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どうでもいい話

「おっす」


「お、ドルフさんかい。席、空いてるよ」


「おう、邪魔するぜ」


 ドルフに案内された場所は、冒険者ギルドから少し離れた場所に建つ、小さな酒場だった。


「ちっと狭いが、酒も飯もうまいぞ。好きなのを頼みな」


「はあ」


 促され、適当に注文を頼む。


「さて、飯でも頼みながら、ゆっくり話でもするかね」


「話って、何話すんだよ」


「それは、あれだよ。男同士でしかできない話だよ」


「男同士でしかできない話ってなんだよ……」


 流れで付いて来てみたけれど、改めて話すことはないような気がした。


「そうだな……お前ってあの中だと誰が一番良いと思ってんだ?」


「はぁ?」


「何だよ、その呆けた顔は」


「ごめん。良いって何の話?」


「そりゃあ、おめぇ。誰とやりてぇかって話だよ」


「あ~そういう……」


「なんだ。こういう話は嫌いか?」


「好きか嫌いかってより、単に興味がない」


「興味がないって、お前それでも男か?」


「よく言われるよ」


 コトンとエールの注がれたジョッキが目の前に置かれると、それを手に取り一口呷る。


 異性に興味がない。この事に付いて割と昔からいろいろな人に指摘されてきた事なので、今更だ。


「あれだけ奇麗どころを侍らせて置いて、興味ないって事はないだろ。ほれ、恥ずかしがることはねぇ。ゲロっちまえよ。あの戦士の子か? それとも斥候の子か? やっぱ魔術師の子か? 誰なんだ?」


「だから、本当に興味はないよ」


 なんだか話が変な方向に流れてきた。早速ここへ来るのは良くなかったんじゃないかと後悔し始める。


「チッ。口を割らねぇか。じゃあ、質問を変えるぞ、あの中からなら誰に『好きです。付き合ってください』って言われてOKする?」


「え? 誰もOKしないけど」


「お前……それマジで言ってる?」


「嘘ついてどうすんだよ。異性との付き合いなんて、ただ面倒なだけじゃん。受け入れる理由なんかないよ」


「うわ~……俺、お前の事が分からねぇわ」


「他人の事なんて、そんなすぐ分かる訳ないだろ」


「そういう正論。今は要らねぇから」


 ドルフがそう答えると、エールを大きく呷り、強くジョッキで机を叩いた。


「お前、今までに誰かとお付き合いした事ねぇのか?」


「ない」


「じゃあ、迫られた事は?」


「それは――」



『ユリ様……私は、貴方様の事が――』



 ふと昔の事が思い出される。熱ぼったく頬を赤らめた小さなエルフの少女。エメラルド色奇麗な髪に、何処か虚ろの透輝石の様な瞳が、じっとこちらを縋るように見つめてくる。


 そんな昔の光景だ。


「お? その反応は、心当たりがあるって感じだな。何だよ。女とよろしくやってんじゃねえかよ」


「なにもないよ。ただそういう事があっただけで、特別な関係に成ったりはしていない」


「じゃあ、なんだったんだよ」


「だから何もないって。もう何年も会ってないしな」


「なんだ? 分かれたのか? 死に別れか?」


「別に。ただ住む場所が移ったってだけ」


「文通は?」


「してない」


「か~。詰まんねぇな。お前ってあれか? 釣った魚には餌はやらねぇとか。そんな最低野郎か?」


「だから、そういう特別な関係じゃねぇって言ってるだろ。ただ少し親しかっただけ。本当に何もない」


「ふ~ん。そうかよ。お前って、大分冷めた人間関係してるよな。それで人生楽しいか?」


「そっちの尺度だけで測るなよ。俺は、俺で楽しくやってんだよ」


「そうかよ」


 そう返事を返すと、ドルフは再び大きくエールを呷った。




 人間関係。それは、やっぱり苦手だ。他者に合わせ、自分の行動を縛られている。そういうのが、どうしても好きになれない。一時的にならまだ良い。けど、それが長期になると耐えられない。だから、俺は恋愛とかそういうのはどうしても興味が湧かなかった。


 これからPT内での人間関係が変化していき、何かが起こって来るのだろう。それを考えると、少し憂鬱になった。




   ――Another Vision――


「さて、話を聞かせてもらおうか」


 クレアの対岸の席にヴェルナが立つと、腕を組み睨みつけるようにして見下ろしてきた。


「えっと……これは何ですか?」


「惚けず正直に話してもらおう」


「だから……何ですか?」


 じっと睨みつけてくる。表情は偉く真面目な様子で、茶化している様には見えない。先ほどヴェルナが言っていたように『重要な話』なのだろうけれど……その話の焦点が見えてこない。


「お主……師匠と何があった?」


「え? 師匠って、ユリさんの事ですか?」


「そうじゃ」


「特には何も……?」


 問われ、何かあったかと思い返してみるが、特に思い当たる節はなかった。そもそも、何についての話なのかが分からないだけに、判断が付きに難い。


「嘘は付いておらぬな」


「嘘も何もなんの話か分からなんですが……」


 苦笑いが零れる。何なんだろう、この状況……。ちょっと理不尽を感じる。


 問い返すと、唐突にヴェルナが口籠った。


「そ、それは……」


 少し頬を赤らめ目を伏せるヴェルナ。唐突すぎて理解が追い付かない。本当に何なんだろう……。


「お、お主は……し、師匠の事を……どう、思っておるのじゃ?」


「ユリさんの事。ですか?」


「う、うむ」


「普通……だと思いますけど……?」


「好意を持っている。とかは……ないのか?」


「そ、それは――――」


『ああ~、ええ~っと……だな。もし、俺の我が儘を聞いてくれるのなら。その……孫の顔が見てみたい』


『ああ、無理に結婚しろとは言わない。これは、俺の我が儘だ。相手は誰だっていい。それこそ、身近な相手――同じ冒険者仲間でも構わない』


『そうだな。お前のPTのユリとか言う男はどうだ? 容姿も悪くない。能力も優秀と聞く。相手としては、悪くないんじゃないか?』


 ふと、先日父に言われた言葉を思い出してしまい。気恥ずかしくなり、目を伏せてしまう。


 最近、父が変に積極的になってしまった。変に割り切ってしまったがために、ここ最近そういう、結婚させたい願望を押し付けてくるのだ。それが少し、クレアの悩みどころだった。


