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狂乱の果てに

   ――Another Vision――


 ガキン。ユリが剣で払うと、ガエルの身体が押し戻された。


 完全に力負けしている。


 ――――あり得ない。ただの人間が、この俺に力で勝るなど、あり得ない!


「貴様! 何をした!」


 怒気を孕ませ、強く怒鳴りつける。


「そんなに喚くなよ。種はお前と同じだよ」


「俺と……同じ?」


 ユリが一歩踏み込み、ガエルへと斬りかかってくる。


「はあああああ!」


 迫るユリに、こちらも斬り返す。


 剣を剣が再びぶつかり合う。


 ゾクリ。背筋に冷たい悪寒が走る。本能が恐怖を訴えてくる。


 火花が舞い散る斬撃の向こう。そこにユリの視線が有った。縦に割れた蛇の様な眼孔。動物的なその眼孔をガエルはよく知っていた。


「お前の技は、お前だけが使えるわけじゃないんだぜ」


 狂化(レイジ)。ガエル達蛮族が持つ、能力向上術。その中には、人の遺伝子の奥底に眠る、動物の力を呼び覚ます技がある。ユリのその眼孔は、まさにその技を使用したときに見られる眼孔だった。


 だが、それでもあり得ない。狂化は単純に、肉体の無意識による制限を解放する技だ。もともとの筋力を向上させるわけではない。もとの筋力がガエルに勝っていなければ、狂化をしたところで、同じ狂化を扱うガエルには勝てないはずだ。


 ガクっと、ガエルの身体が傾く。力負けし、押し込まれている。


 ――――あり得ない。あり得ない。ただの力で、俺が負けるなど、あり得るはずがない!


 剣を両手で握る。だがそれを()()()()()()()()()()()()()()()


 身体を弾き飛ばされ、膝を付く。


 剣を握り締めた腕が、強い負荷で悲鳴を上げていた。


 完全に負けていた。何よりも自信のあった力で、ガエルは目の前に男に負けていた。負けてはいけない分野で、差を見せつけられてしまった。


 沸々と怒りがわいてくる。狂化によって掻き消された理性の下では、それが全て攻撃的な衝動へと変換される。


 赤く染まった視界が、ユリを捕らえる。


「リューリ!」


「は、はい!」


「奴を殺す。貴様も手伝え!」


「は、はい」


 もはや、手段などどうでもいい。とれる手はすべて打つ。戦場では勝てばそれでいい。ガエルだけが生き残れば、ガエルが最強であることは変わらない。


「うおおおおおおおおおお!」


 大きく方向を上げ、ユリへと襲い掛かる。


 両手で剣を握り締め、全力でもって振り下ろす。もちろんユリは、それに対応し、ガエルの斬撃を防ぐ。


 だが、それでいい。ユリが持つ剣は一本だけ、防げる攻撃は一方向からのみ。ユリがガエルの攻撃を受け止めている間に、リューリがユリの背後へと回り込み、がら空きの背後を――――


 ガキン!


「な!」


 ユリの二本目の剣が、リューリの斬撃を防いだ。


「そんなに驚くなって。俺がいつ、剣一本だけで戦うって言ったよ」


 真っ黒な幻影の様な剣が、リューリの斬撃を防いでいた。形やサイズは今ガエルの剣を受け止めてる曲刀と同じもの。隠し武器として、隠せるようなサイズではない。


 どこに隠していた? 魔術で呼び寄せたのか? あり得ない。理性の半分を吹き飛ばす狂化中には、魔術を扱うだけの高度な思考などできはしない。なのになぜ――――


 理解が追い付かない。目の前の男は、何もかもガエルの常識を超えていた。


 ガキン! ユリが二本の剣を振るい、ガエルとリューリの身体を弾き飛ばす。


「結果は見えただろ? もう、終わりにしないか?」


 崩れた態勢。それを見て、ユリがガエルへと踏み込んでくる。


 鋭い斬撃、それをガエルは剣をどうにか引き戻し、受け止める。


 両腕が悲鳴を上げる。だが、まだだ。確かに力負けしている。けれど、相手の勝る力を受け流せば、耐えきれないわけじゃない。速度的にはまだ、防げる。


「まだだ……まだ!」


 剣が火花を散らす。まだ防げている。


 受け流すことが出来れば、次はこちらが攻撃できる、まだ、チャンスはある。何をしたかわからないが、あれだけのパワーなんの代償もなしに出せるわけなどない。そうだ、時間を掛ければ、勝機が見える。耐えろ。


 ガキ。ユリの曲刀が――――ガエルの剣に食い込んだ。刀身の強度が負け、ユリの剣がガエルの剣を切り裂き始めたのだ。


「終わりにしよう」


「ぬあああああああああ!」


 ユリの斬撃が、ガエルの剣を叩き切り、そのままガエルの胴を鎧ごと引き裂いた。


 真っ赤な鮮血が宙に舞い、強烈な熱が身体を襲う。


 ――――斬られた? 俺が?


 ダラダラと血を流し、膝を付く。


 力が抜けていく。胸部から流れ出る血が、まるで力そのもので有るかのように、ガエルの体力を奪っていく。


「勝敗は決した。お前の負けだよ」


 血を流し力なく膝を付いたガエルをまるで見下ろすかのようにして、ユリがそう告げてくる。


 ――――負けたのか? 俺が?


 ピュン。と剣を振り払い、ユリが血を払う。すました顔だ。もう、やるべき事は終わったと言っているように見えた。


 ――――負けた?


 ――――違う。まだ、終わりじゃない。俺の命はまだ残っている。


「まだだ……まだ……終わりじゃない」


 力はもうほとんど残っていない。だが、完全になくなった訳ではない。残った力を振り絞り、立ち上がる。


「俺はまだ、終わって――――」


 ピュン。と風を切る音が一つ、薙ぐ。


 ブシャーと勢いよく血飛沫が吹き上がり。切り離されたガエルの頭部が宙を舞った。


「言っただろ。無駄な殺しはしたくないって。やめてくれない? 無駄な足掻きは――」


 バタン。頭部を失い。身体を動かす指令を失った巨体が、固い地面へと倒れこむ大きな音が響き渡った。

お付き合いいただきありがとうございます。


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