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   ――Another Vision――


 ゆっくりと目が覚める。


 ぼやけた視界の向こうに映るのは、見慣れた天井――自室の天井だった。


「私は……」


 寝起きでぼやけた思考の中、記憶を探っていく。あの円卓の席での事から記憶が途切れている。


 ――――ああ、そうか、戦闘が終わった後、そのまま気絶したんだったか……。


 その後の記憶はいくつかおぼろげに覚えている。治癒院で治療を受け、自宅療養となった。その時、熱を出してうなされ、ようやく今に至る。


 今はもう熱は引いているみたいだった。


「痛っ」


 ゆっくりと身体を起こす。すると身体が痛みを訴えてくる。先日の傷がまだ完治していないようだった。


 溜め息が零れる。あの程度で、こんな状態になっているようではダメだ。なんて思わされる。


 とはいえ成ってしまったのなら覆しようがない。痛みが引くのを待って、それからベッドから立ち上がると服を着替え部屋を出た。




 大きな木製の扉。家の広間の扉の前に立つと、少しだけ躊躇いの気持ちがわいてくる。この向こうには、おそらく母か父がいる。その二人に、今の傷つき包帯がまかれた姿を見せたくはなかった。


 一度大きく息を吸い。意を決し扉を開く。


 広間には母であるクローディアが一人座っていた。


 扉を開いたことで、クローディアはこちらに気付いたのか、目を向けると驚きの表情を浮かべ、椅子から立ち上がるとゆっくりと傍へと歩み寄ってきた。


「クレア。もう、大丈夫なのですか?」


 衣服の合間から覗かせる包帯へと目を向け中らが、不安げな声はかけてくる。大分心配させてしまったようだ。


「大丈夫です。傷の痛みは、もうほとんど引きましたから」


「そう、よかった」


 クレアからの返事を聞くと、クローディアは安堵の息を付き、優しくクレアを抱きしめた。


 暖かい。傷ついたクレアの傷に触らないよう、力を抑え、優しく抱き留めてくれた。それが、なんだか心地良かった。


「母様、父様は?」


 落ち着くと自然とその話となる。


 あのクーデターの首謀者――ヴィルヘルム・ラリヴィーラは、父であるジェラードが特別目を掛け重用していた男だ。その責任は大きい。


「父様は……」


 クレアから身体を離すと、クローディアは一度目を伏せた。あまり良い状況ではない。クローディアの態度でそれだけはよく分かった。


 ガチャリとちょうどよく向かいの扉が開き、話題の人物であるジェラードが広間へと入ってきた。


「父様……」


「クレアか……」


 目が合う。すると、ジェラードは申し訳なさそうに一度目を伏せた。


「どう……なりましたか?」


「今話す。座ってくれ」


 そんなジェラードを見てクローディアが問い返すと、ジェラードがそう促してくる。


 言われた通り、クレアとクローディアが席付くと、ジェラードも椅子に座り。そして大きく息を付くと、それから口を開いた。


「簡潔に話す。ヴェルヘルムによって引き起こされたクーデターの責任だが、俺は法務官を解任されることになった。今後しばらく、政治には関わるなとの事だ」


「それだけ……ですか?」


「ああ。協議の結果。それ以上の罰則はなしとなった。国家反逆罪などの罪には問われないとの事だ」


「そう。よかった……」


 ジェラードの報告を聞き、クローディアはほっと胸を撫でおろす。事の大きさに対しては、大いに寛大な処置だ。クレアも、大事に至らかなったことに安心する。


「クレア。お前の御蔭だ。感謝する」


「え? 私……ですか?」


「ああ。お前が身体を張って立ち向かってくれた事や、お前の仲間が鎮圧に動いてくれたこと大きくプラスに働き、俺に国家反逆の意思はないと判断された」


「そう……だったんですか」


「こんな形で助けられるとはな。お前には迷惑を掛けた。すまない。それから、ありがとう」


 父が深くクレアへと頭を下げてきた。こんな父の姿は初めて見たかもしれない。


「そ、そんな。私は、ただ――」


「あれだけ反対していたのに。結果、俺が選んだ男には反目され、お前の選んだ冒険者としての力と、立場に救われた。

 これではもう何も言えんな。あとは好きなようにやりたまえ。俺はもう反対はしない」


 そして、いつもの険しさはどこへやら、ジェラードはクレアにそう優しく告げてくれた。


「良いのですか?」


「ああ。もう何も言わん」


「ですが、それでは……」


「家の事か?」


「はい」


 家の事。冒険者には危険が付きまとう。クレアがこのまま冒険者を続けることになるのなら、もしかしたら命を落とすこともありうる。もし、クレアが命を落としてしまったら、クロムウェル家の家系は経たれてしまう。そうならない様、父があれこれ手を回していたのは知っている。ヴィルヘルムとの婚約を強引に進めていたのもその為だったのだろう。


