ヴェルナの実力
「次はどっちに進めばいい?」
「では、左に進んでみてください」
クレアが指示を返すと、イーダが頷いて返事をし、さらに先へと歩き始めた。
マッパーがクレアに決定してからは、クレアの指示で行先を決定し、俺達は奥へと進んでいた。
慣れないマッピングを行うクレアが、一番やりやすいようにという判断の元こういう形をとる事となった。
クレアの指示で、イーダが先行し安全が確認されたのなら、後を追って合流する。そして、そこでイーダからの報告と自身が見たものを地図に書き留め、少しずつ地図を描いていく。
途中少し長めの休息を取り、そこで描いていた地図に細かい修正を加えていく。
慣れない作業が加わった為、今回の行軍は非常に遅いものと成っていた。
ゆっくり、ゆっくりと奥へと進む。
そうやってしばらく進むと、待っていたとばかりに危険と遭遇することになる。
まっすぐ伸びた長い一本道。闇の中では、光を遠くからでもはっきりと目視できる。そのため、こういった場所では相手から一方的に察知されやすい。それ故に、この手の場所は非常に危険とされるが、先へと進むためには通らないわけにもいかない。
カツカツカツ。石畳を叩く足音が耳に届く。すると同時に、前方を歩いていたイーダが静止をかけてくる。
「前方に敵。数は……悪い、まだよくわからない。準備して」
「気付かれてるの?」
「ここじゃあ、視界が開けすぎてる。多分向こうはもう見えてる」
「じゃあ、仕方ないよね」
イーダの言葉を聞くと、クレアは描きかけの地図をしまい、剣を引き抜く。
「私が前に出て足止めをするから、イーダとユリさんはいつも通りに、ヴェルナ様は――」
そして、流れで指示を飛ばしてくる。が――
「待つのじゃ。ここは、妾に任せてもらおう」
ヴェルナが一人前へと歩み出た。
闇の中から光を浴びて何体かのゴブリンのシルエットが映し出される。それを見て、ヴェルナはニヤリと笑う。
「何を……するつもりですか?」
「ゴブリンごとき、妾の魔術で、一撃で蹴散らしてくれよう。見るがいい。我が魔術の雷を! 稲妻!」
詠唱を一つ。それと共に、ヴェルナの掲げた長杖から激しい稲妻が走り、前方を一直線に駆け抜けて行く。
閃光と爆音。一瞬、目の前の通路が真っ白に輝いたかと思うと、弾ける様な轟音が響き、その後に静寂が満たされる。光から闇へと転じた前方の景色には、もはや動く物は残っていなかった。
中級攻撃魔術『稲妻』。威力も精度も悪くない。確かにこれなら、ゴブリンの小規模集団程度なら簡単に葬れるだろう。
戦闘はヴェルナの魔術一撃で終了となった。
「見たか! 妾の魔術の実力を!」
消し炭となったゴブリン達の姿を前に、ヴェルナは勝ち誇った声を上げた。
「おいおい」
そんなヴェルナを見て、俺は小さく苦笑を浮かべたのだった。
* * *
「紅蓮の豪華よ。我が敵を焼き払え! 火球!」
爆音と共に炎が弾け、前方のゴブリン達が焼却されていく。
本日三度目の遭遇もヴェルナの魔術により、一撃で終了した。
「どうじゃ? 妾の魔術は十分有用であろう?」
消し炭となったゴブリン達から目を離し、振り返るとヴェルナはそうやってドヤ顔を浮かべた。
「あ~はいはい。そうだな」
三度目となるとさすがに面倒になったのか、イーダがおざなりの返事を返す。
それでも気を良くしたのかヴェルナはさらに得意げな表情を返した。
「もっと褒めてもよいのじゃぞ♪」
そんな感じで、戦闘は割とサクサク進んだ。のだが――――それは長くは続かなかった。
「し、師匠~……」
丁度五度目の戦闘を終えた頃、ふらふらとした足取りで、ヴェルナが俺にもたれかかってきた。
「なんだよ、いきなり」
「頭が……痛いのじゃ……」
少し前までの余裕綽々とした態度は何処へやら、弱々しく弱音を漏らした。
「ダメじゃ……目が回る……」
ぐったりと力なく寄りかかってくる。
「大丈夫ですか?」
そんなヴェルナの姿を見て、クレアが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫、大丈夫じゃ……少し待てば……復活……する」
ヴェルナはどうにかこうにか答えを返す。その様子は、大分ダメそうに見えた。
気が付くと、ヴェルナが灯していた灯火も消えかかっている。
「どうしてこんな事に」
ヴェルナの豹変ぶりに、クレアがひどく戸惑った様子を見せた。それもそのはず、ヴェルナは今まで異変の兆候など見せてなかった。唐突にこんな状態になれば、誰だって戸惑うだろう。
まあ、俺はこうなるだろうと予想できてたけど……。
「頭の使い過ぎで、精神的に疲労しているだけだよ。大したことじゃない」
「どういうことですか?」
「魔術は思考力と集中力を使うから、無限使えるわけじゃないんだよ。ごく簡単な魔術であれば、ほぼ無制限に使えるけど。中級攻撃魔術なんて、一日にそう何回も使えない。それを後先考えずに打ちまくれば、直ぐにこんな風になる」
「つまり馬鹿って事だな」
俺の説明を聞くと、すかさずイーダから辛辣な回答が帰って来た。
「馬鹿とは何じゃ! 馬鹿と……は……――」
イーダの言葉に、一度は強く反応を返したものの、ヴェルナはすぐにふら付き、杖にもたれかかった。大分ダメそうだ。
「どう……しましょうか?」
ふらふらなヴェルナを見て、クレアは苦笑を浮かべる。
今までの戦闘はヴェルナが魔術をぶっ放していただけなので、俺を含めイーダとクレアの体力には余裕がある。進めなくは無いものの、PTに動けない人員を抱えたまま移動するのは危険を伴う。出来ればそれは避けたい。
「これ、治るの?」
「ただの疲労だから、一晩ゆっくり休ませれば回復するだろうけど――」
「一晩だぁ!?」
イーダが大きく声を荒げる。
今日はまだそれほど進めていない。それなのに一晩休まなければならない事態に成ったのなら、怒りを見せるのも分からなくはない。
「チッ。戻るぞ。ここなら安全な場所を見つけるより、地上に戻った方が早い」
「そう……ですね」
こうして地下迷宮への三度目の挑戦は、不満の残る形で終了となった。
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