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狂気の足音

   ――Another Vision――


 舞い上がった土煙が晴れてくると、しばしの間辺りは静寂に包まれる。皆、動きを警戒しているのだ。


 部屋の中に唐突に現れた巨大な岩石人形とヴェルナ、イーダの姿。そして、その周りには数人の騎士が力なく倒れていた。


 強い閃光で一瞬視界を奪った隙に、イーダが仕留めたものだろう。一度に複数の兵を失ったことから、相手側も彼らを警戒し動けなくなっているようだった。


「無事な様じゃな」


 静まり返った部屋の中、ヴェルナが部屋にいる政務官たちとそれからクレアの姿を見て、安堵の息を付いた。


 先ほどの戦闘の間、クレアが暴れていたおかげで、上手く時間を稼げていたようだった。


「さて、お主が首謀者か?」


 無事な政務官達の姿を確認すると、ヴェルナは次に相手側の中心に立つ人物――ヴィルヘルムへと目を向けた。


「これはこれは、ヴェルナ・レイニカイネン様。この様な所にわざわざ、一体のどの様な御用ですかな?」


「この様な状況でよくもぬけぬけと。見ての通りじゃ、お主の企てを止めに来たのじゃよ」


「我々と敵対すると? メルカナスの英雄の末裔たるあなたが、帝国の――アルガスティアの側に立つと言うのですか?」


「おかしいか?」


「おかしいですね。あなたはメルカナスの英雄の末裔であり、メルカナスの守護者。なのに、侵略者であるアルガスティアの側に立つなど――」


「おかしな詭弁を弄するでない。妾はメルカナスの賢者の名を継ぐものであるが、同時にアリアスト建国の祖の末裔でもある。この国を守るために動かなくてどうする?」


「それは嘆かわしい。彼の偉大な大賢者――初代賢者様が生きておられたら、さぞ嘆かれるでしょう。あの御方は国を愛しておられた。あなたはその偉大な御仁の思いを継ごうとは思わないのですか?」


「お主もそれを口にするか! お主等はそれ程までに、妾を怒らせたいか!」


 ヴィルヘルムの言に、ヴェルナは強く怒りを見せ、怒鳴り返した。それに、ヴィルヘルムは少しだけ表情を歪めたものの、すぐに取り繕う。


「怒らせるだなんて、私はただ事実を申しただけです」


「事実……じゃと? 何も知らぬお主等が、我が師の言葉を騙るでないわ!」


 ヴィルヘルムの言葉に、ヴェルナは再度怒鳴り返す。


「もうよい。理解した。お主はその様に偽りの言葉を並べ立て、彼らを先導したのじゃな。そんなお主に加担する道理などない」


 ギロリと明らかな敵意をもって、ヴェルナはヴィルヘルムを睨みつける。


 そんなヴェルナの敵意を前に、ヴィルヘルムは小さく溜め息を付いた。


「メルカナス人の末裔でありながら、我等の理想に共感していただけないとは……残念です。そんなあなたを、我々は敵とみなすしかありません。やりなさい」


 『やりなさい』。ヴィルヘルムがそう命じたことで、一瞬だけ動揺が広がる。


「奴は敵だ。始末せよ!」


 そんな、動揺が広がる騎士達に、ヴィルヘルムは再度強く命令を下す。それにより、騎士達の動揺は収まり、騎士達はヴェルナ達の方へと向き直ると、一斉に襲い掛かってきた。


 数の差はいまだに消えない。ヴェルナ達の乱入で、少しだけ差が埋まったかが、まだまだ相手の数は多い。


 襲い来る騎士達の姿を見て、クレアは即座に身構える。


「雑兵がいくら集まろうと、妾の前では何の意味もないことを知れ。行け、土精よ!」


「ゴオオオオオ!」


 ヴェルナが命令を告げると、ヴェルナを乗せた岩石人形は咆哮を上げ、迫りくる騎士達へと走りだした。


 大きな身体を動かし、岩石人形が拳を振りかぶる。だが、動きは遅い。その間に騎士達が距離を詰めると、その剣を岩石人形へと叩きこんだ。


 ガキン! 幾つもの衝撃が響く。だが、岩石人形その身体は見た目通り、ほとんど岩石そのものだ。そんな身体を、騎士の剣で簡単に傷つけられるわけはなく、虚しく弾かれる。


「ゴオオオオオ!」


 止まる事の無い岩石人形はそのまま拳を、騎士達へと振り下ろす。騎士達はそれを、各々ステップを踏み、避ける。空を切った岩石人形の拳は、そのまま床の石畳を抉る。


 やはり、動きが遅い。あれでは簡単に避けられてしまう。


「逃がすな! やれ!」


「ゴオオオオオ!」


 ヴェルナが一言命令を下す。すると、岩石人形の振り下ろした拳のあたりから、何かが床へと伝播する。すると、岩石人形の周りの床がガタガタと隆起させられ、足場を荒らす。この床面ではまともに歩く事すら難しい。


