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トーナメント

「なにこれ？」

　俺の口から出た最初の言葉それだった。

　朝になり朝食が用意されても姿を見せなかった二人が気になって、二人が眠る部屋へと向かうと――そこにベッドの上で頭を抱えたヴェルナと、それを見て呆れているイーダの姿あった。

「痛い。頭が、痛いのじゃぁ……」

「調子に乗って飲み過ぎるからだ。馬鹿」

「仕方なかろう。あんな風に勧められれば、飲まないわけにはいくまい？　あたたたたた――」

「それが馬鹿だって言ってるんだよ」

　イーダがため息を零した。

「で、なんなの、これ？」

「見ての通りの二日酔い」

「だから、二日酔いなどでは――――たたたた」

「どう見ても二日酔いだろ」

「あああ……」

　理解した。

　ヴェルナは見ての通り煽てに弱い所がある。昨日はそれで色々な人に煽てられ、大量に飲まされていた。その結果がこれなのだろう。

「イーダは大丈夫なのか？」

　昨日、イーダとヴェルナはずっと一緒にいた。見てた感じでは、イーダもヴェルナと同様に煽てられ、酒を勧められていたようだが――

「少し口を付けた程度だよ。あんな所でまともに酒なんか飲めるわけない」

「だよね……」

「そう言うあんたは大丈夫なのか？　結構飲んでたよな」

「あ～……あははははは」

　イーダの問いに俺は笑ってはぐらかした。

　訳あってアルコールで酔う事はないなんて言ったら、多分壮絶にヴェルナから怒りを買いそうだ。

「とりあえず。水、貰ってくるよ」

「そうしてくれ」

　朝のちょっとした一幕を終え、少し落ち着くとようやく朝食を取り始めた。

　晩餐会が催される期間中は、会場である城内での生活が許される。もちろん、そこでの食事は城側が用意してくれることになっていた。

「今日はどうするんだ？」

　用意された朝食を突きながらイーダがそう尋ねてくる。

「どうするとは？」

「予定というか、そういうの」

「と言われてものう。もともと来るつもりなどなかった故、そのようなもの殆どないぞ」

「そうじゃ無くて、クレアの方」

「何じゃ。お主、クレアに四六時中付いて回るつもりじゃったのか？」

「そういうつもりじゃないけど……それ目的で来たわけだし、それ以外にすることってないからなぁ」

「まあ、そうじゃな。じゃが残念じゃ。今日のクレアが何処で何をするかなど殆ど分からぬ」

「なんでだよ」

「晩餐会は初日と終日以外は個々の繋がりの会合やら交流会が殆どじゃ。クレアが何処の会合か交流会に出るかなど分からぬよ」

「なんだよ、それ。手あたり次第に探すとかできないのか？」

「迷惑な奴じゃな……招待状が無ければ参加できぬよ」

「その招待状は来てないのか？」

「いくつかは来てはおるが、クロムウェル家との繋がりが薄い団体からしか来ておらん。じゃから、そこへ行ってもクレアは居らんじゃろう」

「ダメじゃん。使えねぇ～」

「お主なぁ……」

　イーダの返答に、ヴェルナは怒りと呆れを混ぜたような返答を返した。

「じゃあ、今日は予定なしって事？」

「そうなるな」

「じゃあ、今日はもういいや」

　朝食を済ませたのか、そう告げるとイーダは立ち上がった。

「何処へ行く？」

「寝てくる。今日はもうすることないし」

「待つのじゃ。用がないのなら、妾に付き合え」

「なんでだよ」

「暇なのじゃろ？　ならちょうどいい。少しは楽しめるかもしれぬぞ。師匠も付き合え」

　　　＊　　　＊　　　＊

　朝食を済ませると、俺達はヴェルナの後を追って城内のどこかへと向かっていた。

「何処へ向かっているんだ？　と言うか、何が有るんだ？」

　行先も目的も告げられていない。気になって前を歩くヴェルナに尋ねる。

「付いてくればすぐわかる」

「ほんとか？　何もなかったら承知しないからな」

　なんだかんだで文句を口にしながらイーダも付いてきていた。

「お主はいちいち小言が多いのう。お主が気に入るかどうかは保証できぬが、この時期のみの格別な娯楽である事は確かじゃ」

「なにそれ」

「まあ、付いてくれば分かる」

　得意げな顔を浮かべ、ヴェルナはさらに先へと歩み進める。

　そして案内されたのは――城の傍になる大きな練兵場だった。

「おおおおお！」「はあああああ！」

