来訪者
「滞在中はこちらの部屋をお使いください」
「うむ。ご苦労」
城門でチェックを終えると、俺達は衛兵指示に従い、客間へと案内された。
小さめの広間と、そこに隣接する何部屋かの個室。人が四人くらいで生活できそうなくらいの大きさだった。
晩餐会は数日にわたって行われる。その間、ここで生活していいとの事だろう。
「あ~う~」
控室へと通されると、イーダはすぐに備え付けられていたソファーへとダイブした。
およそ、高貴な人間では取らないであろう行動。まあ、中身がそんなんじゃないから良いんだろうけど、今の見た目がそれなだけに、ちょっと台無しに見えてしまう。
「こらこら。そんな恰好で横になるでない。服に変な皺が付くぞ」
「もう無理、これ以上は無理だって」
「人目が無いからといって、お主は……」
ソファーに突っ伏したまま駄々を捏ねるイーダに、ヴェルナは呆れた声を返した。
「時間までには、ちゃんと身だしなみを整えておくのじゃぞ!」
そして、もうこれ以上は構っていられないとばかりに声をかけると、ヴェルナは俺の方へと向き直った。
「お主はどうする? 時間まではまだ少しあるぞ」
「そうだなぁ……」
軽く窓から空を見上げる。
時刻は昼過ぎ、開催される晩餐会にはまだ時間が有った。
ここでこのまま適当に時間を潰してもいいのだが――
「ちょっと、中を見て来て良いか?」
「何処か行くのか?」
「とくには、適当に回ってくるだけ。なんかちょっと懐かしくなっちゃって」
「なるほどな。場所とかは分かるのか?」
「初めてじゃないからね。ある程度は」
「そうか。了解した。時間までには戻ってくるのじゃぞ」
「わかってるよ」
ヴェルナにそう告げると、俺は客間の扉を開き、外へと出て行った。
――Another Vision――
ユリが退室し扉が閉じると、部屋の中は一旦静かになる。やかましい奴が喋らないだけに、とても静かだ。
で、そのやかましい奴はというと――いまだにソファーに埋もれていた。
呆れてため息が零れる。
「お主は、いつまでそうしているつもりじゃ」
「終わるまで、ずっと」
「お主は……まったく。そんなんなら、一度それを脱いだらどうじゃ」
ヴェルナがそう提案を告げると、イーダは一度もぞもぞとした動きを止める。そしてすぐに力なくうなだれた。
「ダメだ。ここでこれを脱いだら、次絶対着れなくなる」
「阿呆め……」
再び呆れて来る。
イーダがこういった場に縁がなかっただけに、多少は迷惑を被るものと考えていたが、これは予想以上だった。
今すぐこやつをたたき出したい。そんな誘惑にかられる。
「奥にベッドがある。横になるなら、そちらの方がいいじゃろ」
「それを早く言え」
「言う前に飛び込んだのはお主じゃろうて」
身体を起こすと、イーダが睨みつけてきた。本当に面倒くさい奴だ。と改めて思い直した。
そんなどうでもいいやり取りをしていた時だった。
コンコンと扉がノックされた。
「誰じゃ?」
「エヴァリーズ大使エリンディスです。賢者様は居られますか? 居られるのでしたら、是非ご面会いただければと思います」
返事を返すと、聞きなじみのない訛りのある声で、そう返事を告げられた。
「エヴァリーズ?」
聞いたことのある名だ。確か、アリアストから国一つ挟んだ向こうにあるエルフの国だ。
「居るぞ、はい――いや、少し待て」
流れで入室を許可しそうになるが、一度静止をかける。そして、直ぐにイーダへと向き直る。
「来客じゃ。少しは身だしなみを整えよ」
そう告げる。イーダは物凄く嫌そうな表情を返すと、とりあえず姿勢を正した。まだ髪と衣服に乱れが見られる。けどそれを指摘しだしたらきっと終わらないだろう。諦めて、一度ため息を付く。
「待たせた。入って良いぞ」
「では、失礼します」
許可を出すと、ゆっくりと扉を開かれ、その向こうから二人のエルフが室内へと入ってきた。
一人銀の髪を肩の辺りで切りそろえた騎士風のエルフの女性。おそらく警護の者だろう。
そして、もう一人はエメラルド色の長い髪を靡かせたエルフの女性。両目を覆う金細工のアクセサリーが異様に思える、神秘的なエルフだった。
「お初にお目にかかります。私は、エヴァリーズ大使エリンディス・エレニリースと申します。お会いできたことを幸運に思います。賢者レイニカイネン様」
騎士風のエルフに手を引かれ、両目を覆ったエルフが入室すると、彼女はヴェルナの前に立ち、可憐な所作で恭しく頭を下げたのだった。
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