亡国に縛られし者達
――Another Vision――
「これは、どういうことだ!」
バンと強く机をたたき、ジェラードが立ち上がると、怒りで口調を荒げながらヴィルヘルムへとそう問いを投げた。
「お静かにしてください。と、言ったはずですが?」
ジェラードの問いに対し、ヴィルヘルムはひどく冷静な口調で答えを返した。
「この状況でよくそんな事が言えたものだな! どういう事なのか説明しろ、ヴィルヘルム!」
ジェラードは再び強く問い返すと、それにヴィルヘルムは小さく溜め息を返した。
「まったく、品性の欠片もないない人ですね。あなたは此処が何処か分かっておられますか?」
「円卓の席。この国の要人が集まる、重要な席だ。貴様こそ、事の重大さが理解できていないのではないか、この場に兵を連れ込むなど――」
強く切り返す。その言葉にヴィルヘルムは小さな笑いを返した。
そして、その笑いは広く伝播し、この場所を取り囲む騎士達もまた、同様に笑い始めた。
蔑み。周りの騎士やヴィルヘルムの笑いからは、蔑みの色が見られた。
「やはり理解できていないようですね。ここは、国王と王に忠義を誓った臣下が集う神聖な場所。あなた方帝国の人間が立って良い場所ではないのですよ」
「貴様……まさか――」
「この神聖なこの場を、我らに返していただきましょうか」
怒りと殺意。その二つの混じった視線と共に告げられると、周りを囲っていた騎士たちが一斉に鞘から剣を引き抜いた。
――Another Vision end――
「南門は封鎖できた」
「西側区画は?」
「そちらも制圧した」
「城内にいた警備の者たちは?」
「それもあらかた始末した。事は予定通り進んでいる」
「では」
「ああ、こちらも予定通り動こう」
ガチャガチャと金属がぶつかり合う音が、扉の向こうから過ぎ去っていく。
気付かれず、どうにかやり過ごすことができた。小さく息を付く。
ゆっくりと扉を開き、通路を確認する。先ほどの騎士達はすでに遠くへ行ったのか、姿は見られなかった。
安全を確認すると、静かに身を隠していた小部屋から抜け出し、俺達は通路へと戻る。
「い、いまのは……」
俺の後を追う様にして、共に潜んでいたエーリスが青ざめた顔をして出てくる。
「多分、クーデターって奴だろうな」
状況はまだ完全には把握できていない。道中聞こえた騎士たちの会話から、断片的にそう判断できた。
「クーデター……なんで、そんな事を……」
「知らないよ。そんなの。俺はその辺詳しくないから、あんたの方が詳しいんじゃないか? 何か心辺りとかあるんじゃないのか?」
尋ね返す。
俺が地上に戻って来てから、まだ一月も経っていない。なので、この国の細かい事情とかは、まったくと言っていいほど知らない。だから、なぜ? と問われても上手く返すことはなどできない。
問い返すと、エーリスは暫く視線をさ迷わせた後、小さく「分かりません」と答えを返した。
「そっか……」
政治の一端に携わるエーリスなら、より詳しく知っているだろうと思ったが、そうではなかったようだ。
再び通路へと目を向け、今後どう動くかを考える。
自身と無関係な事柄なら適当にやり過ごすのが一番無難やり方だけど――
「あの、ユリさん」
考え始めると、唐突にエーリスから声がかかった。
「なに?」
「ユリさんは、旧体制派と呼ばれる人たちの事を知っていますか?」
「なにそれ?」
「旧体制――つまり、かつてのメルカナス王国体制を信奉する者たちです。
ここはメルカナス人の土地だ。なのに帝国の――アルガスティア人が多くの住んでいて、実権を握っているのはおかしい。と、そう声高に言う者たちの事です」
「なるほど、それでクーデターって訳か」
「はい。おそらくは……」
返事を返すと、エーリスは小さく目を伏せ、少し迷うような素振りを見せると再び口を開いた。
「実は、少し前に、彼ら――旧体制派の人たちから、仲間にならないかと誘われたことが有るんだ。僕は政務官に近い立場の人間だらって……」
「その時、なんて答えたんだ?」
「僕は、その考えに賛同できなかったので、断りました」
「賛同できなかった?」
「確かに、彼らの言う様に我々メルカナス人は、国を奪われ、多くの物が奪われ、メルカナスは過去の姿を失いました。それが許せないだとか、そういう気持ちは理解できなくもありません。だけど、今、僕たちが戦争に負けたからと虐げられているわけではない。政治にも参画でき、満足のいく暮らしだって出来ている。だから、無理に変える必要はないんじゃないかと、そう思ったんだ」
「なるほどな」
「ユリさんは、どう……思いますか?」
「え、俺?」
「はい。ユリさんもメルカナス人……ですよね? そうなら、彼らの考えを、理解、出来るんじゃないか?」
「え? あ~……」
問われ、小さく苦笑いを浮かべる。
正直に言うと、政治だとか、社会体制だとか、そう言うものは全くと言って興味がない。
昔から師匠に連れまわされ、色々な環境で育ってきた。それこそエルフの国、ドワーフの国、最悪な時は人の寄り付かない遺跡の傍で、年単位で自活したりもした。
師匠と別れ、メリカナスに定住するようになってからも、殆ど地下迷宮に入り浸っていただけに、それら社会体制なんかとは縁遠く、それを気にすることは無かったのだ。
だから、自分のやりたい事ができる環境であれば、正直後はどうでも良いと思っている。
だから、そんな事を問われると逆に困る。
「特に、どうでも良いかな」
「そう……だよね」
「まあ、とりあえず今は、死なない様に立ち回ろう」
「そう……ですね」
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