暗がりと進む道
――Another Vision――
カチ、カチ、カチ。と金属の留め具を留める音が響き終えると、すべての作業が完了する。
立ち上がり、一度姿見に自身の姿を晒す。中古の寄せ集めで揃えた不揃いな鎧。昨日少し動かして調整を加えた物だ。
いまだにぎこちなさが残る、けど、少しは様になり始めた気がする。
「良し」
準備を終わった。あとは、出立するだけ。
クレアは最後に、衣装棚の上に置かれた古い人形へと目を向ける。
「兄様、行ってまいります」
挨拶を告げるとクレアは背嚢を手に取り、踵を返した。
自室を出て、屋敷の長い廊下を歩く。まだ、朝方で静かだ。
ゆっくりと外へと向かって歩く。そして、ちょうど玄関の大きな扉の前に立った時だった。
「行くのか?」
背後から声が掛った。
聞きなれた、威圧感のある低い声。父であるジェラードの声だ。
「止めても無駄ですよ」
手を止め答えを返す。
クレアの答えを聞くと、背後でジェラードが怒りを見せた気配を感じた。
「いつ、戻ってくる」
「それは分かりません。状況次第です」
「来週からある晩餐会。それには出ろ。それが約束で来るのなら、これ以上は何も言わん」
「…………」
「返事は?」
「わかりました」
答えを返すと直ぐに扉を開き、ジェラードからの返答も聞かずに、クレアは外へと去っていった。
「はぁ……」
溜め息が零れる。
5年前、兄が居なくなり、ただその兄を探してここまでやってきた。けれど、前へ進もうとすればするほど、周りは冷たく、そして彼らへ迷惑を被ってしまう。
うまく行かない。一体どうすれば、そんな事を悩んでしまう。
けど、悩んだところですぐに正解などでない。
そんな風にしばらく悩みながら歩みを進めていると、いつの間にかに集合場所として指定していた広場が見えてくる。
「お主の様に簡単に膝を付く相手の助けなど必要ないわ。むしろ、足を引っ張られないか不安じゃな」
「あれは状況が悪かっただけだ」
「状況じゃとぉ? そんな言い訳が通ると思っておるのか?」
「はぁ。これだから無知な子供は相手にならない。斥候ってクラスは、正面からの切り合いを主とするクラスじゃないんだよ。知らなかったのか?」
「知らんな。そんな卑怯者の戦い方など。妾はお主の様な卑劣な人間ではないのでな」
「お前、喧嘩売ってるのか?」
「何じゃ? 違うのか? 違うというのなら――」
ヴェルナとイーダの言い争う声が聞こえた。
ヴェルナがPTに入ると事になってから、顔を合わせる度、いつもああやって言い争っている。仲が良いのか悪いのか、よくわからない光景だ。
よくもああ飽きもせず、同じようなやり取りを続けられるものだと感心する。
そんな見慣れた光景を目にすると、自然と気持ちが緩み、今まで悩んでいた事柄が霧散していく。
今考えるべき事は、私生活での事ではない。冒険者として、これから挑む困難にどう立ち向かって行くかだ。
そう思い、気持ちを新たにすると、クレアは一歩へと踏み出していた。
――Another Vision end――
「さて、参るとしようか」
予定通り全員が揃ったのを確認すると、ヴェルナが前に出て、そう高らかに宣言した。
黒地のローブに鍔の広いとんがり帽子、それから白木で作られた長杖と、見るからに魔法使いといった出で立だ。
「なんでお前が仕切るんだよ」
高らかに宣言したヴェルナを見て、イーダがすぐさま突っ込みを返す。
「今日は妾の初陣の日じゃ。妾の天才的な魔術の才をお主等に知らしめる日。であるなら、妾が主導せねばならぬであろう?」
「あ、そうかよ」
高らかな宣言を返したヴェルナに、イーダは呆れた様な声を返した。
まあ、うん。謎にはしゃぐヴェルナを見てると、確かに呆れるところがあるのは頷ける。てか、なんであんなに元気なんだろう?
