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進む意志と

   ――Another Vision――


「もう一度言う。馬鹿な真似はよせ」


 シェラードがちょうどクレアを庇うようにして立ち、強くヴィルヘルムを睨み返す。


 肩のあたりをざっくりと切られ、だらだらと血を流している。


「くっ」


 痛みに耐えられなくなったのか、ジェラードが膝を付く。明らかに危険とわかる負傷だ。だけれど、ヴィルヘルムはそれを気に掛ける素振りなど見せなかった。


「なんで……」


 見ず知らずの相手ならまだそうなるのも理解できたかもしれない。けど、ヴィルヘルムとジェラードは知らない間柄ではない。ジェラードはヴィルヘルムの事を特別目をかけていたと聞いている。そんな相手になぜ、あんな冷たい目ができるのだろうか――


「やれ」


 ヴィルヘルムが冷たく命令を告げる。


 その命に従いリューリが再度剣を構えると、まるで見せつけるかのように掲げた。


 掲げられた剣が振り下ろされれば、待っているのは父の死だ。


 なぜ? なんで? そんな言葉が頭を埋め尽くす。


「たす……けて……」


 小さく、そんな弱音が零れる。けれど、助けてくれる人間などいない。周りの人間はみな、自身を守ることに精一杯で、こちらを見ていない。そして、外からの助など――期待できない。


「だめ……」


 助けてくれる人などいない。なら、どうすれば助かるのだろうか?


 こんな時、兄が居てくれたら。そんなあり得ない想像が頭をかすめる。けど、現実に兄は居ない。なら、どうすれば――




『クレア、モンスターや危険に襲われた時、最も確実に助かる方法って、なんだと思う?』


 それは昔、冒険者だった兄から出された質問だった。どこからそういう話になったのだろうか? よく覚えていない。それでも、この問いだけは、はっきりと覚えていた。


『? ……分からない』


『それはな、勝つ事だ。モンスターを倒せば、そいつに殺されることはなくなる。安全だろ』


 そう言って兄は笑った。


『勝つって……そんな簡単な事なの?』


『いや。難しいよ』


『なら、なんでそんなことをするの? 負けたら死んじゃうかもしれないんだよ』


『まあ、そうだな。けど、大体の場合は、逃げたりしたところで、助からない場合っておおいんだよ。だから、正面切って立ち向かい、勝ったほうが確実だ。だから、挑むんだよ』


『勝てないって、思うほど強いモンスターと出会ったらどうするの?』


『それでも挑むよ』


『なんで? 勝てないんだよ。負けたら死んじゃうんだよ』


『だろうな。けど、それって誰が決めるんだ? 神様か? それともクレアか?』


『それは……分からない』


『だろ。物事に絶対はない。それは戦いにおいても同じだ。どんなに絶望的な状況でも、挑むことを諦めなければ、ほんのわずかにでも活路は見いだせる。だから、どんなことでもあきらめず、挑み続けるんだよ。俺は』


 兄はそう言って笑っていた。




 昔の兄の言葉だ。それが、鮮明に思い出された。


 挑み続ける。それが活路を見出す方法だと、兄は言っていた。


 ――――『立ち向かえ』そういう事ですね。兄様。


 やるべき事、取るべき手段。それは最初から提示されていた。なら、生き残りたいのなら、先へ進みたいのならそれを選択するだけだ。


 リューリが掲げた剣を振る。それに合わせ、クレアは態勢を直すと駆け出した。真っ直ぐとリューリへ向かて突撃を掛ける。


「な!」


 唐突なクレアの動き。それを予想できなかったのかリューリの驚く表情が見えた。クレアはそのまま、リューリへとタックルを掛ける。


 リューリが振るった剣は、クレアのタックルで態勢を崩したために空を切る。リューリは多々良を踏み、数歩後ろへと下がる。


 唐突なクレアの動きは、周囲へと動揺を広がる。大きな隙だ。その隙を見て、クレアは次の行動へと移る。


 目標はすぐ傍の騎士、その騎士に狙いを定め、再度身体をぶつけに行く。そして、今度は身体をぶつけると共に、まだ鞘に収まったままだった相手の剣を引き抜き、その勢いのまま斬撃を騎士へと叩きつけた。


