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狂戦士

   ――Another Vision――


 唐突な横合いからの斬撃で、多々良を踏みながらガエルは数歩後ろへと下がる。


 意識外からの攻撃で、対応が遅れたため、完全に受けきる事は出来なかった。


 斬撃を放った主が、ガエルの目の前――ちょうどあの魔術師の小娘の前に着地する。


「貴様……」


 見た事のある顔だ。試合(トーナメント)で一度手合わせした、あの乱入者――確かユリとかいう名前の戦士だ。それが、見慣れない曲刀を手にし、ガエルと対峙するように構えた。


「なるほど。貴様が俺に敗北を届けるってわけか」


 ニヤリと笑う。


 目の前の男。見た目は、そこらに居る戦士とそう変わらない。だが、見た目からは考えられないほどに、この男は強い。身体の使い方が上手く、想像以上に早く、鋭い斬撃を繰り出してくる。相当な手練れだ。


 確かに、今まで見せていたガエルの力を考えれば、この男なら勝てる。そう考えられたかもしれない。


 試合ではガエルが勝利した。だが、それは試合での話だ。実戦じゃない。実戦じゃない試合では、相手を死なせないために自然と制限が付く。その中での評価など、実戦では意味がない。そう言いたいのだろう。


 実戦なら、このユリとかいう男は、ガエルに勝てる。と――――


「は、はははは、ははははは」


 笑いが込み上げてくる。止めようがない。それくらい、笑えて来る。


「浅はかだ、浅はかすぎて、笑えて来る。魔術師よ、貴様は俺がこの男には勝てないと、そう言いたいのだろ? くだらない。くだらない策だ」


 大きく声を上げて笑う。そんなガエルの姿を訝しんだのか、ユリが首をかしげる。


「なんの話だ?」


「何でもないさ。くだらなく浅はかな、小娘の話を笑っただけだ。偉そうに知恵者を気取っておきながら、示された回答がこんな哀れなものだと思ってな」


「……?」


 ガエルの返答に、やはり話が見えない様子でユリは再び首をかしげる。


「まあ、どうでもいい話だ」


「そうか」


 話を断ち切る。そして、ガエルはユリへと向き直る。こんな笑い話をするために、ガエルはここに立っているのではない。


「それで、どうするんだ?」


「どうするとは?」


「降伏するつもりはないのかって、話だ。無駄な争いをしたくはない」


 ユリへと向き直ると、ユリからそんな言葉が零れてきた。それにはガエルも、あきれを通り越し、一瞬だけ呆けてしまう。


「貴様も同じか、俺に勝ち目はないと、そう言いたいのか?」


 再び、声を出して笑う。


「割とまじめな話をしてるんだけど……なぜ、笑う?」


「これを笑わずにいられるはずがないだろ? 俺は貴様には勝てない。そう言いたいのだろ?」


「無駄な死人は出したくない。だから、やめにしないかって、事なんだけど?」


「同じことだ。貴様は俺には勝てない。命乞いをするのは、貴様の方だぞ」


 大剣を持ち上げ、ユリへと突き付ける。


「貴様の限界は見えている。貴様の勝ち目など万に一つもない」


「それは、やってみないとわからないだろ?」


「いや、わかるさ。力の差は、そう簡単に覆りはしない!!」


 告げると共に、ガエルは一歩踏み込み、大剣で薙ぎ払う。


 さすがと言うべきか、ユリはそれにすぐさま対応して見せガードする。だが、結果は同じだ。ユリは、ガエルのパワーを止めきれず、防御の上から吹き飛ばされる。


 ちょうど10足分ほど吹き飛ばされると、ユリは足を付け踏みとどまる。


「なんて馬鹿力だ。人間技じゃないな……」


 表情を歪め、剣を構えなおす。


「オークの血統ってやつか」


「へぇ。今のだけでわかるのか」


「一風変わった肌の色。その赤い瞳。それにこのパワー。これだけそればおおよそ当ては付く」


「なるほど」


 ユリの言葉にガエルはニヤリと笑う。


 ガエルの力の正体。ガエルは筋力、体格共に人間離れした所がある。それが、ガエルのこの異様な力を支えていた。そして、それが一体どこから来たのか、その答えがオークの血統だった。ガエルの身体には、オークの血が流れている。故に、ガエルには人間離れしたオークの力の一部が入っているのだ。


「で、それがわかったところで、どうするんだ? 俺を穢れた存在と罵り、さげすむのか?」


 オークの血統。オークは北方の山岳地域に住む、歪な亜人種だ。力や体格は大きく人間を超えているが、反面知能は低く、倫理観も欠けている。


 それ故に、オークの血統の事を知った人間の態度は大きく二つに分かれる。


 一つ、その野蛮なオークに近い力を持つ存在に怯え、逃げ出す。


 もう一つは、その野蛮なオークを毛嫌いし、蔑みと暴言を返す。


 どちらにしてもそれは、オークの血を引く歪で圧倒的な力を持った存在を前に恐怖を覚え、叫び声をあげているだけの哀れな行為に過ぎない。


 ニヤ付いた笑みを浮かべ、ガエルはユリを注視した。


 ――――さて、こいつは俺に、どんな反応を返すのかな?