「ゴオオオオオ!」


 まともに動けなくなった騎士に向かって、岩石人形がもう片方の拳を振り下ろす。もはや動くことは出来ない。


 騎士はそのまま守りの構えを取るが、岩石人形の拳は、その上から騎士の身体を吹き飛ばした。動きは遅い。だが、その重量の乗った拳が凄まじい威力であることは想像に難くなく、吹き飛ばされた騎士はそのまま壁に激突し、その壁を抉った。


 そのあまりのパワーに、騎士達の間に動揺が走る。だが、さすが訓練された騎士達だ。その動揺も、少しの間ですぐに平静を取りもどす。


「ひるむな! 奴の動きは遅い。あのパワーに驚かされるな!」


 騎士の中から怒声が響き、すぐに立て直される。


 そして、動きの遅い岩石人形に対し、すぐに対策を講じる。


 足場を荒らされたとはいえ、完全に歩けなくなったわけではない。岩石人形の間合いを見て取り、騎士達はその外側から相手の背後へと回り込み始める。


「悪手じゃな。妾の前で、集団を作るなど」


 そんな騎士達を見て、ヴェルナは小さく笑う。




『焼き尽くせ。我が紅蓮の業火よ! 火球(ファイア・ボール)!』


 岩石人形の上から、ヴェルナは詠唱と共に、騎士達へと長杖を翳す。すると、その長杖の先から炎が噴出したかと思うと、それが一つの玉となり、騎士達へと発射される。


 バーン! 衝撃と炸裂音。騎士達が一瞬にして炎にまかれる。


 呻き声と断末魔。そんな、地獄の様な声が辺りに響き渡る。


 一瞬にして5人。ヴェルナの前に、打倒されてしまった。


 その事実は、相手側にとって大きな衝撃だったのか、再び大きく動揺が広がり、敵将であるヴィルヘルムも大きく苛立ちと歯ぎしりを見せていた。


「数だけで勝った気になるなよ。妾の前では、それは何の意味もなさぬ」


 小さく怯えを見せる騎士達を前に、ヴェルナはまるで見せつけるかの様にそう告げた。


「そ、その様ですね」


 少しだけ落ち着きを見せたヴィルヘルムが、ヴェルナの言葉に答えを返す。


「どうする? 妾とて、無駄な殺生をしたくない。降参すると言うのであれば、受け入れなくもないぞ」


 ヴェルナはヴィルヘルムを睨み返す。


 それにヴィルヘルムは、一度動揺を見せたものの、またすぐ息を付いて取り繕う。


「確かにあなたの魔術は脅威だ。これほどまでとは予想していなかった。普通ならこのまま負けを認めるしかなかったでしょう」


「で、あろうな」


「ですが、我々がなんの対策もなしに、このような事に及んだとでも?」


「くだらない策など無意味じゃ」


「さて、それはどうですかな?」


 再び両者が睨み合う。


 再びの静寂。警戒心から、再度場の動きが止まる。




 ザク、ザク、ザク。


 動きが止まり、音が止まった静寂の中。砂粒を踏みしめる一つの足音が、大きくその場に響いた。この部屋の外、出来り口の向こうからだ。


 ザク、ザク、ザク。少しずつ近づいてくる。誰かがやってきたのだ。



「ヴィルヘルム。外は片付いた。次は何をすればいい」



 一人の男の声。張り詰めるような緊張の中、その声ははっきりと響いた。


 ゾクリ。なぜだろう。剣を合わせてすらいないのに、その声にはっきりと恐怖を覚えた。身体が、小さく警告を鳴らしている。『逃げろ』と――



「おいおい。これはどういう事だ? 中はすでに掌握したはずなんじゃなかったのかよ?」



 笑うような声と共に、その声の主は姿を現した。


 軽めの鎧に身を包み、大振りの片手半剣を担いだ大男。


「ガエル……サンチェス」


 荒れた戦場となったこの場所を見て、その男は小さく笑みを浮かべた。

お付き合いいただきありがとうございます。


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