「やはり何かあるのじゃな」


 そんなクレアの態度を見て、ヴェルナは強く睨み返してくる。


「違います。これはそういう事では無くて、ただ――」


 言いつくろうとするが、すぐに口籠る。


 ヴェルナの言う様な、クレアがユリに好意を持っているかどうかというのは、正直自分自身でもよくわからない。ただ、先日父から言われた言葉が切っ掛けで、変に意識してしまっているのは確かだった。


 そのせいか強く否定する事を躊躇ってしまった。


「そう言うヴェルナ様はどうなんですか? なんでわざわざユリさんと私の事を気にするんですか?!」


 追及をそらすため、斬り返す。


「わ、妾は……」


 ヴェルナはそれに口籠る。上手く躱せたようだ。と、一瞬思ったが――


「妾は……師匠の事が好きじゃ。じゃから、お主と師匠がどういう関係にあるのか知りたい。……正直に答えてほしい」


 素直に斬り返されてしまった。こうなると、もう逃げることは出来ない。


 じっと見つめられ、答えを求められる。


「私は……ごめんなさい。良く分からないんです」


「良く分からない?」


「何かあったとかは特にないんですけど……先日、父に言われた事で変に意識してしまって……ただ、それだけです」


「なんと言われたのじゃ?」


「それは……その……ユリさんを結婚相手にするのはどうか、と……それで、ちょっと意識してしまって……」


「なぜそんなことに……」


「それは、身近な異性で良いから結婚して、孫の顔が見てみたいって言われてしまって……」


「それは……なんじゃ。そうか……」


「はい。だから、その気があるとか、そう言うんじゃなくて……ただちょっと、自分の中でユリさんをどう見ていいのか、わからなくなっちゃってて……それで……」


「そうか……」


「ヴェルナ様は、ユリさんの事が好き……なんですよね。なら、私は別に――」


 ユリについて、本心としてどう思っているかは分からない。それで変に悩むくらいなら、いっそヴェルナを応援して気にならないようにすれば楽なのではないか。そんな事を少し思った。


 けど――


「妾は無理じゃ」


「え?」


「妾と師匠では釣り合わぬ。じゃから、妾はあやつの弟子として、傍に居られれば、それだけでよい。それ以上は望まぬ」


「それは……本当にいいのですか?」


「うむ、それで十分じゃ」


 どこから諦めた様な表情。それでいて泣きそうにも見える表情。それがなんだか見ていられなかった。



 ……………………


 …………



「なあ。これは何なんだ?」


 どう声を掛けるべきなのか、そんなことを考えてしまう空気になったところで、今まで黙って聞いていたイーダが口をはさんできた。


「何? と言われても、見ての通りじゃが?」


「この話。わざわざこんな深刻そうにして話す事なのか?」


「重要な事じゃろ。人生に関わる大きな問題じゃ」


「あ~そうですか」


「なんじゃ。何だか投げ槍な態度じゃな」


「だって興味ないし。私には関係ないから、帰るな」


「待つのじゃ」


 立ち上がり去っていこうとするイーダの腕を、ヴェルナが掴む。


「なんだよ。私関係ないだろ。二人で話してろよ」


「いや。お主にも聞きたい事がある」


「なんだよ聞きたい事って」


「お主は、師匠の事をどう思っておる?」


「はぁ? 特になんとも思ってねぇよ」


「嘘は言っておらぬな?」


「嘘付いてどうすんだよ」


「お主が一番師匠との付き合いが長いはずじゃ。何もないって事は――」


「何を根拠に……だいたい付き合いが長いって、クレアと同じ時期に会ったはずなんだが?」


「であったとしても。お主、師匠と一緒に住んでいるではないか」


「え!?」


「あ~そういう面倒な話、出すんじゃねえぇよう。あれはたまたまで、特別な関係じゃない。気になるなら本人に直接聞けよ。何もないから」


 大きく腕を振り、ヴェルナの手を振り払う。


「もういいか?」


「む~~~~!」


 イーダの返答に、ヴェルナは強く不満を示す。それに、イーダは強く舌打ちを返す。


「ともかく。私とあいつには何もない! じゃあな」


 そして、強くそう言い切ると踵を返し、その場から立ち去って行った。


 その背中には強く不機嫌そうな色が見られた。


「何なのじゃ。あいつは……」


 そんないつも以上にキツイ態度を見せたイーダに、ヴェルナが不満を漏らす。


 まあ、あんな風に無理やり誰かとの関係性を作らされれば嫌がる気持ちも分からなくはない。似た様な経験が有るだけに、よく理解できた。


 けど、イーダのあの態度は嫌がっている。というより、何処か無理やり避けている様に思えた。


「どうかしたか?」


「いえ、何も」


 時々あるのだ。イーダは基本、他者と壁を作る。それは基本的に、他者を恐れる臆病な性格故の対応なのかと思っていた。けれど、時折それ以上にわざと他人から嫌われる様な対応を取ったり、誰かと仲良くなる事を強く避けることがあるのだ。


 そんなイーダの反応が、ひどく気になってしまった。

お付き合いいただきありがとうございます。


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