変化の傷跡
簡単な自己紹介とこれからの予定が決まると、この日はそれで解散となった。
とりあえずPTを組むことはできた。これで一つ問題解決。だけど……ここで別の問題が目の前に現れる。
「今日の宿……どうしよう……」
一人になると、薄暗い夜の街で俺はため息をついた。
宿を借りるだけの金はある(古い貨幣だけど一応ある)。だけど、今まで家を持ち、そこで暮らし続けた身としては、借宿暮らしっていうのはなんか抵抗がある。
個人スペースというか、そういうのが確保されていないとなんだか落ち着かない。
「家……買うか?」
一度財布の中身を確認してみる。金貨数枚と銀貨と銅貨、青銅貨がそれぞれ複数枚みられる。当分生活する分には困らない額だが、とてもではないが家一つ買えるような額ではなかった。
「銀行ってまだ使えるのか?」
当たり前だが大金を持ち歩くのは危険だ。だから、前ここで暮らしていたときは、銀行に資産を預けていた。その財産を使えば家一つぐらいは買えると思うけど……。国一つがなくなった今、果たしてその銀行はまだ利用できるのだろうか?
「これは……困るわ……」
再びため息を付く。
案外何とかなるだろうとか甘く考えていいたけど、生活環境の変化は思いのほか悩ませる要素が多いようだった。
「そんなにため息ついて、どうかしたのか?」
「え?」
唐突に声がかかった。振り返ると、先ほど別れたばかり相手が立っていた。
ダボ付いたローブに明るい栗毛色の髪の女性。確か、イーダって名前だった気がする。先ほどはほとんど会話をしなかっただけにちょと驚く。
「なんで……こんなところに?」
「それはこっちのセリフ。何してんの?」
「何してるって……ちょっとした悩み事、かな?」
「悩み事? 何に悩んでるの?」
「何って……個人的な悩みかな?」
「そう。じゃあ、私行くね」
答えをはぐらかすとイーダはすぐに踵を返した。
「待ってくれ!」
「何?」
慌てて呼び止めるとイーダはすぐに足を止め振り返った。
「あ、えっと……イーダ、さんは、どこに住んでるの?」
「はぁ?」
尋ねるとものすごく嫌そうな返事を返された。いや、まあ、そうだよね……。
もし借宿暮らしなら同じ宿にしようかな、なんて思っただけなんだけど、これは聞き方が悪かったな。
「悪い、変なこと聞いて。俺、ここに来たの初めてで、宿とか決まってないんだ。だから、それでどうしたらいいかなぁ~って……」
「ああ、なるほどね。けど、残念。私、宿とか借りてないから、そういうのよく知らないんだよね」
「あ、そうなんだ……」
「悪いね。力になれなくて。てか、なんでさっき聞かなかったの? ほかのヤツならそれくらい知ってたんじゃない?」
「いや、まあ、そうなんだけど……その時はこのことを考えてなかったって言うか……今になって思いだしたというか……」
「馬鹿じゃないの?」
「はい、ごもっともです……」
なにも言い返せない。なんか、こう痛烈に『馬鹿』って言われたの久しぶりだぁ~……。
「まあ、いいよ。宿の当てがないのなら、ウチくる?」
「え? いいのか?」
「嫌なら他当たっていいけど?」
「いや、そんなことはない。助かる」
「そう、ならこっち」
そう告げると、イーダは再び踵を返し、歩き出した。
* * *
イーダの後を追い、薄暗い街の中を歩く。
今更思い返してみると、この状況はいろいろあれな気がする。
流れでOKしたけど、もともとは借宿暮らしというのに抵抗があったというものなのに、これでは根本的な解決になっていない気がする。
けど、今更断るのもあれだ。なので今は素直に付いて行くことにした。
いくつか角を曲がり、進む。どんどんと都市の中心から離れていき、人口の明かりが少なくなっていく。
「あれ……?」
そして、たどり着いた場所は――都心から大きく離れた場所にある、廃墟が密集したスラム街のような場所だった。
「こっち」
入り組んだスラム街の奥、案内されたのは古びて崩れかかった教会のような建物だった。
「えっと……ここは?」
およそ人が住む場所とは考えにくい場所。それに戸惑ってしまう。
「私の家だけど?」
「あ、そうなの……」
「中は一応整えてあるから、そこまで問題じゃないと思う。入って」
半分崩れた扉を開き、中へと促す。それに従い中へと進む。
中は荒れ放題だったが、その一角に板張りの床が敷かれ、壁や家具などが備え付けられた一応の生活スペースがあった。
「ここ」
「あ、ああ……」
生活はできなくはないだろう。けど、やはり人が住む場所。というには少し遠い。
「ここに住んでるのか?」
「だからそう言ってるじゃん。水は裏の井戸から、食事は自分で、寝る場所はその辺で、あと質問はある?」
「ないけど……」
「そう、じゃあ、そういことで」
伝える事を伝え終えると、イーダは近くの椅子を引き出し、そこに腰を下ろすと安心したように息をついた。ほんとにここで暮らしてるんだ……。
「ここってスラム、なのか?」
