強い思いと
――Another Vision――
「この後、予定はあるのですか?」
「それは、特にありません」
「そうですか、でしたら私の予定に付き合っていただけませんか?」
そんな会話の元、クレアはエリンディスとの朝食を済ませると、彼女の案内の元、目的の場所へと向かった。
城に隣接する形で作られた、仮設の闘技場。クレアはエリンディスに連れられ、そこへと案内させられた。
すでに試合は開始されているのか会場からは参加者の掛け声や、声援が響いていた。
「こういうのはお嫌いですか?」
鑑賞席へと続く階段を上りながらエリンディスが尋ねてきた。
「どうなんでしょう? 私は余り、こういう催しは興味なかったので」
「そうですか」
一度闘技場へと視線を向ける。見知らぬ騎士が二人、向かい合い戦っていた。それを見て、何か感情が動かされるものなのかと思ったが、特にそういう事は無かった。
兄が参加していたのなら、もう少し違って見えたのかもしれない。そんな事を少しだけ思った。
「意外、でした」
「何がですか?」
「エリンディス様は、落ち着いた方に見えたので、こういう事には興味を示されない方なのかと思っていました。それに、目が、見えないのですよね? それなのになぜ……」
「ああ、確かに目は見えませんし、試合を直接見る事は出来ません。ですが、試合が作り出す空気や、歓声、そういったものは感じ取る事ができます。ですから、それだけでも十分楽しめます」
「そういうものですか……」
「そういうものです」
尋ね返すと、エリンディスはニッコリと笑顔を返した。
「それに、決闘、試合という文化は、エルフにあるものです。ですので、人のこの文化には、割と親近感が湧くんですよ」
「そう、だったんですか」
エルフはクレアの中ではもっと優美で、穏やかなものだと思っていた。それだけに、こういった血生臭い行為は嫌いなものなのかと勝手に思ってしまっていた。どうやら違ったようだ。
「エリンディス様の御父上であられるアラノスト様は、私と同じく武人の出です。その為、エリンディス様は幼い頃より武術の嗜みがあります」
「シア。それは、私が野蛮だと言いたいのですか?」
「エリンディス様の変わった趣味に付いて言及しているだけです。それと公の場でシアと呼ぶのはおやめください」
シアの切り返しにエリンディスはむっと頬を膨らまして不満を示したものの、それ以上の追及はせずクレアへと振り返った。
「好きになる、ならないは別として、これを期にこういった文化に触れてみるのはいかがですか?」
「そう、ですね」
優しく告げたエリンディスの言葉に、クレアは頷いて答えを返した。
そんな感じで、最初はそういうものもいいのかな。と思っていたけれど、階段を上り切り鑑賞席へと上がると、その感情は一変してしまった。
政府の要人や、エリンディスの様な国外の要人用に備えられたと思われる貴賓席。その貴賓席の一角に、父であるジェラードがヴィルヘルムと共に座っていた。
もっと早い段階で気付くべきだったかもしれない。
ヴィルヘルムは銀狼騎士団の騎士団長と言っていた。なら、騎士が集まるこの催しに参加、ないし観戦しないわけがない。もしかしたら父が、今日予定が無いと言っていたのは、当日にヴィルヘルムと共にこれを観戦させるためだったのかもしれない。
向こうもこちらに気付いたのか、目が合ってしまった。
逃げ出したい。そんな思いに駆られる。けれど、エリンディスと共にいる手前、そんな選択は取れなかった。
「どうかなさいましたか?」
エリンディスもこちらの異変に気付いたのか、そう尋ねて来る。
「いえ、何も……」
慌てて誤魔化す。
幸い、この場にはクレア達以外の人が多くいる。そんな場で私的な話をするほど、分別が無いわけでもなく、父はこちらに気付いただけで、それ以上何かすることは無かった。
「そうですか、では、こちらに」
嫌な居心地の悪さを覚えながら、クレアはエリンディスの案内の元、席に付いた。
丁度席に座ると、次の試合が始まるらしく、闘技場に一人の男が入場してきていた。
浅黒い肌の長身の男性騎士。今朝、父とヴィルヘルムの朝食の場に居た護衛の騎士の一人だ。
『さあ、次の対戦相手は、新進気鋭、銀狼騎士団副団長ガエル・サンチェスだ!』
司会が騎士の名をあげる。聞き覚えの無い名前だ。
その騎士の名が告げられると、わっと会場が湧きたつ。
「いやはや、すごい人気ですな」
クレア達が座る貴賓席は、他と比べて静かだ。だからだろうか? 遠くの席のそんな声が耳に届いた。
「これだけ人気ですと、さぞあなたも鼻が高いでしょうな。銀狼騎士団団長ヴェルヘルム殿」
丁度父とヴィルヘルムたちが座るあたりだ。そこからの声が、嫌でも耳に届く。
