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時を刻むもの

 静かな廊下を歩く。築300年近いこの城は、その古めかしさを隠しきれず、その歴史の重みを曝け出していた。


 俺が前見た時でも、既にこの場所は大分古いもので、今の光景とその頃の光景には殆ど変化の無いように見えた。けれど、それでも確実に時の流れを感じさせる側面も見せていた。


 100年の時の流れ。その流れの中で、変わらずあり続けるこの城を見ると、否応なくそれが事実なのだと実感させられる。


 正直ここは、あまり好きな場所ではなかった。公務やら何やらで、俺の自由な時間を奪う場所。それ故、ここは出来れば来たくなくて、良い印象を抱いてこなかった。


 けど、長い時の流れから取り残された今だと、その印象は少し違っていて、不思議と居心地の良さを覚えた。


 ゆっくりと廊下を歩く。昔とそれほど変わらぬ廊下を歩く。それでいて、かつての様に、行きかう人は俺の事を知らず気にも留めない。煩わしささえなければ、ここはこんなにいい場所だったのかと思えてくる。


 長い廊下を抜けると、少し開けた階段の踊り場へとえる。上下へと階段が伸びる場所。


 その踊り場の壁には何枚かの肖像画が掛けられていた。


 昔の偉人だろうか? そう思われるような人物達の肖像画がそれぞれ名前と共に掛けられていた。


 その中の一枚、ちょうど一番見やすい位置にかけられた肖像画に描かれている人物に見覚えがあった。


 『アルヴィ・レイニカイネン』。そう書かれたネームプレート共に掛けられた精悍な老人の肖像画。前にヴェルナの部屋で見たものとほとんど同じだ。違う所といえば、絵の大きさと書いた絵師の違いから絵のタッチが違うくらいだ。


 年老いて老人と化したその絵の人物は、やっぱり記憶の中に有る弟子の面影を少しだけ残していた。


(無駄に真面目そうなところは、変わってないんだな――――)


 そんな老人となったかつての弟子の肖像画を見ると、嬉しさと寂しさを抱いた。




「賢者様の事がお好きなのですか?」


 しばらくの間、壁に掛けられた絵画を眺めていると、そんな風に声が掛った。


 振り返り、声の主へと目を向ける。そこには一人の男性が立っていた。


 歳は20代半ばくらいだろう。少し色素の薄い、赤みがかった黒髪で、意匠の凝らされた高そうな衣服を着ていた。


「やめてくれ……俺にそんな趣味はない」


 小さく身震いする。俺はいたってノーマルだ! 多分……。


「ははは。そういう意味じゃないよ。賢者様を敬愛してるのかって事」


「ああ、そういう」


 『敬愛』。アルヴィの事は昔の弟子の頃の事しか知らない。それだけに、その感情にはピンとこなかった。


「僕は彼の事を敬愛している。君は、お仲間ではなかったかな?」


 男は俺の隣に立つと、ニッコリと笑った。


「う~ん。悪い。そんな風には考えてないかな。単純に良く知る相手だったから、ちょっと感慨深くなっちゃって、見入っていただけだよ」


「良く知る相手? 賢者様の事をかい?」


「え? あ~。アルヴィ――様に、ではなくて、賢者様にって感じかな」


 今では昔の人物に当たるアルヴィを良く知るだなって事は基本的にはあり得ない。隠しているわけではないが、根掘り葉掘り聞かれるのは面倒なので、適当にはぐらかす。


「賢者様……もしかして君は、ヴェルナ様の関係者なのか?」


「一応?」


 師匠は関係者って事で良いのか? まあ、今は付き人って事に成ってるから関係者で良いのか。


「本当ですか!?」


 ガバッと詰め寄られ、手を握られる。


「ちょ、ちょ――」


 だから俺にそんな趣味はねぇって!


「ああ、すまない。つい取り乱してしまった」


 目の前から男が離れると、ほっと溜息を付く。なんなんだ、こいつは……。


「賢者様の関係者に有ったのは初めてで、つい……すまない」


「そんなに珍しいものなのか? ここに居るって事は、あんた、そこそこ偉いんだろ? ならどこかで顔を合わせたりするもんなんじゃないのか?」


「そうでもないよ。あの方は、めったに人前には出てこないから」


「あ~」


 見るからに人付き合いの苦手そうなヴェルナを思い出すと、つい納得してしまう。まあ、俺も人のこと言えんけど……。


「というか、あんた、誰?」


 今更ながらの質問を投げかける。


 さっきから楽しそうに話していたが、目の前の男を俺は知らない。


「ああ、すまない。自己紹介がまだでしたね。僕はエーリス。造営官補佐をしている者だ。君は?」


「ユリだ」


「よろしく」


 自己紹介を返すと、ハーヴィーは手を差し出してきた。俺はそれに少し迷ってから握手を返す。


「僕からも一つ聞いていいかな?」


「なんだ?」


「君はヴェルナ様の関係者と言っていたけど、君がいるという事は、ヴェルナ様は城に来ているのかい?」


「ああ、来てるぞ」


「本当か!?」


 また手を取られ、詰め寄られる。いい加減にしてくれ……。


「ほ、本当だ。晩餐会に出るから、今は控室に居る」


「じゃ、じゃあ。晩餐会に出れば、会えるって事か?」


「そう、なるかな?」


「じゃ、じゃあ。その時、紹介を頼む!」


「わ、分かった……」


 迫られる圧に負けて、つい了承を返してしまった。これ、俺に一人で決めてよかったのか? まあいいか……。


「よろしく頼むよ!」


 ああ、なんだか面倒臭くなる予感がする。

お付き合いいただきありがとうございます。


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