婚約者
――Another Vision①――
窓から差し込む朝の日差しで、クレアは目を覚ました。
目を開くと、そこは見慣れない石造りの部屋の中。昨晩から行われた晩餐会のために貸し出された王城の一室。晩餐会の期間中は殆どの者に王城の部屋のいくつかが割り当てられており、ここはそのクレア達に割り当てられた部屋の一つだった。
もぞもぞとベッドの上で動き、身体を起こす。まだ昨晩の疲れが残っているのか、少しだけ気だるさを感じた。けど、このまま眠っているわけにもいかない。
そう思い、諦めるとベッドから立ち上がり備え付けられたクローゼットへと向かった。
クローゼットから適当に衣服を引っ張り出し、着替えると一階の広間へと向かった。
場所が場所だけにラフな格好は用意しておらず、昨晩とはそれほど変わらぬドレス姿だった。少し、堅苦しさを覚えるが仕方がない。
カツカツと石造りの階段を下る。その先には少し広めの広間があり、その部屋中央には机と椅子が並べられ、上座に父が座っていた。
この辺りの区画はクレア達クロムウェル家に割り振られており、ここにはクロムウェル家の者か、その使用人しかいない。よってこの大きな机には、父くらいしか着いていなかった。
「遅いぞ、何時だと思っている」
クレアが一階へと下りると、父であるジェラードは一度クレアへと目を向け、そう零した。
「今日の昼間に予定が入っているとは聞いていません。咎められる様な理由があるとは思いませんが?」
「品性の問題だ。こんな時間まで寝ているなど、良くは思われん」
「他人の評価なんて私には関係ありません」
ジェラードの言葉を軽く受け流すと、スタスタと歩き席に付いた。すると、直ぐに使用人がやって来て、クレアの前に遅めの朝食が並べられていく。
パンとチーズ、暖かいスープに薄切りにされたハム、それから旬の野菜のサラダと少し控えめな朝食だ。
そっと朝食に手を伸ばす。ここに長居はしたくない。だから早々に片付けこの場を離れよう、そう思っていた。
けれど、朝食へと手を伸ばしたところで、その手は止まってしまった。料理を挟んで机の反対側、そこに見知らぬ男性が一人座っていた。
歳は30少し前くらいの男性だろう。先端な顔立ちに、どこかいかめしさのある男性だった。
視線を向けると、目が合う。
「あ……えっと……」
見知らぬ男性を目にし、直ぐに説明を求めて父へと目を向ける。
「お前が来るのが遅いからだ。ヴィルヘルム、紹介しろ」
「はい。銀狼騎士団の騎士団長ヴィルヘルム・ラリヴィーラです。以後お見知りおきを」
父に促されるとヴィルヘルムは頭を下げた。クレアもそれに倣い礼を返す。
「彼の事は理解しました。それで、なぜ彼がここに居るのですか?」
ここはクロムウェル家の為にあてがわれた場所だ、それ以外の関係のない人間がいる事は基本的にあり得ない。よく見ると、ヴィルヘルムの背後の壁際には彼の付き人と思われる男性騎士一人と女性騎士一人が立っていた。
「ヴィルヘルムはお前の許嫁だ。こういう場でなければ、まともな顔合わせも出来ん。だから、呼んだのだ」
「いいなずけ……?」
唐突に出た言葉に理解が追い付かず、混乱する。
「許嫁なんて、初耳です! いつ、そんな事が決まったんですか!?」
怒りからつい机を強くたたき、身を乗り出してしまう。
「決まったのはつい最近だ。お前が知らないのも無理はない」
「そんな……相談もなしに、勝手に――」
「お前は家に居なかったではないか! 相談のしようがない」
「だからって――」
「これは決定事項だ! 従ってもらうぞ」
クレアの返答を圧殺し、ジェラードは睨みつけて来る。
「母様は同意しているんですか?」
「クローディアは関係ない」
一言尋ねると、ジェラードはそう静かに返事を返した。
「そう、ならもういいです」
その答えを聞ければ結構。もうこれ以上話しても無駄だと判断して、席を立つ。そして、そのまま出口へと歩き出した。
