時の流れは残酷に
知らぬ間に多くの事が様変わりしていた。
何がどう何処まで変わっているかまだ良く判らないが、なんだが雰囲気が大きく変わっている気がした。
身体の中に有る土地勘――道が何処へと延びてて、その先がどういった場所に繋がっているのか、どのあたりに伸びているのか、正常に機能している。だが、見られるもの――周りに建つ建物や、通路の作り、色合い、取り巻く雰囲気、それらが記憶あるそれとは大きくかけ離れていた。
「どういう……事だよ……」
どこか見知らぬ世界に迷い込んだのではないか? そんな感覚さえ抱く。
これは本格的にいろいろ知らないといけなそうだ。
というわけで、俺は一旦自宅に帰る事にした。
自宅なら俺が知らないとまずいような情報なんかは、何らかの形で入ってくるし、何なら近所の知人に尋ねる事だってできる。今の状況を正確に分析するには適切な場所だ。
「って、おい!」
自宅に戻ればだいたいのことが分かる。そんな考えは――ただの楽観だった。
自宅に戻ったら、部屋の掃除をしないといけないな~とか、補修工事も要るかな~とか、そんな面倒くさい事も考えてたけど、すべてが無駄だった。
なんせ俺の自宅は――――無くなっていた。
俺の自宅があった場所――――少なくとも俺の記憶の中で、俺の自宅があった場所は、こじんまりとした広場になっていて、俺の自宅の敷地の丁度中央辺りには、良く判らんおっさんの石像が華麗にポーズを決め立っていた。
「待ってくれ……ほんと、どうなってるんだ……??」
頭を抱えたくなる。俺の自宅すらなくなってるってどんな状況だよ!
誰かが俺の敷地を買い取ったのか? まさか、この石像のおっさんが買いとったとかか? もしそうなら、ぜってぇ許さねえからな!
何もかもが変わりすぎてて、何から手を付ければいいのか分からなくなってきましたよ……。考えるの、やめようかな……。
すべてがどうでもよくなってくる。
途方にくれふら付くように、ちょうど直ぐ傍に有ったベンチに座ると、何処からか食べ物の匂いが漂ってきた。
ぎゅる~と小さく腹の虫が鳴る。
「そう言えば、しばらく何も食べていなかった気がする……」
地下迷宮内では常に気を配ってなければならない。そのため、食事や睡眠などを取る余裕などほとんど無ない。だから、普段はそれらを取らなくても活動できるような魔術を常時かけている。
まあ、だから、その気になれば寝なくても、食べなくてもいいのだけれど……この辺りは精神的に来るものがあるので、時々食事や睡眠を取ったりしている。
だもんで、しばらく何も食べていないと、匂いをかいだだけで、食欲がそそられる。
「考えてても仕方ないし、飯にするか」
匂いに釣られ、歩き出す。
向かった先には、小さな出店があった。少し大き目の持ち運びしやすそうな調理器具を並べ、綺麗に切り分けられた肉なんかを焼いていた。
久々に見る料理。どうしてもうまそうに見えた。
「おやじさん。一ついいか?」
「おう、一つ青銅貨5枚だ」
「ほい、これでいいか?」
懐から銅貨5枚を取り出し、店員に渡す。
「お? 兄ちゃん、あんたここの人間じゃないのか?」
「? なにがだ?」
「これメルカナス貨幣だろ? こんなのここじゃあ使われてねえぞ」
「え?? ここ、メルカナスじゃないのか?」
「メルカナスだったのは昔の話だ。今はアリアストって名前の都市国家だ。知らなかったのか?」
「え、いや……」
頭の中が真っ白になる。え、どういうことだ???
メルカナス。それは俺が生まれ育った国の名で、今俺が立っているこの国の名のはずだ。けど、それは間違えだと言われた。訳が分からない。アリアスト? どこだそれ、そんな都市国家、しらねぇぞ! どうなんてるんだ??
「メルカナスだった、って言っても100年以上前の話だからな。よっぽど情報に疎い所に住んでないと、そんな間違いをおかすことはないはずなんだがなぁ……。と言うか、こんな古い貨幣、良く用意できたな」
物珍しそうに、俺が渡した貨幣を眺めながら店員は語る。
「100年……」
数字があまりにも大きすぎて、再び頭の中が真っ白になる。現実味が無さすぎる……。
「おう、兄ちゃん。大丈夫か?」
「え? あ……ああ、大丈夫、大丈夫」
「そうか、で、どうするよ」
「どうするって?」
「金だよ金。メルカナス貨幣以外は持ってないのか?」
「ああ、悪い。持ってないんだ。それ、やっぱり使えないのか?」
貨幣が使えないとなると、今後の生活が当然ながら困ったことになる。どうしよう。
「いや、使えなくはない。メルカナス貨幣は純度が高い貨幣だから、それ単体で結構な価値がある。だが、もう存在しない国の貨幣だからな、純粋な貴金属としての価値しかない」
「そ、そうか……」
なんとなく話からそんな気がしてたが、やっぱりメルカナス――俺の生まれ育った国はなくなってたのか……。
「悪い。今はそれしかない。それで売ってくれるか?」
「ああ、いいぜ。これだとちょっと足りないが……まあ、今回はまけておくよ。なんか、沈んでるみたいだし、これ食って元気だしな」
店員が笑顔を浮かべ商品を差し出してくれる。
気分が重い。なんだろう? 寂しさとか、悲しさとか、虚無感とか、そんなのがないまぜになったようなそんなよくわからない感情だ。
「あんまり気を落とすんじゃねえよ。間違いなんて誰にでもある。ここは天下の迷宮都市アリアストだ。ここならいくらでも失敗を取り戻せる。だから、元気出せって、な」
「あ、ああ、そうするよ……」
はぁ……ダメだ、気分が上がらないや……。
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