 さすがに鎧をまとった騎士への斬撃では、致命傷を与えられず、ただ軽い手傷を負わせる程度に終わる。


 仕留められはしなかった。けど武器は手に入った。これでただやられるだけの状況から脱した。


 一歩後ろへと下がり、距離を取りながら大きく息をする。一か八かの賭け、バクバクと心臓が鳴り響く。それを落ち着けるように、大きく息をした。


「こんな土壇場で抵抗してくるだなんて、諦めの悪い女ですね」


 先ほど、タックルを浴びせられたリューリが強く睨み返してくる。


「むざむざ遣られるつもりは、ありませんから」


「剣一本手に入れたところで、抵抗できるとでも?」


「やってみなければわかりませんよ」


 こちらも強く睨み返す。


「諦めを知らない、純粋な目。その目、嫌いです。良いでしょう。あなたがそれを望むのなら、望み通り徹底的に潰してあげます」


 リューリが再び、構えを取る。


 そして、息を整えるように小さく息をすると――すぐさまクレアの間合いへと飛び込んできた。


「!」


 鋭く、素早い斬撃。それがクレアを襲う。クレアはギリギリのところで、剣を掲げ、攻撃を防御する。


 ガキン! 大きく火花が散る。とても重い斬撃。同じ女性とは思えないパワーに、防御の上から姿勢を崩されてしまう。


「はっ!」


 崩れた態勢を見逃さず、リューリがすかさず二撃目を放つ。


 鋭い斬撃がクレアの身体を襲い、浅く皮膚と肉を引き裂く。かろうじて間に合った防御が致命傷だけは避けてくれる。だが、強烈な痛みが身体を襲う。


 斬撃を避けるため一歩下がったクレアの身体はそのまま吹き飛ばされるようにして下がる。痛みで踏ん張りの利かなくなった身体は、耐えることができず大きく後退し、膝を付いた。


「つ、強い」


 パワーが違いすぎる。同い年位に見えるのに、ここまで差が出るものなのかと驚かされる。相手との差を強く感じた。


 そんな、膝を付いたクレアを見て、リューリは呆れた様に小さく息を付いた。


「あなた。弱いですね。勇ましくかかって来たかと思えば、拍子抜けです。そんな力量で、勝てると思っていたんですか?」


 『弱い』そう吐き捨てられたリューリの言葉が、鋭く胸に響く。


 力の無さ、それはクレアが一番良く理解しているつもりだ。今までにいろいろな戦士を見てきた、そのすべてで自分が勝る要素など見いだせないほどに、自身の力の無さは実感している。


 けれど、だからと言って諦めていたら前になど進めない。


 ダラダラと血を垂れ流す傷口を手で押さえ、痛みに耐えながら立ち上がり、リューリを睨み返す。


「力の差は見えたと思いますが、まだやるつもりですか?」


「負けるつもりは……ありません」


「本当、あなたはどこまでも私をイラつかせる人間ですね」


 再び、リューリが踏み込んでくる。


 一刀。鋭い斬撃がクレアを襲う。それをどうにかガードするが、その隙に二撃目がクレアを襲う。


 再び、身体を引き裂かれる。防御が一歩追い付かない。防げても、そのまま崩される。


 力量差は圧倒的。攻撃に転じる事すらできない。


 勝ち目など、やはり最初からなかったのではないかと、思わされる。


「そんなに弱いのに、なんで立ち向かって来るんですか? そんなに弱いのに、弱いのに!」


 ガキン! 感情の籠った重い斬撃が、クレアを防御ごと吹き飛ばす。


「本当に嫌いです。あなたの様な人間。なぜ、あなたの様な弱い人間が選ばれて、私が選ばれないのですか! さっさと諦めて死んでください!」


 リューリが大きく剣を振り上げ、襲い掛かってくる。


 既に眼前まで迫っている。


 吹き飛ばされ、崩された態勢では、もはやよける事すらままならない。こうなれば、あとの結果は死があるだけだ。


 ゆっくりと、リューリの剣が迫ってくるのが見える。


 なんでこんなに弱いのだろうか? どうやったらあんなに強くなれるのだろうか?