「行くぞ」
「あ、うん」
いまだに格好を付けるヴェルナを無視し、イーダはそう告げると、先へと歩き始めた。
俺とクレアはそれに従い、後を追う。
「ま、待つのじゃ。妾を置いていくでない」
一拍遅れて、置いて行かれそうになった事に気付いたヴェルナが、慌てて追ってくる。
相変わらず足並みが揃わないPTだ。大丈夫なのか、これ……。
「気を付けてください。では、ご武運を」
衛兵のその言葉と共に、開いていた門が閉じられ、辺りは地下の闇で満たされる。三度目となる地下迷宮への挑戦だ。
「灯を付けますね」
辺りが闇で満たされると、クレアがすぐに松明を準備し始める。
「待つのじゃ」
が、それを灯すより先に、ヴェルナが静止をかける。
「松明など要らぬ。明かりを此処に、灯火!」
ヴェルナが長杖をかざし、詠唱を一節唱えると、長杖の先端に明かりがともり、辺りが明るく照らされた。
松明より強く、ハッキリとした光で、広く辺りを照らす。初級魔術の『灯火』だ。
「すごい」
「どうじゃ。これなら松明など不要であろう?」
クレアが称賛の声を零すと、ヴェルナは得意げな表情を浮かべる。
「それ、長続きすんの?」
クレアとは対照的にイーダは懐疑的な目を向ける。
「この程度、大した手間ではない。その気になれば、一日中灯し続ける事だって可能じゃ」
「そ、ならいいけど」
ヴェルナの返答を軽く流しすと、イーダは先へと歩き始めた。
何処となくイーダの態度には、頑なにヴェルナの力を認めようとしない、そんな態度が見られた。
階段を下りきり、地下迷宮第1層へと降りる。
「で、どっちに進めばいい?」
すると、まずイーダがそう尋ねてきた。
一拍ほどの沈黙。
「どう……しましょうか」
それからクレアの苦し笑い。明確な回答は帰って来なかった。
先日の件でPTの指揮役であったヴィンスが居なくなり、現状PTを先導する指揮役が不在な状態だった。
「何じゃ、固まりおって。先へは進まんのか?」
「進は進むんだけど……行先を誰がどう決定するかって、決めてなかったんだよね……」
「はぁ? なんじゃそれは。お主等はPTではないのか? なぜそれが決まっておらぬのだ」
大きく呆れたような声。ごもっともです……。
「で、どうすんの? 適当に進むって訳にもいかないだろ?」
再度イーダが問いかけてくる。
「下層への道とか、覚えてないですからね……」
「地図は? 誰か持ってなかったっけ?」
「あれはヴィンスさんの私物でしたから、私は持ってないです」
「私も持ってないぞ」
再びの沈黙。
いきなり行き詰ってしまった。
「お主等……やる気あるのか?」
さらに呆れられてしまう。
「地図なら簡単に手に入るじゃろ? 一度戻って、地図を入手してからまた来るってのはどうじゃ?」
「そうですね。そうした方がいいかもしれませんね」
「じゃあ、いったん戻るか――」
「待った」
一旦戻り、地図を手に入れてから、といった流れに成りかけたところで、俺は静止をかけた。
確かに上層の地図はすぐに手に入るだろう。それを使えば、またすぐ下層へ降りられる。けれど、それでは少しまずいと思って俺は静止をかけた。
「なんだよ」
「このまま進もう」
「はぁ? 話聞いてなかったのかよ。地図もなしにどうやって進むんだ?」
「地図が無いからいいんじゃないか」
「なんでだよ」
イーダが訝し気な表情を返してくる。
「マッピングしながら進もう」
「マッピング? 自分たちで地図を作りながらってことですか?」
「そう。地下迷宮の完全な地図なんて物は存在しない。市場に出回っている地図はすべて、誰かが作った地図の複写だ。上層ならそれで問題ないが、下層の地図に成ればなるほど、高価で入手しづらくなる上、情報量が欠けやすい。それこそ、未踏破領域の地図なんかはまず存在しないと思った方がいい。
下層へ降り続ければマッピング技能はいずれ必要になってくる。けど、いざ必要になってからじゃ遅い。
一応、俺がマッピング出来ないこともないけど、全員が常に万全な状態とも限らない。だから、今後の事を考えるなら、俺以外にマッピング出来る人間が居た方がいいし、PTもそれに理解があった方がいい。
危険の少ない上層で、それに慣れておくのはありなんじゃないか?」
「確かにそうですね」
俺の説明にクレアは納得して同意を返す。一方で、イーダは少し不満そうな表情を返した。
「不満なのか?」
「いや、私はどっちでも。PTの総意に従うよ」
改めて聞き直すと、イーダはそう返事を返した。なんだかんだで納得してくれたようだ。
「じゃあ、誰かマッパーを頼む」
一度、PTメンバーを見回し、誰に頼むかを考える。
イーダは斥候で、先行し索敵を行う関係で一番深く地形を把握しなければならない。その為、割とマッパーに向いている立ち位置であるが、それは少々負荷がかかりすぎる。
クレアは戦士であり、戦闘時は前に出る。武具を常に所持する関係上、あまり向かない。となると――
「妾がそのマッパー? とやらに成ろう。魔術師なら手が空きやすい。ちょうど良いじゃろ」
「だな。頼めるか?」
ヴェルナの言う通り、魔術師で有り、細かい計算が出来ながら、全体から一歩引いた立ち位置の彼女なら、確かにマッパーに向いている。
そう判断して、ヴェルナにマッパーを頼もうとする。すると、横合いから静止が掛った。
「すみません。そのマッパー。私に任せてくれませんか?」
提案したのはクレアだった。おそらく彼女が、一番マッパーに向いてない。なのに、そう提案してきた。
「マッピング技能は、未踏破領域に行くためには、必須技能なんですよね? なら、私にやらせてください」
決意、だろうか? 強い意志を込めて、そう告げてきた。
「どうするのじゃ?」
「う~ん」
少し考える。適性はあまりない。けど――
「わかった。マッパーはクレアに任せよう」
クレアの強い意志を尊重して、俺は最終的にそう判断を返した。
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