エルフの国
――Another Vision――
迷宮都市アリアスト。そこから馬車で南東に1週間ほどかかる場所に、深く鬱蒼とした森林地帯が広がっていた。
暗き森。広葉樹林が広がるこの森は、昼間でも松明が必要になる事があるほど暗くそのためそう呼ばれていた。
そんな暗く、深い森の奥底には、その暗いイメージとは裏腹に、神秘的な光景が広がっていた。
樹齢1000年を超える太く大きな木々が密集し、それらの間を繋ぐように幾つもの橋が架かり、幹と枝の間には美しい人工的な建物が、木々と一体となった形で建っていた。エルフ達の国エヴァリーズだ。
その神秘的なエルフ達の国。その外れの辺りに伸びる大きく木。その木の枝がちょうど国全体が一望できる辺りから伸びた辺りに小さな小屋が立っていた。
人一人がどうにか生活できそうなくらいの小さく古い小屋だ。そこに一人のエルフが訪れていた。
コンコンと閉じられていた扉を叩く。
「エリンディス様、居られますか?」
エルフの女性は軽く扉を叩くと中へ問いかける。すると、すぐに返事が帰って来た。
「シアですか? どうぞ入ってください」
「では、失礼します」
中から許可が出ると、シアと呼ばれた女性のエルフは、ゆっくりと扉を開き、中へと入る。
苔むした古い室内。しばらく使われてなかったと思えるその室内には、最低限の家具等が置かれ、かろうじての生活感が保たれていた。
そんな室内を目にすると、シアと呼ばれたエルフは少しだけ表情を歪めた。
「やはりこの場所はお好きになれませんか?」
表情を歪めたシアに、すぐさまそう問いかける声があった。
部屋の中央に机と椅子が並べられており、その一つに一人のエルフが座っていた。
長く煌びやかなエメラルドグリーンの髪を靡かせ、白地に金糸の刺繍が施された衣服に身を包む女性のエルフ。そんなエルフがこちらに笑いかけていた。
両目を金細工のアクセサリーで覆い。一見すると、見る事が出来ないのでは? と思わせる姿をしているが、そのエルフはしっかりとこちらを見ていた。
「この場所にさして興味はありません。ですが、エリンディス様が居られる場所としては相応しくないと思います」
「そうですか、それは残念です。ここは、私にとって大切な思い出の場所。貴女にも好きになって欲しかったのに……」
シアの答えを聞くとエリンディスはどこか遠くを眺め、寂しそうな表情を浮かべた。
それにシアは再び表情を歪める。
「残念ですが、そのような事は一生ありません」
「嫉妬ですか?」
「な――!!」
エリンディスの唐突な切り返しに、シアは大きく慌てる。それが可笑しかったのか、エリンディスはクスクスと笑った。
「貴女は分かりやすいですね」
気恥ずかしさから、シアは一度目をそらす。
「嫉妬などありません」
「そうですか?」
「私は女で、エリンディス様も女性です。そんな、嫉妬など……そもそも、立場が違いすぎます」
「そんな事はなんじゃないですか? 他者を思う気持ちは皆同じ。立場の違いが妨げになる事はありません。
想い人の想いが、自分ではない他の誰かに向いていたのなら、それは誰だって嫉妬してしまいます。違いませんか?」
「エリンディス様はそうかもしれませんが、少なくとも私は違います」
先程の慌てた表情を完璧に取り繕い、シアはきっぱりと返事を返す。
「そうですか、それは残念」
答えを返すと、エリンディスは少し大げさな形で残念がった。おそらくこれはからかい半分の演技だろう。シアはそう判断して無視を決め込む。
「コホン」咳払いを一つ。
シアはこの様なじゃれ合いをするためにここへ来たのではない。そう思って気持ちを切り替える。
「エリンディス様。狼車の準備が整いました。そろそろ出立の時間です」
「そうですか。ありがとう」
シアが目的の言葉を告げると、エリンディスは感謝の言葉を述べる。そして、立ち上がると直ぐに外へと向かって歩き出した。
シアもそれに従い、一歩後ろを歩き、共にその場を後にする。
外へ出ると、心地よい風が流れる。日の光を浴びてキラキラと輝くエリンディスの美しい髪が靡く。
エルフの中でも古エルフと呼ばれる由緒正しいエルフの一人。それだけに同じエルフであるシアから見ても神秘的で美しい。そんなエリンディスの後ろ姿を眺め、これから向かう場所を思うと、つい不満が口から零れてしまう。
「やはり行かれるのですか?」
「今更ですか?」
「今更でも言います。人の国への使者として、エリンディス様が赴く必要などありません」
「そうですね」
「なら、なぜ――」
「必要は確かにありません。ですが、同時に、私が行ってはならない。という理由もありません。だから私は、私の想いに従い、志願したのです」
「なぜそこまでして……」
「しいて言うのなら。私の心は、まだあの場所にとらわれているから。でしょうか」
「人への想いなど、無為に終わります」
「かもしれませんね。ですが、私は、この想いはいつか届くと思っています」
エリンディスはそう告げる共に、流れると奥の景色へと目を向けた。その向こうには、きっと人の国の景色がある。それを考えると、居た堪れない思いに駆られる。
「エルフと人。種が違えば、共に同じ時を歩む事など出来はしないのですよ」
遠くへと想いを馳せるエリンディス。その姿が見ていられなくなり、シアはそっと視線をそらした。
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