 今更ながらの後悔と、問いかけが虚しく響いてくる。


 ――――どうやったら、あんなに強く……なれるんだろうか?


『負ける。失敗する。そういう時こそ、自分の甘さや、足りないところが良くわかる。そこを改善していけば、確実に強くなれる』


 少し前に聞いた、ドルフの言葉だ。


 ――――私に足りないもの? それは力? 技量? なら、どうしていけばいい?


『クレアは長剣を両手で持って思い切り振り抜く戦い方――強打のスキルを中心とした戦い方をするよね? 多分、両手剣用のスタイルが基礎となっているのかな?』


『人にはそれぞれ合った戦い方がある。単純に強い人の真似をすればいいってわけじゃないからな』


 ユリの言葉だ。


 クレアの戦い方は、兄の戦い方の模倣だ。身体が大きく、力も強かった兄。だが、クレアは兄の様に力もなければ、体格が優れているわけではない。当然そうなれば、兄の模倣で上手くいくわけなどないないのだ。


 ――――なら、私に合う戦い方は?


『速度は悪くありません。むしろ、よくできました。というべきでしょうか?』


 エリンディスの言葉だ。


 ――――速度?


『エルフの戦い方は、スピードを重視した戦い方だからね。イーダの斥候戦い方にちょっと似てる。だから、クレアみたいな純粋な威力を重視した戦い方とはかけ離れてるんだよ』


『ふふふ。簡単な事です。人は多くの動きを行う事ができますが、身体を効率的に動かそうとする場合は、驚くほどその選択肢は少なくなります。

 攻撃という動作はまさにそれにあたります。なら、それが予測できれば簡単に対処できます。

 初動の動き。それが分かれば、後のそこから続く動きは簡単に予測できるんですよ』


『ですから、あなたの初動を感じ取り、後はそこから導き出された動きに合わせて、身体を動かしているだけなんです。分かりましたか?』


 見て、聞いて、感じてきた事柄の断片が、徐々に徐々にと自分の中で、一つに形に成っていく。


 答えは、すぐそばに在ったのかもしれない。


 ――――これで、良いのだろうか? これが、正解なのだろうか?


 不安が身体を襲う。けど――――


『出来ないことを恐れるな。最初からなんもかんも出来る奴なんかいやしない。出来なかった時、負けた時、躓いた時、そうした時、次そうならない為にどうするべきかを考え、前へと進む。人ってのは、そうやって強くなるんだよ』


 次なんてないかもしれない。けど、一つ一つを試していかなければ、前へとは進めない。なら、やれることは全部やるだけだ。


 振り下ろされてくる斬撃が、はっきりと見える。


 ――――予測しろ、攻撃を!


 流れる斬撃がはっけりと見える。それに合わせ、自然と身体が動いていく。確証はない。けど、やるしかない。


 振り下ろされた斬撃に対し、自身の剣を合わせ――そのまま受け流した。


 ガリガリと剣の削られる音と、火花が散る。


「チッ! 諦めの悪い!」


 流れた剣をそのままに、リューリの二撃目が飛んでくる――だが、その攻撃は予想出来ていた。


 エリンディスの言うとおりだ、人の身体の動きというものは大分不器用なものだ。特定の動きからは、特定の動きにしか派生させられない。それがわかれば、守ることは容易だ!


 ガキン! 大きく火花が散る。


「な!」


 今度は余裕をもって防ぐ事が出来た。


 だが、やはり力が足りない。それ故、踏みとどまれず。押し込まれるが、余裕を持っていただけに、態勢を崩されるまでにはいかなかった。


「本当に、イライラさせてくれますね!」


 怒りの籠った視線が向けられてくる。


「負けるつもりは、ありませんから」


 まだ終わりじゃない。まだ生きている。そう強く告げるかのように、クレアは再度剣を構えなおした。

お付き合いいただきありがとうございます。


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