「別に。好奇心から目の前の事を明らかにしないと気が済まなかっただけだよ」


「そうかよ!」


 ガエルが駆け出す。そして、その勢いのままユリへと一刀を振り下ろす。


 ガキン! また防がれ、そのまま吹き飛ばす。だが、今度はそれでは終わらない。ガエルはさらに踏み込み、吹き飛ばされたユリへと追撃を掛ける。


 態勢を崩された状態ではまともに防御などできはしない。ユリはどうにか防御を間に合わせているが、その表情は焦りで大きく歪んでいる様に見えた。


 気持ちが昂る。高揚感が心地よい。相手を力で屈服させるこの瞬間がたまらない。


 人は知恵者を気取り、野蛮な人間を蔑み愚弄する。だが、実際はどうだろうか? 戦場に立てばそれらはみな、力の前に屈服させられ、跪く。


 結局、世界は力が全てで、力あるガエルが頂点なのだ。その実感を強く得られるこの時が、ガエルは最高に好きだった。


「貴様の非力な力では俺に届かない。俺がここにいる時点で、貴様らに勝利などありはしない!」


 ガキン! とかち合った剣の上から、ユリの身体を地面へと叩きつける。


「どうだ? これが現実だ」


 完全に膝を付いたユリを見下し、吐き捨てる。


「くっ……」


 哀れな敗者は、苦悩を浮かべながら睨み返してくる。


「戦いとは、単純な物だ。力の差ですべてが決まる。小手先技などなんの意味もない。恨むなら、その非力な身体を恨むと良い」


 ゆっくりと、見せつけるようにしてガエルは剣を振り上げる。


『止まれ!』


 無力な足掻きを見せてくる。魔術の詠唱。それをユリがそれを告げると、一瞬ガエルの身体が発熱したかと思うと、その魔術は霧散した。効果などはない。それを目にしたユリは大きく驚きを見せていた。


「終わりだ」


 そんな、驚きの表情を浮かべ、絶望の現実を目にしたであろう敗者に、ガエルは大きく剣を振り下ろした。



 ドーン! と砂埃を上げ、敗者を叩き潰す。


 もはや生きては居ないだろう。死者に興味などない。ガエルはすぐさま、目の前の敗者から目を離し、残った者たちへと目を向ける。


 何かしらの希望を抱いていたのだろう。この男なら、この状況を打開してくれる。そんな期待を――――


 だが、結果は見ての通りだ。その結果を見せつけられ、蒼白した顔を浮かべる者たち表情がよく見える。堪らない。


「さて、次はどいつだ?」


 そんな者達を前に、ガエルは、一歩前へと出て、まるで見せつけるようにそう告げニヤリと笑った。



「魔除けの呪術か、蛮族の技……まさか、そんなものまであるとは、ちょっと失念してたな……」



 声が返ってきた。前からではなく、背後から


「貴様……!」


 振り返ると、男が立ち上がっていた。あの男――叩き潰したはずのユリが、軽く首を捻りながら立ち上がっていた。


「あの攻撃、耐えたのか?」


「なに驚いてるんだ? あれくらい防げないと、生きていけない世界だってあるんだぜ」


 パラパラ砂を振り払っている。見て取れるダメージはほとんどない。


 魔術で防いだのか? 振り下ろした時の感覚を思い出す。確かに固い何かを防がれたような感覚があった。あの魔術師同様、ギリギリのところで防いだのか?


「いいだろう。まだ立ち上がるというのなら、何度でも叩きつぶしてやるよ」


 ガエルはまたニヤリと笑う。


 耐えた、立ち上がったところで何だというのだ。結局、奴の力ではガエルに叶わない。その事実は変わらない。


「蛮族の技。貴様、そう言ったな?」


「ああ、合ってるか?」


「正解だ。なら、もう隠す必要はないだろう。全力で行かせてもらうぞ」


「ッ!」



『ウオオオオオオオオオオ!』



 ガエルが大きく咆哮を上げた。すると、ガエルに筋肉が大きく隆起し、視界が赤く染まっていく。


 狂化(レイジ)。蛮族が持つ、闘争本能を呼び覚まし、肉体の無意識による制限を解き放つ、戦闘の為の能力向上術だ。


「後悔しても遅いぞ。こうなった俺は、もはや貴様ら全員を血祭りにするまで止まらないぞ」


 理性が薄れていくと共に、破壊衝動が湧いてくる。目の前の人間をバラバラにしたい。ただそれだけの欲求が心の底から湧いてくる。


「ぬおおおおお!」


 踏み込み、ユリへと一刀を薙ぐ。先ほどよりも鋭く早い斬撃。ユリはそれに防御を間に合わせるが――大きく吹き飛ばされる。先ほどよりもさらに遠く、倍くらいまで吹き飛ばされる。


「どうせ勝ち目などないのだ。無駄な足掻きなどせず、叩き潰されれば苦しまずに済んだものを!」


 駆け出し、吹き飛ばされたユリへと迫る。


「消えろおおおおお!」


 力を籠め、二撃目を振るった――――



「ダメだ。勝てそうにないか。剣には割と自信があったんだがな……」



 態勢を崩されふらつくユリ。距離を詰めると、その表情がはっきりと見て取れた。その表情は――笑っていた。


 ガキーン! 大きく金属がぶつかり合い、その衝撃が辺りへと広がる。


「な……!」


 ガエルの斬撃が――止まっていた。


 ユリの手にした曲刀で受け止められ、ガエルの剣は完全に停止していた。


「何を……した?」


 受け止めた? 力だで負けたというのか!?


「なに驚いてるんだよ。力で俺がお前に勝てないって、誰が決めたんだ?」


 ユリが剣を振るう。その力に押され、ガエルの身体が押し戻される。


「あり得ない……ただの人間が……力で……俺に敵うなど……」


「自分の尺度だけで測るなよ。世界は、意外と広いんだぜ」

お付き合いいただきありがとうございます。


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