　大きな掛け声と共に、金属のぶつかり合う音が響く。

　案内された練兵場は、今だけ仮設の観客席の様なものが設定され、多くの者が見守る中、中央では剣を手にした兵士が一対一で戦っていた。

　試合(トーナメント)。そうと分かる光景だ。

　そんな光景を前にイーダが口笛を鳴らし、驚きを表現する。

「どうじゃ？　何もしないよりかは楽しめそうじゃろ？」

「なるほど、そういう事か。けど、こういうのって今でもやってなんだな」

「野蛮だと評するものもおるが、騎士がその腕も見せる場はいまだとここくらいしかないからのう。それになんだかんだと、この手の催しは活気が出る。故にやめられぬという物じゃ」

「なるほど」

「さ、次が始まる。見やすい場所へと移動するぞ」

「こちら、開いていますよ」

　良さげな席を探し始めると、丁度中央辺りの席からそう声が掛った。

　目を向けると、こちらへと昨日会ったエーリスが手を振っていた。

「お主も来ておったのじゃな」

　エーリスの傍の空いている席を見て、俺達はそこへと移動する。

「この時期のこれは外せませんよ」

「まあ、そうじゃな」

　席に付くと、ちょうど金が鳴らされ次の試合の合図が流れた。

　闘技場の方へと目を向けると、そこを囲う柵の一つが解放され、一人が入場してくる。

　浅黒い肌の大男。それが、大振りな両手剣《トゥハンデッド・ソード》――いや、片手半剣(バスタード・ソード)だろうか？　それを担いで入場してきた。

『さあ、次の対戦相手は、新進気鋭、銀狼騎士団(ホペアスシ・リタリト)副団長ガエル・サンチェスだ！』

　司会と思われる男が高らかにそう告げると、会場が一気に沸き立つ。

「ずいぶんな人気じゃな」

「ここ２年負けなしの男ですからね。今、一番人気のある騎士じゃないでしょうか？」

「２年、なるほど、どおりで名を知らぬわけじゃ。それと銀狼騎士団と言うのは？」

「それも２年くらい前に新設された騎士団ですね。なんでも、構成員の大半がメルカナス人で構成される騎士団とか」

「メルカナス人？　それは、大丈夫なのか？」

「設立にあたって一部から反発があったみたいですが、軍部にほとんどメルカナス人が居ないという状況は、民衆からの不満を買いやすいという事で、設立が通ったみたいです。

　今じゃ、最強の騎士を抱えるメルカナス人部隊という事で、民衆からは大人気ですよ」

「なるほどなぁ」

　ヴェルナが流れで尋ねると、エーリスがそれに関する解説を返してくれる。

「でも、あのガエルって男は、メルカナス人じゃないよな？」

　エーリスの解説を聞き、俺は思った事を尋ねる。

　闘技場に立つ男。浅黒い肌に高身長。見て取れる特徴は、メルカナス人のそれとはかけ離れている。単純に純血ではないだけかもしれないが、そうとは見えない。

　ガエルという名前も、メルカナスでは聞かない名前だ。

「そうだね。彼はもっと南方の人間と聞いる。まあ、帝国系の人間でなけれなそれ程変に思われないから、その辺りはあまり気にされていないみたいだよ」

「良いのか、それで……」

「民衆にとって不満に思う事は、帝国系の人間が国政の実権を握り続ける事だから……」

「そういうもんかねぇ……」

　一度、闘技場を挟んで反対側の席へと目を向ける。

　貴賓席だろうか？　今俺達が座る場所より、席と席の間隔に余裕が持たれていて、そこに座る人々の衣服は何処かこちら側より豪華そうに見えた。

　それも、俺の記憶の中に有る様なメルカナス独自の伝統的なデザインの服ではなく、外国の帝国系のデザイン衣服を身にまとう人が多いように見えた。

　前に聞いたイーダとヴェルナからの話を総合すると、メルカナスは帝国に滅ぼされた後、帝国の統治下に置かれその後独立した。その際、帝国系の人々がメルカナスに残っており、体制が変わったとは言えアリアスの国政のほとんどは帝国系の人間が握っているように思えた。対岸の席に見えるそれは、まさにそれを示しているように見えた。

「始まるみたいですよ」

　エーリスがそう教えてくれる。

　目線を闘技場へと移すと、ガエルという名の騎士が剣を両手で握りしめ構える。相対する騎士もそれに合わせ、剣を構える。

『始め！』

　司会の合図と共に、試合は開始された。

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