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問題の解決

   ――Another Vision――


「それで、お主の言う話とは何じゃ?」


 しばらく紅茶をたしなむと、ディーカップを置きヴェルナは尋ねた。


「やはり……下の買取りに付いてか?」


 手放したくないという寂しさは有った。けれど、実際問題、もう止める事は出来ない。


 魔導機関が動いてくれた。あとは、それをより細かく解析し、複製できるようになれば、それを元手に手放したものを取り返すだけの金が手に入るだろう。だが、それはまだ当分先の話しだ。その前に、売買の契約がなされてしまえば、ヴェルナにはどうしようも出来ない。間に合わないのだ。


 だから、後はその事にヴェルナが納得するだけ……。


 恐る恐る尋ねると、男はそれに首を振った。


「その件もあるけど……それは殆ど口実かな。単純に放っておけなかったんだよ。何か力になれないかなって」


「妾の事を、か? なぜじゃ?」


 首を傾げる。


 目の前の男とヴェルナに接点などはない。そんな相手になぜそうまで関わろうとするのか、理解できなかった。


「分からないと思うけど……ただの他人って切り捨てる事はちょっと出来ない関係だったからさ。それで、無視できなかったんだよ」


 『関係』。その言葉で一つの事に思い当たる。


「妾からお主に聞きたいことが有る。先に良いか?」


「どうぞ」


 答えを確認すると、ヴェルナは懐からメダルを一枚取り出し、机の上に置いた。


 あのランタンに止まったフクロウのエンブレムが描かれたメダルだ。


「これはなんじゃ? お主は、何者なのじゃ?」


 尋ねる事が少しだけ怖かった。


 能力の無さに嘆き、もう一つのメダルを見たとき思った、自分が偽りの賢者なのではないかという想像。もし、本当の賢者が別にいて、それこそが真のあるべき賢者だったのではないか? そんな事実を突きつけられるのが、少し怖かった。


 もし、そうでなかったとしても、このメダルには何か賢者にまつわる大事な秘密があり、それが今の立場を大きく揺るがすものなのではないかとも思えた。それを今耳にすることに躊躇いと恐怖を抱いてしまった。


「これ? これは宮廷魔導師の証として貰ったメダルだよ。これがどうかしたのか?」


「宮廷……魔導師?」


 身構え、答えを待った。けれど、帰ってきた答えは予想とは少し違っていた。


「宮廷とは、どこの宮廷の事じゃ?」


 宮廷魔導師。魔術は特殊技能であり、それによって得られる利益は大きい。半面、習得には長い時間と多くの資金を必要とする。


 なので多くの国は、そんな特殊技能である魔術を使える者を宮廷魔導士として囲い、重宝していた。


 魔導技術の発達によって、魔術師から得られる利益は薄れたが、それでも大きな利益がもたらされる事は変わる事が無く、今でもその制度を残している国は多い。


 だが、このようなシンボルを掲げる宮廷魔導師などあっただろうか?


「何処って、メルカナスの、だけど?」


「メルカナス……じゃと?」


 訝しむ。


「馬鹿を言うでない。メルカナスは100年以上前に滅びた国じゃ。そんな事、あるわけなかろう」


「うん、まあ、そうなるよね……。信じて貰えないだろうけど、俺、そのメルカナスの宮廷魔導師だったんだよ」


「???」


 意味が分からない。目の前の男はどう見ても20前後の歳にしか見えない。どう考えても、100年前の国と繋がりがある人間には見えない。


「まあ良い。次じゃ」


 先が見えなさ過ぎて、話の矛先を変える。これ以上は、話が横道にそれすぎると感じた。


「お主、あれ――魔導機関マギクラフト・ジェネレータの構造を知っておったな?」


 本題に移る。一番知りたいことであり、同時に知る事に拒否感がある事柄。


 魔導機関はレイニカイネンの遺産と言われる、初代賢者が作り、その後さまざまな理由で実用化に至っていな品の事だ。もちろん、それらは世に出回っていない。その為、それに関する情報を知っているのは賢者とそれに近しい人間だけだ。


