。そんなの」
「ああ、そう」
いつも以上に壁を感じる態度だ。いや、強く拒絶している様に見える。
「何かあったのか?」
「何かって?」
「いや、いつもと違うというか……避けられている様に感じられるんだが……」
「あんたと仲良くする道理なんてないだろ」
「いや、まあ、そうかもしれないけど……」
ダメだ。完全に話なんてするつもりがないって空気だ。
「とりあえず。今日は帰ってくるのか?」
「私がどこに居ようが、私の勝手だ」
「そうですか……」
ダメだ。完全に取り付く島もない。
「まあ、いいや。居場所も分かったし。とりあえず、俺は帰るよ」
「とっとと消えろ」
「はい、はい」
イーダの返事を聞くと、俺は踵を返し、その場を立ち去るように歩き出した。
この寂しい場所にイーダを置いておくものどうなのかって、少し思ったが。けれど、イーダが何処に居て、何処に居るべきなのかを決めるのは俺ではない。俺が、それを決めてはいけない。だから、彼女がそれを望むなら、俺はそれ以上何も言わない。そう判断して、俺はその場を離れた。
「私なんかの為に、なんで探しに来るんだ。あいつは……」
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