鈴の音色と過去の声
――Another Vision――
チリーン。
鈴の音が聞こえた気がした。たぶん気のせいだろう。静かな裏通りで、鈴の音のなど聞こえるはずがない。けど、それは確かに聞こえた気がした。
それはまるで、今の自分に何かを訴えるかのようにその鈴の音は聞こえた。
――――お前は誰で、何をしてきた人間なのか?
「うるさい」
誰も居ないにも関わらず、つい悪態が零れる。
落ち着かない。居心地が悪い。逃げ出したい。けれど、どこへ逃げればいいのか分からなかった。
遠くへ逃げればいいのだろうか? 遠くとはどこへ? 結局分からず彷徨ってしまう。
『イーダちゃん』
声が聞こえた。優しい声だ。優しくて、嬉しくて、それでいて一番聞きたくない声だった。心の奥底にしまい込んだはずの、昔聞いた優しい声。それが、思い出された。
「クッソ」
チリーン。
全部、あれのせいだ。あの鈴が全部思い出させていく。見たくない過去も、忘れたい過去も、全部、全部さらけ出し、自分自身の醜さを見せつけてくる。
ひどく嫌な気分だ。
気が付くとイーダは、アリアストの郊外に作られた共同墓地に立っていた。
なだらかな丘のような場所に、幾つもの墓標が並んでいた。久々に見た景色だ。
ゆっくりと立ち並ぶ墓標の間を歩く。そして、ある墓標の前に立った。
寄り添い合うように並ぶ4つの墓標。そこにはデリック・フィンドレイ、ルシア・フィンドレイ、ナディア・フィンドレイ、そして、イーダ・フィンドレイとそれぞれの墓標には刻まれていたい。
その墓標は、前見た時と変わらぬ姿でそこに立っていた。
ずっと分からない。現実として、それは突き立てられていた。
「あの、お知り合いの方ですか?」
じっとその墓標を眺めていると、声が掛かった。振り向くと一人の女性が立っていた。
見知らぬ顔だ。けど、その顔にはどこか懐かしさを覚える面影があった。
「違い……ましたか?」
女性は再び尋ねると、首を傾げた。
「違う。ただの通りすがり」
答えを返すと、墓標の前を開ける様に一歩後ろへと下がった。
「そう……でしたか」
イーダの答えを聞くと、女性は少し寂しそうな表情を浮かべた。そして、イーダが空けた場所――墓標の前に立つと、静かに祈りをささげた。
「家族なの?」
女性が祈りを捧げるのをしばらく待ってから尋ねた。
「いえ。親戚です。どうしてですか?」
「何となく」
「そう……ですか」
「なんで亡くなったんだ?」
「なぜそれを?」
「年、全部一緒だったから……何かあったのかなって」
墓標を指さす。4つの墓標に刻まれたのそれぞれの名前、そこに続く様に記された埋没年。その年はすべて同じ年、同じ日付が刻まれていた。
「それは……」
女性は口籠る。当たり前だ、見ず知らずの誰かに、身内の死に関する事柄など、聞かれたとして話したはずがない。無神経だったかもしれない。けど、知らない相手だ。どうだっていい。
「火事で亡くなったと、聞いています」
「事故?」
「おそらくは……そうだと言われています。ただ、殺されたのでは? って、言っている人もいますけど。あの頃は、いろいろありましたから」
「そう……」
事故。まあそうだろう。あの事件の犯人など、そう簡単に見つかりはしない。だから、事故もしくは無理心中。そうとしか片付けられない。
あの時の事は今でも覚えている。
焼け落ちる建物。血を流し冷たくなっていく三人の姿。そして、炎に巻かれ焼けていく三人の姿。大切で、暖かかったあの場所が燃え落ちていく様は、忘れようとしても忘れられない。
「もし、事件だったとして。その犯人を、あなたは許せると思う?」
「それは……どうなんでしょうね? あまりに唐突だったから、ちょっと気持ちの整理がつかなくて、今でも良く分かりません。けど、たぶん、許せないと思います。そこに、どんな理由があったとしても」
「そう」
「あなたは、どうなんですか? 大切な……近しい人を、誰かのせいで失ってしまったら……」
「私も許せないかな。絶対に」
「そう……ですよね」
「ごめん。変な事聞いて」
「いえ」
最後にそう謝罪を告げると、踵を返した。これ以上は、ここで感情に任せて居ては、何か変な事を言ってしまいそうだ。だから、早めに逃げる事にした。
「あの!」
歩き出そうとすると、呼び止められる。
「何?」
「また……来てください。あの人たちも、喜びますから」
「私、ただの通りすがりだよ。知人でも何でもない」
「そう……かもしれませんが、忘れられるのは、はやり辛いですから」
「……気が向いたらそうする」
「はい、お願いします」
そしてそのまま、イーダは逃げるようにその場を立ち去った。
日が暮れ、街は夕暮れの薄闇へと沈み始める。
ここ数日でなれた通りを通って、帰路へと就く。そして、見慣れ始めた三階建ての建物前に立つと、足が止まった。
二階と三階の部屋にはすでに明かりがともっていた。この家の家主であるあの二人は、すでに帰宅しているようだった。
明かりのともった部屋の明かりを見上げる。暖かい光だ。それを見ると、イーダの足は自然と踵を返した。
――Another Vision end――
コンコンと扉を叩き、ノックする。
「なんじゃ?」
するとすぐに中から返事があった。
ガチャリと扉が開かれ、ヴェルナが顔を出す。
「師匠か。どうかしたか?」
「イーダを知らないか? まだ帰ってきてないんだが」
「なんじゃ? あやつまだ帰ってなかったのか」
「一緒じゃなかったのか?」
「途中まではな、じゃがすぐ別れた」
「そうか……分かった。少し探してくる」
「待つのじゃ」
「なんだよ」
「まあ、そっとして置いてやれ。あやつも一人になりたい時くらいはある」
「? まあ、そうかもな……分かったよ」
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