「家のことなど気にするな。クロムウェル家は、別に血統を重んじる家柄ではない。お前がいなくても、養子を取るなどしてやっていける」


 優しく返答を返してくれる。


 クレアがいなくても成りたつ。自由にすると良い。その言葉は、今まで欲しかった言葉の一つではあるが、言われてみると、寂しさを覚えた。まるで必要とされていない。そういわれている様に思えてしまった。


「ただ、もし、俺の我が儘を聞いてくれるというのなら。お前には死んでほしくはない。もう、俺の子がいなくなるのは見たくない。だから……安全なこの場所に居てほしい。そう、思う」


 顔を伏せ、まるで願うようにして、ジェラードはそう思いを告げた。


「それは……」


 その言葉は少しうれしかった。クレアはずっと、父は家の存続のために必要であったから冒険者になることに反対していたのかと思っていた。いや、本心としてはそれも大きかっただろう。けど、親として大切な娘を、安全な自分の傍に置いておきたい。そういう思いもあったのだと嬉しく思えた。


「今更止めはしないがな。どうする?」


 顔を上げると、再び問うてきた。その瞳には、はっきりとクレアの安否を強く心配している様に思えた。


 自分を大切に思う気持ち、それを無下にはしたくない。そう、思う。けど、だからと言って、居なくなった兄への思いもまた無視はできない。



『エリンディス様は、なぜ、そんなに強いのですか?』


 エリンディスと過ごした日の言葉が思い出される。


『強い? それは、剣の事ですか?』


『いえ。なぜそうでは無くて……どうして、そうまで人の事を思えるのかと……私は、どうしても不安になってしまうんです。だから……』


『そうですか……。けど、私も不安でいっぱいですよ。そこは変わらないと思います』


『なら、なぜ……』


『それはですね……クレア様は深き森という場所を知っていますか?』


『深き森?』


『エルフの間に伝わる。エルフがこの世界で最初に根を下ろした、古く、深い森の事です』


『それは……知りません』


『その森はですね。最初は荒れ地だったそうです。ですが、そこに舞い降りた一人のエルフが、土を整え、種を蒔き、水を与え、世話をして、一本一本の木々を育て、何年、何十年、何百年、何千年の時を掛け、深い、深い森を作ったのだと言われています』


『そんな森が……』


『ふふふ。すごいですよね。けど、そんな森を築いた最初のエルフは、果たしてこれだけの森を作れると思っていたでしょうか? これだけの事をなせると、確信していたでしょうか?

 おそらくきっと、そうでは無かったはずです。けれど、そのエルフは成し遂げた。長い、長い時を経て、成し遂げた。

 最初の小さな種を蒔き。最初の小さな芽に水を与え。育ててきた。そんな小さな積み重ねを続け、森を作ったのです。

 長い長い道を進むには、小さな歩みを一つ一つ続けていくしかない。物事は常に、そんな小さな積み重ねの上にあるのです。その小さな努力を続けた先に、目的の場所があり、それをやめた時、挫折という終わりがあるのです。

 私の歩む先に、願いの叶う場所があるかはわかりません。けれど、進まなければたどり着けない。だから、不安でも進むしかない。ただ、それをやっているだけなんですよ』



 相変わらず、強いなと思わされるエリンディスの言葉。けど、そうなのだ。クレアがここで折れてしまったら、兄への思いはここで閉ざされる。だから、止まる事は出来ない。


 不安は多くある。けど、すべての事柄には不安などは付きまとうのだ。その不安が拭えないからと言って、諦めてしまっては何も成すことは出来ない。叶わなくても、届かなくても、進む事。まずはそれからなのだ。


 手を握り、気持ちを固める。


「ごめんなさい。私は……続けたいです」


 最初から答えは予想できたのだろう。特に怒りを見せることなどなく、ジェラードは笑った。


「そうか、なら、好きにすると良い。あのバカ息子を、連れ戻してこい」


「はい。必ず」

これにて第三章「進む意思と」は終わりとなります。お付き合いありがとうございます。


第四章は明日投稿しますので、引き続きお付き合いください。


感想、ブックマーク、評価、レビューなんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします。( *・ω・)*_ _))ペコリン

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