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戦士の心


 皆の注目を受ける中、ユリが観客席の間の階段を下り、闘技場へと降りていく。


 なぜそうなったのか、経緯が良く分からない。けど、そんな事より、ユリならあのガエルという男に勝てるのではないかと期待させられ、自然と身を乗り出していた。


「おやおや。ガエル殿に挑む者がいるとは。とんだ愚か者も居たものですね~」


「あれだけの力を見せられると、挑んでみたいと思う者もいるのでしょう」


「結果は分かりきっていますがね。はははは」


 周りから小さく笑い声が上がる。それにクレアは小さく怒りを覚える。


 ユリの戦い方は間近で見ていて良く知っている。ユリは、クレアが知る中で一番の戦士だ。ユリならガエルに勝てるかもしれない。


 一度、父とヴィルヘルム達が座る席へと目を向けてみる。


 相変わらず周囲の者たちに持てはやされ、楽しそうに会話しているのが見える。


 再び闘技場へと目を向ける。


 ユリならガエルに勝てる。他人に自身の鬱憤を晴らさせるのもどうかと思うが、ユリにガエルを倒してもらいたいと思った。あの空気を壊してほしいと、そう思った。



『構え』


『始め!』



 司会が開始の合図を告げ、試合が開始される。


 まず最初に動いたのはユリだった。


 合図が告げられると共に一気に駆け出し、素早く一刀を振るう。相変わらず早く、目では追いきれない。


 けれど、その攻撃は届かなかった。ユリの放った一撃は、いともたやすくガエルに受け止められてしまった。


「ふん」


 ガエルは受け止めた剣でそのままユリの身体を弾き飛ばし、二人の距離が再び開く。


 そして今度は、ガエルの方から仕掛けた。


「うおおおおおおお!」


 掛け声と共に、相変わらずの大きな音を響かせ剣が振り下ろされる。


 先ほどの相手騎士を防御ごと叩き切った強烈な一撃だ。当たれば、ユリもそれで終わりかもしれない。


 だが、ユリは身体を捻ると、最少の動きでその攻撃を避けた。


「ふん!」


 上段から振り下ろした剣を引くと、ガエルはすぐさま踏み込み、横振りの一刀を繰り出す。ユリはそれにバックステップを踏み、避けると共に、再び距離を取る。


 一連の攻防。それが終わり、間が出来ると会場がわっと沸き立つ。


 自然と手に力が籠り、握りしめる。


「うおおおおおおおお!」


 再び仕掛けたのはガエルの方からだった。


「ぬおおおおおおおお!」


 ブン。ブン。と大きな音を響かせ、剣が振るわれる。それをユリは、右へ、左へとステップを踏み、最少の動きで避けていく。そして、その連撃の合間の隙を見つけたのか、一瞬の隙に踏み込み、斬撃を繰り出した。


 取った! そう思った。だが――結果はそうはいかなかった。


「うそ……でしょ」


 ユリが繰り出した斬撃は、軽々とガエルに受け止められてしまった。


「ぬおおおおおおおおお!」


 そして、踏み込み態勢が崩れたユリに向かって、ガエルが剣を振り下ろすと、そのままユリの身体を叩き伏せた。



『勝負あり。勝者、銀狼騎士団ガエル・サンチェス!』



 結果はユリの敗北に終わった。




   *   *   *




 ユリに期待を寄せ、力が入ってしまっていたからだろうか。結果が望まぬ形で終わると、一気に力が抜け。パタっと身体が下ろし、うなだれた。


 クスクスと隣から笑い声が聞こえた。


 目を向けるとエリンディスが小さく笑っていた。


「何ですか?」


 こちらを見て笑っている事に少し苛立ちを覚える。


「いえ。あれだけ興味がなさという態度をしていたのに、と思ってしまって、つい。残念な結果になってしまいましたね」


「え? あ、はい……」


 事実を指摘され、少しだけ恥ずかしくなる。つい先ほどまで、エリンディスが傍に居るのを忘れ、見入ってしまっていた事を思い知らされる。


「お知り合いだったんですか? 余り他人事の様には見えませんでしたけど」


「そうですね」


「そうでしたか、素晴らしい騎士の知り合いがいらっしゃるのですね」


「そんなんじゃ……ないですよ」


 結果、ユリは負けてしまった。勝手欲しかった試合だっただけに、エリンディスの世辞は素直に受け取れなかった。


「技、速度どちらも大変見事でした。責められるべきところはありません。唯一残念だったのは、相手が悪かった。ただそれだけかと。そんなに悲観することは無いと思います」


 クレアの態度を見て、シアも励ましをくれる。


 クスクスと再びエリンディスが笑う。


「それにしても、あれですね。こうやって人々が技を競い、争っている所を見ると、私たちもそれに感化される所がありませんか?」


 そして、そんな質問を投げかけてきた。


「えっと、それは……?」


 質問の意図が分からず首を傾げる。同様に話を聞いていたシアの方は、その意図を組み取ったってか、小さく溜め息を付き頭を抱えた。


「私達も彼らと同じように、剣技を競い、争ってみたくはなりませんか? という事です。やはり見ているだけ、と言うのは物足りなく思えるかと」


「それは――」


「エリンディス様。クレア様は騎士などでは――」


「クレア様も剣を持つ者なのでしょう? なら、そういう気持ちもあるのではないでしょうか?」


 エリンディスの言葉に、クレアは少し驚く。


 クレアはエリンディスに対し、冒険者である事などは話していない。昨晩の晩餐会の席でも、おそらくその手の話は出ていなかったはずだ。何のに、なぜ……。


「なぜそれを……?」


「雰囲気。でしょうか? 敵を見る目、戦闘に対する姿勢。そして、常に日ごろから微かに漂わせる警戒心と緊張。そんなところでしょうか?」


「よくそれを……」


 答えを聞き、また驚かされる。


 クレアは、数年前から冒険者に成る為に戦うための訓練を積んできた。その後、自身に何か大きな変化があったという自覚などは特になかった。そんな、無自覚な変化を指摘され驚かされた。


「どうですか? 私と少し、身体を動かしてみませんか? シア、お願いできますか?」


「そのような事を急に言われても、受け入れてはもらえないと思いますが?」


「どうでしょう? 先ほどの試合は、イレギュラーなものだったのでしょう。なら、少しくらいは融通してくれるかもしれませんよ」


「はぁ。話だけはしてみます。無理でしたら、諦めてください」


「はい、お願いします」


 エリンディスの返答を聞くと、シアはその場から立ち去り、どこかへと歩いて行った。


「あの、えっと……?」


 話の流れに付いて行けず、聞き返す。すると、エリンディスは立ち上がりニッコリと笑うと、手を差し出してきた。


「一度、私と手合わせ願えませんか? クレア・クロムウェル様」

お付き合いいただきありがとうございます。


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