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憂鬱の始まり

「まずは服じゃな」


 翌日、俺とイーダは、ヴェルナのその一言によってとある服飾店へと向かう事に成った。




「では、手を挙げてください」


 服飾店の店員が巻尺をイーダの身体に巻き付け、細かい採寸を図っていく。


「どうじゃ?」


「そうですね。これなら、そこに有るものが丁度いいでしょうね。あとは、あちらに並んでる物でも、少し調整を加えれば問題ないと思います」


「調整か……するのならどれくらい掛かる?」


「1日時間をいただければ終わらせられます」


「そうか……じゃあ、合わせてみたい。まずはこれを着せてみてくれ」


「分かりました」


 店頭に並べられた衣服を指さし、ヴェルナがそう告げると、店員を嬉しそうな返事を返した。


 そんな楽しそうな買い物風景。それに――


「おい」


 イーダの重々しい声が割って入った。


「何じゃ? これでは不満と申すか?」


「当たり前だ!」


「贅沢じゃのう~。これ以上となると、直ぐには用意できぬぞ」


「そういう不満じゃねえよ! なんで私がこんな服を着ないといけないんだ!」


 怒りで声を荒げながら、イータが店頭に並ぶ衣服を指さした。


 示された衣服。それは、高そうな生地を使って作られた、所謂ドレス呼ばれる衣服だった。普段のイーダからとても想像できない衣服だ。


「お主。まさかとは思うが、晩餐会にはその衣服のまま行こうとは思っておるまいな?」


「ダメなのか?」


「当たり前じゃ! ああいった場にはドレスコードというものがあって、普段使いの服装ではだめなのじゃ! そんなことも知らぬのか!」


「知るわけないだろ、そんなもの!」


「ええ、煩い! ともかくじゃ。その服装では参加できぬ。おとなしく、この服を着るのじゃ!」


 強く言い聞かせられ、イーダは小さく舌打ちを返すと押し黙った。


 素直になったイーダは店員に連れられ、奥の試着室へと連れていかれる。それを見届けるとようやく静かになり、ヴェルナは小さく溜め息を付いた。


「まったく。手間をかけさせてくれる」


「あははははは……」


 苦し笑いが零れる。


 嫌がるイーダにあんな着飾った服を着せたのなら、どう考えても後が怖い。それを考えると、目の前の光景を笑う事は出来ない。


「さて、次じゃな」


 状況が落ち着いたとみると、今度は俺の方へと向き直った。


「次はお主じゃ」


「…………え?」


「?」


「もしかして、俺も参加する事に成ってるのか?」


「参加せぬのか?」


「そりゃ、だって、面倒臭いだけだし――」



『貴様も地獄へ落ちろ』



 ヴェルナの背後、服飾店の奥の試着室の方から、そんな言葉と共にどす黒いオーラが流れ出ている気がした。


 やばい、これは逃げられない。


「わ、分かりました……」




「ふむ。まあまあじゃな」


 10分後。パーティー用に着飾り、死んだような目をした俺達を前でヴェルナは満足げな表情を浮かべていた。




   *   *   *




 晩餐会当日。俺達は、その晩餐会が行われる会場へと向かっていた。


 アリアスト都市内の小高い丘の上に立つ、古く荘厳な王城。かつてメルカナス城と呼ばれたこの城が、今回の晩餐会の会場との事だった。


 王城へと延びる、石畳の敷かれた一本道。そこを俺と、イーダとヴェルナの三人は歩いていた。


 俺達の横を一台の馬車が通り抜けていく。


 さすが、国の有力者が集まる場と言うだけあって、この通りを通る殆どの者が馬車を使用していた。


 ちなみに俺達が徒歩なのは、馬車を用意する資金がもったいないという理由と、参加に必要なものではなかったからだ。




「――――――」


「ほれ、顔を上げい。もっと堂々と、そんな風に恥ずかしがっておると、逆に目立ってしまうぞ」


 服のスカートを強く握りしめ、顔を伏せたままのイーダに、ヴェルナがそう忠告を投げる。


 今のイーダは、先日用意したドレスに身を包み、軽く化粧を載せ、髪を整えた姿で、およそ普段の姿からは想像できない姿をしていた。


 そんな姿を他者にさらすのが恥ずかしいのか、さっきから顔を赤らめうつむいていた。


「死にたい……」


「今更後悔しても遅いぞ」


「クソ!」


「こら。そんな口汚い言葉を使うでない」


「知るか。私は別に、お偉いさんと仲良くしに来たわけじゃない」


 イーダの悪態にヴェルナは溜め息を返す。


 状況が状況だけに、イーダの態度はいつも以上に棘が見られた。相手をするのは大変そうだ。


「お主は割と落ち着いておるな」


 イーダの相手に飽きたのか、ヴェルナは俺に声をかけてきた。


 俺もイーダ同様、着慣れない燕尾服に軽く髪を整えた姿をしていた。軽く羞恥心はある。


「一応、初めてじゃないからね。宮廷魔導師だったし、良く呼ばれたよ」


「今のお主からはとても想像ができんな」


「お察しの通り、殆ど弟子のアルヴィに丸投げだったけどな」


 面倒事を押し付けられた時のアルヴィのげんなりとした顔を思い出すと、今でも笑えてくる。


「ほんと、お主は悪い奴よのう」


「仕方ないだろ、俺は研究者で、貴族のご機嫌取りをするのが仕事な人間じゃなかったんだから」




 しばらく、そんな風に会話を楽しみながら道を歩く。すると、しばらくして城の城門が見えてくる。


 要人が集まる期間というだけあって、警備は厳重そうだ。城門には数人の衛兵が並び、逐一来訪者のチェックを行っていた。


「そうじゃ、一応確認じゃが、武具に持ち込みは禁止されておる。間違ってもそのようなものは所持しておらぬな?」


 警備の様子を見て、ヴェルナがそう問いかけてきた。それにイーダは、あからさまに視線をそらした。


「お主は……」


 ヴェルナは頭を抱えた。


 要人が集まる場では、安全の為一部の人を除いて武具の持ち込みは許可されていない。ヴェルナもその事は事前に告げていた。だが、イーダは性格からかどうしても武器を手放せなかったらしい。どこかしらに隠し持っている様子だった。


「間違っても、見つかるでないぞ」


「そんなへまはしない」


「だと良いがな」

お付き合いいただきありがとうございます。


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