 遺産の中には、それを引き継いだ賢者すら構造などが分からず再現、複製などが出来ない品も混じっている。魔導機関はその複製不可能な品の一つだ。そんな品の構造を完全に把握している人間など、それこそ作り出した初代賢者だけ。その初代賢者が居ない今、それを知る人間はいないはずなのに……。


 考えれば考えるほど、目の前の男は初代賢者との強い繋がりめいたものを感じ、そこからネガティブな想像が湧いてくる。


「なぜ、お主はあれの事を知っておったのじゃ?」


 聞きたくない。そう思いながら尋ねた。


「なんでって、あれ、俺が作った奴だし、知ってて当然だろ?」


「そんな訳なかろう。あれは、初代賢者が作った物じゃ、お主が作ったなんぞ――……」


 パチリ、と小さなピースが嵌まった気がした。


 一度、机の上に置かれたメダルへと目を向ける。メルカナスの賢者としての証、そして、メルカナスの宮廷魔導師としての証として示された物。


 初代賢者、彼は100年前の人物だ。そして、その頃にはまだ賢者という地位は無く、彼はメルカナスの宮廷魔導師だったといわれている。当然、100年前の人物なのだから今は生きてはいない……はずだ……。


 歴史や賢者の人物像に詳しい人物なら知っている事ではあるが、初代賢者がどこでどのように亡くなったかという資料は存在しない。忽然と、姿を消したのだ――歴史上から。そして、その遺体も発見されていない。


「お主、名はなんという?」


「あれ、自己紹介してなかったっけ?」


「そんなもの、いちいち覚えてなどおらぬ! はよ、告げよ!」


 真実を確かめてみたい。そういう思いから、つい言葉が荒げてしまう。


「ユリだ」


「姓は?」


「レイニカイネン」


「レイニカイネン……」


 予想していた通りの返答が帰って来た。けど、今頭の中に有る仮説は、あり得る事なのだろうか?


