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夕暮れの王城

   ――Another Vision――


「準備できたか?」


「はい」


 父であるジェラードの前に立つと、ジェラードはクレアの姿を一度自分の目で確認しながら、そう投げかけて来る。


 高そうなドレスに身を包んだ自分の姿。着慣れているものとはいえ、人前に出るための着飾った姿は、何かが自分を縛り付けるような気がして、あまり良い気分ではなかった。


「問題ないようだな。では行くぞ」


 確認を終えると父はすぐに向き直り、玄関の扉を開く。外には、既に馬車が用意されていた。




「行ってらっしゃいませ」


 馬車へと乗り込むと扉が閉じられ、直ぐに走り出す。


 馬車の中――小さな空間には父とクレアの二人だけとなる。ここ数年まともに会話をして来てないだけに、少し気まずい。


「母様は?」


 ここにはいない別の人の事を尋ねる。


 これから向かう晩餐会は、近しい親族を伴って行くことがほとんどだ。クロムウェル家も毎年父と母が出席していた。だから今年も母は来るものと思っていた。


「クローディアならわけあって出られない」


 父から簡潔な回答が返ってくる。普段通り、厳しい表情のまま。ただ、その表情にはどこか怒りの色が見られた。


「それで、私が代わりに?」


 晩餐会などで、着飾った女性を連れて行くのは重要な要素だ。基本的に男性だけで構成される政務官相手に女性と共に応対すれば、それだけで相手の気分が良くなり、話が通しやすくなる。だから、殆どの者は妻や娘を同伴させる。


 聞き返すと、ジェラードは鋭く睨み返してきた。


「もともとお前とクローディア、両方出席させるつもりだった。クローディアの欠席とお前の出席には何の関係もない」


「そう……ですか」


 確認事項を聞き終えると、いよいよ話すことが無くなる。


 ガタガタと揺れる馬車の音だけが、この空間を支配する。


 相変わらず父は難しい顔をして黙り続ける。そんな父の姿を見ている気にもなれず、視線を窓の外へと向ける。


 茜色に染まった空の下、薄暗い街の中に街灯の明かりが灯った街並みが流れていく。


 ガタガタと揺れる馬車の音が、嫌に耳に付く。


 いまだに気持ちが乗らない。


 父はクレアが冒険者に成る事を反対している。ここ最近はあまりその事を言わなくなったが、それでも反対している事は変わらない。そんな中、半ば強引に連れ出された晩餐会。なら、きっとそこで何かあるとしか思えない。


 それが分かっているのならなぜ参加するのか? 断るという選択肢もなくはなかった。けれど、それをしてしまったら父との関係を完全に断ち切る事に成りかねない。


 家族であるが故に、そこまで思い切る事が今のクレアにはどうしてもできなかった。


 きっと何かある。何かあるだろうが、そつなく受け流し、事無く終わらせれば元に戻れる。それでいい。


 一度、ユリ、イーダ、ヴェルナの事が頭に浮かぶ。何かあれば、おそらく彼らは困るだろう。それは避けたい。だから余計に、ここは何もなく切り抜けねばと強く思った。


 視界の端に、茜色の空を背にした王城が見えてくる。晩餐会の会場だ。


 茜色の空の下、濃い影の下聳え立つ王城は、まるで物語に出てくる魔王の城。そんなイメージをクレアに抱かせた。

お付き合いいただきありがとうございます。


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