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動き出した事象

   ――Another Vision――


「これは……いったいどういう事でしょう?」


 襲ってきた騎士の一人を縛り上げた後、落ち着きを取り戻すとスペンサーがそう尋ねてきた。


「さぁの。こやつが口を割ってくれれば早いが……まぁ、そうはいかぬであろうな」


 一度、縛り上げた騎士へと目を向けると、騎士がこちらを睨み返してきた。


 この騎士の動きを止めるのに用いた『拘束(ホールド)』の魔術の効果はすでに解けている。会話などはすでに可能となっているが、見たところ一切話をする気はないようだった。


「お前の魔術でどうにかならないのか?」


 ヴェルナの言葉に、イーダが聞き返してくる。


「無理じゃ。その手の魔術は専門ではない。出来て拘束までじゃ」


 答えを返すと、舌打ちが帰って来た。


(本当にこやつは、人を苛立たせる返し方をする)


「そういうお主は、何か出来ぬのか? 拷問とは、いかにもできそうではないか」


 苛立ちからつい言い返してしまう。


「そういうのは専門じゃないよ」


「なら、いちいち突っ掛かってくるでない」


 面倒そうなイーダを無視し、ヴェルナは再び騎士の方へと視線を戻した。


「それで、どう……いたしましょうか?」


 不安の籠った声でスペンサーが尋ねて来る。


 確実にここで何かが起きている。先ほど起きた出来事から、それは容易に判断できた。けど、それがどれほどの事態なのかは判断が付かない。それを知るすべも今のところはない。


 自信の安全を考えるなら、このままここに留まり、事が終わるのを待つ方が良いが――


「少し外の様子を確認してくる。お主等は安全の為、ここへ残れ。妾が出て行った後は、しばらく誰も入れるでないぞ。念のため、机を移動させ扉を封鎖しろ。良いな」


「外へ、行かれるのですか? 危険ではありませんか?」


「じゃろうな。じゃが、自衛の手段は持っておる」


「ですが――」


「このままここに居て、状況を悪くするのは避けたい。良いな!」


 強く言い聞かせ、反論を黙らせる。そして、そのまま話は終わりだとばかりに、振り返ると扉へと向かって歩き出した。


 歩き出すと、直ぐに後を付いてくる足音があった。


 目線だけそちらへ向けると、イーダが何食わぬ顔をして付いてきていた。


「お主、別についてくる必要なぞないぞ」


「外、危ないかもしれないんだろ?」


「じゃからなんじゃ?」


「死なれたら困るからな。身の安全を守る手伝いくらいは、してやるよ」


「要らぬ世話じゃ」


「だといいけどな」


   ――Another Vision end――




 バタリ。


 庭園を彩る花々の陰から、一つの人影が唐突に倒れ込んできた。


「え……?」


 倒れた人影から、赤い血がツーと辺り石畳へと広がっていく。


 ガチャリ。別の人影が花々の陰から姿をあらわした。


「ひっ!」


 銀の鎧を赤く返り血で汚し、血塗られた剣を手にした騎士の姿。明らかに目の前の相手を殺したのは自分だと言わんばかりの姿だった。


 ギロリ。と、騎士の頭部を覆う(アーメット)のバイザーの向こうから、鋭い視線がこちらへと向けられる。


「あ、あなたは……どこの者だ?」


 怯えた声でエーリスが騎士へと問いかける。だが、騎士はそれに答えを返す事なく、一歩踏み出してきた。


 微かに、笑うような声が聞こえる。騎士からだ。あの(アーメット)の向こうで騎士が笑っている。


 また、一歩騎士が踏み出してきた。


「だ……誰か……」


 エーリスが辺りを見回し、助けを探す。だが、警備の騎士らしき者の姿は見当たらなかった。


 また、騎士が一歩踏み出してくる。剣を鞘に納めることなく、握りしめたまま。害意が見て取れる。


 そして、あと一歩と言うところまで迫ると、騎士が剣を振り上げてきた。


「うわあああああああああ―――」



『止まれ!』



「あ、か……」


 ただ一言、小さく詠唱を告げると、騎士の動きはピクリと停止し、そのまま倒れ込む。


 少し遅れてエーリスがその場に尻もちを付いた。


「大丈夫か?」


 腰が抜けたのか、動けなくなっているエーリスに声をかける。


「え……あ、え? 助かった……のか?」


 上手く状況が読み込めないのか、エーリスは辺りを見合し、目を白黒させていた。


「相手の動きを奪っただけだ。危害が無かったという意味でなら、助かったって事に成るのかな?」


「もう……動かないのか?」


 怯えながらエーリスが倒れた騎士を指す。


「放っておけば、その内動けるようになる。けど、多分しばらくは動けないだろう」


「そ、そうなのか……はぁ」


 俺の答えを聞き、ようやく安心できたのか、エーリスは安堵の息を付いた。


「ありがとう、助けてもらって」


「それはいい。それより、何なんだ? こいつは」


 再び、動けなくなり倒れた騎士を見る。身に付けている装備は、ここ数日で見慣れる様になったアリアスト騎士団の共通装備だ。一見するとおかしなものではない。


 けど、ならなぜ彼らが俺達の襲ったのか。その理由が分からない。


「わ、分かりません。見た所、正規の騎士の装備に見えるが……」


 エーリスにも心当たりがないようだった。


 ゆっくりと倒れた騎士に近付き、(アーメット)を引きはがす。すると、騎士の素顔がさらされる。


 もちろん、見た事の無い騎士の顔だ。


「面識、有るか?」


「すまない。騎士との交流はないので……」


 これで分かれば楽であったが、事はそう甘くはないようだ。


 ギッと騎士が睨みつけて来る。敵意。それだけがはっきりと分かる。


「どう……しますか?」


 不安げな声で、エーリスが尋ねて来る。


「どうって、普通なら警備の騎士に……この事を伝えればいいんだろうけど――」


 辺りに目を向け、感覚を研ぎ澄ませていく。


 とても静かだ。辺りに殆ど人影がないかのように――警邏の騎士が居ないかのような静けさがあった。


「多分、それは出来そうにないかな」


「じゃ、じゃあ、どうすれば……」


「分からないよ。とりあえず。今何が起こっているか知る事が先決かな?」

お付き合いいただきありがとうございます。


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