「嘘は、言っておらぬな?」


 少しだけ声が震える。本当にそうなのだろうか? そうは思えない。けど……。


 強く念を押し、問いただす。すると、ユリと名乗った男は困った様な表情を返した。


「そう言われてもなぁ……証明するすべは今の俺にはないからなぁ……」


「まあ、そうじゃろうな」


 目の前の男が、ヴェルナの想像通りの人物ならほとんどどこにも、それを証明する物がない。肖像画も何も残っていない上、知り合いなども存在しないはずだ。


「お主は……いや……あなた様は、初代メルカナスの賢者、ユリ・レイニカイネン様、なのか?」


 ゆっくり高鳴る鼓動を抑えながら、尋ねる。


 現実的に考えてあり得ない。けれど、彼の賢者なら、人の想像もつかない方法で、今なお生きながらえていても不思議ではない。


 だから……もしかしたら、あるのかもしれない。


 答えを待った。


 目の前の男は、少し困った様な表情を浮かべ。それから答えを返した。


「信じてくれるか分からないけど、多分、そう。その初代賢者って呼ばれている人間は、俺の事だと思う」


   ――Another Vision end――



「ヴェルナ・レイニカイネンじゃ。よろしく頼む」


 ヴェルナはそう言って、クレアとイーダの前で頭を下げた。


 ここは冒険者ギルドの冒険者用の談話ホール。そこで俺達は新しいPTメンバーを探すため集まる事に成っていた。


「これで4人。って事でいいのかな?」


 ヴェルナが頭を下げたのを見た後、俺はそう補足を入れた。


「おい、ちょっと待て……これは、どういうことだ?」


 帰って来た返答は、そんな戸惑いの声だった。


「私は、そいつとの問題を早々に終わらせろとは言った。だが、そいつを引き入れろとは一言も言っていないぞ……」


 頭を押さえながら、イーダは問い返してきた。


「なんというか……流れでこうなった?」


 苦笑いを返す。


 直接物事に関わっていた俺自身、こういう結果になるとは想像してなかったし、そうなるように動いていたつもりは無い。いろいろと出来すぎているとは思う。


「何じゃ、妾では不満と申すか?」


「不満があるに決まってるだろ? こんなガキ。どう見ても足手まといだろ?」


 イーダが苛立ちを見せながらそう返してきた。


 まあ、イーダのいう事はもっともだ。ヴェルナはどう見ても、成人してすらいない子供に見えなうもない。けど、これでも賢者と言われるだけあって、相当の魔術修練は積んでいるみたいで、聞く限りでは戦力として問題ないように思えた。


「ガキ……じゃと? 妾はこれでも17じゃ。立派なレディじゃ。訂正せい」


 カチンと何かが弾ける様な音を聞いた気がした。どうやら地雷だったらしい……。不穏な空気が流れる。


「レディって、そのなりで?」


 怖いもの知らずなのか、ヴェルナの言葉にイーダは笑って返事を返した。やめろ、それ以上揉め事を起こすんじゃ――


「お主、良い度胸じゃ。その挑発。乗ってやろうではないか」


「なに? やろうっての? 良いよ。やってやるよ。けど、怪我だけじゃすまされないよ。それでも良いの?」


 煽られると、さらに煽る様な返事と共にイーダは立ち上がる。


 いきなりの険悪ムードだが。いや、見方を変えれば、気が合う関係と言えるのかもしれない(強引)。


 睨み合い、今にも切り合いを始めそうな二人をとりあえず無視して(現実逃避)、クレアに尋ねる。


「ヴェルナをPTに入れて良かったか?」


「良いんじゃないですか? 私は構いませんよ。イーダも歓迎していると思います」


「え? あれで……か?」


 ダガーを引き抜き、間合いを図り始めてたイーダに目を向ける。どう見ても歓迎という雰囲気ではない。


「あれが、彼女なりの歓迎の態度なんじゃないでしょうか? イーダは疑り深く、本心を口に出来ない人間ですから。多分ああやって相手の本心とか、距離感なんかを図ってるんじゃないかなって、最近思うです」


「そう……か?」


 イーダの棘のある態度。それは、相手がどれだけ自分を受け入れてくれるか、自分をどう見ているのか、それを揺さぶりをかける事で、露わにしようとしているのかもしれない。そう言いたいのだろう。


 言われてみれば、確かに、イーダの言動はそう見えなくもない。


 そして、それは相手を受け入れようとしている事でもある。


 クレアの言う通り、イーダがヴェルナを受け入れてくれているのなら、今かけている問題はこれで解決という事になる。そうなら、一安心だ。


()()。話は終わったか?」


 クレアとの話が終わると、いつの間にかヴェルナが俺の隣に座っていた。


「あれ? イーダは?」


「あやつなら、床に転がっておる」


 言われた通り床へと目を向けると、イーダは不自然な形で地面に倒れ伏せていた。


「まったく。相手の力量を見極めず噛みつくなど、愚か者以外の何物でもないな」


 おそらく束縛系の魔術による結果だろう。これ系統の魔術は、一対一の対人戦闘においては恐ろしく強力な効力を発揮する。対処方法を用意してなければ、負けは確実だろう。


「殺す、絶対殺す」


 実力差はおそらく、そんなにないだろう。ただ、相性さが激しかっただけ、そういう結果だ。けど、それで納得してくれるような相手ではたぶんないわけで……完全なる敵意と怒りの籠った目線を向けて来ていた。


 これは……ほんとに問題なく終われたのだろうか? 一抹の不安が残った。

これにて第二章「賢者の系譜」は終わりとなります。お付き合いありがとうございます。


第二章は明日投稿しますので、引き続きお付き合いください。


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