露見する敵意
――Another Vision――
アリアストの小高い丘の上に立つ王城の最奥には大きな会議室が一つあった。
中央に大きな円卓が置かれ、壁に様々な家紋や国章の刺繍が施されたタペストリーが提げられていた。
円卓の席。かつて、この国がメルカナスだった頃、その国王と上級貴族のみ立ち入りの許された、特別な会議室だ。
そこは今でも特別な場所とされ、政務官の中でも上位の政務官とその者の許可を得た者のみ立ち入りの許される特別な場所だった。
今日はそこで、年に数回行われる、高級政務官を中心とした会合が開かれていた。
クレアはそこに、父と共に参列していた。
円卓の席をぐるっと、それぞれの政務官たちが座っていた。
交流も兼ねた会合の席。そうであるのに、和気藹々とした雰囲気はなく、張り詰めた空気がこの場を支配していた。息が詰まりそうだ。
「こういった席は苦手ですか?」
重苦しい空気の中、耐える様に座っていると、隣の席に付いていたヴェルヘルムがそう尋ねてきた。
「いえ、そういうわけではありません」
すぐに取り繕い、答えを返す。
どうしても不快感が零れそうになる。
それは、この場の空気やこの席に対してではなく、ヴィルヘルムに対してだ。
ヴィルヘルムは政務官でもなければ、その地位の親族などでもない。本来ならこの場に居合わせる事はない人物だ。だけれどこの場にいる。それはたぶん、クレアの婚約である事から父が引き入れたのだろう。
父の中ではすでに、クレアとヴィルヘルムの婚姻は決定事項という事なっているのだろう。それが、たまらなく不快だった。
「では、ご気分が優れないのですか?」
「いえ、そういうわけでもありません。お気になさらず」
ヴィルヘルムの気遣いの言葉。それは何処か、父に対してそれをアピールしているように思え、また不快に思えた。
「そうですか」
何もない。そう強く言い切ると、ヴィルヘルムはようやく追及を諦め、視線を外してくれた。
それを見て小さく息を付く。
やはりどうしても、このまま流されていくのは良くない様に思えた。けれど、だからと言って、うまい躱し方が思い浮かばない。
置かれた状況を考えると、ついため息が零れてしまう。
一度、隣に座るヴィルヘルムへと目を向けてみる。
ヴィルヘルムは顔を上げ、どこかを注視していた。
先端な顔立ちで、とても誠実そうに見える。父がこの男のどこを気に入ったのかは分からない。けれど、幾つか伝え聞いた話ではとても優秀な人物と聞く。もしそれが事実なら、やり辛い。
この相手に落ち度の一つでもあれば、それを突いて簡単に婚約を破棄できる。けど、父が選んだ相手だ。そういう分かり易い落ち度は無いだろう。それだけに、頭を悩ませた。
「何か?」
しばらくこうやって、ヴィルヘルムへと目を向けていると、さすがにこちらの視線に気付いたのか、尋ね返してくる。
「いえ、特には……何を見ていたのですか?」
とても真剣にどこかを見ているようだった。それだけに、少し気になった。
「この部屋を見ていました」
「部屋?」
「はい、素晴らしい場所だとは思いませんか?」
「そう……ですか?」
ヴィルヘルムの言葉に引かれ、一度部屋を見渡してみる。
古く、歴史を感じさせる色合いの部屋。けれど反面、派手さは薄く、どこか落ち着いた雰囲気があった。それだけに。ヴィルヘルムの言うような「素晴らしさは」には、あまり感じ入るものはなかった。
「分かりませんか?」
「……すみません」
「でしょうね。あなた方にこの部屋の良さなど、分かるはずもありませんね」
「え?」
怒気と敵意、それからぞっとするような殺意が、背筋を凍らせた。
ヴィルヘルムへと視線を戻す。ヴィルヘルムは鋭い視線をこちらへと返していた。それは、明らかに友好的な相手に向けるものではなく、こちらを敵だと言わんばかりのものだった。
「なに……を」
バタン! と大きな音が響くと、扉が開かれ、バタバタと数人の騎士が会議室の中へと踏み込んできた。
「何事だ! ここへの立ち入りを許可した覚えなどないぞ!」
唐突の出来事に、出席者の一人が叱責を返す。だが、騎士達は止まる事はなく、円卓の席を取り囲むと、一斉に剣を引き抜いた。
「ど、どういうつもりだ……!」
止まる事のない騎士達の動きに、出席者の一人が動揺した声音で尋ねる。
殆ど誰もこの状況が理解できないのか、その動揺は部屋全体に広がる。だが、その中で一人だけ冷静な人物がいた。ヴィルヘルムだ。
動揺が広がる中、ヴィルヘルムはすっと立ち上がると
「お静かにしていただきましょうか。もし、抵抗する者がいるのでしたら、この場で直ちに処断いたしますので、そのつもりでお願いします」
冷たく、そう告げたのだった。
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