「そうでもありませんよ。彼が目立つばかりで、私などは全然」
「そうですかな。聞くところによりますと、彼はヴィルヘルム殿が居たから銀狼騎士団に志願したとか。貴方が居たから、今の銀狼騎士団があり、そして彼がいる。その功績は大きいと思いますよ。ジェラード様も、そうは思いませんか」
「ああ。ヴィルヘルムは人を引き付ける不思議な魅力がある。それがあったからこそ、無名だった彼を見込み、今の地位へと推薦したのだ」
「さすが、次期執政官との呼び声が高いジェラード様だ。御目が高い」
父とジェラードを称賛する言葉だ。それを聞くと、心がざわつく。
自身が好意的に見ている相手であれば、気分も良かったかもしれない。けど、その真逆の感情を抱いている今は、それが耳障りで煩わしい。
負けてしまえ。そんな黒い感情が湧いてくる。
けど、事はそんな思う様に行くわけもなく
「うおおおおおおおおお!」
ガエルの大きな掛け声と共に振り下ろされた剣が、相手騎士の防御ごと叩き切り、一撃でノックアウトさせる。
一瞬の決着。小さな期待すら抱かせてくれなかった。
「お強いですね」
「はい。剣を振った時の音が違いすぎます。並みのパワーでは無いでしょう。受けた相手騎士も、大事に至らなかっただけ、相当なものです」
隣に座るエリンディスも称賛の言葉を零し、付き人であるシアもそれに同調する。
「あなたはどう思いますか? 素晴らしい騎士だとは思いませんか?」
そして、流れで同意を求めてきた。
「それは……どうでしょう?」
上手く答えを返せない。素直に称賛できたら良かったのだろうが、彼を認めたくないという思いがそれを邪魔する。
そして、そんな心境を変に読み取ったのかエリンディスが可笑しなことを聞いてくる。
「ああいった乱暴な殿方はお嫌いですか?」
「あ、いえ。そう言うわけでは……」
「では、他に気に入らない部分でも?」
「だから、そういうわけじゃ……」
上手く気持ちの整理が付かず、どうしてもはぐらかしてしまう。そして、意趣返しとばかりに
「そういうエリンディス様はどうなんですか?」
と聞き返してしまう。ずるい聞き方だ。
ただ、エリンディスにはそれを笑って返事を返されてしまった。
「そうですね。彼は素晴らしい騎士だとは思います。ですが、一番ではないと思います」
「一番?」
「はい、私の知る最高の騎士からは程遠い。ですから、皆の様に素直に称賛できないのが少し残念です」
ニッコリと悪戯をした子供の様に、エリンディスが笑う。
――――強いなぁ。
自分もそんな風に考えられたら、楽だったかもしれない。
兄がこの場に居て、それが目の前の騎士より強く、そして、それを父に見せつけられたら――けど、そんな事はあり得なくて、比べようがない。それが、現実だった。
「はぁ」
エリンディスの回答を聞いたシアがため息を零す。
「何ですか? 何か文句でもあるのですか?」
「ありますよ。その最高の騎士とは、いったい何時の話をしているんですか……。そもそも、その方は騎士ですらなかったではないですか?」
「確かに騎士ではありませんが、私を救ってくれた騎士である事には変わりませんよ」
「そんなあいまいな……それではどうやっても勝ち目などないじゃないですか」
「良いじゃないですか。それで、真に優れた騎士ならば、私の思い描く騎士を越えられるはずですよ」
「エリンディス様はもう少し現実を見た方がいいと、私は思いますよ」
エリンディスが笑い、シアが呆れた声を返す。
――――やっぱり、強いなぁ。
あんな風に前向きの捉えられるエリンディスが少し羨ましく思えてくる。
再び闘技場へと目を戻す。
まだあの騎士が声援を浴びていた。あの騎士とクレアに直接的な関係はない。だから、彼に対して不満を持つ事は、違うと思う。けど、やっぱり好意的に捉える事は出来そうになかった。
周囲の空気が少しだけ変化した。
今まで有った歓声が静まり、周囲の目がある一点へと向けられていた。
不審に思い、目線を追う。その先に有ったのは――見慣れた男性を姿だった。
闘技場を挟んで反対側の観客席。その中の周囲の目が向く先、そこでユリが立ち上がっていた。
「次の相手はあいつだ。良いか?」
闘技場に居るガエルが、司会へと投げかける。
「ですが……」
「もう相手はいないんだろ? これで終わりじゃ興ざめだ。ちょうどいいだろ?」
ガエルからの提案を受けると、司会が何処かとやり取りを行い、何かのサインを返す。
「降りて来い。俺に勝てるのだろ? なら、その力を見せてみろ」
許可が下りたのか、ガエルはニヤリと笑ってそう告げたのだった。
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