「クレア!」
最後に、父が呼び止めようと大きく怒鳴るが、クレアはそれを無視してそのまま広間を後にした。
バタンと大きな音が響き、扉が閉じられる。怒りでつい力が入ってしまった。
扉が閉じられ、静かな廊下へと出ると、少しだけ気持ちが冷めてくる。
何かしらあると思っていたけれど、まさかこう来るとは思っていなかった。
父はクレアが冒険者である事に反対していた。結婚し家庭に縛り付けてしまえば、身動きが取れなくなる。そうやってクレアを冒険者である事から遠ざけようとしているのだろう。
そんな自由意思を無視した父の態度に、また怒りが湧いて来る。
「はぁ~」
溜め息が零れる。なんでこう上手く行かないのだろう。そう思わざるをえない。
そして、そんな心情とは裏腹に、身体という物は正直な反応を返す。
ぐ~っと空腹からお腹が鳴る。朝食を食べ損ねたせいだ。
お腹が空いている。けど今更戻って朝食をとるわけにもいかず、気を紛らわせないかと歩き始める。
でもやっぱり、そんなんで紛らわせるわけもなく、またぐ~っとお腹かが鳴る。
「ふふふふ。可愛らしいお腹の虫ですね。朝食は頂かれなかったのですか?」
そんな風にお腹を鳴らした時だった。どこからか小さな笑い声が掛った。
振り返ると、そこには女性のエルフが一人立っていた。
エルフのもの思われる一風変わった刺繍の施された人間式にアフタヌーンドレスに、長いエメラルド色の髪、そして特徴的な長い耳。何より目を引くのは両目を覆った金細工のアクセサリー。目が見えていないのだろうか? そんな不思議さを思わせる神秘的な姿だった。
「おはようございます。クレア様」
そんな神秘的なエルフは、クレアを前にゆっくりと礼をしてきた。
「あれ、どこかでお会いしましたっけ?」
「昨晩、お会いしたのですが、覚えておられませんでしたか?」
「え? あ……すみません」
昨日は適当に受け流すことに気を向け過ぎていただけに、誰と会っていたかはあまり覚えていない。そのせいだろう。
「では、改めて紹介させていただきますね。私はエヴァリーズ大使のエリンディス・エレニリースです」
可憐な所作で、紹介を返してくる。相変わらず見とれそうになるくらい、神秘的だ。
「それで、クレア様はなぜこのようなところに?」
「それは……なぜでしょうね?」
尋ねられると答えに窮する。なぜ、ここに居るのか正直自分でもよく分からない。いるべき場所が分からず、適当に歩き回っていたらここに居た。ただそれだけだ。
「ふふふふ」
答えを返すと、エリンディスは小さく笑った。
「朝食はまだなのですよね?」
「そう……ですね」
「でしたら私の朝食に付き合っていただけませんか? 何分知り合いが少ない身です。一人では少し寂しくて……いかかがですか?」
――Another Vision②――
バタンと大きな音を立て扉が閉じられると、室内は一度静かになる。
「はぁ~」
出て行ったクレアを見届けると、ジェラード大きく溜め息を付いた。
まったく、わからず屋の娘には悩まされる。
「すまないな。せっかく来てもらったのに、こんな見苦しいところ見せてしまって」
いつの間にか身を乗り出していた身体を、椅子へと戻す。
「いえ、かまいませんよ。何も知らされず、いきなり婚約相手を知らされれば誰だってああなるでしょう」
「君が理解のある人間で助かる」
再び深く息を吐く。
娘もこのヴィルヘルムの様に素直に言う事を聞いてくれれば、変に悩む事などないのにと考えさせられる。
「あんな娘だが、よろしく頼むよ」
「ジェラード様には多大な恩があります。必ず、クレア様を幸せにして見せますよ」
シェラードの真摯な言葉に、ヴィルヘルムは小さくそう答えを返した。
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