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エルフの食卓

  ――Another Vision――


 クロムウェル家に割り振られたような広々とした広間に通され、席に付くと直ぐに食事が並べられた。


「どうぞ、お召し上がりください」


 ニッコリと対面に座ったエリンディスが笑顔を向けて来る。


 が――


「い、いただきます……」


 色とりどりの青々とした野菜たち。これがエルフの食事になのかと驚かされる一方で、ちょうどクレアの目の前に置かれた料理は――何かの幼虫を調理したと思われる料理だった。


 調理され生きてはいないだろう。だが、原形は殆どそのまま残っていた。


「えっと……これは?」


「ミルワームです」


「ミル……ワーム?」


「はい」


「…………」


 尋ねると、何の不思議もないかのように返された。


 それはそうだろう。エルフと人間では食文化が違うのだ。きっとこのミルワームという食べ物は、エルフ達にとっては一般的な食べ物なのだろう。


「いただかれないのですか?」


 目の前に出された料理を見て固まっていると、エリンディスが不安そうに首を傾げてきた。


「え、あ……いただきます」


 せっかく出された料理だ。食べないわけにはいかない。


 そっとフォークを手に取り、ミルワームへと手を伸ばす。パリっとフォークがミルワームに刺さり、持ち上げる。


 持ち上げ眼前へと近づけるとよりはっきりとその姿が目視でき、それにより強く身体に拒否反応が出る。


 見ていられない。そう思い目を閉じ、口を開くと――


「ふふふふ。無理はなさらなくて良いのですよ」


「え?」


「少し、悪戯が過ぎましたね。シア、あれを」


「はい」


 エリンディスが付人に何らかの指示を飛ばす。すると、その御付きの人が目の前のミルワームが入った皿を片付け、代わりに何かの干し肉が乗った皿を並べてくれた。


「虫を食べるという習慣は人にはないですからね。すみません」


「そう……ですね」


 ほっと息を付くと同時に、恨めしさが湧いてくる。なんなんだろう、この人は。そう思わざるを得ない。


「そんな風に見ないでください。ちょっとした悪戯ですよ」


 エリンディスがまた小さく笑う。


「今度はちゃんと食べられるものかと思うので、どうぞお召し上がりください」


 そして、改めてそう食事を促してきた。




 一通りの食事が済まされ、最後に花の良い香りがするお茶が出され、一息付けられる。


「お食事、ありがとうございました」


 お茶に一口付け、一服すると自然と感謝の言葉が零れた。


 エルフの食事は思っていた以上に新鮮で美味しかった。


 香辛料がほとんど使われていない、素材の味を生かした料理。こういう料理が有るのかと驚かされた。


「どういたしまして。気に入って頂けたみたいで、良かったです」


 クレアの言葉に、エリンディスはニッコリと笑みを返す。


 相変わらず目元を覆うアクセサリーのせいで、ハッキリとした表情は読めない。けれど、彼女ははっきりとこちらを見て感情を返しれくれた。その不思議な立ち居振る舞いが、余計に彼女を神秘的に見せてくれる。


 もしかして、あれはエルフの魔術か何かで見えるようになっているのだろうか? そもそも目を覆うアクセサリーは何のために付けているのだろう?


「どうかなされましたか?」


 こちらの視線に気付いたのか、エリンディスが首を傾げてくる。


「もしかして、これが気になりますか?」


 そして、そっと顔に付けているアクセサリーを振れる。


「え? あ、すみません……」


 人の特異な身体的特徴なんかに触れる事は、そのままその人のプライベートな事に触れる事に繋がりやすい。だから、本来な聞くべきではないのだろうけれど……気になってしまう。


「ふふふ。構いませんよ。人では、というより、エルフでもこのような物を付けている人などいませんから」


「そう……ですか。それは、なんなのですか?」


「これは見ての通り目を隠すためのものです。私は、訳あって目が見えないので、他人に不快な思いをさせないために、これを付けているのです」


「そう……だったんですか。あれ?」


 理由を聞くとまた疑問が湧いてくる。エリンディスは明らかにこちらを見ていた。そもそも、目が見えないのなら一人で行動するなんてこと、出来るはずがない。なのに廊下で出会った時は、エリンディスは一人だった。


「本来なら御付きの方がいないといけないのですけど……壁伝いなどでしたら一人でも問題ないので」


「それでですか……」


「まったく、困った人です。そんな身体の身でありながら、好き勝手出歩くんですから。警護の身にもなってもらいたいものですね」


 エリンディスがそう身の上話をすると、今まで黙っていた彼女の付人が口を開いた。


「シア。人前ですよ。そのような説教はやめていただけませんか?」


「人前だから言っているんです。こうでもしないと、エリンディス様は私の話を聞いて下さらないじゃないですか。違いますか? あと、それを言うなら、人前ではシアと呼ばないでください」


「ああ言えばこう言う」


「もう少し立ち居振る舞いを考えてください」


「貴女がそれを言うのですか?」


「私は武人です。ですが、あなたは高貴なる身の上。その違いはあると思いますが?」


「貴女は本当に……どうしてこう育ってしまったのでしょう? 昔はあんなに素直で可愛かったのに」


「アラノスト様の教育の賜物でしょうね」


「減らず口を――」


 ちょっとした身の上話から、少しずつ話がそれていき、気が付くと目の間でどうでも良い言い争いが繰り広げられていた。


 自分の良く知る、心の許せる相手だからこそできる様な、そんな言い争い。微笑ましく思えるその光景に、クレアはつい笑いを零してしまう。


「やっと笑いましたね」


「え?」


「ごめんなさい。あなたが少し、思いつめているように見えたので……お節介だったでしょうか?」


「あ、いえ……そんな事は」


 エリンディスが優しく微笑みかけて来る。確かにちょっと思いつめていた。それで、殆ど見ず知らずの相手に気にかけてもらっていたなど、少し居た堪れない思いになる。と同時に、そんな風に気にかけてくれたエリンディスに感謝の気持ちが湧いてくる。


「ありがとうございます」


「いえ。私はただ、貴女の様な女性には笑っていてほしい。なんて我儘を思っただけですよ」

お付き合いいただきありがとうございます。


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