晩餐会Ⅱ
――Another Vision――
扉が開かれると、そこは豪奢な飾り付けと共に優美なメロディで彩られた、見慣れた晩餐会の光景が広がっていた。
一歩前に立つ父ジェラードが、扉が開かれると共に歩き出し、部屋の高い位置から広間の一階部分へと繋がる大きな階段を下りていく。クレアはその一歩後を続くようにして歩く。
会場に集まった殆どの者たちより高い位置に立つ、父とクレア。それは自然と皆の注目を浴びることとなる。
多くの視線を受けながら、殆どそれには気にも留めず階段を下りていく。
そして、階段の最下段へとたどり着いた頃
「おおお、ジェラード様。待っていましたぞ、お久しぶりです」
「フレディか、ちょうど半月ぶりか?」
「はい。良く覚えてくださいました。クレア様も、今日は一段とお美しい。お久しぶりであります」
「はい。お久しぶりです」
一人の男が歩み寄り、大仰しく挨拶を交わしてくる。
そして、一人が挨拶を終えると、次に、次にと人が歩み寄って来て、声をかけて来る。
「クロムウェル様、お待ちしておりました」
「クロムウェル様、お会いできて光栄です。今日はいい品をお持ちしました」
「ジェラード様、今日はいいワインが入っています。どうぞこちらへ」
集まった人々が、それぞれ調子のいいことを告げ、父の気を引こうとしてる。そしてそれは、父だけではない。クレアの周りにも人が集まり出していた。
「さすがクロムウェルの令嬢。こんなにお美しいとは知りませんでした。私はローマンと申します。どうぞお見知りおきを」
「クレア様、今日は一段と奇麗ですね。思わず見とれてしまいます」
それぞれがそれぞれ、クレアの容姿、着飾りを褒めたたえ、気を引こうと囃し立てる。
「ありがとうございます。今日は、お父様はどうしてもというので、用意させていただきました」
そんな取り巻きにクレアは、いつも通りの外向きの笑顔を浮かべ、あらかじめ用意しておいた口上を返し、応対してく。
誰もが腹の内に何かを抱えて寄ってくる。下心を隠し、上辺だけの言葉を並べ、気を引こうとしてくる。
それ自体は悪いとは思わない。正攻法だけではやって行けない。そういう世界だ。だから、あの手この手を使って、自身の思いや、支持者からの思いを形にしていく。これは、そういう手段の一つに過ぎない。
結果、悪い方向へ傾くことが有っても、良い方向へ傾くこともある。だから、その事に付いて良し悪しを決めるつもりは無い。
けど、やはり自身の本心を偽り、気の無い言葉を並べ、偽りの表情を形作るのは、どこか自分自身を否定している気がして、気が滅入る。
「疲れるな」
つい、そんな弱音を零してしまう。
今まではそれ程気にも留めなかった。それが当たり前で、そうあるべきだと思っていたからだ。けれど、冒険者として生活するようになってから、感情そのままにそれを表現するイーダや、ヴェルナと過ごすうちに、そんな気楽な生き方に心地よさを感じてしまった。
それだけに、今は余計に気が滅入る。
今にして思うと、兄が家を出て行って冒険者に成ったのは、こういった生活に嫌気がさし方らなのかもしれない。そんな風に思えてきた。
「はぁ~」
一通りの挨拶が終わり、少しだけ時間が出来る。
人に囲われる事に疲れたクレアは、一度人の多い場所から遠ざかり、端の方でそっと息を付いた。
父はまだ仕事の関係者と話をしている。それを少し離れた位置から眺めながら、クレアは近くの壁に背中を預けた。
「お疲れ様。気が滅入るのなら、無理にでも何か口にした方がいいんじゃないか? 少しは気がまぎれるぞ」
横合いからそっと、ガラスコップに注がれたワインが差し出されてくる。
また誰か来た。そう思って気持ちを切り替える。そして、差し出されたワインを手に取った。
「どうもありがとうございます。お優しいんですね」
作り物の笑顔を浮かべ、振り返った。そこにいたのは――見知った男の姿だった。
「?」
場所に合わせて、上質そうな衣服に身を包んだ男性。普段とは違うその姿に、変な違和感を覚える。
そして、ここで会う事はないと思っていただけに驚いてしまう。
「ユリさん……どうしてここに」
「どうしてって……気になったから?」
尋ね返すと、ユリは軽く首を傾げた。
「気になったからって、そんな簡単に……どうやって出席したんですか」
相変わらずというか、場に似合わない軽い返答に、クレアはつい気が緩んでしまう。
「ヴェルナに招待状が来てたみたいだから、その付き人として」
「そういう事ですか」
納得する。
ヴェルナは賢者で、アリアストの建国に深く関わった人物の地位を引く立場だ。立場が危うく成ったとはいえ、その立場が保たれているのなら、招待状が贈られるのもうなずける。
ただ、ここ数年出席してなかったと記憶している。
ほっと息を付き、少しだけ笑みが零れる。
いつもとは違う場ではあるけれど、普段と変わらずのユリの態度につい気持ちがほぐれる。
顔を上げると、ユリがこちらを覗き込むようにして、じっと見ていた。
「な、なんですか?」
「いや。特に何もないみたいで、良かったよ」
「何ですか? それ」
「こっちの話。何もないなら、それでいいんだ」
「そうですか」
小さく笑うと、ユリは視線を外した。
「ありがとうございます」
「何が?」
「心配してくれてたんですよね?」
「ああ、その事か」
気心知れた仲間が傍に居る。こんな場ではあるけれど、それだけ凄く気が楽になった。
「礼ならイーダとヴェルナに言ってくれ。俺はもともと来る気なんてなかったし、あいつらに強引に連れてこられただけだから」
「そうでしたか。お二人はどちらに?」
「あっち」
ユリが指し示した方へと目を向けると、確かにイーダとヴェルナの姿があった。
魔術師風の格好をしたヴェルナは、良く知らない男性からの接待を受けていて、そしてなぜかイーダも同じような接待を受けていた。
明らかに場違いな感じで、やり場のない気持ちを押させ付けたイーダの姿は、つい笑いが零れてしまうほどに可笑しかった。
「まあ、俺達はしばらくここに居るから。何かあったら頼ってくれ。何が出来るか分からないけど、一応な」
「はい。ありがとうございます」
最後にそう言い残すと、ユリはその場はから立ち去り、イーダとヴェルナの方へと戻っていった。
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