「スラムっていうほど人は住んでないけど、そんなところかな。なんで?」
「なんでって……こんなところがあるなんて思ってなくて、ちょっと驚いた」
俺の記憶の中で、メルカナスにこんな場所はなかった。
路上生活をしている人がいなかったわけではない。そういった人が集まる地区なんかもあった。けど、ここのような廃墟が密集する場所は死角の様な場所なんかは極力作らないようにされていたはずだ。だから、それに驚き、大きく変わったんだなと実感した。
「ここは戦争があった場所だ。アリアスは、メルカナスが戦争で滅び長い時間をかけながら再興した出来た都市国家。だけど、再興したからと言って、そのすべてがもとに戻ったわけじゃない。都心からじゃ見えないけど、ここみたいな場所がいくつもある」
「そう……なのか……」
少しだけ心が沈む。郷土愛が強いほうではないが、それでもここは生まれ育った場所だ。そんな場所の変わり果てた姿を見ると、どうしても思うことがある。
「あんた。なんで戻ってきたんだ?」
「え……?」
唐突に尋ねられたその言葉に、俺は驚く。
「えっと……それは、どういうこと?」
あまりのことにちょっと動揺してしまう。
『戻ってきたんだ?』それは、俺が地上へ戻ってきた事を指しているのだろうか? イーダは俺の事を知っている人物?
自身の事を隠しているつもりはない。けど、この事を知っている人物はいないと思っていただけに、変に動揺してしまう。
「あんた、メルカナス人だろ?」
「え? ああ、そういうこと」
ちょっとだけほっとする。と同時に少し落胆。まあ、今の時代に直接俺を知る人物なんていませんよね……。
「そうだけど……なんでわかった?」
「名前。ユリって名前はメルカナス人以外だとほとんど聞かないから。それと訛り」
「それで、か……それが分かるってことは、イーダ、さんもメルカナス人なのか?」
「イーダでいいよ。そう、私も同じメルカナス人。と言っても純血ってわけじゃないけど」
「そう、なのか……」
メルカナス人。アリアストになる前の国メルカナス。メルカナスは古くから存在した国を基盤として長い歴史を持つ国だった。それゆえに特定の人種の血が多く、メルカナスとそれ以外とは少し違った特徴、文化を築いてきた。そしていつしか外の人と分けメルカナス人と呼称するようになっていた。
そこに特別なプライドや愉悦感があったかは分からないが、わかりやすいようによくその言葉が使われてきたのだ。
「もしかして、俺に声をかけたのは同じメルカナス人だと思ったからか?」
「理由の一つではあるかな。それで、あんたはなんで戻ってきたんだ?」
『戻ってきたんだ?』また同じ質問だ。さっきは勘違いしたけど、改めて聞かれると何のことかよくわからない。
「悪い。どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。あんた、外から来たんだろ? なんでだ?」
「外……ああ、そういう」
「それ以外に何があるって言うんだよ……」
「まあ……そうだね」
「で、なんでだ?」
「なんでって聞かれても……特別な理由とかはないんだけどな……というか、なんでそんな事を気にするんだ?」
尋ね返すと、イーダは一度口を閉ざした。それからしばらく考え込むと、ため息を溜め息を付きそれから口を開いた。
「メルカナスは戦争に負け、滅びた。その後は戦勝国の統治下に入り、後に都市国家アリアストとして独立、今がある。それまでの間、メルカナス人の多くは弾圧を受けてきた。国を奪われ、土地を奪われ、財産を奪われた。
アリアストとして独立してからは表向き弾圧こそなくなったが、すべてがもとに戻ったわけじゃない。
何もかもをなくしたものは、いまだ何も持たぬままだ。
こんな場所に、ひっそりと暮らすメルカナス人は多くいる。それゆえ、メルカナス人への風当たりはいまだに良くはない。
あんたがどこでどのように過ごしてきたかは知らない。けど、昔のようにメルカナス人にとって住みやすい国はここにはない。そんな幻想を抱いてここに来たのなら。さっさと元の場所に戻ったほうが得策だ。これは私からの忠告」
目をそらし、どこかを睨むようにしながらイーダは淡々とそう告げた。
「なるほど」
「話は終わり。それじゃあ、私は寝るから。よく考えおきな」
「ご忠告、ありがとう。お休み、イーダ」
時間と共に変化はあった。それも、穏やかで優しい変化というものではないらしく、それだけにその変化の中で多くのわだかまりを生み出ししてしまったようだ。故に、ここは昔の様に住める場所ではない。イーダはそうの事を言いたかったのだろう。
とは言っても俺は外の人間ではないわけで、結局俺の居場所はここにしかない。だから選択肢なんてないようなもんなんだけどね……。
大きな変化、現実を目の当たりにしてもやもやした、そんな夜だった。
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