血に濡れた刃
――Another Vision――
「エリンディス様」
「何でしょうか?」
「何か、私に言う事はないでしょうか?」
「さぁ? 何でしょう?」
相変わらずのとぼけたようなエリンディスの態度に、シアはため息を零した。
一度、シアは自身の手元へと目を向ける。その腕には手錠が嵌められていた。
エリンディスを人質に取られてしまっては、シアが抵抗する事などできない。あっさりと拘束されてしまったのだ。
「それで、どうするのですか?」
「どうしましょうか?」
ニコニコと緊張感のない返答。それに再び溜め息を付いた。
「とりあえず、今のところは何かされるようなことはなさそうなので、しばらく様子を見ましょう」
「そうですね」
ガチャリと扉が開かれると騎士が戻ってくる。
エリンディスとシアを捕らえた騎士達の一人が報告の為か一度部屋を離れていた。それが
戻ってきたのだ。
「で、なんだって?」
「そのまま監視を続けろとさ」
「殺さなくていいのか?」
「馬鹿。こいつらはエルフの大使だ。下手なことをすれば、エルフとの戦争になる。俺達は戦争がしたいわけじゃないんだぞ」
「チッ。わかってるよ」
状況を見るに、何か良からぬ事が起きているのは容易に想像できた。その上で、彼らの会話から、理性のない暴動というものでもない事も理解できた。
こちらに手を出す事のリスクが理解できているのなら、取り敢えずの安全は約束される。
じっと騎士達の方を注視し、おかしな動きをしていない警戒する。何もなければ、それで良い、だが――
「しっかし。エルフっていうのは噂通り別嬪なんだな」
粘着いた視線を向けられる。あまり良い気分ではない。
「馬鹿。変なこと考えるんじゃねえよ」
「けどよう。こんな上物を前に、我慢できる分けねぇだろ?」
「お前、今がどういう状況下わかっているのか?」
「わかってるよ。だから言ってるんだ。外は静かだ。戦闘はほとんどない。そして、監視の目は――ほぼゼロだ」
「それは――」
「お前だって、まんざらでもないんだろ?」
舌なめずり。品性の欠片もない、そんな表情だ。見ていて吐き気を覚える。
(女とみれば、見境なしか……だから人間は嫌いなんだ)
「本当にやるのか? バレたら大変なことになるぞ」
「こんな事態だぜ。調べようがないって」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。最悪な事態だ。
「どうやらここは、思っていた以上に安全では無かったみたいですね」
「そうみたいですね」
「ごめんなさい。シア。少し、強引にいかせていただきます」
「この状況では仕方ありません」
「ですね」
ニッコリと笑いながら、シアへと返事を返すとエリンディスがゆっくりと立ち上がった。
「な、なんだ。動くんじゃねぇ」
「そう言われましても……自衛のためですから」
答えを返すと共にエリンディスは手錠のはめられた腕を前面にかざす。
「|我が身は我が霊魂である《hrávënya ná ëalanya》」
ただ一言、エリンディスがそう告げる。すると、エリンディスの姿が一瞬薄らいだがと思うと、彼女の腕に嵌められていた手錠がまるで彼女の腕をすり抜けるようにして落下した。
『霊体化』。祖霊の神子であるエリンディスの力の一つだ。身体を霊体化させ、物理的影響から解放される。これにより、エリンディスに対しての物理的な拘束は一切意味をなさない。
「な、なにをした」
「勝手ながら、自由の身にさせていただきました」
「くっそ。やれ!」
拘束を解いたエリンディスを見て、騎士の一人が剣を抜き放つ。
「だ、だけど――」
「エルフとの戦争? それ以前に、計画がだめになったらおしまいなんだ! ビビってんじゃねぇ! やれ」
「お、おう」
怒鳴られ、もう一人の騎士も剣を引き抜く。
「うわああああああ!」
そして、切りかかってきた。
「こうなってしまいましたか……」
そんな騎士達を見て、エリンディスは少しだけ悲しげな表情を浮かべる。
「|守りをここに《I turma símen》」
ガキン! 火花が散る。振り下ろされた騎士の剣は――エリンディスの腕に嵌められたガントレッドによって受け止められていた。
いつの間にか、エリンディスの身体は彼女のために設えた様な一揃いの鎧に包まれていた。
「|剣をここに《I macil símen》」
次にエリンディスが手を広げる。すると、今度はその手に一対の剣が現れ、収まる。
二本の曲刀の柄頭をつなぎ合わせた様な武器――エルフ族の双曲刀だ。
「ごめんなさい」
ピュっと風を切る音が響く。すると、ぼとぼとっとバラバラになった騎士の身体が二人分床へと転がり、あたりを赤く染め上げる。
「残念な結果になってしまいましたね」
返り血を浴び、赤く染まったエリンディスがニッコリとシアへと笑いかけてくる。その姿は見ていられない。
護衛であるシアが戦わず、守るべきエリンディスが剣を振るう。それは、あってはならないことだ。けれどシアは自分のその任を全うできなかった。
「申し訳ございません」
「謝る必要などありませんよ。この状況では仕方ありません」
「例えそうであったとしても、エリンディス様が血で汚れるようなことは、私達は望みません。これは、私の失態であり、私の罪です」
「シア……」
シアの懺悔の言葉に、エリンディスは悲しそうな声を返した。
* * *
「どうなさいますか?」
拘束されていた部屋から抜け出したシアとエリンディスは、人目のない王城の屋根の上へと移動した。ここなら、全体を見渡せる上、あまり目を向ける者は少ない。
「状況がわからない以上、動きようがありません。国内問題に過度な干渉を行えば、後々の問題になります」
「では、このまま静観ですが?」
「そうですね。ですが、少しくらい恩を売っておいたほうが、後々にためにもなります。情報収集もかねて、動いていただけませんか?」
「ご命令とあれば」
「では、お願いします」
「わかりました」
命令を受けると、シアは深く礼を返す。その後に一度、じっとエリンディスの姿を見返す。
「何ですか?」
「あまり無茶はなさらないでください」
「わかっていますよ。もうあのようなことはしません」
「そうであることを願います。では」
再び礼を返すと、シアは一歩下がり、そのまま下へと降下して、離れていった。
お付き合いいただきありがとうございます。
ページ下部からブックマーク、評価なんかを頂けると、大変な励みになります。よろしければお願いします(要ログインです)。




